第20射:旅の準備
旅の準備
Side:ナデシコ・ヤマト
私たちは自分たちで道具を買いそろえてから、一週間ほど私たちを主体で近場の森での仕事を受けて、日々の糧を得て、経験を積んでいました。
今日も、無事に仕事を終えて、宿のちょっと高めのご飯を食べていると……。
「え? ガルツ王国へ?」
「ああ、ガルツ王国の方へ足を延ばしてみたいと思っている」
それは唐突でした。
明日準備をして、明後日にはガルツに向けて出発するというのです。
「なんでまた?」
晃さんが理由を聞きます。
私たちも不思議に思っているので、田中さんに注目すると……。
「なんでというか、いい加減近隣の仕事はいいだろう。ガルツの方は、それなりに強い魔物が出たりするらしいから、いい経験になるだろう。俺たちの目的はこの土地で生きていくことじゃないからな。それに、そろそろ勇者としての活動をしないと上がうるさい」
「「「ああ」」」
そういわれて納得しました。
このルーメル王都での冒険者生活に慣れてしまっていますが、私たちは本来、この世界の魔王を倒すために呼ばれたのです。
このルーメル王都で普通の冒険者として活動していたのは、私たちを鍛えるため。
すっかり忘れていました。まあ、それだけ現状になれるのに必死だったのでしょう。
「となると、ルーメルの代表みたいな感じで挨拶ですか? 何も礼儀とか知りませんよ? 無礼でバッサリとか嫌ですからね」
晃さんがそういうと、田中さんが無礼打ちにされかけたことを思い出して、私たちも顔をしかめます。
あの時は、田中さんの巧みな話術と、その後の比類なき実力を示して事なきを得ましたが、次も上手くいくとは限りません。
「いや、その心配はない。向こうはロシュール王国と、国境争いが普段より激化している感じで、王都に挨拶をする暇はなさそうだ」
「はぁ? 国境争いって戦争だよね? 僕たちが向かうのって危険じゃない? なんでわざわざ?」
「まあ疑問は尤もなんだが、その疑問が答えでもある」
「どういうことでしょうか?」
「君たちは、これから魔王、魔族相手に戦争をすることになる。つまり、いい見本になるはずだ。戦場のな」
「「「……」」」
戦場。
……確かに、私たちは戦うために呼ばれたのですが……。
「ま、気持ちはわかるが、いざ攻め込むときになって、固まって貰っても困るからな。その時命を落とすのは、自分だけだと思うな。周りを全て巻き込むと思え」
「……わかりました。この前の光みたいなのは勘弁ですから」
「うん。僕も自分が怪我して、そのせいで晃や撫子が死ぬなんてまっぴらごめんだよ」
「……そう、ですわね。私たちは生きるためにこの場にいるんですから」
「それでいい。敵を殺すなんてのは、二の次だ。生きろ。まあ、その過程で敵の命を止めた方が生きるためには楽だという事実に気が付くという皮肉なんだがな。既に魔物を殺している3人ならわかるだろう?」
「「「……」」」
わかってしまうのが悔しいです。
「ああ、そこまで深刻にならなくてもいい。ちゃんと現場を見せてもらえるように手筈は整えてある。王家から直接戦場の検分を頼んでいるからな。勇者の案内ということで、断ることはないだろうってな。ま、案内役に多少の礼儀は必要になるだろうが、戦場の現場を知っている奴が、多少の礼儀の有無で文句は言わんよ」
どうやら、私たちの意思はあまり関係なかったようです。
いえ、たぶん田中さんはいけると思ったのでしょうね。
私たちなら大丈夫だと。
無茶なように見えて決して限界を超えた無茶を要求してくることはないのです。
恐らく、田中さんが自分自身幼いときから戦場にいた経験からでしょうか、ギリギリを見極めているのだと思います。
「でも、よくルーメルの王族が許してくれましたね」
「そこは、色々あるんだよ。勇者を召喚した顔見せって言うのもあるだろうし、この前あった闇ギルド支部壊滅のこともある」
「どういうこと? 僕たちが勇者ってことを広めるのはわかるけど、この前の闇ギルド支部壊滅は関係ないんじゃない?」
「そうでもないんだよ。闇ギルドの利用者に、貴族様たちの名前も挙がっていてな。書類の証拠付きで。それで、ルーメル王都の貴族は後始末に精一杯。そして、その関係で俺たち、というか大和君たちをこの土地に置いておきたくないって言うのがあるんだ」
「どういうことでしょうか? 貴族が闇ギルドを介して犯罪行為に手を染めていたのはわかりましたわ。ですが、それでどう私たちが関わってくるのでしょうか?」
「色々理由があるのだが、まずわかりやすいことを言うと。今後のルーメル貴族内部での権力が欲しい連中は勇者という、政治的にも力的にも利用できる大和君たちを取り込みにかかるだろう。ちょうど闇ギルドでルーメルの貴族が処罰されるからな」
なるほど。政治利用ですか。
「で、大和君たちを利用することになると、大和君たちもそれ相応の地位や仕事を任せられることになる。つまるところ、ルーメルの国政、政治に口を出せる立場になるかもしれないってことだ。これを嫌うのは、俺たちを勇者という単体戦力で利用したい王家だよな。俺たちが権力を持つと困るわけだ。勇者はあくまでも王家の手駒にしたいってやつだな」
確かに、王家の人たちは私たちに勇者以上の力を発揮することは望んでいるとは思えませんわね。
その証拠に、私たちに戦力だけを求めて、知識を求めることはしないのですから。
「ということで、大和君たちがルーメルの政争に参戦したいっていうなら止めないが、どうする?」
「……つまり、ここに残っていると、ルーメルの国政に参加したいって見られるんですか?」
「そうそう。結城君もわかってきたじゃないか」
「うわー。それは僕も嫌だよ。ガルツに行くのにさんせー。僕たちは帰る方法を探すんだから」
「ですわね。ガルツに行くのに私も賛成いたしますわ」
ここまで言われて残る気はないですわ。
足を引っ張られるのは嫌です。
光さんの言う通り、私たちは日本に帰る方法を探すためにも。
「よし。じゃ、明日は旅の準備だな。距離的に、ガルツとの国境までは馬車で1週間ほどらしい」
「遠いですね……」
「いや、そうでもない。馬車の速度は時速10キロもないぐらいだからな」
「おそっ!?」
「いや、町中で馬車とかよく見るとわかると思うが、あんな荷車を引いているんだ。そう速度はでないさ」
「言われてみるとそうですわね。となると、距離的には大したことは無いんですの?」
「まあ、大したことが無いっていうと違う気がするが、馬車で1週間って考えると、時速10キロで6時間移動と考えて、日に60キロ。さて、1週間で?」
「420キロ?」
「当たり。だが、そこまで道路整備がされているわけでもないからな。期待値の半分ってところだな。雨や路面の状態。馬の休憩もある。せいぜいよくて300キロ前後ってところだろう」
「意外と隣国って近い? というか国が小さくない?」
光さんの言う通り、確かにルーメル王都から300キロほどで、国境にたどり着くと考えると、王都が国の中心にあるとして、直径が600キロ。日本列島は3000キロですから、これで大国なのでしょうか?
「そこまで不思議なことじゃない。日本の立ち位置が特殊なだけで、このぐらいの大きさの国なら地球にもよくあるし、この世界は魔物という脅威もあれば、文明レベルも言っては何だが、そこまで高くない。むしろ、この文明レベルでこの大きさの国があることが驚きと言ってもいい。国土が大きくなればなるほど、連絡に支障をきたすし、国土防衛にとってそれは死活問題だからな」
「ふーん。よくわからないけど、田中さんがそう言うなら、そうなんでしょうね」
「そうなんだー。ぐらいしかわからないや。撫子はわかる?」
「なんとなく、ぐらいですが」
国の適正国土なんてわかりませんから、それぐらいしか言えないでいると、田中さんは苦笑いしながら、口を開く。
「ま、国の事なんか、そうそう考えることはないから、そんな感じでいいさ。大事なのは、一週間分の水や、食料などを買わないといけないってことだな。一応、国から依頼みたいなものだから、馬車は用意してもらえるんだが、食料は断った」
「なんでですか?」
「さっき言った、上が色々慌ただしい中だ。食料に毒を仕込まれても面倒だ。それに、軍の食糧ってアレだったろう?」
「「「……」」」
確かに、固いパンに干した塩辛い肉ですからね。
「ということで、一週間もつ美味しいものを買って旅をすこしでも楽しくしようってことだ。不味いと気力がなくなるからな」
「なるほど。そういうことなら、色々買ってきますよ」
「だね。あ、料理で鍋とかも持っていっていいんですか?」
「いいぞ。その分荷物は多くなるが、料理道具だしそこまで気にすることもないだろう」
美味しいごはんは大事ですからね。
不味いご飯を食べながら旅とかは嫌ですわ。
で、どんなものを持っていくかと話し合っていると、不意に晃さんはリカルドさんたちを見て口を開きます。
「あ、そういえば、リカルドさんたちはどうするんですか?」
「私たちも、勇者様たちと一緒についていきます」
「私たちがいれば、入国や話し合いにそこまで手間取りませんからね」
「わたしはー、勇者様たちのメイドですからー」
「じゃ、3人の分も買わないとね」
「では、明日はみんなでお買い物に行きましょう。嵩張るものも多いですし」
「ああ、それについてなのですが、王家より下賜されたものがございます」
私がそういうと、リカルドさんは思い出したように、あるモノを取り出して私たちに差し出してきました。
「袋?」
「ただの袋ですわね?」
特に見るべきところもないただの布の袋です。
ただ、袋の模様、デザインが普通の袋よりは精巧なぐらいでしょうか?
そんな感じで、私と光さんが首を傾げていると、妙に興奮したようすの晃さんが……。
「これって、アレですか? 見た目以上に沢山の物が入るっていう魔法の袋ですか?」
「ええ。そうです。冒険者もそれなりに持っている物ではありますが、この下賜されたこの魔法の袋は容量が違います。普通であれば、せいぜい樽10個分ほどなのですが、これは大きな屋敷ほどの容量があるのです」
「へー。そんなものがあるんだ。あ、そういえば、ドラゴンハンターズの人たちも言ってたかな? でもさ、そんなのを僕たちに貸していいのかな?」
「そうですわね。ここまで便利な品となると、私たちに貸すよりも他に使い道があると思いますが?」
私がそう聞くとリカルドさんは困った顔をして言葉を続けます。
「まあ、言っていることは間違いないのですが、万が一襲われて奪われたりしますと、一気に荷物が無くなるのです。確かに、商人や軍需品などを運ぶには便利かもしれませんが、なくすリスクも高いですし、これ一個しかないので、微妙なのです。被害を考えるのであれば、馬車に普通に積み込んで持っていく方がいいともいわれています」
「あー。そうか、魔物とか盗賊もいますからね」
「ええ。ユウキ様の言う通り、リスクが高いのです。しかも王家所有の物ですからね。勇者様ほど戦力があればいいと判断したのでしょう」
「なるほど……。田中さんどう思われますか?」
「ん? 便利だからいいんじゃないか? まあ、なくすリスクも考えて、分散するっていうのは賛成だ。というか、お金に余裕があるなら、樽10個ぶんとは言え、魔法の袋を買っておいても損はないだろう。いくらぐらいだ?」
「簡単に買える金額ではないですよ。金貨100枚が最低ラインです」
「「「……」」」
ま、便利さを考えれば当然ですわね。
安いのであれば、誰でも使っているでしょうし……。
「今回は見送りだな。ありがたく、魔法の袋は使わせてもらうとして、なくすリスクも考えて何を入れるか、みんなで吟味するか」
そういうことで、私たちは旅に向けての準備を始めることになったのです。
……ガルツ王国。
そこで、私たちは何を見て、感じるのでしょうか。
こうして、勇者御一行はルーメルを離れることになりました。
さて、旅先で一体なにが起こるのか?
必勝ダンジョンを見ていればだれと会うことになるかは多少は予想がつくかな?




