第194射:聖国とダンジョン、そして……
聖国とダンジョン、そして……
Side:タダノリ・タナカ
俺たちはのどかに馬車を進めている。
前回みたいに魔物や魔族に襲われることもなく、のんびりとした旅路だ。
今日も予定通りの行程が終わり馬車を止めて野宿をしている。
だが……。
『ということで、移民という話がでておるのう』
「難民をダンジョンに? 正気か?」
『リテアの上層部も割れておるようじゃな』
「そりゃ割れるだろう。下手すれば大虐殺の片棒を担ぐわけだ。しかも国を頼って集まった難民を殺してしまうという最大の汚名付きで」
俺の方は、リテアから来る続報で頭を痛めていた。
なんと、元聖女様はダンジョンを制御しているセラリア王女に助けられたらしい。
冒険者で凄腕の英雄モーブたちも、エルジュ王女の志に賛同して、セラリア王女と行動を共にして、今回の件で協力したということが分かった。
そして、問題はそれだけではなく、そのダンジョンを人の住める場所と証明するため、リテアの難民を受け入れるといっているようだ。
あの難民区画、背信者区画から希望者を連れて行くと言っているらしい。
『タナカ殿は反対か』
「俺はあんな得体のしれない空間にいたくないね」
下手をすると全部が監視カメラってこともあり得る。
そんなところに結城君たちを連れて行けば、あっという間に殺されるだろう。
『セラリア王女がそんなことをするとは思えんがな』
「だといいな。わざわざ、ロシュールでなく、リテアで人を集める理由もわからない。移動だけでどれだけ経費が掛かると思っている。そのことを提案してきたセラリア王女っていうのはバカなのか? いくら元聖女様の提案があったとはいえ、正気じゃない」
難民を受け入れるというのは、それだけ難しいことだ。
ただ物資があればいいというわけでもない。
その難民たちを指導する人材も必要だし、難民になって極限を体験している連中は、犯罪に対してのハードルが低い。
治安を維持することが極めて難しいということだ。
遺言かなにかしらないが、そんなこともわからずに難民を受けいれるとか……。
おそらくまだ建物すらないだろう。難民に作らせる気か?
ああ、国内の奴隷を使うよりも他国の安上がりな連中を使いたいってことか。
人件費を抑えるための他国からの輸入ってことだな。
だが、俺の考えを覆すことをグランドマスターの爺さんは言う。
『いや、衣食住の心配はいらないようじゃ。アルシュテール殿と近衛の護衛たちがセラリア王女が管理しているダンジョンを見学して安全だと判断したし、生活できる場所があると確認している』
「まて、アルシュテールたちがリテアの外に出たのは見ていないぞ? ボケたか?」
元聖女が到着してから、遠くからではあるがドローンの監視はしていた。
その間に、聖女様がまたリテアを出て行ったという話は聞いていない。
『ボケとらんわ。まあ、ダンジョンが使えるという証明じゃな。ほれ、タナカ殿もダンジョンのトラップぐらいは知っておろう?』
「ん? そりゃな。落とし穴とか、魔物が出てくる部屋とかか?」
『うむ。その中に、転移というトラップもあるのは知っておるか?』
「転移? 別の物理的につながっていない場所に飛ばすってやつか? って、まさか、その転移のトラップを利用して、セラリア王女が管理しているダンジョンに難民を運ぶってことか?」
『察しがよくて助かる。そうじゃ、既にリテアの大聖堂の下にダンジョンが作られており、そこからダンジョンの見学に向かって行ったようじゃな』
「……何を普通に言ってるんだよ。それ、侵略行為だろうが。それに大聖堂の真下って……」
もう、聖都リテアは落ちたってことじゃないか。
『まあ、普通はそうなんじゃが、そうもいかない理由がある』
「……ロシュールでの大臣の謀反がリテアの手引きだってか?」
『嫌な予想は当たるもんじゃな』
「くはー……。っと、いかん」
俺は、タブレットを置いて、周りを見る。
「「「……」」」
全員静かに寝ている。
夜の闇の中に焚火の音だけが、パチパチ……と鳴るだけだ。
「……こんなことが、ルクセン君たちに知られたら大騒ぎだな」
『彼女たちはまっすぐじゃからな。乗り込みかねんか』
「リテアのせいで、ガルツ、ロシュール、と迷惑被った国が多いし、世話になった元聖女様まで殺されかけたんだ、力があるんだから何とかしたいと思うのが人情だろう?」
『そうじゃったな。彼女たちは勇者じゃからな』
「で、リテアはその関係で、ロシュールの要求を呑むしかないってことか」
『そうじゃな。ルルア殿も助けられておるしのう。それに、要求だけなら、難民を引き取るということだけじゃからな。ああ、それに引き取り料金を要求してはおるがのう』
「実質の迷惑料、賠償金か」
『うむ。そこでかなり揉めておるな。セラリア王女のダンジョンを制圧してしまえば、ロシュールとの交易にも使えるのではないかという意見まである』
「わーお。ま、おかしい発想でもないか、このまま条件を受け入れれば、リテアが裏で糸を引いていたと認めるようなものだからな。これで要求が終わりとも限らない」
こういう国とのやり取りは、徹底的に相手から搾り取っておくのが常套手段だ。
そうやって相手の戦う力を削ぐわけだ。
まあ、国が崩壊するほど搾り取るのも困るのでほどほどになるのだが……。
そして、ロシュールとリテアを一瞬でつなぐ通路の開通。
これは流通の革命が起きるな。
とはいえ、ダンジョンを制御している人間が信頼できればの話だ。
ここはやっぱり首を突っ込むのは無しだな。
結城君たちが脅威と見られればあっという間に殺されかねない。
こういう変なところは、地球の技術を上回っているよな。
やっかいだ。俺も魔術を使えないとはいえ、もっと勉強しておくべきだな。
「で、その情報は、ルルア様の護衛をしているモーブたちからか?」
『うむ。あやつらも、戦争で故郷の町が壊滅しておってのう……』
「……よく、裏で糸を引いていた国の聖女を送り届けようとしたな」
普通、本人が悪くないとはわかっていても、そう簡単に納得できるようなことでない。
恨みで人が変わるのよくあることだ。
まあ、逆に言えば、変わらない人もいるんだが。
『それに関しては色々思うところはあった様じゃが、本人に罪はなく、原因を断つのならということで協力してくれたようじゃ』
「……できた人たちだな。流石英雄と呼ばれる人物は違う」
祭り上げられた英雄ではなく、ちゃんと地に足が付いた奴だったってことか。
いいね。そういう一本気が通っているやつとは会ってみたい。
『バカを言うでない。あやつらとて、色々葛藤があったとは言っておった』
「それでも、ああいう風に行動できるんだ。それだけで称賛できる」
ま、世の中には、そんなことも全て吹き飛ばしてしまうアホな連中がいるんだがな。
この程度がちょうどいい。あの連中を人として見ることはできん。
……ん? なんで今更あの4人組を思い出した?
ダンジョンなんて奇想天外なものがあるからか?
『ん? どうした何か考え込むようなことをして』
「いや、不意に思ったんだ。俺、じゃなくて結城君たちは勇者として日本から呼ぶことが出来たんだ。ほかに呼び出された人物はいないのか?」
ようやく俺はその可能性に気が付いた。
他にいてもおかしくない。
なぜか結城君たちだけと思い込んでいたが、ほかにいてもおかしくないのだ。
どうせ、ルーメルの連中は黙っているに決まっているからな。ここで爺さんに聞いておく方がいい。
『ふむ。それなら知っておるぞ。ガルツの勢力圏内のランクスという国に、タイキという勇者がおる』
「いるのかよ!?」
いないだろうなと思ったら衝撃の事実だよ。
しかも、ガルツに向かうなら都合がいい。
ついでにそのランクスにまで足をと思っていると……。
『とはいえ、あまり評判はよくないのう』
なんか不吉な言葉が出てきた。
「どういうことだ?」
『確かに、タイキ殿は勇者としてダンジョンを攻略したり、魔物を退治したり実績を上げてはおるのじゃが、その上のランクス王家がのう。勇者を使って他国を攻め滅ぼしたりしておるのじゃよ。それでガルツも頭を痛めておる。周辺国からもにらまれておるのう』
「……ルーメルと同じか」
勇者を手駒として使って、国の拡大を狙っているクソか。
そんな中に俺たちが訪問すれば、揉め事間違いなしだな。
『タイキという勇者殿は、ちゃんとしておるのじゃが、その称賛を片っ端から王家が台無しにしておる。まあ、あの国は持たんのう』
「……そこまでかよ」
『うむ。正直な話。ルーメルの方はまだましじゃな。そういえば前回、ガルツに行った時は王都には招かれなかったじゃろう?』
「ランクスが原因で王都に招かれなかったのか」
『勇者を召喚したという手前、色々援助をせざるを得んかったが、その見返りが小国の混乱じゃからのう』
「そりゃー、勇者とか招きたくはないな。魔王討伐に乗り出そうって動きはないのか?」
『今のところはないが、今回の魔族の暗躍騒ぎを聞いてどう動くかはわからんな』
「……最悪だな。そんなアホな国と組んで動きたくはないぞ」
後ろを刺されかねん。
というか、それを理解しているからガルツも勇者を担いで魔王討伐とか言わなかったんだろうな。
「というか、そのタイキとかいう勇者は消されないのか?」
『流石に、自国が勇者を呼んだと喧伝しておるからな。しかも功績はしっかり残しておるから、そうそうな……』
「自分たちが掲げた看板を自分たちで降ろすことはしないか……。何かあった時はタイキとかいう勇者は逃がせそうか? できたらあって話してみたい」
日本人っぽいし、そうなら、帰るヒントも見つかるかもしれない。
いや、こうなったら、一緒にランクスをどうにかするべきか?
小国なら、俺たちが介入すれば何とかなる可能性は高い。
……高いが、魔族の動きが分からない今、ルーメルや大国を離れるのは危険か。
そんなことを考えていると、爺さんは難しそうな顔で……。
『無理じゃな。先ほども言ったろう。向こうは自国が勇者を呼んだことを利用しておる。同郷の出身だからといって会わせるものか。さらにルーメルの勇者殿たちはランクスの連中にとっては不都合じゃからな。面会を求めた途端に暗殺が来るのう。まあ、お主なら死にはせんと思うが、そうなればランクスと全面戦争になるかもしれんのう』
「この状況で敵を増やすつもりはないな。じゃ、この話は保留だ。まあ、いざというときは頼む」
『うむ。ランクスの横暴には周りもほとほとあきれておるからのう。その元となるタイキ殿を助け出すのは何も問題はない』
……爺さんがここまで言うとは、そこまでランクスの上層部は腐っているのか。
「ま、そこは同じように続報をくれ、あとはガルツについてからだが、どこに行った方が……」
そんな感じで、これからの予定を決めるためにも、爺さんからあれこれ話を聞くのであった。
こちらにも苦労人の勇者王の名前が!!
タイキの苦労は各国も知るところ。
そして、ロシュールのダンジョンの展開が確認される。
この行動が各国に何をもたらすのか?