第196射:違和感の正体
第196射:違和感の正体
Side:タダノリ・タナカ
ダルゼンと隣接といっていいほどの近さに存在している、ガルツ領ウォール。
俺たちは再びその町を訪れていたのだが……。
「まて、荷物の検査をする」
門の衛兵から荷物検査を受けていた。
今回は、勇者や国の使者としてではなく、商人としてきているから当然の話なのだが、一つ変なところがあって……。
「すみません。兵隊さん。ちょっとお聞きしていいでしょうか?」
「なんだ?」
「私たちのほかに出入りしている人が見えないようなんですが、こんなもんですか?」
「ああ、なんか最近ルーメル側からの出入りは少ないな。まあ、最近物騒だからな」
「物騒というと?」
「ん? 知らないのか? 最近、といってもここ数か月なのだが、大森林から魔物が出てくることが多くてな。特に、このウォールとダルゼンの間は魔物の出現率がかなり高くてな。商人や冒険者のパーティーの被害が大きい」
「そんなことが」
おいおい、そんな話はダルゼンで聞いたことなかったぞ。
まあ、国境の話は全然だったから聞かなかったからと言われれば終わりだが。
しかし、魔物が出てきているっていうのはどういうことだ?
「本来なら即座に動きたいところだが、今は、ガルツはロシュールと停戦中で色々話し合い中だしな。戦力をまだ割くわけにもいかないし、ガルツのほうは元聖女様が暗殺されたってことでリテアが揺れているだろう? 向こう側の警戒に人を集めていて、こちら側の退治に戦力を割けないって話だ」
「はあ、そんなことが起こってるんですね」
どういうことだ。ガルツ側は元聖女暗殺の件を末端の兵士でも知っているみたいだ。
まあ、確かに、ロシュール側の停戦要請としては、第三王女である聖女エルジュの死亡を理由に大々的に発表して、停戦を求めたんだろうから、その関連で元聖女ルルアの死亡を知っていてもおかしくないが、それなら、なぜ、ガルツ側からルーメルに情報が入ってきていない?
いや、魔物の襲撃が多いといっていたな。
ここ数か月、まさか……。
「ま、お前たちは運がよかったな。だが、帰りも同じだとは限らない。どうせ停戦がまとまるまで、あと少しだろう。それまでは、ウォールの町に留まっておくといい。領主様の方に願い出れば、多少の滞在費は降りるはずだ」
なんだその好条件は、ただの商人の為に宿泊費を出す?
何のためにだ?
「何せ、魔族が動いていたんだからな。人が一致団結して戦うべきだからな」
「ちょっ!?」
兵士の発言に御者に座っていたルクセン君が溜まらず声を上げるが、即座に大和君と結城君に口を塞がれて、荷台の方に引きずり込まれる。
ナイスだ。
あのまま騒いでたら問題にしかないらないからな。
と、そこはいいとして、兵士が言った言葉が問題だ。
「すみません。兵隊さん、その話はどういうことでしょうか? 魔族がこの戦争の何に関係しているのでしょうか?」
「ん? ルーメルには伝わっていないのか? まあ、遠いから仕方ないのかもしれないな。ロシュールの聖女であったエルジュ様が魔族の手先になっていたロワールという大臣のせいで命を落としたのだ。やはり、彼女は悪くなかったってことだ。あれだけガルツの国民を助けてきたロシュールの聖女が、侵攻してきたというのはおかしい話だったのだ」
「……なるほど。そういうことで、一致団結ということですね」
「ああ、そうだ。魔族が動き出して、聖女様を狙っているということは、敵が動き出すということだ。お前たちも気を付けておけよ」
「はい。ありがとうございます。あ、情報のお礼といっては何ですが、休憩にでも食べてください」
そう言って、俺は干し肉を分ける。
お金は拒否されそうだからな。
「ありがとう。じゃ、ウォールの町でゆっくりしていくといい」
そう言われて、俺たちはウォールの町に入ったのはいいが、即座に宿を取り、緊急会議へと移ることになった。
「ちょっと、どういうことだよ!! 兵士の人、魔族が聖女様たちを暗殺したって言ってるじゃん!! やったのはリテアでしょう!!」
「おちついてください、光さん。いまこの場でそういうことを言うのはやめた方がいいですわ」
「うっ、でも……」
やはりというか、やっぱりルクセン君が納得いかないという感じで憤慨している。
さて、どういう順序で説明したものかと、思っていると、結城君が口を開いて……。
「田中さん、なんでそんな話になっているんですか?」
と、わかりやすく聞いてきた。
「なんでというか、理由は簡単だ。これ以上国同士での消耗を避けるためだな」
「どういう意味ですか? それが、何で魔族がやったっていう話に?」
「結城君、落ち着いて考えてみろ。なんで、聖女様が魔族に殺されたら、魔族の方に人が攻めてくると思う?」
「そりゃ、面子か、復讐の……って、そういうことか!!」
「戦争する相手を、魔族としたかったんですね」
どうやら結城君と大和君はそのことに気が付いたようだ。
「どういうこと?」
「つまり、この場合、リテアが原因です。っていうと、リテアに非難が集まるのはわかるな?」
「うん。そりゃ、悪いことしてたんだし当然じゃん」
「いや、まだ確定したわけじゃないが、まあ、リテアが黒幕だったとすると、それを知った民衆たちはリテアを攻め滅ぼそうと、声を上げるわけだ。そうなると……」
ここまで言うと、流石のルクセン君も気が付いたようで……。
「……そうか。身内で殺し合うより、魔族を敵にってこと?」
「ああ、そうだ。まあ、ここまで一般の兵士や一般人まで浸透しているんだから、表向き魔族が敵ってことになっているんだろうな。そうでもしないと、このまま人同士で泥沼の戦いを始めることになる。そこで、本当に魔族が攻めてきたらとでも思ったんだろうな。あるいは、これ以上の消耗を嫌ったか」
もう始まりはどうでもいいってわけじゃないが、これ以上の戦いは無益だと気が付いたってことだ。
まあ、本当に魔族が動き出さなければ、各国の友好が魔族を倒すということで同盟ができ、今までの問題も改善できるからな。
特にガルツとロシュールは和解につながるんだから、これ以上のことはないだろう。
だが、その事実が理解できても、ルクセン君は納得できていないようで……。
「でも、それじゃ、ノールタル姉さんたちの故郷が……」
「そうだな」
そう、この落としどころの問題は、魔族が割を食うということになる。
濡れ衣を着せられて、攻めてこられればそりゃ可哀想だという話だ。
だが、そんな感情を抱くのは、魔族と知り合っているルクセン君たちだけだ。
魔族の事情を何も知らないなら、これ以上に責任を擦り付けるのに都合のいい相手はいない。
これで大戦を避けられるなら、俺だってそうする。
しかし、今回はなー。
「それに、デキラが動く理由になっちゃうじゃんか!!」
「「「……」」」
ルクセン君の言葉に沈黙するメンバー。
そこなんだよな。
確かに、大戦を避けるにはいい方法だ。
だが、魔族の内情を知る俺たちにとってはまずい選択だ。
これで、ルクセン君の言うように、デキラが防衛を固めたり攻めて行ったりという行動を正当化する理由が出来てしまったわけだ。
リテア、ガルツ、ロシュールはそんなこと露とも思っていないだろうな。
なにせ、今まで百年単位で魔族は動いてないからな。ルーメルを除いて。
そして、その沈黙を破って大和君がこちらを見て口を開く。
「で、田中さんはこの状況からどう動くべきと思っているのでしょうか? 私はすでにこのガルツで聞く話はなくなったと思いますが?」
さっさと戻って対策を取るべきだって感じで聞いてくる大和君。
「聞くべきことはなくなっているか……。ちょっとそれは、まだ気が早いな。というか、どうやって周りを納得させるかって話にもなるよな。しかもおそらく信じてもらえないだろう」
「……ですが、何もしないよりはましです。ならば戻って行動を起こすべきでは? それともガルツの王都に直談判でしょうか?」
「いや、ガルツの王都はやめておこう。色々揉めているのに顔を出すと、いきなり魔族の攻略の矢面に立たされかねない」
ガルツ王都訪問は絶対なしだ。
ランクスのバカのせいで、ガルツの勇者への対応がどうなるかさっぱりわからんからな。
あのローエル王女は俺たちにそんなそぶりも見せなかったから、あの王女はあの王女で立派だったんだな。
面倒かもしれない勇者の相手をしてくれたんだからな。
「では、ほかに何かあるのですか?」
「あるにはあるが、そもそもの今回の行動の目的は魔族や各国の動きを見るための行動だ。俺たちが即座に戻ったんじゃ意味がない。各国は、というかガルツは聖女の暗殺をきっかけに魔族を倒そうって方向みたいなのは分かったが、これから暗殺の事実が明かされる可能性もあるしな」
「あー……って、状況的にあり得ない気がする」
「「「……」」」
「うぉい! なに意外そうな顔してるんだよ!! 流石の僕だってわかるよ!」
あ、そこは流石にルクセン君でもわかるのか。
もうここでリテアが自分でしましたなんて言うのはバカだからな。
何の得にもつながらん。
「……で、光さんもこれからの逆転はないように思っているみたいですが、田中さんはそれがあり得ると思っているのですか?」
「いや、俺もそれはないと思っている。だけどな、ほかにやることはあるんだ」
「ほかにやること、ですか?」
「ああ、クォレンの違和感だ。今までの話で心当たりが出てきた」
「え? なんかあったっけ?」
「ん? ああ、大森林から魔物が出てきて、被害がって話ですか?」
「そうだ。大森林からの魔物、そしてダルゼンとウォールとの情報の差。これは、魔族が動いているのかもな」
俺がそう言うと、全員がハッとした表情になり、大和君はさらに嫌な想像ができたようで……。
「……まさか。ルーメルを孤立させるため?」
「一番最悪なことを考えるとそうだろうな。まあ、クォレンやグランドマスターの爺さん、そして魔族側にリリアーナ女王、ゴードルに確認を取る必要があるが、ガルツとルーメルの情報の差がありすぎる。意図的に情報封鎖されているように感じる。調べてみる必要はあるだろう。こっちにとってもそれがチャンスになるかもしれない」
デキラが動いていれば、これで更なる糾弾できる材料が増えることになる。
というか、逆にこれを放っておくとまずい気がする。
「え? なんで魔物が出てきているのが孤立につながるの?」
「光さん、簡単に説明いたしますと、ガルツとルーメルの情報の違いは、おそらくルーメルに誰も行っていないのです」
「……どういうこと?」
「光。あれだ、ルーメルからガルツに行っている連中が戻ってこないってことだよ。ほら、ガルツの方は魔物が国境に出て大変だって話だろう? おそらくルーメルに戻る連中は襲われてガルツに戻っているんだよ。それで、ガルツの情報がルーメルに届いていない」
「あー、って、そんなことをわざわざ魔物がするの? って、これがデキラにつながるってこと?」
そう、誰もルーメルに来ないなら情報は届かない。そういう話だ。
しかも、ルーメルからは人は出ているから、ルーメルの方は情報封鎖されていることに気が付かない。
「あれ? それを考えると、前にガルツに来たとき僕たちが襲われたのって……」
「その可能性もあるな。もともと、国境沿いの情報封鎖をしていて、俺たちの情報を得たから襲い掛かった」
「……それが事実なら最初から私たちのことはばれていたということでしょうか?」
「まあ、そういう話はあったしな。ここでその真相を探るべきだな。デキラの配下の意図的な情報封鎖なのか、偶然なのか」
ここまで考えた情報封鎖を行っているとすると……。
下手をすれば、この状況次第ではデキラが動く。
……ちっ、デキラがバカな方に期待することになるとはな。
ただの変態であってくれよ。
実は、デキラは情報封鎖を試みている模様。
しかもルーメル側からは分かりにくいように。
変態はただの変態ではなく考えられる変態であり、リリアーナ女王やゴードルのことが心配になってきました。
この事実にたしいて、田中たちはどうやって立ち向かっていくのでしょうか。