第183射:意外と国は動かない
意外と国は動かない
Side:ヒカリ・アールス・ルクセン
リテアの変な考えのせいで、大戦争になりそうだっていうのに、2人はなんかやけに落ち着いている。
聖女様が生きているかもしれないっていうのに、間に合わないとか言っているし、何を一体考えているんだろう?
こんな状態で落ち着けるわけもないよ。
「そう怖い顔をするなって。裏を返せば、リテアとしては今は、混乱している内を固めたいところだ。俺やグランドマスターも不信感を持っているんだから、当のリテア内部は、お互い疑りまくりだろう。それで魔王を倒そうとは思わないさ」
「そういうものなの?」
「そりゃ、犯人が本当に魔王、魔族ならメンツがあるだろうが……」
『身内の仕業と分かっていて、わざわざ魔族に喧嘩を売る理由もなかろうて。勝てるかもわからない戦いで戦力を減らすようなことはそうそうせんよ』
「あー、そっか」
身内が色々やっただけなのに、関係のない国の責任にして、戦争を吹っ掛けて被害を食らうなんて馬鹿らしいよね。
「あれ? となると、戦争にならない?」
「リテアから自発的に動くことはないだろうな」
おお、そうなると、僕たちが変態デキラを倒せば終わる話じゃん!!
でも、やっぱりそう簡単ではないようで、今度はグランドマスターのおじいちゃんが口を開く。
『動くとしたら、ロシュールの方じゃが……』
「そうだ。そっちの話も聞きたい。ロシュールの聖女様も亡くなったと聞いているが、これにリテアの関連性は?」
あー、そういえばそっちもあったね。
僕たちが行ったことのない国だからすっかり忘れてたけど、関連性ってなんだろう?
『……関連性はないと言いたいが、相次いでの聖女の訃報じゃからのう。リテアが隣国の王女を疎んでいたのは、周知の事実じゃからな』
「それは、ロシュールの聖女様がガルツとの戦争を引き起こしたという件でしょうか?」
撫子がそういったのがきっかけで、私も詳しい内容を思い出す。
『うむ。その話じゃ。エルジュ様に魔術を教えたのはルルア殿じゃからのう。当初は教え子が聖女になったということで、リテアの評価も高まったが、ガルツとの戦争で評判が落ちれば手のひらを返したというわけじゃよ』
そうそう、そんな自分勝手な話。
別に何もルルア様は関係なかったじゃないか。
なのに失敗だのなんだのって言って聖女の座を追われたって。
「というか、その王女様のほうも、ロワールっていう大臣が魔族と組んでたのが原因で本人は悪くなかったってことじゃなかったっけ?」
「そうだな」
『うむ。そうじゃから、なおのこと、今更ルルア殿に生きて戻られれば困るということじゃよ。今戻れば、暗殺されない限り、返り咲けるじゃろうが。暗殺をした連中は粛清の嵐じゃな。ルルア殿はそこらへん厳しかったからのう』
「……それはそれで混乱するということですね」
「話がずれているぞ。今は動き出す可能性があるのはロシュールかって話だ。まあ、その関係でリテアの聖女と何か繋がりがあるのなら、止められるんじゃないかと思ったんだが……」
「ああ、なるほど。全部リテアが仕組んだって事かもしれないんだね。ということは、それで戦争を止められる!!」
今度こそ名案だと思うね!
魔族がやったんじゃなくて、リテアが裏で糸を引いていたといえば、ロシュールが魔族に戦争を仕掛けることもないもんね!
『そう、うまくはいかんじゃろう。タナカもわかってて言っておるよな? 確かに、魔族には矛先は向かわんじゃろうが、第三王女を失った原因がリテアにあるとすれば、ロシュールとガルツは激怒してリテアに攻め込むぞ」
あ、それはそうだよね。
ガルツとロシュールが黙ってるわけないよね……。
「って、それもだめじゃん。結局身内で潰し合いになるよ。デキラのバカが攻めてくるかもしれないのに」
「そうだ。そういう懸念もある。今回の聖女が魔族に殺されたっていう話は本当に厄介なことをしてくれたなって感じだな」
『うむ。本当に面倒なことになっておるのう。魔族の女王は平和を望んでいる所にこれじゃからのう』
「デキラたちがこの情報を知ったら動きかねないといってたからな。どっちもこっちもだな」
『まあ、各国の情勢で国が動きを決めるのは当然のことじゃから、この状況もまた当然とはいえるのじゃが……』
「色々重なり過ぎだな」
うん。リテアの内輪揉めに、ロシュールも内輪揉めになるのかな? 大臣の謀反だって聞いたし。
そして、ルーメルは私たちを呼ぶし、魔族の方は変態デキラが各国を攻めようとか画策しているし……。
グランドマスターの言う通り、色々重なりすぎだよ。
「ま、ロシュールの話をもう少し詳しく聞かせてくれ。大臣が魔族と取引してたのは間違いないようだが、となるとロシュールの方も疲弊しているだろうし、ガルツとの停戦とかはどうなっているんだ?」
『おお、そっちもあったのう。今回の事が分かった時点でロシュールとガルツは停戦しておる』
「まだ、停戦なのですか? ガルツはロシュールとまだやる気なのでしょうか?」
『さあのう。詳しいことはわかってはおらんが、非はロシュールにあると世間的には言われておる。いくら魔族に大臣がそそのかされたとはいえ、ロシュールからガルツに仕掛けたのは間違いないからのう』
「つまり、その被害に見合うだけの何かを得られないと、また戦争ってことか」
そっか、確かに戦争で少なからず被害が出ているんだし、それを補てんしないと納得できないよね。
『うむ。とはいえ、ガルツもロシュール相手にこれ以上戦争をしようとすると、魔族が動いているという時に他国に攻め込む、常識のない国と思われてしまうからのう。和解は近いと思う』
で、魔族っていう背景があるから、和解の方向になるってことか。
うーん、これでガルツにリテアのせいとか言ったら、やっぱり戦争になる気がする。
『と、ロシュールやガルツに関してはこんな所じゃのう。どちらも無益な戦争はしたくないからのう』
「なるほどな。となると、ガルツ、ロシュールもリテアと同じように、まずは国内の立て直しと周辺国家との関係改善ということか」
『じゃな。それが終わるまで、魔族に対しての報復を、ということはなかろうよ』
「それまでは時間があるってことか」
『じゃが、タナカ殿が説明してくれたデキラとかいう魔族なら、この機会を逃がすようなことはあるまい』
「そこは、リリアーナ女王やゴードルが何とか止める。というか、和平派が止められなければ戦争は決定だからな」
あの変態デキラは本当に邪魔だね。
もう、田中さんに頼んで、あっさり殺した方がいいんじゃないかな? って思うぐらいだ。
『それか、勇者殿たちだけで乗り込んでみるか? そのデキラとやらを倒せば、あとはリリアーナ女王との仲介をするというのもあるが? 各国もその判断に口を挟めまい』
「ばか、それじゃ、リリアーナ女王の立場を奪うことになる。というかこの少人数で魔族の国を制圧できるかよ。で運よくラスト国を抑えたとしても、ルーメルが口出してくるのは目に見えている。そして、魔族への猜疑心も変わらん」
『国にしても感情にしても今更じゃのう。だがいいきっかけにはなるのではないか?』
確かに、今まで僕たちは一気に仲良くさせようと思ってきたから難しかったけど、グランドマスターのおじいさんの言うように段階を踏んでいけばなんとかなるんじゃないかな?
と、思っていると、晃が僕に……。
「おい、光。あ、いいかもとか思ってないか?」
「え? よくない? 徐々に手助けできるんだし」
「田中さんが最初に言ったこと忘れてやがるな」
「ですわね。まず、そんな無茶な話を押し通すなら、単独でデキラたち好戦派の連中を倒さないといけませんわ。それに、各国に魔族が私たちに従ったと説明して納得していただくのは難しいでしょう」
「あ」
そうだった。大前提で僕たちだけで、デキラたちを倒す必要があるんだった。
そして、田中さんが言ったように、私たちがこっそり倒しても、軍は進むんだし、それを止めるだけなの何かがいるよね……。
それでも、方法としてはこれが一番な気がする。
「やるつもりか?」
「本気ですか?」
「えーと……」
僕の様子を感じ取ったのか質問してくる、晃と撫子。
でも、2人の質問に僕は即答できなかった。
だって、自分たちが頑張れば、被害は最小限。
田中さんがいるんだからできないこともない、はず。
と、視線を田中さんに向けると……。
「ん? まあ、作戦を立てればできないことはないが、俺たちを統治者として認めるか不明だ。リリアーナ女王にそのまま統治を任せるにしても、俺たちがいることが絶対条件になる。それはわかるな?」
「あ、うん。ちゃんと責任者がいないと安心できないって話だよね」
「その通りだ。つまり、俺たちは今後帰る手段を探すための旅はできなくなるどころか、魔族と人の交流、友好が落ち着くまでは帰れない。まあ、表向き仲良くなったとみて、離れてもいいけどな」
「……」
僕はそう言われて今度は何も言えなくなった。
そっか、戦争が終わればすぐに仲良しってわけにはいかないよね。
それはグランドマスターが言ってたじゃないか。徐々に変えていくしかないって。
でも、それは僕たち勇者っていうネームバリューの人がいればの話だ。
僕たちがいなくなれば崩れ落ちる可能性は十分にある。
というか、ルーメルの魔族は敵だっていう宰相とかいるから、絶対魔族を殺そうとするね。
となると、僕たちはずっとリリアーナさんたちと一緒にいないといけないのか……。
それは、帰れないってことだよね……。
と、僕はどうしたものかと悩んでいると。
『これ、タナカ殿。若者たちを脅すでない。まだ時間はある。意外と何も起こらないのかもしれん』
「そうだよ。タナカ。あんまり妹たちを悩ませないでくれ」
不意にグランドマスターとノールタル姉さんがそう言ってくれる。
「いきなり故郷を捨てろなんて言って納得できるわけないからね。そして、私たちを見捨てることもだ」
『そうじゃな。このわしだって、今更他の土地で過ごそうなどという判断はなかなかできんよ』
「時間もあるんだし、今ここで答えを出す必要はないさ。今はひとまず、人の方の国から動く可能性は低いってことだよ。そうだろう? グランドマスターだったかな?」
『うむ。ノールタル殿の言う通りじゃ。勇者殿たちが覚悟を決める必要などないよ。まずはわしらに任せてくれんかね』
「そうそう。どうしようもないならともかく、今決断を出すのには早い気がする、もう少し待ってみるのがいいんじゃないか?」
そっか、今すぐ答えを出す必要はないんだね。
今のところは大国は動かないみたいだし、まずは……。
「デキラの動きを見るでいいのかな?」
「ああ、それでいいと思うぞ。まだまだ情報が不足している。案外聖女様たちが生きていて、魔族の方には侵攻しないかもしれないしな」
「あー、そういう可能性もあるのか。じゃ、聖女様を探しだそう!!」
「いや、俺たちは四天王の捜索とデキラの監視だ。聖女様の捜索は現地の人に任せるといい」
『もちっと老人をいたらわんかい』
「今更何を言ってんだか」
という感じで、時間はまだあるということが確認できた。
僕たちはこの貴重な時間で、戦争回避の手段を見つけないといけないね。
はい、こちらも新元号がはじまりました。
これからもよろしくお願いいたします。
で、本編ですが。
そう簡単に戦争とか起こすわけにもいかないもんね。
だからこその外交とかがあるんだよ。
というか、この情報は一体だれが流したんだろうね?
悪質だね。おかげで、田中たちが大変だよ。