第202射:裁判始まる
裁判始まる
Side:タダノリ・タナカ
『ザワザワ……』
そんな人のざわめきがリリアーナ女王の持っているマイクから流れ込んでくる。
「ドローンからは見えないのが面倒ですよね」
「ま、仕込みには行けなかったからな」
ドローンからの映像では裁判会場となる大会議室の様子を映すことは出来ず、城の外から出入りしている人たちを見るだけになっている。
事前にドローンを置くかということも検討したのだが、リリアーナ女王かゴードルに頼むことになるため、下手な勘繰りをされないようにそういうのはやめておいたわけだ。
まあ、こんな他の人がいる前で、堂々と行動を起こせばデキラたち好戦派の支持は下がるからな。そういう意味でも安全だろうという判断で、仕込みをしていない。
『……タナカ殿、デキラたちは見えたでしょうか?』
そんなことを話していると、リリアーナ女王から小さな声でそんな質問が飛んでくる。
「いや、まだ見えないな。というかデキラのやつはこんな時に砦の方に出て行っていたわけか。根回しだろうな」
『……そうでしょうね。砦の警備を固めて、私を逃がさないように手を打っているのだと思います』
デキラの方も、招集をかけられた理由は知っているようだ。
ゴードル経由でそれを確認している。
なにせ、この糾弾裁判を始める前に砦の方に出て行って自ら防衛の強化指導をしていたからな。
そして、わざわざ前日は城の部屋には泊まらず、わざわざ町の方の屋敷で休んだからな。
一見すればおかしくはないが、今までの変態行為や国防の意識の高さから考えると、明らかにおかしい行動だ。
おそらく、いや、ほぼ間違いなく、城に滞在してこちらから襲われることを警戒していたのだろう。
お互い、やる気なことで何よりだ。
この状況から、和解する可能性は限りなくゼロだということがわかった。
おかげで、逃亡ルートの検索が楽で助かるね。
「そうだろうな。向こうもここで女王を何とかしないと、好戦派の支持はがた落ち。それどころか、ノールタルたちに行ったことも明るみにでてそれを認めることになるからな。死刑間違いなしだ」
だからこそ、今回は確実にデキラが動く。
どういう風に動くは分からないが、求めるモノは分かる。
リリアーナ女王の首だ。
彼女を殺すか、屈服させないとラスト国はまとまらない。
だが、屈服はあり得ないから、殺すしかないわけだ。
デキラもそこまで面倒な説得をする理由はないだろう。
殺してしまえば済むことだからな。
と、そんな話をしていると、ドローンの映像にデキラたちが映る。
「おっと、お出ましだ」
そこには町の宿からのんびり出てくるデキラの姿があった。
『……デキラの周りに兵士は?』
「一応護衛の兵士が10人程見えるが、ほかに兵士は見えないな」
『一応、約束は守っているようですね』
デキラは一応、リリアーナ女王の招集に応じて、裁判を受ける気はあるようだ。
このまま強硬手段にでる可能性も考慮したが、それは無いようだ。
すると、話を聞いていたゴードルから……。
『だけど、油断はだめだべ。デキラは戦力を町に潜ませているべ。何かあったらすぐに動けるように』
そんな注意を受ける。
「まあ、それぐらいはするだろうな」
デキラだって、襲われることを考慮しているだろうし、リリアーナ女王を追い落とそうとするなら、それなりの戦力が必要になるからな。
「しかし、しつこいようだが、ゴードルはこの裁判に参加しなくてよかったのか?」
そう、今回ゴードルはこの大事な時に、いつものように畑で仕事をしていることになっている。
『いいのです。昨日も話しましたが、ゴードルはデキラ、好戦派に入って情報を提供してもらうためにも、わざと、仕事を優先させてもらいます。ゴードルがこの裁判に参加しているとデキラが動かない可能性もありますから』
『だな。あまり、おらも納得しているわけじゃないだが、2人してラスト国から逃亡したら、デキラの動きが分からなくなるだ』
確かに、俺たちとしてはありがたい話だが、なにせ、デキラは今回の件に関与してないなら、比較的安心してゴードルを仲間に入れてくれるだろう。
そうなれば、デキラの動向を探るのは簡単だ。
だが、代わりにリリアーナ女王が命の危険にさらされる可能性は格段に上がることになる。
『タナカ殿。これは覚悟の上です。ゴードル以外の者たちにも、抵抗は最小限にということで指示を出しています』
『リリアーナ様が戻って来た時に、一気に巻き返すための布石だべ』
今回の作戦は、わざとデキラに強硬手段で政権を握らせて、不満が出たところにリリアーナ女王の和平派がデキラたちを倒して、返り咲くという予定だ。
これなら、リリアーナ女王につく連中も多く内戦になる前に方が付くだろうという考えからだ。
「……戦力の差をどう覆すかだな」
デキラの好戦派は軍人を中心とした、戦力に高い連中が集まっている。
だからこそ、リリアーナ女王が率いる和平派をどうにかできると判断して強硬手段にでるわけだ。
もちろん制圧後の反発も考慮の上だろう。
反発も押さえつけるだけの戦力があると判断しているから、今回行動に移すわけだ。
だから、そのデキラたちを追い落とすためには、その戦力を抑え込む戦力が必要となるわけだ。
『予定では、デキラ好戦派の内部にいる私たちの協力者が、軍部の機能を奪う予定です。それで、デキラを捕縛、あるいは倒せば終わるはずです』
「なるほど、デキラを倒す際には、それなりの戦力は確保できるのか。逃げた後の予定は聞いていなかったからな。その話を聞いて一安心だ。まさか、結城君たち勇者だけを連れてってことも想像したからな」
『流石に、そんな愚かなことはしませんよ』
『無茶があるだ。まあ、タナカならやれそうだが』
ゴードルがそう言うと、うんうんと全員が頷く。
まったく失礼な奴らだな。
人を化け物みたいに言うんじゃない。
城とか町を木っ端みじんに吹き飛ばしていいならできるが、そんなことをしては本末転倒だからな。
まあ、最悪、デキラ率いる好戦派の連中を仕留めるために、城や軍事施設ごと吹き飛ばす案があったのは言わないほうがいいだろう。
と、そんなことを話しているうちに、デキラたちが城の門へと到着する。
そろそろ会話は終わりだな。
「デキラが、城門にたどり着いた。あとは任せる。何かあったらすぐに知らせろよ」
『はい。その時はお願いします』
『リリアーナ様、どうかご無事で』
『ゴードルも、無理はしないように。そして、私がいない間、この国を任せます』
『はっ』
こうして、リリアーナ女王はついに、変態下着泥棒デキラとの直接対決へと向かうのであった。
「ねぇ、田中さん。なんで下着泥棒のことを伝えなかったの?」
その対決が始まる前の空白の時間に、ルクセン君がそんなことを聞いてきた。
まあ、デキラの評判を落とすのに一番使えるのになぜ使わないんだって話だよな。
「あの下着泥棒の件は今回の真剣な話にはあまりふさわしくない。まあ、人として最低だが、国家の命運を決める際に話せば、確かにデキラの評判は落として、動きを鈍らせることができるかもしれないが、それだけだ。好戦派自体の勢いは止まらない」
「デキラの首が切られるだけというわけですわね」
「そういうことだ。今回の目的はデキラを含む好戦派の排除だ。下着泥棒の件は、あくまでもデキラだけを吊るし上げるための材料だからな」
「ああ、だから今回の裁判には使えないわけですね」
デキラだけを処罰して、はい終わりとなりかねないんだ。
それでは好戦派のトップが変わるだけで、戦争回避にはつながらないわけだ。
今回の目的は、好戦派が無理やり和平派を追い落として、独裁で民衆に不満を持たせるということだ。
これがそろって初めてリリアーナ女王が国民に認められて返り咲くということになる。
今は、ルーメルの侵攻などで、魔族全体に戦争をしなければという雰囲気があるのが、それを完全に払拭するために好戦派の支持の失墜が必要不可欠なわけだ。
「で、これから好戦派に対して不満がたまるように、リリアーナ女王が糾弾していくってわけだ」
と、そんなことを話していると、リリアーナ女王のマイクから声が聞こえてくる。
『デキラよく来てくれました』
『はっ。陛下がお呼びとあれば』
『では、そちらに座りなさい。これから、この皆の前で話すことがあります』
『……失礼致します』
おうおう。ようやく始まったな。
まずは、普通の挨拶。
まあ、デキラの方は色々不服そうな声だが、何も指摘や文句を言われていない状態で何かを言うことはない。
『では、皆の者。今回急な呼び出しに応じてくれたこと、まずは感謝する。で、早速ではあるが、皆も多忙だろう。単刀直入に言う。今回集まってもらったのは、デキラたち好戦派の者たちへの質問だ』
ざわざわ……。
リリアーナ女王は遠慮なく進めるつもりらしい。
辺りはその言葉にどよめいている。
まあ、今魔族の国ラストは、人を敵を倒すべきという勢力、通称好戦派と、人と分かり合うべきだという、和平派で真っ二つに分かれている。
それを、あえてリリアーナ女王が言及したということは何かが起こると思っているんだろう。
それは間違いじゃない。特大の爆弾を落とす予定だからな。
『デキラ。お前が四天王であり、好戦派の筆頭だということに、間違いはないな?』
『はっ。それは間違いございません。で、陛下は和平派の筆頭として、私に話があるということで間違いないでしょうか?』
『間違いない。私は今、和平派の代表として話をしている』
そう返事をして一瞬ではあるが、静寂が訪れる。
おそらく、会議場の空気は一気に下がったことだろう。
これから大バトルの予感!!
そして、マイクからはリリアーナ女王が息を吸い込む音が聞こえて……。
『つい数日前、人の国に潜入させている諜報隊の者から連絡があった。……リテア聖国、ロシュール王国で聖女と呼ばれる人物、聖女ルルア、そして聖女エルジュ王女が魔族に暗殺されたと』
『『『!?』』』
その言葉に一気に会議室は騒がしくなるが……。
『静かに。皆が驚くのも無理はないが、驚いているだけではだめだ。この件で、魔族への反感はより一層高まった。十年程前のルーメルが侵攻してきたこともある。デキラなぜこのようなことをした? 人の敵愾心を煽ってどう責任を取るつもりか?』
なるほど、この聖女の暗殺をデキラの責任にするわけか。
まあ、政府の意思を無視して動くというのは軍にとっては許されることじゃないからな。
さて、デキラはどう答えるのか。
『さて、聖女という人物の暗殺などは知りませんが、人が敵対してくるのであれば、倒すだけですな。国を守るためです』
『勝手に軍を動かして、ルーメルへの圧力をかけているのはわかっている。しかも、我が国民を犠牲にしてだ。それでよく国を守るためだと言えたものだ。証拠も挙がっている。あとで皆にも見せよう』
ここで、ノールタルたちのことを言ってきたか。
『……』
『このことに対しては違うとは言わないのだな』
『……国を守るためです。聖女の事は存じませんが、ルーメルは勇者召喚により、我が国を脅かす力を持っている。そのために必要な措置です。陛下はこの事実を知っていて何も手を打たなかったではないですか』
『その勇者たちがこちらに向かってきているなどとは聞いていない。無用にお前たちは国を疲弊させただけにしか見えない』
『違う!! 私たちは国を守っているのだ!! 陛下は何もしていない! 和平と言っているが、魔族の状況は一向に良くならない!! そして人は着実に動いている。ルーメルの侵攻、更なる勇者召喚、私たち魔族は既に和平などといっている場合ではないのです!!』
そう、デキラが力説する。
ルーメルの連中にとっては耳の痛い内容だな。
どう考えても、魔族が動き出したのは間違いなく、ルーメルの魔族領への侵攻と、勇者召喚が原因だとはっきりしたからな。
そして、まだ話し合いは続く。
『だからといって国民を犠牲にしてよいわけがなかろう!!』
『必要な犠牲だ! そうだ、必要な犠牲と言って国民を犠牲にしているのは、陛下も同じではないか!!』
『なにを言っている?』
ん? どういうことだ?
デキラは何を言いたいんだ?
リリアーナは女王の時はキリッとします。
そして、デキラは裁判の時には下着泥については糾弾されないもよう。
トカゲの尻尾きりになるからね。
こうして、ラスト国での和平派と好戦派の戦いが始まる!
この主張を聞いてリリアーナの和平派、それかデキラの好戦派か。
君たちはどっちかな?
因みに田中派とかは無しな。




