第17射:まおーはてきです
まおーはてきです
Side:タダノリ・タナカ
「き、金貨50枚」
「キラキラ……」
「……どうしましょうか」
おーおー、若者たちは、初めて見る大金に目がくらんでいるようだ。
下の食堂では晩御飯も喉を通らないって面構えだったのにな、現金なもんだ。
いや、復帰してくれて良かったと思うべきか。
下手すると、駄目な奴は拒食症にまで陥るやつがいるからな。
そういうやつは、戦場で生きていけないから、さっさと切られる。
いや、そもそもそんな奴は元々傭兵稼業なんかやってないけどな。
そんなことを考えながら、俺はそっとドアから離れて、部屋に戻る。
「勇者様たちはどうだったでしょうか? 無理に食事はとられていたようですが……」
「無事に乗り越えてくれるといいのですが、どうでしたか?」
「大丈夫ですかねー?」
部屋では、結城君たちのことを心配していた、大人3人が集まっていた。
「その心配はいらないみたいだな。だが、代わりに金貨50枚を見てどうするか悩んでいたな」
「そうですか。それは良かったのですかな?」
「金貨50枚ともなれば、それなりの稼ぎですからね」
「でもー、そこまで高いってわけでもないと思いますが? 武具なら中の下を買うので精いっぱいですよ?」
「日本じゃ、まだ学生でな。自分で稼ぐってことをしたことがない。ああいう金額はそうそう目にするものじゃないからな。それで興奮しているんだろう」
日本で言えば初任給みたいなものだからな。
いや、金貨一枚で一家族が一ヶ月過ごせるから、大体日本円にして1500万ぐらいか。
十分大金だよな。
まあ、傭兵の仕事だとそのぐらい当たり前なんだが、次の日には死体だからな。
だが、結城君たちは今までの冒険者仕事はただのお小遣いって感じだったから、今日の怪我人、死人がでたことも含めて、色々認識が改めて変わっただろう。
冒険者はゲームの主人公がなるワクワクなモノじゃなくて、命を懸けた面倒な仕事だってな。
まあ、今回の稼ぎで一攫千金とか夢見てないか心配になるが、そこまで馬鹿じゃないだろう。
「しかし、闇ギルドを冒険者ギルドが強襲するというのは、一体どこから情報を得たのでしょうか?」
キシュアがこちらを探るように見つめてくるが……。
「さあ? 朝来たらあの様子だったし、前々から調査をしていたんじゃないか? 闇ギルドをどうにかしたいってのは今に始まったことじゃないだろう?」
「……そうですね。タナカ殿が何かしたと思っていましたが、ありえませんね」
「そりゃー。俺がこの土地に来てまだ一か月も経っていないからな。それで、監視もあるし、闇ギルドの捜索は流石に無理がないか?」
嘘は言っていない。
一昨日の夜襲ってきた連中は、サプレッサーハンドガンで穴を空けて行動不能にしたあとは、弾丸を取り出すこともなく、魔力代用スキルを使って消去して、証拠隠滅したあとに、クォレンに引き渡しただけだ。
襲ってきたんで、背後関係を洗ってほしいって言ってな。
その結果、所持していた鍵などから位置を特定、闇ギルドだとは思わず、犯罪集団の集まりとして、偶然強襲に成功したってことだな。
「ええ。その通りです。しかし、今日の勇者様たちの行動は予定通りだったのでしょうか?」
「あー、それは違うな。いつか現場は見せてやりたいとは思ってたけど、あれは予想外だった。冒険者ギルドが野戦病院みたいになっているとは思わなかったし、結城君たちが治療行為に参加するとも思わなかった」
マジで今日のギルドの状態は驚いた。
昨日の狙撃で偉そうなのは射殺したが、逃亡者を追ってここまで被害がでているとは思わなかった。
予想以上に闇ギルドがでかかったってことなんだろうが、あの被害を見ると、夜に強襲した意味なくね? と思う状態だ。
結城君たちの治療行為も同じく。
いつか、本当の戦場の現場を見せて、精神を鍛えようとしたんだが、今回のことはある意味助かったのかもしれない。
今までの訓練は、整えられた戦場だったからな。味方に怪我人は出ても死者はなし、大怪我もそこまでない。
普通なら震え上がって動けないか、吐くのだが、今まで俺が言い聞かせたおかげか、それとも少なからず整えられたとは言え戦場を経験していたからか、大怪我人や死体を見てもそういう状態にはならなかった。
というか、治療に参加するという行動にでた。
これは喜ぶべきことだ。固まることなく考えて動いたんだからな。
そして、それなりの結果も出ている。怪我人を治したことで冒険者ギルドからの評価も上がったし、助けてもらった冒険者個人にも一目置かれたはずだ。
何かあれば、多少の協力は得られるだろう。
人の信頼を勝ち取るというのは、得難いものだからな。
「結城君たちはしっかり成長しているようで何よりだよ」
「流石勇者様たちですな」
「心強い限りですね。全員が全員回復魔術を使えるのは」
「ですねー。勇者様たちは多才ですよねー」
勇者だからというのはどうでもいいが、3人が3人とも高度な治療できるのは非常に有効だろう。
魔術は便利だなと思うし、若者にここまで実力があるのがわかっているのなら、戦場に投入したいという気持ちはわからんでもない。
だが、1人2人を戦場に投入したところで、現場が動くわけもない。
無謀な戦線に投入されることだけは避けないとな。
ということで、そろそろしっかりした、現場の情報を集めるとするかね。
「で、結城君たちがそろそろ手がかからなくなってきたが、ルーメルとしては、今後どう動くつもりなんだ?」
「というと?」
「元々、結城君たちは、勇者だったか? 魔王を倒すという役割で呼ばれたはずだ。今戦争中だろ? 戦況はどうなっているんだ?」
わざと聞かなかった事柄だ。
軍事関連の情報は迂闊に聞けば警戒されて、消される。
というか、真実を教えてもらえるとも限らない。
大本営発表というのが日本では嘘の代名詞みたいになっているからな。
物資から状況を把握しようとも思ったが、ここは王都だからな。
余程戦況が悪くない限り、物資に変動がない地域だ。
ということで、そろそろ信頼関係を築けたと思い、話を聞いてみることにした。
流石に、未熟な勇者たちを最前線に送り込んで使い潰そうという意図は見えないしな。
ちゃんと訓練をしているところを見たのも大きい。
「「「……」」」
だが、なぜか3人は沈黙する。
「どうした? 戦況が思わしくないのか?」
まあ、異世界から人を誘拐してくるほどだ。
戦況が良い訳ないよな。
「いえ、なんと言っていいのか……」
「……そう、ですね」
リカルドとキシュアは困った様子だが、ヨフィアは苦笑いしながら口を開く。
「あはは、魔王は人類の敵ですけど、ここ百年近くは沈黙しているんですよ。たまーに、国境沿いに魔物の群れが来るぐらいで、戦争っていう状況じゃないですね。魔物の群れが来た時は冒険者が片付けてくれますし」
「は?」
意味が分からん。
いや、言っている意味はわかる。
だが、内容の辻褄が合っていない。
「俺たちは、魔王を倒す為に呼ばれたんだよな?」
「……ええ。ですが、その魔王、魔王軍と思しきものたちからの攻勢はないのです」
「ヨフィアのいう通りですが、魔王というのは人類の敵で間違いはないので……」
「まあ、勇者様が魔王を倒すのは昔からの言い伝えですし、魔王がいなくなれば周りの国々、ルーメルも含めて落ち着くとは思います。魔物の被害は魔王の指示だって話もありますから」
やべっ、頭が痛くなってきた。
「まて、魔王が人類共通の敵なのはわかった。だが、今は別に戦争をしているわけではないと?」
「はい。いえ、どうなのでしょうか? 今までの歴史で宣戦布告をして攻め込んできたというのは聞いたことがありませんね」
「リカルドの言う通りですが、文献では大昔に勇者が魔王と会談をしたという話もありますね。魔族は人の姿をしているというのも聞きますし、話が出来ないわけではないと思いますが……」
「まー、人類の敵ですからね。まともに話が通じると思いませんよー?」
「……魔王の拠点とかは?」
「詳しくはわかっていません。中央の山脈のどこかにあるとは聞いていますが」
「魔王、魔族が住む山脈の魔物は強力で討伐隊がいままで何度かでていますが、いずれも失敗に終わっています」
「謎ですよねー。いったいどれだけ戦力を抱えているのか」
3人からの話を聞いて俺は愕然とした。
こいつら、じゃなくて、ルーメルは何も知らないのに、魔王というか、魔族という種族に喧嘩を売っているのか!?
そういえば、マノジルもあまり魔物に関心を示していなかったな。
これは国民性っていうやつか?
魔族という種族に魔物という自然災害の原因を押し付けているようにしか見えないぞ。
はけ口としては、ありかもしれないがな。宗教が違うだけで、人を害することが出来るのが人だ。
100年も沈黙しているってことは害意無しとみることもできるだろうに……。
ま、100年ごときじゃ無理か。地球だって宗教対立は100年どころじゃないからな。
見た目があからさまに違うこの世界じゃ、相手を理解するなんて発想は出てくるわけもないか。
結城君は猫耳をつけたギルドの受付の女性にえらく興奮して、ルクセン君や大和君に締められていたが、あれはレアなケースだろう。
と、そこはいい。
今は、この3人が知っている情報があまりにもあれすぎなので、何か感想を言うこともできない。
仕方がない……。
「そうか。わかったありがとう。そうなると、まだまだ実力は足りないだろうから、適度に仕事の難易度を上げて行って、安全に実力を付けられるようにするべきだな」
と、俺は適当に締めくくって、解散して休む……。
「……やべえ。思った以上に状況がやべえ」
……ことはせず、1人頭を抱えていた。
「なにがやばいって、俺というか、結城君たちを魔族との開戦理由にしようとしているところだ」
そう、話を聞く限り、魔族とは100年ほど小康状態、というか向こうの状況もよくわかっていない。
だから、勇者を呼び寄せて突っ込ませてみよう。って言うのが国の方針のようだ。
敵の拠点もわかっていない。戦力も不明。
もう、バカだろう!!
いや、ある意味、賢いのか?
勇者に全責任を負わせるということができるから、ルーメルは被害者という立場をとることもできる。
無論、魔王、魔族を打倒できれば、その勇者を呼んだルーメルの評判はうなぎのぼりだろう。
だが、俺たちはそのために宣戦布告をして、最前線で魔王軍と戦うことになるわけだ。
ふっざけんじゃねーよ!?
酷いとは思ったが、酷すぎる。
こりゃ、出来るだけ魔王に戦争を仕掛けるのを遅らせるしかない。
他にも、逃げ道確保の為に他国への訪問を真剣に考えるべきだな。
当初は帰る方法を探すためにってごまかしていたが、ルーメルにこのままいても身の危険しか感じない。
「……よし、とりあえず、明日、冒険者ギルドに行こう。俺を狙った連中の情報や他国のことも含めて情報を集める。クォレンにはそれぐらい貸しがある」
俺はそう決意して、色々作戦を考えながら、ようやく休むのであった……。
ずさんなというか、狙ったような、勇者頼り切り作戦!!
田中は焦って情報収集を始める。