第195射:国境の町再び
国境の町再び
Side:ヒカリ・アールス・ルクセン
「いらっしゃーい。色々置いてるから見ていきませんかー」
僕はそう言って、客寄せをしている。
ここはルーメルとガルツの国境に位置するダルゼンの町。
以前訪れたことのある町だ。
違うのは、今回は私たちがこっそり来ているということ。
なので、領主のダルゼンさんには会わないってことになっている。
あの人、良い人だったし、少しだけ顔を合わせるだけでもって言ったんだけど……。
『気持ちはわからんでもないが、やめとけ。向こうは俺たちがここにいることを知らない。そして、知ったらそれ相応の対応をしなくちゃいけない。俺たちが商売とかするわけにはいかなくなるからな』
確かに、僕たちはともかくお姫様が一般人相手に商売とかはダメって言われるよね。
で、出来てたとしても、まともな情報収集になるわけがない。
普通ということを知らないからねー。
とはいえ、僕たちもこの世界に来て日が浅いし、このダルゼンの町の普通がどんなのかは知らないけどね。
そんなことを考えていると、不意におばちゃんがお店を覗いてくる。
おっと、お客さんだ。
「いらっしゃいませー」
「ああ、見させてもらっているよ。そうだねー、この塩壺、もう少しまからないかい?」
「むー、そうだねー。まあ、値段は少し下げてもいいんだけど、其れかオマケしてもいいんだけど、聞きたいことがあるんだよねー」「んー? 私が知っている事ならおしえるよ。まあ、まけてくれるならだけどね」
そう言って笑うおばさん。
日本の買い物では、こういう値段交渉はフリーマーケットか、市場とかでしかないけど、こっちの世界はこういう値切りは当たり前。
定価で買うというほうが珍しいぐらい。
おかげで、僕の方もこうして話すきっかけができるからやりやすいよね。
「流石おばさん、話がわかる。じゃ、銅貨2枚値引きか、干し肉のオマケどっちがいい?」
「ずいぶん気前がいいねぇ。ま、今は肉には困ってないから、銅貨2枚値引きでいいよ。はい、代金。とはいえ、いったい何が聞きたいんだい?」
「まいどー。いや、別に難しい話じゃ無いんだー。ほら、今まで戦争だったじゃん。それで何か足りないものとかあったら聞きたいなーって」
そう、田中さんたちと話し合って、どういう風に話し聞くかは決めているんだ。
流石に露骨に国のことどう思うっていうのはあれだし、一般人の欲しいものとかを聞いて、現状を聞き出そうってことになったんだ。
「なるほど。お嬢ちゃんも商人の娘ってわけかい。そうだねーって、ちょっとまちな。お嬢ちゃん、戦争だったって変なこと言うんだね。まだ、戦争は終わってないんじゃないかい?」
「はい?」
意外過ぎる返答で、首をかしげる。
「いや、だからまだ戦争が終わったなんて話は聞いたことがないよ。お嬢ちゃんの戦争が終わったって話は、誰から聞いたんだい?」
「普通に商人仲間からだけど?」
「へー。それならいい話だね。とはいえ、まだこっちにはそういう話は届いていないねー。領主様からもそういう話はなかったよ」
「あー、そうなんだ。僕たちはリテアの方から来たから、そこらへんで速度が違ったのかもね」
「そうだろうね。戦争が終わったといっても、まだ国境はにらみ合っているだろうし、そこらへんで情報が回ってきていないのかもね」
なるほど。ガルツとロシュールが停戦して、色々話し合いをしているとは言っても、まだ停戦しているだけで、戦争が終わったわけじゃないんだ。
なるほどなー。これがそこに住む人たちと、政治の現場の違いか。
「しかし、わざわざリテアの方からこっちに来るなんてもの好きだね」
「親戚がいるからね。戦争が落ち着いたって聞いて様子を見に来たんだ。ここでの商売が終わったら、今度はガルツの方だよ」
「そうかい。まあ、戦争が終わったっていうなら安心だけど。まだ気性の荒い連中はいるからお嬢ちゃんたちも気を付けるんだよ」
「はい。ありがとうございます」
「また帰ってきたらここでお店ひらくからねー」
「ああ、その時はまたオマケしてくれよ」
そういって、おばちゃんは笑顔で去っていく。
僕たちはその姿を最後まで見送ることなく……。
「いらっしゃいませー」
「お安くしておりますわ」
「かったかったー」
女性陣で商売に励むのであった。
「……で、なんか戦争はまだ終わっていないって感じだったよね」
「ええ。まだ詳しい話はこちらに届いていないようです」
「私も、まだこの町の人たちはピリピリしているように感じたね」
と、僕たちは借りた宿屋で田中さんたちにそう報告をする。
「そうか。こっちも同じだな」
「ええ、門番の兵士たちにも確認を取りましたが、まだ戦争は継続中という認識でしたな」
「ですね。冒険者の方でも、戦争は継続中。でも、ルルア様の暗殺の話も来てないですよね」
どうやら、田中さんたちの方も僕たちと同じみたいだ。
「まあ、情報封鎖しているんだろうな。まだまとまったわけじゃない。ぬか喜びをさせて問題になるなら、全部まとまってからという判断もわかる。冒険者の方もな。あいつらはほっつき歩くからな。無駄に不安な情報を流して混乱させる理由もないだろう」
「ですな。これで交渉が失敗して戦争が再開したとなると、領民の不満はたまりますからな」
あー、理由はすごく納得がいった。
特に冒険者とか口が軽いというか、そういう情報は生死にかかわるからね。集めたがるし、広めるのは冒険者にとっては命を繋ぐために必要なことだ。
だからこそ、冒険者ギルドは情報を流してないのかな?
でも、リテアから移動した冒険者が言いふらしていそうなんだけど。
確かに国境の警備は厳しいけどさ、別に大国から大国に移動しなくても、大国から小国、小国から大国って移動すればいいんじゃないかなーって思っていると……。
「わざわざ、小国とかを迂回して大国に伝えるもの好きはいないだろうな。家族でもいれば別だが、その家族を持つような冒険者はその家族がいる場所に住むだろうしな」
「それに、無駄に情報を広げて混乱させれば処罰されますからな」
あー、なるほど。
移動する理由がないんだ。
そして、処罰されると分かっているのに、情報を伝える理由もないね。
「まあ、周りの情報はある程度分かりましたけど、クォレンさんが言っていた違和感って何でしょうね」
「さあな。今のところは普通に見える。案外クォレンは色々知りすぎて周りの反応のなさに驚いていたんじゃないか? とも思うぐらいだ。まあ、ギルド長がそんなミスをするとも思えんが」
確かにね。上は大慌てだけど、下の方は何も知らずにいつもの生活を送っているから、違和感があって当然だと思うけど、クォレンさんならこういうことに気が付かないわけがないもんね。
となると、色々他にあったんだろうけど……。
「とにかく、わからないことを考えても仕方ない。今回の目的はガルツの動向を調べることだし、クォレンの懸念を解決することじゃないからな。ガルツに向かう分には問題ないようだから、明日にはダルゼンを出てガルツ側に向かう。いいな?」
「「「はい」」」
田中さんの言う通り、僕たちの目的はガルツに行って魔族に対して国の動きがあるかどうかを調べるのが最優先。
そして、僕たちがアスタリの町を離れることによって何か周りに動きがあるのかの確認でもあるんだよね。
クォレンさんの心配事を調べるのはあくまでもオマケってやつ。
「さて、今日はこれぐらいだな。あと、俺の方からの報告としておくべきことは、リリアーナ女王の方には変化なし、ゴードルはデキラの派閥に入ることは成功したってところか」
「え? ゴードルのおっちゃん。デキラの軍に結局はいっちゃったの?」
「そこまで急を要する事態ではないと思いますが?」
撫子の言うように、いまは聖女様暗殺の件もウソだってわかったことだし、変態デキラもそうそう動くことはないって判断も出ている。
なのに、ゴードルさんはあの変態を監視するために、軍の方に行ったみたい。
「いや、普通に考えてみろ。元々リリアーナ女王の部下が、戦争間近になって仲間に入れてくれとか、怪しいだろう? まあ、下っ端なら鞍替えで納得できるが、四天王だしな」
「あー、スパイに来たって思われるのか」
「そうだ。今回はもともと、デキラを捕縛するために仕込もうって話だったしな。元聖女暗殺の噂がデキラに伝わった後じゃ遅すぎる」
「……それは露骨に探りに来ていると思われますわね」
「逆に危険ってことか」
「で、その噂が伝わる前からデキラと協力していたらどうなると思う?」
「なるほど、疑われないってことか」
納得、超納得。
こうしてゴードルのおっちゃんは安全にデキラの軍に入ったわけか。
「まあ、軍に入ったとはいえ、ゴードルは魔族の国、ラストの重要な生産拠点の番人だからな。すぐに軍の中に入り込んだりはしない。というか、そのポストからデキラが無理に動かしたら、それこそ問題になるからな。しばらくはあの森で畑を耕すことになるだろうさ」
「そっか。あの畑は守られるんだね。それならいいかなー」
「ですね。てっきり、デキラの部下にでもなって、あの畑が荒れるモノかと思っていたのでよかったですわ」
あの変態デキラのために頑張ってみんなで育てている畑を放棄するなんてありえないしね。
「ま、そういうことで今日の話は終わりだ。明日も早いうちにでるから。さっさと休めよ」
そう言って、田中さんたち男は部屋から出ていく。
なんで、僕たちの部屋にとおもったけど、僕たち女子の方が多いからね。
こっちの部屋に来たのかと、今更気が付いた。
と、それはいいとして……。
「意外とばれないよね。ノールタル姉さんたちは」
「まあ、見た目は特に人と変わりませんし。というか、普通の女性よりも可愛らしい気はしますが」
あ、それはわかる。
外に出てノールタル姉さんはともかく、セイールたちはどこからどう見ても美人だ。
おそらく変態デキラは狙ってセイール達を集めたんだろうね。
クソが。
「そうかなー? 私から見たら、ヒカリやナデシコの方が可愛く見えるけどね」
「「「うんうん」」」
「褒めてくれてありがとね。ま。あれだ。私たちは全員美少女ってことだね」
「そうそう」
「……ま、いいでしょう。でも、久々の長旅です。しつこいようですが、具合とかは悪くありませんか?」
「いや、私たち全員問題ないよ。まあ、あんなに弱っておいて何を言うんだと思うかもしれないけど、これでも丈夫なんだよ」
「……うん。丈夫だから、心配しないで」
こうして、ノールタル姉さんたちの体調も確認したところで僕たちはベッドにもぐりこんで休むのだった。
こうやって、のんびりした旅が続けられるといいんだけどな。
と、眠りに落ちる寸前そんなことを考えるのであった。
「明日もいい日でありますように……」
再びやってきました、国境の町ダルゼン。
みんな覚えているかな?
私は覚えていなくて、読み直していましたよ。
覚えていないことは悪いことじゃないんだ。
この物語といい、必勝ダンジョンといい、情報量はおおいからね、読み直して思い出せばいいんだよ!!
で、ダルゼンの民衆はいまだに外国の情報は知らない模様。
これはいったいなにを意味をするのか?