第190射:ダンジョンという懸念
ダンジョンという懸念
Side:タダノリ・タナカ
「なんで!? セラリア王女と仲良くなれば、デキラをコテンパンにできるかもしれないんだよ!!」
「……そうなればいいんだが、俺たちの話を聞かない場合、ダンジョンの力を使ってラスト王国を蹂躙する可能性もあるからな」
『あるのう。しかも、セラリア王女は妹のエルジュ王女を溺愛しておったからのう。それを殺されて……』
「「「……」」」
沈黙するルクセン君たち。
希望があるのはわかる。
だが、逆に絶望もあるのだというのを教えてやらないといけない。
「最悪、俺たちは魔族の仲間としてダンジョンで処分される危険性もある」
そう、ダンジョンを自由にできるのなら、俺たちを殺すことなどたやすいだろう。
敵の陣地に入った時点で逃げ出せる可能性は低い。
そもそも、そういうところに近づかないのは鉄則だ。
「ま、爺さんの話は分かった。こうなると、リテアよりもロシュールが動く可能性が高くなったな」
『うむ。ロシュールはダンジョンという戦力を手に入れたといってもいいじゃろう。それをどう動かすか想像もできん。こちらからそれとなく情報を集めてみるわい』
「……ああ、頼む」
そう言うと、画面が暗くなる。
通信が終わったのだが、俺はその場から動くことが出来なかった。
「あの、田中さんどうしたの?」
「ロシュールがダンジョンという戦力を手に入れたのかもしれないということが気になっているのですか?」
「そうだ。まあ、どこまで本当の話か分からんが、聞いた話がそのまま事実だとすると、ロシュールはダンジョンを自由に使って戦力の増強ができるわけだ。このまま、魔族の恨みで単独で侵攻する可能性も出てきたな」
「うえっ!? それって不味くない!?」
「……まずいですわね。そうなると、デキラの権限が増しますし、実際ぶつかれば、リリアーナ女王にも被害が及びます。誰が犯人といっても繋がりがないのですから聞く耳を持つかどうか」
大和君の言う通りだ。
今までは、攻めてくるなら各国を調整をして連合を組んで攻めてくる。
と考えていたがダンジョンという戦力があれば、単独で攻めてきかねん。
……その際は伝手も何もないから、面倒が多い。
「……とりあえず、今は様子見をするしかない。あとは、何としてもロシュールとの伝手を作る必要が出てきた。……フクロウに頼むしかないな」
「そ、そうだよ。まだ攻めるって決まったわけじゃないんだし、今からロシュールの人たちと連絡を取ればいいんだよ」
「それなら、お姫様を通じて、ルーメル側からも要請をしてはいかがでしょうか?」
「そうだな。その方法もありだろう。よし、お姫さんに頼んでみるか」
ということで、寝ているお姫さんたちを起こして、今までの経緯を話して、各国への伝手づくりを手伝ってもらうように話すと……。
「それでしたら、直接セラリア王女と連絡がとれますよ」
「え!? 本当?」
「嘘をつく理由がありませんわ。もともと、亡くなったエルジュ王女とも交流はありましたし、ガルツの手前、色々疑われるのを避けるために連絡を避けていましたが、今は沈静化しておりますし、連絡は取れるかと」
なんとまあ、意外なことに、いや当然かもしれないが、お姫さんの国としての立場は役に立ったようだ。
「それなら、何とか会談の場を設けてほしい。場所はダンジョン以外で頼む」
「……疑うお気持ちはわかりますが、ダンジョンに潜り込めるチャンスを逃すことになりますが?」
「そんなことより、俺たちが命を落とす羽目になったらお終いだ。そんな場所に顔を出すことはしたくない。そうだな、そちらからすると、魔族の城で話し合いをして来いって感じか」
「……そちらの言いたいことはわかりました。しかし、それを素直に伝えるとどう考えても決裂するしかないので、その交渉は私に任せていただけますか?」
「構わない。だが、条件を満たさない場合は俺たちは動かない。それだけだ」
こんな感じでお姫さんが直接セラリア王女と連絡を取ってくれることになったが、それだけでは情報として不十分だ。
フクロウにも情報収集を頼むことになり……。
『……まったく火種ばかりだね』
「世の中そんなものだろう。俺たちと縁を切るって手もあるぞ」
『バカ言うんじゃないよ。そうなれば、私は次の日には死体になっているね。まあ、話は分かった。こちらの伝手で色々やってみようじゃないか』
「頼む。で、ルーメルの方はまだ会議中か?」
『そうだね。確認中の伝令が戻ってきてないからね。あれからリテアでは動きがあったのかい?』
「ああ、動きがあったぞ。というか、こっちは伝えてなかったな。元聖女様の生存を確認したぞ」
『なに!! 本当かい?』
「ああ、しかも妖精族の支援を得てだ。これでリテアの聖女が魔族に殺されたって話はなくなるだろう」
『そりゃよかった。ルーメルの方は魔族がそこまで暗躍しているなら、軍を動かそうって話もあったみたいだからね』
「そうか、それは良かった。まあ、伝令が戻ってきたらその動きはなくなるだろうさ」
あの宰相が勝手に動きかねないからな。
ひとまずは安心か。
「と、そういえば、ガルツの方はどうなっているとかわかるか? ロシュールの方は大臣が暗躍していたとかで、混乱しているんだろう? ガルツの方は、被害者ってことになる。これを機に攻め込んだりとかはないのか?」
『いや、私が知る限りはそんな動きはないね。魔族が絡んでいるって話も聞くし、この状態で攻め込めばガルツの周りの心証が悪くなるからね。和解に向けて動いている様だよ』
「グランドマスターの爺さんと同じ意見か。まあ、確証が持ててよかったな。ガルツは今のところ動くことはないか」
『ああ、とはいえ、被害の補償がね……』
「それがどうにかできない限り、和解は遠いか。まあ、思いっきり今回の図式だと被害者だからな」
『だが、戦争になることはないだろう』
「だな。あとはどれだけ交渉が長引くかってところか」
お互い素直に引き下がれないからな。
まあ、ロシュールは仕掛けた側だから不利ではあるだろうが、魔族の暗躍?で内部はガタガタだ。これでさらに賠償となるとキツイものがあるだろう。
ガルツとしても、迷惑をこうむった分の賠償は欲しいのは当たり前だ。
その分、交渉は長引く。
『ま、ロシュールの方が分は悪いが、かといって一度の会談で決着がつくようなことじゃないだろうさ。事実、既に何度かやり取りはあるが、奴隷となったお互いの国民の引き渡しとか、領土の返還、国境をどこで決めるのかで話し合い中らしい』
「確かにな。となると、ガルツの方はしばらく問題はないってことか」
『絶対ではないから、注意は必要だろう』
そんな風に話していると、ルクセン君から声がかかる。
「田中さん。もうリテアにつくよ~。代わらないの?」
「いや、代わる。フクロウ、元聖女様がリテアに到着するんで、今回の報告は終わるぞ」
『ああ、そっちは任せたよ。これで元聖女様が殺されたら面倒にしかならないからね』
「わかっている」
そう言って、フクロウとの連絡は終わり俺はルクセン君からタブレットを受け取って元聖女の馬車を確認してみると、門の所で止まっている姿が確認できる。
現聖女のアルシュテールとかいうやつと一緒に歩いている青髪のあれが元聖女のルルアだな。
門を守る衛兵は二人の聖女の登場に驚いて固まっているが、すぐに偉そうなやつが出てきて門を通す。
既に根回しは済ませているんだろう。
これが、元聖女様単独だとこうもいかなかっただろうから、合流は確かに有効だな。
「なんか、意外とスムーズだね。大騒ぎになると思ったのに」
「……おそらく、そういう風に根回ししていたのでしょう。先ぶれで連絡は届いていましたし」
「大和君の言う通りだな。そういうことでちゃんと足場を固めて、敵を一網打尽にするつもりなんだろう。この後は大粛清だな」
「そういうもんなんですか?」
「そういうもんだよ結城君。こういうのは自分たちが優位に立てるように如何に下準備をするかにかかっているからな。敵さんは一番大事な詰みを誤った。聖女と元聖女を合流させる大失態だ。爺さんから聞いていただろう? 敵さんは元聖女が死んだと現聖女に認識させて、これからの舵取りをたやすくしようとしたが、そこに元聖女のルルアがやってきた。これの妨害が出来ればよかったが、出来なかった」
一番大事なところでしくじるような組織は基本的にあとはない。
物語とかではこういう大失敗の後にそれを挽回するようなことが起こるのだが、あいにく、この剣と魔法のファンタジー世界は現実だった。
あとは瓦解していくだけだろう。
「元聖女様もこれで敵を排除しなければ自分が危ないっていうのは、身をもってわかっているだろうからな」
「そりゃ、そうでしょうね」
「これで穏便に済ませるとかいうのは、よほどの頭お花畑か、何か手があるとしか考えられない。と、話しているうちにもう大聖堂に入ったか」
馬車は大聖堂にとまり、冒険者のモーブたちに守られて入っていくのが見えた。
「さて、ここからはどうしたもんかな……」
一応、護衛のためにいてくれとは爺さんに言われたのだが、ドローンをこれ以上近づけるわけにもいかないからな。
「ねえ、それなら盗聴器とか仕掛けるのは? それなら、みんなの話を聞けるし、いいんじゃない? それか監視カメラ!」
ルクセン君が名案とばかりに行ってくるが、実はかなり厳しい。
「……意外とそれが難しい」
「え? なんで?」
「盗聴器を精密に隠す場所がどこにあるかわからんし、カモフラージュできるような形じゃないからな」
俺はそう言って、盗聴器と監視カメラをスキルで出してみる。
コンセントに監視カメラは黒い筒状の何かだ。
「これを上手く隠せないとダメなのはわかるな? そしてさらに、この監視もドローンと併せてしないといけないってことになるんだが……」
「あ、無理無理」
「流石にキャパシティを超えていますわ」
「だから、田中さんは盗聴器とか監視カメラを出さなかったんですね」
「というか、当初は元聖女様のプライベートまで監視する必要性は感じなかったからな。それに魔術関係は城や大聖堂の中じゃ上手く機能しないみたいだ。ほら、ダンジョンコアってのを使った魔術無効化ってのがあるみたいだ。以前ルーメルの王城の宰相とか王の部屋に仕掛けたんだが、うまくいかなかったんだよ」
「うわー、もうやってたんだ」
「そりゃ、身の安全を確保するのに必要なことだからな。とはいえ、あとは、状況を見守るしかないわけだ」
ということで、俺たちは元聖女様たちが乗り込んだ大聖堂を空の上からじっと眺めるのだった。
こうして、田中たちはロシュールにも気を配りつつ、リテアの監視も行うことになるのだが、そろそろキャパシティがいっぱいになってきています。
度々、ユキと田中の差のコメントがありますが、私こと作者の方から違いの方をお伝えしておきましょう。
まず、田中チームは田中の魔力代用スキルのおかげで、現代地球の道具をノーリスクで呼び出す事ができ使用できるのが最大の利点です。あ、勇者が3名、近衛だったのが1名、徴税官が1名、メイド2名、お姫様1名という編成ではありますが、田中がとびぬけていますので、無視で。
で、このチームの弱点としては、ほぼ孤立しているというところです。
組織力がほぼ皆無。道具があっても使用する人数が制限されるという点です。
かわってユキチームは、DPでの現代道具の呼び出しはできますが、無料ではなく有料であるということ、むやみやたらに使用して自分の存在をあからさまにできない。田中みたいに道具を消去することはできないから。
代わりに魔物などを手足として使うことができて組織力としてはかなり便利。
そして何より、拠点、ダンジョンからほぼ動けないという点ですね。
こういうことから、お互い踏み込むことはなかなか難しい状況となっております。