第178射:国の反応と独自に動く
国の反応と独自に動く
Side:タダノリ・タナカ
「ようこそ、タナカ殿。珍しいですな。あなたがお一人とは」
そう言って出迎えてくれたのは、このアスタリの領主、アスタリ子爵だ。
俺は今、単独でアスタリ子爵に会いに来ている。
理由は、聖女暗殺に関してだ。
どこまでルーメルが情報をつかんでいるのか、そうしてどういう行動をとるのかを聞きに来たわけだ。
「ああ、単独じゃないと話し辛いことがあってな。失礼だが、話す時間はあるか?」
「タナカ殿がそのような顔つきになるということは余程のことがあったのでしょう。何よりも優先させていただきますよ」
「そうか。感謝する」
「では、人目のつかない、私の執務室へ」
ということで、俺は子爵の執務室へ通される。
「で、何がありました? タナカ殿がこのような時間帯に来られるなど、よほど急報でしょう」
「そっちは何もつかんでいないのか? 冒険者ギルドからは?」
「いえ、特に何も連絡はありませんが……。冒険者ギルドで何か騒ぎでも?」
「クォレンたちは自分たちのことで一杯一杯か」
向こうは向こうで大変なのか。
わざわざ教えてやる義理もないのか。
「どういうことでしょうか? いったい何が?」
「本当に知らないのか、俺には判断がつかないが、話しておく必要がある。それだけ子爵を信用していると思ってくれ」
「信頼されているようで何よりです。で、その話しておく必要があることとは?」
「冒険者ギルドの連絡で、リテアの聖女ルルア、ロシュールの聖女エルジュが魔族に襲われて命を落としたと情報が入った」
「何ですと!!」
俺の言葉に大声と驚きの表情で返すアスタリ子爵。
その様子だと本当に何も知らない感じだな。
「それは本当なのですか!?」
「経緯は不明だが、命を落としたことは事実らしい。だが、子爵の様子を見るにこの話はまだ……」
「この場で初めて聞きましたぞ。まあ、冒険者ギルドは特殊な連略手段があるからでしょうな」
「ああ、そこは知っているのか」
「ええ。もちろん。昔、どこかの国が取り上げようとしたこともあったようですが、冒険者ギルドを敵に回したどころか、冒険者ギルドに味方する国まで出てきましてな」
「なるほどな。冒険者ギルドの強みがでたわけだ」
「そうです。各国に支部を置いている冒険者ギルドはそういう国の横暴に対しては各国に協力を要請することもあるようなので、怒らせてはいけないとなっておりますな」
「その割には、今回のはどうだったんだ?」
「まあ、払うものは払っておりました。というところですな。と、そこはいいとして、本題は聖女様方が命を落とされたという話ですが……」
おっと、そういえばそれが本題だったな。
「今後連絡がきたとして、アスタリ子爵は国がどう動くと思っている?」
「それは陛下の御心のままにということになるでしょうが、おそらくは勇者殿たちを立てて、討伐軍を起こすのではないでしょうか?」
「やっぱりそうなるか」
まあ、聖女がやられたんだ。何かしら行動を起こさなければ、情けない統治者だといわれかねないからな。
そして何より、ルーメルは勇者を呼び出したと周りに言っているからな。
動かないと立場が悪くなるのは目に見えている。
「……姫様には悪いですが、このままでは戦いは避けられないでしょう」
「当然の話なんだけどな……」
戦いたくないと願って、動いていたのに結果がこれで結城君たちが気落ちしそうだな。
後でまたフォローをしておかないとな。
「いずれにしても、ルーメルは動くことになるでしょう。その時の中核になるのは……」
「勇者っていうことだな」
「ええ。そうでもないと、勇者を呼び出した意味がないですからな。今後の4大国で主導権を握るためにも、絶好のチャンスですからな」
そうそう、ルーメルという国の立場向上もある。
動かなければ情けなしといわれるが、動けば今後の外交で優位に立てるわけだ。
ある意味、リテアとロシュール、ガルツを魔族の侵攻から守ったともいえるからな。
国としてこのチャンスを生かさないわけがないということだ。
「ともあれ、今のところ上の命令が飛んでいないなら、俺たちはここで防衛強化に当たらせてもらうぞ」
「ええ。それでお願いいたします。魔族がそのような活発的な行動に出たのです。アスタリの町へ進軍してくる可能性もあるかもしれませんからな。防衛の強化は必須でしょう」
「子爵の許可が得られたなら幸いだ。とはいえ、これからどう防衛力を高めるかって問題が出てくるな」
既に堀も作っているからな、これから先アスタリの防衛力を上げようとなると、先ずは人集めだが、他でも同じく人手の確保にかかるだろう。
下手をすると募兵をかけているルーメル王都と被る可能性もある。
アスタリの防衛と魔王討伐軍をどちらを重視するかって話なんだよな。
とはいえ、このアスタリ子爵なら……。
「ふむ。一応私の方でも人員、物資の回収を進めておきましょう。陛下に命令されればすぐに出撃できますし、魔族がこのアスタリへ襲来した時の備えにもなりますので、問題ありません」
子爵はルーメル王の命令最優先だからな。
状況次第にはなるが、アスタリの町を放棄することもあり得るだろう。
だが、準備さえ整えておけば、防衛になった時には戦力にもなるってわけだ。
まあ、あのルーメル王がどんな命令を出してくるかってのが問題か。
「じゃ、その方向で頼む。俺たちで何か手伝いが必要であれば、連絡をくれ」
「わかりました。しかし、姫様は落ち込んでおりませんか?」
「そこまで気を使っていなかったな。この情報を聞いて真っ先にこっちに来たからな。まあ、戻ったら気にかけてみよう」
「お願い致します。タナカ殿は姫様や勇者殿たちのフォローが一番の仕事ですな。勝手に動かれては困りますので」
「確かにな」
お姫さんが結城君たちをそそのかせるとは思えないが、思い切った行動に出ないとも言えない。
そこはしっかり監視しておかないと、被害拡大につながるからな。
まあ、最近の結城君たちはしっかりしてきているから、聖女たちの死亡に多少ショックを受けてはいたが持ち直すだろうさ。
それぐらい、あの3人は修羅場を潜り抜けている。
それに、ノールタルたちという、自分たちが守らなければいけない、護衛対象というとあれだが、大事な人ができた。
ガキが大人になるのは、責任を持つのが一番だからな。
そして、あのノールタルは意外にいい根性をしている。
リリアーナ女王がいなければ、ノールタルがとも思ったぐらいだ。
「お姫さんたちの行動には注意しておく。じゃ、俺は戻る」
「ええ。わざわざご連絡ありがとうございます。こちらも何かあればすぐにご連絡致します」
ということで、俺はアスタリ子爵と別れるのだが……。
「最後まで、ロシュールとリテアの自作自演の可能性が高いとかいう話は出てこなかったな……」
俺はそうつぶやいて、領主の屋敷を見る。
そこには夜の闇に大きな屋敷がそびえたっているが、騒がしいという気配はなかった。
冒険者ギルドの方は情報を集めるために大慌てなんだがな。
はてさて、自作自演なのを知っているのか、それとも知らずにいたのか……。
ま、どのみち、向こうが動けば真意がわかる。
というか、この状況で参戦しないってのは無いんだよなぁ。
俺は既にこの先の結果は想像できている。
ここで、戦わないとルーメルは立場をなくす。
それは国としては終わりだ。
ロシュールも、リテアも、ガルツも魔族の手によって被害が出たということになっているから、こっちも動かないと何をやっているんだということになる。
「まあ、その戦いが最小限に終える方法を考えないとな」
一番手っ取り早いのは、魔族の全滅だが、今更リリアーナ女王たちもろとも潰すのはだめすぎる。
どう考えても、結城君たちが敵に回る。それこそ、死ぬとわかっていてもだ。
日本人っていうのは義理に厚い。まあ、全員が全員というわけではないが、大体高確率で義理に厚い。
殺すのは簡単だが、その後は俺が行動しにくくなる。
そして、彼らをもとの世界まで戻すという目標に反する。
だが、どう考えても、一戦は避けられそうにもない……となると。
俺はある考えに行きつき、ギルドには戻らず、適当な宿に部屋を取り連絡を取ることにする。
『ん? タナカ、どうしただ?』
「ちょっと話を聞いてほしいことがあってな」
『おら一人にか?』
「ああ、ゴードルにちょっと相談したいことがある」
『……やっぱり戦争回避は無理そうだべ?』
俺が本題を口にする前に、ゴードルが先に口を開く。
本当にお前は優秀な奴だよ。
「まあ、俺の判断ということにはなるが、戦争回避は厳しいな」
『だろうべな。偉い人を殺しておいて、ってのはあるべ。デキラが本当にやったかどうかは別としてだべが』
「デキラはやってなさそうか?」
『いや、まだ聞く前だべよ。とはいえ、ここでデキラじゃないといってもどうしようもねえべな』
「……ああ」
もう魔族がやったという話が出ているいま撤回は厳しいというか、無理だな。
『となると、どうやって戦争を終わらせるって話だべだが……』
「まずはどういう規模になるかわからんしな。ガルツとロシュールは戦争状態でもあった。そこで疲弊している分もあるから、建前の進軍と撤退になる可能性もある」
『だども、デキラ筆頭の好戦派が動かないわけもないべな』
そうなんだよな。
建前上魔族の仕業と言ってちょこっと魔族に攻め込みましたでは終わらないんだよな。
魔族側も攻めてくる軍に対して行動を起こす必要がある。
その時に動くのはもちろんデキラたち好戦派だ。
で、ちょこっと攻め込んだ連合軍とぶつかり合うわけだ。
その時どう転ぶかわからんが、被害は甚大になるのは目に見えているかな。
ああ、もちろん、真剣に戦っても被害は甚大だ。
「その時に、リリアーナ女王たち和平派がどうなっているか……」
『駄目だべな。その時はデキラに政権奪われているべ。もう敵が攻めてきたんだから、リリアーナ様の立場は何もないべ。そして、デキラも敵に対抗するために国の統一は必須だべ』
「だろうな……」
反抗勢力を内に抱えて敵を迎撃をとかありえんからな。
リリアーナ女王を追い落として、後顧を憂うことなく戦った方がいいというのは当然の考えだ。
しかし、そうなると俺たちと友好を結んだ相手がいなくなり、魔族との和解は絶望的になるわけだ。
やっぱり、こうなると、敵に身内を潜ませる必要が出てくるか。
「ゴードル。リリアーナ女王と相談してから決めてもいいが、俺から一つ提案がある」
『……わかってるべよ。デキラの仲間になれってことだべな』
「本当に話が早くて助かる。それで、内部を探ってリリアーナ女王を逃がせるようにすることと、万が一の時は、ゴードルが侵攻軍に入ってなるべく被害を減らすように動くってことを頼みたい」
『また、難しいこと……。とはいえ、やるしかないべな。この話、リリアーナ様にもちゃんと理解を得ないと大変なことになるべ。この話はタナカもつきあうべ』
「わかった」
ということで、俺はリリアーナ女王に今の話をすることになった。
さて、この手が手遅れでないといいがな。
ルーメルの動きはいまだになし。
まあ、この世界の伝達速度を考えると、当然ではある。
さて、情報伝達速度で有利な田中たちはこれからどう動くのか?
各国はどういう判断を下すのか!!




