第155射:やってみるしかない
やってみるしかない
Side:ナデシコ・ヤマト
「やっほー。げんきー!!」
「「「……」」」
光さんは元気一杯に地下の部屋へと突撃します。
そのテンションの高さに魔族の女性たちは一様にポカーンとしている。
「おい。ヒカリはいきなりどうしたんだ?」
「えーと、なんといったらいいのでしょうか……」
地下へ案内してくれたイーリスさんも流石に光さんのテンションの高さに驚いています。
しかし、夢で吹っ切れたといっても信じてもらえるでしょうか?
そんな感じで私が困っていると……。
「説明しにくいことか。とりあえず、ヒカリを止めるぞ。彼女たちが持ち直したとはいえ、あのテンションはキツイだろう」
「そ、そうですね。光さん。ストップストップ!!」
ということで、2人で元気一杯の光さんを一回引きはがして、落ち着いてからノールタルさんと話すことになりました。
「いや、普通の人でもいきなりあのテンションは驚くぞ」
「う、ん。びっくり、した」
ノールタルさんとセイールさんはそう言う。
「確かにな。さっきの光がなんか、元気の塊みたいだったからな。というか、テンションが振り切れて、おかしい人の一歩手前の気がしたぞ」
「え? マジ?」
「ええ。ちょっと流石に引きましたよ。もうちょっと落ち着いてください」
「いやー、ごめんごめん。いざ思いついたら収まりがつかなくてさー」
まったく、光さんのいいところなんですが、悪いところでもありますね。
そんなことを思っていると、ノールタルさんが口を開いて……。
「思いついたらって、何を思いついたんだい?」
「あ、えーと、ノールタルさんたちに色々話を聞こうかなーとか思ってさ」
「あー、それって魔族関連かい?」
「あーうん。しまったー、僕の気持ちだけでノールタルさんたちの事考えてなかったよ!? 撫子どうしよう!?」
はあ、ノールタルさんの質問でようやく光さんは自分がした質問に気が付いたようです。
不幸中の幸いなのは、嫌な質問をされたはずのノールタルさんやセイールさん、そして他の魔族の女性たちも苦笑いをする程度で、本気で嫌がっている様子はないところですが。
「いや、私は手伝うと言ったからね。気にしなくていいよ。というか、別に私たちにひどいことをするつもりじゃないんだろう?」
「そんなことはしないよ」
「なら、拒否するようなことはないね。ああ、セイールたちは無理しなくていいよ。私だけでも十分にやれるからね」
そう言ってノールタルさんは他の魔族の女性たちに気を使いますが、全員首を横に振り……。
「わた、しも、ヒカリと、ナデシコの、てつ、だいする」
コクコク。
セイールさんの言葉に3人も頷く。
「みんな。ありがとう」
「皆さんありがとうございます」
「まあ、無理はするなよ。しかし、光たちは一体どんなことを聞くつもりなんだ?」
「えーと……なに聞けばいいんだっけ?」
ズルッ。
その言葉に全員がずっこけました。
いや、まあ脱力したという感じですね。
本当に空回りすぎます。
「とりあえずですが、ノールタルさんたちに聞きたかったことは、魔族と会話ができる人がいないかを聞きにきました」
「魔族と会話? 私たちとしているじゃないかっていうのは違うよね?」
「違う違う。思い出したよ。下手すると、もうすぐ戦争でしょう? だからそれを止めるために、なんか偉い人と知り合いがいないかなーって思ったんだ」
光さんの言う通り、私たちは迫る戦争を止めるため、そして平和な世界を冒険するためにノールタルさんたちからの情報が必要なのです。
「なるほど。話は分かったよ。でも、教えたところで、どうやって話をしに行く気だい? まさか、この森を抜けて直接話に行くつもりかい?」
「えーっと……。なんて言ったらいいのかな?」
流石に光さんも、ドローンのことをどう説明していいのか悩んでいるようで、私の方を見つめてきました。
「そうですね。まず安心してほしいのは、私たちが直接魔族の拠点に乗り込むようなことはありません。命がいくつあっても足りそうにないですから」
まずはそう断っておく。
ノールタルさんの声は私たちが無茶をするのを咎めるような声でしたから。
「そうかい。流石にそんなことをするわけはないか。まあ、さっきの元気なヒカリを見てきたらそんな不安が出てきてね。会話が簡単に通じるなら、私たちも直談判にいっているよ。それに君たちは人だからね」
確かにその通りでしょう。
既に無政府状態とまではいかないのでしょうが、かなり派閥で国が割れているのでしょう。
そんななかに、敵である人が堂々と正面から行けば殺されるのが落ちでしょう。
それを心配するノールタルさんはいたって当然です。
私ももちろん止めます。
それに、魔族の男には女性の下着を取って喜ぶ変態がいますからね。
私たちが行けばどんな目に合うかわかりません。
「って、思い出しました。ノールタルさんに聞きたいのですが……」
「なんだい?」
「魔族の男性は、女性の下着を盗る習性でもあるのでしょうか?」
躊躇いはありましたが、これは聞かないといけません。
大事なことですから。
魔族の国に行けば下着を渡すなんて風習があるのなら、私は絶対に魔族の国には近寄れませんからね。
「は?」
「「「?」」」
ノールタルさんを含めて魔族の女性たちは首を傾げます。
どうやら、あの魔族は特殊な部類のようです。
「いえ。魔族の男性が下着を盗るという話を聞いたことがありますので。それが常識なのかと」
「いや、流石にそういう常識はないよ。まあ、私たちを犯すようなやつらがいるけど、そういうのはごく少数の連中だけさ。しかし、やけに具体的だね。まるで見てきたようだ」
意外と鋭いですねノールタルさん。
「どういうことだ? ナデシコ、ヒカリは魔族の拠点に行ったことがあるのか?」
「うん。私もそういう印象をもったよ。何か裏ルートでもあるのかい?」
私たちの会話からイーリスさんも気になったのか質問をしてきて、ノールタルさんは私たちに何か特殊な方法があるとみていますね。
まあ、どちらも間違いではありません。
「そうですね。まずは、これから見せるモノを誰にも言いふらさないことが前提になります」
「だね。まずは約束してもらわないと、何もいえないよ」
私たちは、田中さんから話を聞いたあと、ノールタルさんたちに説明するための道具を預かっています。
それをどのタイミングで見せるかは任されていましたが、こんなに早く話をすることになるとは思いませんでした。
「……まあ、秘密の一つ二つはあって当然だな。それぐらいはだまるさ」
「そうだね。でも、私はナデシコたちに協力すると言ったしね。好戦派の連中に仕返しができるなら。なんでも約束するさ」
コクコク。
ですが、今更過ぎるのですぐに承諾をもらえて私たちもその返答を疑う事無く、田中さんから預かった道具を出して皆さんに見せます。
「では、これを見てください」
「これは?」
「これはね。映像が見られる機械だよ。まあ、タブレットってやつ」
「たぶれっと?」
「「「?」」」
言葉を言ったところで、わかるわけがないので、さっそく光さんが電源を入れて実演をして見せます。
「まあ、本来の使い方は多目的なツールで、小規模なパソコンとも言っていいのですが」
「……何を言っているのかはわからないが、その板がものすごいモノだというのはわかる」
「……だね。こんなもの見たことも聞いたこともない。ナデシコ、ヒカリ君たちは一体何者なんだい?」
「それはあとで説明します」
「まずはこれを見てね」
今、私たちが異世界から来た勇者だと言っても話が止まるだけですし、まずは映像を見せて、安全に対話する手段があるということを教えなければいけません。
そして、映し出される映像。
「これは、綺麗な景色だな。遠くに見たことのない町が映っているな。辺りが森か……どこだろうな? しかしこれは空を飛んでいるような……」
「「「……」」」
イーリスさんは普通に目の前に広がる映像にただ感嘆をもらしていますが、ノールタルさんたちはその映像に思うところがあるのか、無言になっています。
それも当然……、見せている町の映像は魔族の町ですから。
「ここは、私たちがいた町だね」
「まち、がいない」
「なに? ここが魔族の町? いったいどういうことだ。さっき言ったように魔族の拠点に行ったことがあるのか?」
「行ったことがあるねー……。なんて言ったらいいのやら……」
「モノを見せた方がいいでしょう。いくら口で言っても理解できるものじゃありませんから」
「ま、そっちがいいか。じゃ今度はこれを見てね」
ドローンなんてものを言ってもわかるわけがありませんからね。
ということで、私たちは目の前でドローンを設置します。
このドローンも田中さんから説明用に借りて来ています。
別に盗まれる心配はありませんからね。盗まれても消せばいいというのは検証済みらしいです。
「なんだその道具は?」
「さっきの綺麗な板も見たことないけど、これも何のために使うかさっぱりわからないよ」
イーリスさん、ノールタルさんともにドローンを見せても首を傾げるばかりです。
「……見せるだけでも価値がありましたね」
私はドローンの準備をしながらそう小さな声で光さんに言います。
「え? どういうこと?」
「これで、一般的にはドローンのような機械が空を飛ぶなどということは認識されていないということですから」
「ああ、田中さんがわかっていて無視している可能性もあるとか言っていたよね?」
「ええ。その可能性はほぼ消えたといっていいでしょう」
これで空からの偵察は基本的に安全だと証明されたわけです。
そんなことを話しているうちにドローンの準備が整います。
「じゃ、みんな離れててね」
光さんがそう言ってドローンを起動せて実物を見せると……。
「と、飛んだ」
「ほぉー。こんな魔術道具があるんだね。でも、空を飛ぶだけじゃね」
「あ、ま、さか。これで?」
「お、セイール正解。これを使って、魔族の街を撮影してきたんだ。ほら、こんな風にね」
光さんはコントローラーに映るドローンの映像をノールタルさんたちに見せる。
「これは、この魔道具の視点か?」
「使い魔って奴みたいだね。なるほど。この魔道具を使って私たちの街を偵察していたわけか」
「はい、そうです。そして田中さんと晃さんがいま、相手にこのドローンから声を届けられるものを作っています」
「なるほど。この魔道具、ドローンとか言ってたな。これを使って対話を試みるわけか」
「……それで私たちに協力をお願いしたわけか。納得だね」
「これが、あれば、みん、なに連絡がとれ、る」
そう言ってセイールさんたちは涙を流していて、それをなだめてからゆっくりと情報を聞いていくのでした。
「こうして思い切って、聞いてみるのも大事ですね」
「ん? どしたの?」
「いえ」
きっと、光さんのおじいさんはこういうのを望んでいたのかもしれませんね。
そして、やっぱり光さんは名前の通り、光なのだと私は思いました。
思い立ったが吉日という言葉がありますからね。
動いてみれば、案外答えが出てくるということもあります。
まあ、失敗することも多々ありますけどね。
光には成功を引き寄せる何かがあるんでしょう。
それはいいとして、これからどうなる?