第172射:工事は進む
工事は進む
Side:タダノリ・タナカ
ザクッザクッ……。
俺はスコップを持って堀の形を整えるために削ったり土砂を外に放り出したりしている。
ズドーン!!
時折地響きが響いて土煙が舞い、それが降りかかるが、まあ戦場ではよくある話だ。
時たま人が降ってくるしな。いや、肉塊の間違いか。それともクソ袋かな?
まあ、そんなことはどうでもいい。
ということで、俺はひたすら、堀の整備をしている。
「タナカの旦那ぁ、こっちはどうする?」
「ああ、そこは……」
「タナカ殿。こちらはどうしたら……」
「それは……」
とまあ、何か現場指揮官みたいな感じになっているのは、文句を言っていた連中をぶっ飛ばしたからだ。
今更塀など作らなくてもとか抜かしていたので、速攻上下関係を叩き込んだ結果がこれだ。
そして、ぶっ飛ばして堀づくりを手伝わせている手前、俺が作業をしないわけにはいかないということになったのだ。
お金の有無ではない、文句を言うだけ言って、なにもしないやつだと思われればこの先面倒なことになるからな。
部隊の信頼というのはこういうところが大事だ。
威張ってばかりで何もしないような奴についていくのはいない。
まだ、戦争の可能性が残っている以上、現地の人との信頼は大事だ。
そうでもないと、背中を心配しないといけなくなるからな。
ということで、みんなと一緒に汗をかいているわけだ。
上は上でこういう妬みひがみに、物資の計算とか給金の調整とかもあるからな。
そういうのは勘弁だ。
なので、こういう堀の整備作業は俺にとってはありがたいかもな。
「……ナカ殿!! タナカ殿ー!!」
「あ? ああ、クォレンか。どうした?」
呼ぶ声が聞こえて顔を出してみるとクォレンがこちらを探していた。
「いや、こっちがどうしただ。なんでお前さんが一緒に汗流しているんだよ」
「威張っておいて自分は何もやらないとか反感しかかわないからな。だろう?」
俺がそういって振り向くと、兵士と冒険者がうんうんと頷く。
これで現地の人とは友好ができたわけだ。
「俺たちが何もしていないように聞こえるぞ……」
「下っ端から見れば同じなんだよ。コミュニケーションも取らずに理解しろってのは無茶な話だ。で、ただ探してたわけじゃないだろう?」
「ああ。工事のことで相談だよ。子爵とソアラ、イーリスが呼んでいる」
「わかった。じゃ、みんなはここを頼む」
「「「おう」」」
元気のいい連中だ。
ついでに密偵の可能性を考慮しなくていいから、なんて気が楽なんだと思う。
こっちの連中に破壊工作ができるわけもないからな。
まあ、魔術による攻撃でならあるだろうが、こっそり爆弾などを仕掛けていざという時に破壊っていう手段を取られないのがいい。
現代戦になると、そう言う基礎工事の段階から、機密保持に関して気を使わないといけないからな。
と、そんなことを考えている間に、アスタリ子爵たちが待つ場所へと到着する。
工事の陣頭指揮をとるテントだな。
「おお、いましたか。タナカ殿」
「いったいどちらに行ってらしたのですか?」
「普通に兵士や冒険者たちと仕事だ。ボコった手前、手伝わないわけにもいかないからな。まあ、おかげで仲良くはなれたな」
クォレンと同じ説明をしてやる。
反応はあきれた感じではあったが、特に何もいうことはなかった。
「で、一体何の用だ?」
「それが、勇者殿たちの魔術の腕前が予想以上でもうすぐ、予定地の仮堀を終えそうなのです」
「意外と魔術の扱いになれるのが早かったな」
大規模火力で指定して掘るように指示はしていたが、その魔術でどのように掘るのかは指定していない。
効率のいい方法は、ある意味違う魔術でもできるのではないかという検証も兼ねていたから。
ズズーン!!
と、考えている内にそんな音が再び響きその方向を見ると、既に予定の終盤といったところだ。
「予定より早く終わりそうで何よりだな。で、それが話したかった内容か?」
「いえ。ここまで早く終わるとは思っていなかったので、これならば、もっと堀を掘るべきではないか? という話になりましてな」
「ええ。そうです。ここまで簡単に堀を作れるのであれば、もっと堀を作って備えるべきではないですか?」
「なるほどな」
子爵とソアラが見つめている簡易工事の予定地図には色々書き込まれていて、既に工事が完成している場所が半分を超えて、予定地のほとんどが掘られているという状態だ。
あとは整えるだけなので、そこまで時間がかかるとは思えない。
というか、数キロに及ぶ深さ3メートルの堀なんだが、これをよく半日でできたな。
「話はわかった。とはいえ、俺だけじゃなくて結城君たちの状況を確認してからだ。意外と疲労しているかもしれないからな」
「それはわかっております。勇者殿たちのコンディションの確認はお願いいたします」
「ナデシコさんたちなら大丈夫とは思いますけど、そこは聞かないといけませんね。よろしくお願いします」
「ま、勇者殿たちはタナカ殿のしごきには慣れているだろうから平気だとは思うがな」
「そうは思うがな。ああいう大規模な魔術は初めてだから、意外なところで負荷が来ているかもしれない。と、行ってくる」
俺はそう言って、結城君たちが作業をしているところに行ってみると……。
「えーと、この直線に向かってでいいよな?」
「おっけー」
「はい。周りの安全確認も大丈夫ですわ」
「よーし、じゃあ行くぞ」
結城君がそういうと、地面がボコッと盛り上がり、土の塊が空中に浮く。
「はいはーい。オーライ、オーライ」
「はい。そこでゆっくりおろしてください。さっきみたいに急におろしてはだめですよ」
「そういわれてもなー。まあ、頑張るよ。いくぞー」
この声とともに、大きなというかバカげたサイズの土の塊、土砂をゆっくり地面へ……。
ズルッ。
そんな音がしたかと思えば、空中の土が下へと落下し始め。
「落ちてる落ちてる」
「全部覆うようにですよ」
「む、むり!?」
ズズーン。
結城君がギブアップ宣言をすると同時に空中に浮いていた土の塊が地面に落下して大きな音と土煙を上げる。
その土煙を避けるように進んで結城君たちに声をかける。
「おう。意外とスマートな工事をしているんだな」
「あ、タナカさん。いや、これに気が付いたのはついさっきですよ」
「タナカさん、やほー。まあ晃のいうとおりでさ。今までは大火力の魔術やってたんだ。水系はだめだね。水浸しになるよ」
そりゃ、そうだろうな。
ああ、だからなんか水が溜まっている堀があるわけか。
とはいえ、あの水のおかげで土壁が固められるからありがたいんだが。
「っていうか、なんか見なかったけどどこにいたの?」
「そうですわね。いままでどこにいらしてたんでしょうか?」
どいつもこいつも同じことを聞くな。
……まあ、それだけ気になるってことだな。
ということで、こっちにも同じことを話した。
「なるほど。一緒に汗を流してたんですね」
「連帯感を出すにはこれ以上ないことだからな。もともと立場があったわけでもない俺たちが、兵士や冒険者たちに指示を出すためには必要さ」
「まあ、ボコボコにしていましたからね。あのままだと反感もあったでしょう」
「えー、そうかなー。全員ビビッて絶対服従って感じだと思うけど、リカルドさんみたいに」
「あの時とは状況が違うからな。全員指導できるわけじゃない。殴るだけ殴ったじゃ、反感が生まれるからな。多人数に後ろから刺されちゃたまらん。とそこはいいとして、アスタリ子爵、ソアラたちから追加の要望があってこっちに来た」
長々と雑談するつもりもないので、さっさと本題に入る。
「追加の要望? どういうこと?」
「何でしょうか?」
「何かあったんですか?」
「何かあったな。結城君たちが思ったよりも素早く作業を進めたおかげで、もっと防御陣地を拡大できるんじゃないかって言いだした」
「あー、僕たちがサクサク作りすぎたってことか」
「そうだな。正直、もっと魔術の調整に苦労するかと思っていた。だが、意外と使いこなしているな」
想像では、爆心地、クレーターが山ほどできるかもと思っていたが、結城君たちはちゃんと魔術とかいう怪しいものを使いこなしているようだ。
リテアの時に山火事や洪水を起こしていた時から頑張ったということか。
「ま、さすがに全力でやっちゃ上手くいかないってのはわかってたしね」
「だな。だからとりあえず風の魔術とかで切ってみるってやってみたら……」
「土埃を巻き上げてとんでもないことになりましたわね」
「炎の魔術もだめ。溶けるし」
「とまあ、最初に小規模で試してから、こちらの方法になったわけです。でも、バランスが難しく、落としたりしたのでそれでも爆音や土煙が立っていますが」
そういうことか。
まあ、いい実験場にはなったわけだ。
これで微調整ができるようになればいいんだが……。
「で、どうだ。追加の作業をこなす余裕はあるか?」
「僕は全然問題なし。よゆー」
「私も問題ありませんわ。アスタリの防衛につながるなら文句もありません」
「俺も同じく。これで守りやすくなるなら頑張れますよ」
3人とも疲れは見せずやる気を見せているな。
本当に問題はないように見える。
「魔力枯渇とかはなさそうか? 限界とかはどうだ?」
「うーん。そういう感じはないかな? というか、僕は枯渇の時は覚えてないからねー」
「私は限界まで頑張ったことがありませんので何とも。ですが、訓練の時よりはまだまだ余裕があります」
「撫子と同じ意見だな。今までの経験から比べると余裕ですよ」
受け答えも問題なしと。
とはいえ、無理をさせる理由もない。
「よし、じゃあ、今日は結城君だけで頑張るか」
「え? どうして晃だけ?」
「ああ、限界を見るためですか?」
「え!? 本当ですか、田中さん」
「まあ、半分当たりだな。今、俺たちがこうして工事をしている間に、セイールたちも外に出る訓練をしているしな。監視をヨフィアたちもしている。そっちのために大和君とルクセン君は温存だな」
俺たちが必要な場面はここだけじゃない。
というか、ここでも回復魔術が使える大和君とルクセン君の存在はありがたい。
あ、いや、結城君も回復魔術は使えるが、まあ、男と女の治療はな……。
「あ、そういえばそうだった」
「確かに、彼女たちのこともありましたね」
「ここで、全力を出してくたばっても問題がないのは結城君だけということだ」
「ええー。なんか急激にやる気が無くなってきたんですけど」
「ま適材適所ってやつだ。俺も手伝うから頑張れ」
ということで、俺たちは再び堀の工事を始めるのだった。
一緒に汗水流して、一緒に飯をくうからこそできる信頼がある。
それを忘れれば終わりだよ。
っていう話だね。
あと、無理はしないようにってやつ。