第185射:希望と襲撃
希望と襲撃
Side:ナデシコ・ヤマト
「やったーーー!!」
そう言ってジャンプをしながら喜びをあらわにするのは、光さん。
それも当然、なぜなら……。
「聖女様、生きていたんだ。よかった……」
晃さんがそう言って安心した表情を見せます。
そう、私たちにとっての聖女様が生きていたのです。
魔族に殺されたなどという、悪質な噂話はただの噂話だったようです。
田中さんがわざわざ夜に大事な話があるといったのはこのためでしたか。
確かに朝に聞いていたら多くの人に不思議に思われたはずです。
「これで戦争は回避だよね!!」
「落ち着け。まだわからん。だからドローンでの護衛を頼まれたわけだ」
「道中で襲われるということを考えているのですか?」
「ああ。十分考えられる。グランドマスターから聞いた話では、元聖女様から護衛の連中に襲われたという話が届いている」
「やっぱり、リテアの腐った貴族がやったんだ! 許せないね!!」
「なるほど。だから、ドローンを向かわせているのですね」
「ああ、冒険者ギルドがリテアの重鎮を迎えに行くわけにもいかないからな。こっそり守るために、俺のドローンが選ばれたってわけだ。道中も長いからな」
そう言って田中さんは操作しているドローンを見せます。
「あれ? ドローンは一体だけで向かわせているの? 少なくない?」
「向こうについてから増やせばいいからな」
「あー、それもそうか」
たしかに、わざわざ、沢山のドローンを操作するという面倒はしなくていいですわね。
「しかし、聖女様はリテアに戻って何を?」
「さあな。まあ、普通に考えるなら、報復だろう。国を正すために戻ってきたというところか」
「……内戦の心配は?」
「え? マジ内戦?」
光さんがショックそうな顔をします。
先ほど戦争回避だと喜んでいましたからね。
まあ、魔族とことを構えることはこれでなくなったといってもいいでしょうが、逆にこれでリテアは内部の争いに発展する理由が出来てしまったわけです。
とはいえ、聖女様の気持ちも当然のことです。自分を暗殺しようとした首謀者はなんとしても処罰しなければいけませんし、私利私欲で人を陥れるような人物が国の運営にかかわってはいけないのです。
「実際に戦争が起こるかどうかはわからんが、元聖女のルルアの証言から、相手を処罰することは確実だ。素直に処罰されるとは思えないんだよな」
「あー、そりゃそうですよね。処罰される方は終わりですよね。まあ、自業自得なんですけど」
「とはいえ、確率的には俺は低いと思う」
「なぜでしょうか?」
「ここからの説明は俺の若干的な希望が混じっているからな。そこを前提に聞いてくれ」
そう言われて、私たちは頷いて先を促す。
「まず、ルルアという被害者が戻ってきた時点で、ルルアを引きずり降ろそうとした連中が立場が悪くなるのはわかるな?」
「そりゃ、暗殺なんてしたんだし当然じゃない?」
「そうだ。立場が悪くなるというのを理解していて、そのまま敵対するようなやつはそうそういない。味方が少ないってことだからな。今回はルクセン君の言うように、暗殺なんて手段を取っているからな。これで味方になるようなやつはいないだろう」
「つまり、敵となる勢力は力が少ないということでしょうか?」
「そうだ。戦争ができるほど大義ってわかるか? 人を集めるために理由がない。となると、処罰されるしかない」
「じゃ、安心じゃん。びっくりしたー」
光さんはそう安心しますが、それだけで終わりなわけがありません。
「ルクセン君の言うことはあながち間違いでもない。戦争が起こらないということではまず安心だ。だが、処罰される前に逃げた連中はリテアの内部で留まることになるわけだ。さっさと元聖女を暗殺しようとした奴らを売ってな。だから、完全に元聖女が安全になったというわけじゃない」
「まだ安心はできないということですか?」
「そうだ。安心するにはまだ早いってことだ。まあ、今回の暗殺が失敗したことで、そう簡単に次を仕掛けることはないだろうが、それでも自分が失脚ですめばいいが、下手をすると処刑されかねないからな。バカな行動を起こしても不思議じゃない」
確かに、ジョシーみたいに理解のできない人というのはいます。
そういう輩が聖女様の命を狙うことは十分にあるでしょう。
「そっか、あれ? でも、道中の護衛はドローンでするとしても、リテアに到着してからはどう守るの?」
「そこは、話し合いをしてからだな。ドローンの存在を明かすことにもなるだろうし、俺としても見極めたい。誰にでも手を貸すと思ってもらっても困るからな。ドローンの監視は今の状態でも手一杯だ。これ以上増えるのはキツイ」
「「「……」」」
その言葉に、全員沈黙しか返せません。
確かに、これ以上ドローンによる監視護衛が増えれば寝れない日々が続く気がします。
「どうにかして、元聖女様の護衛は冒険者ギルドから何とかしてもらうように話をする」
「うん。お願い田中さん。そうじゃないと、僕たち死んじゃう」
「だな。というか、今回の道中護衛のドローンは誰が操作するんですか?」
「「「……」」」
晃さんが空気を読まないことを言いました。
これで、田中さんがじゃあ役割を決めようといえば断れません。
先ほどまでは田中さんが全部やってくれるような感じだったのに!!
「うん。結城君のその心がけは立派だ。そう言って俺の負担を減らそうという気持ちはありがたい」
「あ、えーと」
「その申し出はありがたいが、今回はまずドローンで目標を見つけることが大事だからな。方角もよくわかっていないみんなに任せるわけにはいかない。俺がここは引き受ける」
「「「ほっ」」」
聖女様の捜索は田中さんがそう言ってくれて助かりました。
「安心しているところ悪いが、まだ四天王は見つかっていないし、デキラがどう動くかもわからないからな。俺がこっちにかかり切りになる分、そっちはしっかりと監視を頼むぞ」
「まっかせてよ。ノールタル姉さんたちと頑張るよ」
「ああ、任せてくれ。聖女殿が生きているなら、戦争の原因となるのはデキラだけ。あれを始末できれば万事解決さ」
そう言って、光さんとノールタルさんは自信満々に言います。
光明が見えたので、表情も明るいです。
「だといいな。それなら俺たちも楽だ。とはいえ、まだまだ不安要素は多いから油断するなよ」
「「「はい」」」
勝って兜の緒を締めよ、勝利が見えてきたとはいえ、最後まで油断をするなということですわね。
「よし、ならあとはドローンの監視を引き続き……」
ドーン!!
田中さんの言葉はそんな言葉にかき消されました。
「な、なに!?」
「大きな音だったぞ!」
「敵ですか!?」
いきなりの大音量に全員が辺りを見回し、体を小さくします。
ですが、そんな中でもやはり田中さんだけが即座に扉を開けて、部屋から出ていこうとします。
「確認してくる。結城君、リカルド、ついてこい!!」
「はい!!」
「はっ!!」
その際に、男手である晃さんと、リカルドさんについてくるように言って……。
「大和君か、ルクセン君は、ドローンでアスタリの町を確認して、連絡をくれ!」
「あ、うん」
「任せてください」
私たちはそう言われて、即座にドローンをアスタリの町のモノに切り替えます。
しかし、そこにはやわらかい月明りに照らされた静かな森が広がっているだけです。
「えーと、外の方は問題ないね」
「はい。森側の方は何もありませんね。ドローンの予備を、町の方に……」
と思っていると、森とは違う反対側の方から明りがちらついているのが見えます。
「田中さん。聞こえますか。ルーメル王都方面で明かりが集まっています」
『ああ、こっちもソアラに確認した。どうやら、魔物がルーメル王都方面からやってきたみたいだ。しかもオーガの群れだとさ。救援を頼まれたから、俺たち3人で行ってくる。大和君たちはノールタルたちと一緒にいて待機。何か裏があるなら仕掛けてくるだろうから、ドローンの一機はギルド上空に回しておけ』
「わかりました」
そう指示を出されたので、私がギルド上空に待機をして、光さんが魔物が来ているところの様子をうかがいに行きます。
「兵士や冒険者の出入りはありますが、ギルドの方は特に異常はありませんわね。裏口から侵入するような輩もいません。光さん、そちらはどうですか?」
「こっちは、ああ、面白いことになっているよ。大きいほうのタブレットに映像を映すね」
そう言って、全員が見る用の大型のタブレットに映像が映ります。
そしてそこに映っていたのは……
『ごあぁぁぁ!!』
堀に落ち込んだオーガが叫んでいる様子でした。
どうやら、前に掘った堀がうまく機能しているようです。
「おー、時間が余ったから、防御壁全部囲ってみたけど役に立ったね」
「ええ。やっておいてよかったですね。しかし、なぜこんなところにオーガがいるのでしょうか……」
このアスタリの町は冒険者が多く集まっていて、大森林の奥深くならともかく、アスタリの町周辺に魔物が現れることはほとんどないそうです。
私たちも、この騒ぎで初めて魔物がアスタリの町近辺で見かけたことになります。
『感想を言うのはいいが、敵の数は? 構成は?』
「あ、えーと、ぱっと見た限り、オーガが4、オークが10」
『了解。戦況はどうだ?』
「堀に落ちているオーガに対して、防御壁の上から矢を射かけています。オークの方は、既に矢で絶命しているように見えます」
しかし、オーガは元々体が大きく、弓矢を射かけたところで、なかなか致命傷にならず、死ぬようには見えません。
かといって、あの狭い堀の中に入ってとなると、オーガの巨体に潰されかねません。
『なるほどな。よし、結城君が2、リカルド1、俺が1で行くぞ』
『え、なんでまた?』
『……武勲を取っておこうというわけですね』
『リカルド正解だ。俺は冒険者や兵士と一度拳を交えているが、結城君とリカルドはまだ認知度が低い。ここで、実力を見せてやれ。結城君は魔術でいい。リカルドは火力のある魔術がないなら……剣になるが、いけそうか?』
『ご心配に及びません。もとより、近衛を務めていたときより、オーガ一体に後れを取ることはあり得ません。このように……』
え? リカルドさん、本当に剣で?
と思っている間に、堀に落ちているオーガの映像に剣を持って飛び込むリカルドさんが映ります。
「うげ!? リカルドさんマジだよ!?」
「あぶないですわ!!」
私たちはそう叫びます。
火力のある銃器ならともかく、剣一本で、あの巨体とあんな狭いところで切り結ぶなんて……。
ザンッ!!
そんな効果音を付けるのにふさわしい動きと共に、オーガの首が落ちます。
「おおー!? すげー!」
「……リカルドさんはすごかったんですね」
「……あれでも近衛の隊長ですから。タナカ殿が異常だったかと」
「はい。一匹程度で後れを取るようでは近衛は務まりません」
「そうです。リカルド様はこの程度造作もないことかと」
「ま、この程度私もできますけどー」
後ろでキシュアさんがそうつぶやくと、お姫様とカチュアさん、ヨフィアさんも続きます。
『リカルドさんすごいですね!!』
『感心してないで、そっちも片付けろ。こっちはもう終わったぞ』
『え?』
ボンッ!!
晃さんがそう疑問を口にした途端、オーガの顔がはじけます。
『パイナップルは美味かった様だな』
「「「……」」」
……どうやら、手榴弾をオーガの口に入れたようですね。
聖女様が生きていると思ったら、突然のアスタリ襲撃、一体何が起こっているのでしょうか?
あと、思ったよりリカルドは強かった。
田中さんはいつもの通り。