第18射:お買い物と人との繋がり
お買い物と人との繋がり
Side:ヒカリ・アールス・ルクセン
思わぬ大金を得て、昨日は動揺したけど、落ち着いてみたら、金貨50枚。
確かに、ここの世界の平民、一般人と呼ばれる人たちは金貨1枚で一家族が一ヶ月過ごせる大金ではある。
だけど、されど一ヶ月だ。それが50枚。つまり、50ヶ月分。
人生今や50年どころか、80年と言われる時代だ。
たった5年にも満たない金額は、確かに大金ではあれど、死ぬまで暮らせるものではない。
それに、僕たちはそれなりに入り用だ。
昨日の、怪我人の治療現場をみて、いかに準備が大切なのかと再実感した。
僕たちは勇者とか言われても、所詮は人だ。
一昨日は自信満々に戦って足に穴はあけられたし、ここに来た当初なんて、何もできない子供以下の存在だったのは僕たち自身がよく知っている。
うぬぼれるわけにはいかないんだ。
「と、いうことで、今日は、必要な物資を買い集めようと思います」
「「異議なし」」
僕がそういうと、晃と撫子はすぐに賛成してくれる。
まあ、昨日のうちに使い道は決めたんだけどね。
本日は僕がリーダーということで、一応決を採ったわけだ。
昨日のリーダーは僕がやる予定だったけど、晃が急遽頑張ってくれたからね。だから今日は僕がリーダーってわけだ。
正直、お金の使い道についてはかなり悩んだんだけどね。
3人で分けて自由にとか、貯蓄とか、美味しい料理にでもパーッと使うかとか。
でも、昨日の現場を思い出して、必要な物資を買い集めようってことになったんだ。
お城からの支給品もあるにはあるんだけど、あの王様たちに借りは作りたくないし、あの人たちから提供された物が信用できないっていうのもある。
だから、自分たちが使う道具をこの際、自分の目で見て買い集めようってことになったんだ。
「どう思う、田中さん?」
とはいえ、この提案が聞き入れられるかは、僕たちの教育方針を決めている田中さん次第だ。
正直、ハードだと思う訓練内容だけど、ちゃんと僕たちのことを気遣ってくれるし、フォローもしっかりしてくれるので、田中さんのことは信用している。
流石、元傭兵だっただけはあるよ。
というか、ちょっとだけ田中さんのことを聞いたけど、子供の時、拾われてそのまま戦場にとか狂気の沙汰だよね……。
僕たちは絶句したけど、田中さんはそんなに気にしていないのが救いなのかなー?
僕たちが知らない……いや、知っているはずなのに、それがわかってなかったって愕然とした。
そんな、とりとめもないことを田中さんを見て考えていると、特に悩む素振りもなく、田中さんは……。
「いいんじゃないか。ようやく自分たちが使う物にも気を配る余裕ができてきたいい証拠だ。武器の手入れもこの際しっかりとリカルドたちに教えてもらえ。今までやってもらってただろう?」
うっ、そういえば、装備品の手入れとか考えたことなかった。
今までは、リカルドさんたちが武具を預かって手入れしてくれてたんだよね。
そうだよねー。手入れはいるよねー。自分の命を預けるんだから……。
なんか、僕たちはやっぱり、まだまだだと思う。
「じゃ、俺は昨日のことで、ギルドに聞きたいことがあるから、行ってくるわ」
「え? ついてこないんですか? 田中さん?」
「いつまでも、俺が付き添いだと思うなよって言ったよな。町中ぐらいはもう歩けるだろう? まあ、リカルドたちもついて行くから問題ないだろうが」
「まあ、田中さんの言う通りだけど、その田中さんはなんでギルドに?」
「闇ギルドっていうわけのわからん組織が出てきたからな。冒険者をする上で気をつけないといけない組織とかそこらへんを聞いておこうかと思ってな」
「それなら。私たちも……」
「はっ。まずは、道具の一つでもまともにそろえてから言え。ひよっこ共」
「「「……」」」
そう言われると何も言えなくなる。
「俺に色々任せてってのがあるんだろうが、情報をまとめて作戦をたてるのは上官の仕事だ。素人にやらせてもミスが出るにきまっている。迂闊に秘密事項をしゃべって貰っても困るしな。そういう意味でも同席を認められないってことだよ。ま、別に悪い意味じゃない。人死にが出るような胸糞悪いことは俺に任せとけってことだ。無駄に背負う必要は無いってな」
そう言って、田中さんは部屋を出て行く。
でも、何かできればと思うんだよ。
そんな僕たちの気持ちを察したのか、キシュアさんが口を開く。
「タナカ殿にとっても、昨日のことは予想外だったそうで、気にしておられるようです」
「ですねー。早いか遅いかだけって言ってましたけど、まだ見せるつもりは無かったみたいですよー?」
「一見無茶を言っているように見えますが、リカルド殿や兵士の訓練といい、限界ギリギリはちゃんと見極めています。訓練を受けた兵士の実力は以前よりもはるかに上がっているので、軍部内での田中殿の評価は非常に高いと聞いております。違いますか? リカルド殿?」
「いや、キシュア殿の言う通りだ。田中殿のおかげで飛躍的に兵の練度が上がった。精神的に鍛えるというのが一番効いたな。まあ一番の理由は、私も含めて、兵士がまったく相手にならなかったところだろう。レベルというモノでなく、技量や経験がいかに大事かというのがよくわかった。覚悟があったつもりだったが、田中殿の訓練を受けた後では、あの時の覚悟や誇りは勘違いだというのが分かった」
……それはよくわかる。
僕たちも、よく挫折しているから。
頑張れたと思えたのに、すぐに落ち込むからね……。
今もそうだけど、こうやってリカルドさんたちに慰めてもらっていると、落ち着く自分が悲しくて、悔しい。
僕たちだけじゃないんだって、教えてもらているっていうのが特にね。
はは、まだまだ、僕たちはコドモなんだろうね……。
「よし!! うじうじしても仕方ないや!! 明日以降の冒険を安全に進めるためにも、道具を買い集めよう!! ついでに、美味しそうなものがあれば、買い食いだ!!」
「「おー!!」」
ということで、僕たちは気持ちを切り替えて、いざ王都の街へと繰り出すことになった。
「意外と、美味しいよね」
「うん。オークの串焼きって聞いて、魔物の肉? って思ったけど、美味い」
「ですわね。オーク、確か二足歩行豚でしたか? 味も豚に近いのですね」
街に出て、まず一番に寄ったのが、屋台だった。
前々から気になってはいたんだ。
今までは仕事や訓練で、食べる時間や場所は決まっていたからね。
今日は、そういう意味では初めてのフリーな時間。
精々、ファンタジー世界を楽しんでやろう。ってことも話し合いで決まっていたのだ。
そんな感じで、屋台の食べ物をお昼ごはん替わりとして漁っていると……。
「ん? お!? おまえたちは、昨日助けてくれた新人か!?」
そう言って、僕たちと同じような数人の冒険者らしき人たちが話しかけてきた。
「ん?」
「昨日?」
「はぐはぐ……」
いや、撫子食べるのやめてくれない?
お嬢様ってことで、屋台に手をだすことはなかったのは聞いているけどさ。
とりあえず、肘でつついてと……。
「光? なんですか?」
「いや、昨日の冒険者たち」
「冒険者?」
そこでようやく、目の前に立つ私たちよりは年上だけど、まだ若い冒険者が立っていることに気が付く撫子。
「昨日というと、治療した方でしょうか?」
「ああ。昨日は本当に助かった。まさか、こんなところで会うとはな。いや、見たところお昼みたいだし、会っても不思議じゃないか」
「はぐはぐ。と、失礼いたしました。私たちは、つい3日前に冒険者になったばかりの、ナデシコと言います。こちらの男性がアキラ、そしてこちらの女性がヒカリです」
しっかり食べきってから紹介はじめやがったよ。
びっくり。意外と食い意地張っているんだ。
そういえば、食事中はひたすら何も言わず食べてた気がする。
「あ、すまない。俺たちは同じ冒険者でドラゴンハンターズってパーティーだ。昨日は5人の内、3人まで大きいけがをして、これで終わりかと思ってたから、本当に助かった。ほら、お前ら、お礼を」
「「「どうも、ありがとうございました」」」
そう言って、お礼を言ってくる冒険者たち。
女性も2名いて、1人は昨日の治療で見た覚えがある。
「肩からバッサリでしたけど。今はどうですか?」
「ええ。何も問題ないわ。物凄い回復魔術よね。あの時はもう次の朝日を迎えられないと思っていたけど」
うん。それは同意。
あのままだと確実に死んでいたと思う。
第三陣の負傷者でこの女性冒険者は左肩から右わき腹にかけて袈裟切りされて運ばれてきた。
当時は僕たちも無理だと思ったんだけど、晃ができるだけやってみようって言って治療してみたら、いけた。
回復魔術ってスゲーと思うと同時に、ここまで自身が怪我をしたら自分での治療は不可能だというのもわかる。仲間がどれだけ必要かってね。
「そりゃよかった。初めての大治療で助かるかもわかりませんでしたから」
「あら、その割には、君は絶対助けるから頑張れって言ってくれてたじゃない?」
「あはは、新人ですから、それぐらいしかできなかったんですよ」
うん。確かに、晃は回復魔術を使えるけど、相手が女性ということで、フォローに回っていたんだよね。
声を掛けて、意識を飛ばさないようにって。
「おかげで、意識を失わずに済んだわ。激痛の中意識が遠くなるけど、君の声ははっきりと聞こえていたわ。本当にありがとう」
「いえ。ちゃんとギルドからも依頼料はもらっていましたし、助かって良かったですよ。でも、次も助かるとは限らないんで、無茶はやめてください」
「ええ。二度もあんな目に合うのはごめんよ」
「ああ、スラム街で奇襲にあってな。それであの様だ。索敵はちゃんとしておけって話だな。相手が人だと特にな。って、そういう話じゃないな。どうだ、君たちさえよければ、夜飲みにでもいかないか? 是非驕らせてくれ」
「君はベッドで相手してもいいわよ?」
「飲みはいいですけど、治療行為でそういうのは受けませんよ」
「あら、残念」
ほほう。晃は意外と断ったね。
あのお姉さんはそれなりにスタイルは良さそうなんだけど。
まあ、田中さんに言われた病気とか気にしていうのかな? あとはハニートラップ。
そんなことを話しながら、思いついたことがある。
「あ、そうだ。良ければ、冒険者が使う道具一式がそろうお店とか知りませんか? 昨日の治療でまとまったお金が手にはいったんですけど、お店はよく知らなくて」
「ああ、それならお安い御用だ」
そう言って快くお店へと案内してくれた。
道中、色々冒険の経験を話してくれたりして、新人の僕たちにとっては非常にありがたいことで、そして、これが人との繋がりなんだなーって思った。
「で、不思議だったんだが、後ろの3人はいったい?」
「あー、僕たちの指導をしてもらっているんだ。元王国の騎士さんなんだ」
「え? ということは、君たちは貴族様かい?」
「いや、そうでもないんですよ。ただ見込みがあるから、鍛えてもらっているだけで」
「ふーん。でも、メイドもいることだし、やんごとなき身分てところかしら?」
「だといいんですが、三男に三女ってところですわ。家にいても後を継げないのです。だから……」
「あー、すまない。そっちか。よくある話だな。すまない無神経だった」
「いえ、気にしないでください。でも、お店はしっかり教えてください。俺たちも死にたくないんで」
「ええ。任せて頂戴。君たちに死なれたら、私たちも治療できなくなるから」
「何かの縁ですし、その時は格安で引き受けますよ」
そんな雑談をしながら、おすすめのお店に案内してくれて、店長さんに紹介してくれて、いい道具の見分け方や、手入れの仕方とか、懇切丁寧に教えてくれた。
お陰で、僕たちはその日で十分に準備を整えられて、明日の仕事へのやる気がみなぎったのであった。
「そういえば、ドラゴンハンターズってことはドラゴンとか倒したことあるの?」
「いや、景気付けってことでつけた名前だ。ドラゴンでも倒せればランク5は確実で、大抵6、7の英雄クラスだからな。将来はそうなりたいって話さ」
「なるほどねー」
うーん。ドラゴンもこの世界には普通にいるのかー。
嫌な情報なのか、ありがたい情報なのか僕たちはちょっと判断に困る内容だった。
きっといつかは戦うことになるんだろうなっていう、予想があったからね。
ま、こういう情報も含めて田中さんに報告だ。
こうして、結城君たちは自分たちの縁を広げていくのであった。