第146射:こっちはこっちで
こっちはこっちで
Side:タダノリ・タナカ
「ずいぶん嫌われたもんだな」
「いや、田中さん。あれだけのことをやっておいてそれはないでしょう?」
「ま、それもそうか」
「というか、全然気にしていませんよね?」
「そりゃな。彼女たちの治療に同伴を求められても俺にできることなんてないからな」
残念ながら便利な魔法などは使えない。
できるのは、今まで触れた事のある物を再現するだけ……と言ったらアレだがそういう能力しかない。
人の傷をパーッと治してやれるような便利さはないな。
「彼女たちが頑張って治療している間に、俺たちは監視のほうだが、結局昨日から動きはどうだ?」
正直な話、ギルドに戻ってソアラたちと報告会をするよりは、こっちのほうが大事だ。
俺がいない間に魔族が動き出したとか言われたらシャレにならん。
「全然動きは無いですね。向こうは平和も同然ですよ」
「そりゃよかった。となるとリカルドが危ないか。いつから監視している?」
「昨日の夜一緒に戻ってきて、俺と交代しながらですから……今だと2時間ぐらいですかね?」
「そろそろ限界だな。と、部屋が見えてきた」
俺たちは基本的に男女で分かれてはいるが、監視のための部屋は別に借りている。
お姫さんの部屋だな。
リカルドという兵士が控えていてもおかしくなく、それでいて迂闊に誰も入ろうとしない部屋。
ま、お姫さんの部屋だからということで忍び込もうとする連中はいるだろうがな。
そういう特殊な性癖を持つ連中のことはいちいち考えれられん。
それに、敵がくるならまずお姫さんのところだろうなということで監視もしているから、敵が来てくれたほうが、俺としては今後の展開が楽なんだけどな。
そんなことを考えつつ部屋に入ると……。
「誰ですか、無礼者!!」
「姫様、下がってください!!」
「無礼者だからOKな」
とっさに身構えるお姫さんとカチュアだったが、俺の返事を聞いて脱力する。
「……タナカ殿でしたか」
「ノックぐらいしてくださいませ」
「驚いたってことは、外に意識が集中してなかったな。いつ殺されてもおかしくないぞ。というか、リカルドのやつはどうした? ドローンでの監視させているとはいえ、反応なさすぎるぞ」
俺がそういうと、隣の部屋から扉をあけて、リカルドが出てきた。
「……すみません。ちょっと遅れました」
その顔はすぐに眠りたいという感じで、今にも落ちそうな表情だった。
「交代に来たからさっさと寝ろ。と、その前に何か異変とかは?」
「いえ、特に動きはありません。では、あとはお任せ致します。姫様失礼致します」
「ええ。ゆっくりお休みなさい」
「はっ……」
そういってリカルドはゆらゆらと歩いて出ていく。
「なんか変に疲れていないか?」
「あー、俺が監視している間に、クォレンさんの飲みに付き合わされたんですよ。ほら、馬車の間はずっと寝ていたから、その分って感じで」
「なるほどな。無駄に不眠を発動したわけだ。で、そのクォレンはどこだ?」
「飲み終わってからは部屋に戻るとか言ってましたけど、そこからは会っていません」
「ふーん。ま、今はあっちより監視だな。モニターに異変は無しと」
リカルドから手渡されたタブレットの映像には何も異常のない魔族の街並みが広がっているだけだ。
平和で何よりだ。
「さて、俺たちはこうして監視をしつつ、大和君たちの果報を待つかね」
「……ナデシコ様の果報? ナデシコ様が何かをされているのですか?」
「ああ、魔族の女性を治療しようと……」
そういえば、お姫さんは先ほどのやり取りは知らないよな。
説明するかと思っていると……。
『おーい。ヨフィアさん、キシュアさん手伝ってー』
『ヒカリ様どうしましたか? 何かあったのですか?』
『今から彼女たちに新しい治療をしてみたいのです。また暴れるかもしれませんので、お手伝いをと思いまして』
『おまかせください。それぐらいお安い御用ですよー』
と、そんな会話が聞こえてきてどたばたと廊下を走っていく。
「というわけだ」
「治療法が見つかったというのが理解できませんが? 彼女たちの心の傷を治す治療法などあるわけが……。いえ、あったからこその行動ですか」
「どんどん飲み込みが良くなってくるな。頼もしい限りだ」
この調子で、魔族と和解する方法をさっさと見つけてくれれば万々歳だが、そんな都合のいいことはないな。
「これで良くなるなら、話を聞けて儲けもの。治らなければ地道に治す。ただそれだけの話だ。別にこれ以上悪くなるようなことはないだろうからな」
「……確かに。では、今回は私も手伝ったほうがいいのでしょうか?」
「いや、それはやめとけ。ああいう精神錯乱系は軽く見ないほうがいいぞ」
もう、こっちがおかしくなるかと思うからな。
「そういうものなのですか?」
お姫さんはカチュアに確認を取ってみる。
この清廉潔白そうなメイドさんが知っているとは思わないが……。
「タナカ殿の言う通りかと思います。下手をすれば治療している自分たちも危険にさらされるものです。勇者様たちやヨフィア、キシュアといった従者ならともかく、姫様がその危険を冒す必要はありません」
「……私が手伝えば却って迷惑になりますね。わかりました。では、私たちはどうしたらよいでしょうか?」
「やることが無いなら、休んでてくれ。あの状況で大和君とルクセン君、ヨフィア、キシュアをモニター監視に使うわけにはいかないからな」
俺はそう言って、モニターを見せる。
リカルドが今まで頑張っていたことだ。
このモニター監視という地獄はお姫さんだろうが、平等にやってもらう。
やることが無いのなら、この後長くモニター監視を頑張ってもらうのが一番だ。
「……嫌と言いたいですが、仕方ないですね」
「昨日はヨフィアたちに任せっきりでしたから」
「では、私はモニター監視に備えて休ませてもらいます」
そう言って、お姫さんたちはさっそくベッドに横になって、十分も経たないうちに寝てしまう。
「慣れたもんだな」
「そりゃ、慣れますよ。少しでも寝ておかないと、監視が辛いですからね」
「結城君は寝ないのか?」
「俺は、光たちの治療が終わるまで待ってますよ」
「治ってたら寝られないまま徹夜になるぞ?」
「じゃ、田中さんとペアってことにしておいてください」
「それもそうだな。後はリカルドに任せればいいか」
ということで、俺と結城君はモニターの監視を始めることになるが、特に変わりがあるわけもなく……。
「平和ですねー。この事実を伝えたら、和平ってことになりませんかね?」
「宰相みたいなのがいるからな。すぐに拗れると思うぞ」
「あー、やっぱダメですか」
「世の中そんなにうまくいかないな。異世界だからもうちょっと夢があってもいいとは思うけどな」
まあ、俺からすれば、そんなことになれば興ざめもいいところだけどな。
結城君たちにとってはそれが一番いいに決まっている。
つまりは、何度も言っているが、異世界であっても魔法があろうが、世知辛いってことだな。
「まあ、そんなにうまくいくはずないですよね。そうなっているなら、僕たちが呼び出されることもなかったでしょうし」
「そうだな。というか、結城君も皮肉を言えるようになったか」
「なんとかここまで付いて来ていますからね……。はぁ、でも女性たちのことを考えると憂鬱ですよ」
「それでいい。ああいうのに慣れる必要はないからな。とは言え、動揺しすぎると隙をつかれるから難しいよな」
「ですねー。で、田中さん的にはこれからどう動くつもりですか? 素直に彼女たちの回復をまったり、アスタリの防衛を見学して手伝ったりだけじゃないんでしょう?」
結城君からの意外な言葉で少し驚く。
「本当にたくましくなったな」
「いままで、田中さんがこっそり動いていたのは知っていましたからね。というか、下手するとここでぶつかるんでしょう? いくら何でもそこまで平和主義でもないですよ」
「それもそうか」
この状況に放り込まれてずいぶん経つからな、結城君も結城君で成長しているわけだ。
まあ、親御さんは嘆くかもしれないが、これも生き残るためだ。
と、そこはいいとして、俺はモニター監視からは目を外さずに口を開く。
「とりあえずは、迎撃できそうな地点の選定だな」
「迎撃ですか? アスタリの町の防壁上から撃つんじゃないんですか?」
「最終的にはそこで防衛ってことになるだろうが、アスタリの町を背にしての戦いは本当に最後の最後だな」
「どういうことですか?」
「あー、あまり結城君は現代戦には詳しくないか」
ここばかりは仕方がない。
戦争なんて経験をしている日本人がいることのほうが珍しい。
傭兵として外に出ている連中ぐらいだろう。
「少し、基本的な説明をしておこうと思うがいいか? それとも本題だけパッと話すか?」
「時間はあるんで、基本的な説明もお願いします。どうせ監視ですから」
「確かにな。じゃ、じっくり説明と行こうか」
ということで、俺による現代戦の説明を始めることとなる。
「まず、これは基本的にこっちの世界でも同じようだが、戦う場所ってのは大抵決まっているっていうのはわかるか?」
「えーと、どういうことですか?」
「そうだなー。予測戦闘地域っていうのが、あってだな……。そうだ」
俺はドローンの上空データから作りだしたアスタリ一帯の地図を取り出して、結城君に見せる。
「これが、アスタリ一帯の地図っていうのはわかるか?」
「はい。これがアスタリで、森の中にある道が魔族の町につながる道ですよね?」
「そうだ。つまりだ、敵軍の進軍予測ルートは……」
俺は指を森の中にある道からまっすぐにアスタリのほうへとなぞっていく。
「こうなるのはわかるな?」
「はい。当然ですよね」
「つまり、進軍ルートがわかっているということは、相手の先手を打つことが可能ってことになる」
「先手って何ですか? 防衛が最優先みたいな話でしたけど?」
「別に町の防壁を頼ることだけが防衛って意味じゃないから。というか、町を包囲されれば物資の補給も滞るから、そういう拠点に籠るっていうのは最終手段だな。施設に被害があればそれだけ町の損失だ。それは防衛に成功したって言えると思うか?」
「あー……、なるほど。命は守れても、町として機能しなくなっちゃう可能性があるわけですね」
守り切れても、結局町の損害が酷ければそのまま人が離れて行って廃れてしまうというのは、よくある。
「そうだ。だから、防壁を盾に町で防衛するっていうのは、アスタリの町としては絶対したくないわけだ。まあ、これはどこでもいっしょでな。大体、圧倒的不利というわけでもない限りは、開けた場所で対峙して戦うのが普通な理由だ」
「そっか。だから、関ヶ原とかあったわけですね」
「そうだ。まさか、城下町を盾にして戦うわけにもいかないからな。で、そういう考え方は現代戦でも適用されている。ほら、拠点を背に戦うようなことはないだろう?」
「あー、なんかそういえばそうですね。なんとか戦線とか聞きます」
「町まで攻め込まれれば大被害だからな。戦線という戦うラインを決めてそこで決着を付けようって感じだな。まあ、それも悲しいかな、俺たちからすれば前時代的な戦い方なんだけどな」
「え? どういうことですか?」
「知らないわけがないと思うが、今の地球では大陸弾道弾、ステルス機といったものがあるからな、敵の急所を一撃で粉砕って戦法を取るのが常で、戦線でぶつかり合うってことはなかなかない。あるのは、内戦とかでの血みどろの市街地戦だ。これはすでに勝負が決しているって感じだけどな」
「はぁー、なるほど。で、それから踏まえてると、アスタリの町の前で……」
ということで、俺と結城君は防衛の作戦について話していくのであった……。
ということで、つらい監視はしつつ、魔族と戦う可能性も考慮して、防衛について話していくのでした。
ああ、リカルドは頑張っていたよ。
最初の敵対してた頃が懐かしいよね。




