第144射:無事に戻ってきた
無事に戻ってきた
Side:タダノリ・タナカ
「本当によろしいのでしょうか?」
そんな言葉を領主館の前でかけられる。
振り返ると、眉をひそめたアスタリ子爵が立っている。
昨日の食事会から宿泊のコンボでお姫さんを引き留めたのだ。
ようやく朝になって帰れると思えば、まだお姫さんを返したくないようだ。
ま、気持ちはわかるけどな……。
「別に本人が決めたことだしな。俺から何か言うことはないな」
俺としてはすでに方針も決まっているので、お姫さんがこちらに残るなら残るで構わないのだが……。
「はい。私は自分のこの目で見て、考えて、答えを出すと決めました。それに、私が冒険者ギルドにいればそれだけで勝手な行動をしにくくなるでしょう」
こうしてしっかりとした意見表明をしているのに、お前はここに残れとも言いにくい。
そして何より……。
「ふむ。身の危険が……というのは、だめですね」
「そっちが狙う可能性が高いからなー」
アスタリ子爵が心配しているのは、お姫さんの生活環境だ。
冒険者ギルドでの生活が悪いというわけではなく、立場に見合った住まいというものがあるわけだ。
特に忠誠を誓っている国の姫様になら尚のことアスタリ子爵は気にしているんだろうな。
しかしながら、暗殺を仕掛けてきたのは実際ルーメル王国のほうだからな。
宰相が一緒に俺たちを処分しようとしたしな。
ルーメル王にも、戦争前提での作戦の立案にさんざん文句を言っている。
本当にこのお姫さんは下手に個人で行動させると、数時間後には死体になっている気がする。
でお姫様が暗殺されたら、一緒に行動している俺たちが疑われて、さんざんルーメルに反発しているから、適当に理由を付けられてこっちも殺されかねん。
だからこそ、別々に行動する事はありえない、駄目だ。
「皮肉ですな。姫様も陛下も国のため、平和のために動いておられるのに」
「この年になってようやく、在り方というのが見えてきました。父上も苦悩した結果の判断でしょう。ですが、私は和平への道をあきらめたりはしません。この子爵が民と一緒に作り上げた町を盾などにはしてはいけないのです」
「……そこまで評価していただき感謝いたします」
「ですので、子爵、私たちがこの町で和平のために頑張ることをお許し下さい」
「ははっ。おねだりですか……。普通ならなにをそんなバカげたことをというのですが、いいでしょう。陛下から命令がない限りは、私のほうからは手出しは致しませぬ」
「ありがとうございます。では、タナカ殿、カチュア行きますよ」
そんなことを言ってようやくアスタリ子爵と別れる俺たち。
「あの話は王様の命令があればすぐにでも狙いますよってことだからな?」
一応、お姫さんに注意を促しておく。
あれは優しい返答ではなく、理由があればいつでも叩くぞ。という脅しだ。
手紙で適当に書けば、お姫さんの排除許可とか簡単におりそうだからな。
宰相のやつが勝手に処理してとかな……。
「わかっています。とは言え、アスタリ子爵に真っ向から反抗しますとは言えません」
「ま、そうだな」
そうなると、向こうも確実に排除してくるだろう。
倒せないことはないが、アスタリという盾を失うことになるからな、それはないな。
「理解しているならいいさ。さて、俺たちはアスタリ子爵と防衛施設、作戦の視察をしつつ、押さえた魔族の女性たちから何かしら情報を得るって仕事が始まるわけだ。まあ、長期滞在理由ができたのはいいな」
何も理由なくお姫さんが冒険者ギルドに滞在しているっていうのは変だしな。
「魔族の女性ですか……。彼女たちは無事だといいのですが」
「ヒカリ様やナデシコ様がいらっしゃるのです。きっと治療は終わっていますよ」
「……そうですよね。しかし、あんなひどいことをする魔族の男は厳罰に処さなければいけません」
そんな感じで意気込んでいるが、あそこまでの怯えようだった彼女たちが、物理的な治療が終わったからといって、無事とは言えないよな。
きっとトラウマになっていると思うぞ。
ん?
物理的?
何か引っかかってるな。
しかし、俺はその引っ掛かりの回答を出せることなく、冒険者ギルドへと到着する。
「戻ってきたな。タナカ殿。それにお姫様。昨日はアキラ殿だけ戻ってきて心配したぞ」
そう言って、ギルドに入るなりすぐに近づいてきたのはイーリスだ。
「アスタリ子爵に一泊といわれてな。当然といえば当然の話だな」
「ああ、アキラ殿にその話は聞いている。当然の話だったな。で、見た限り問題はなさそうだが……」
「見た通り問題なしだな。お姫さんもこちらにいることを納得してもらえた。クォレンからも聞いたと思うが、冒険者ギルドとアスタリの町のわだかまりは一旦終わりだ。一緒に防衛関連の視察や意見を言うことになると思う」
「そうか。アキラ殿から聞いた話と違いはないな。後で撤回されていないかと心配だったぞ」
「なんだ。アスタリ子爵はそんなに約束を反故にするタイプなのか?」
「いや、そういう人ではないと思うが、今回の冒険者への扱いがこれだからな。少しは気になる。と、ここで長々と話すのはあれだな。ギルド長、ソアラのところで詳しく話そう」
そう言って、俺たちは二階へと上がっていく。
二階には、ギルド長の執務室やイーリスみたいな副官、副ギルド長の個室や、解放している資料室、そして、客室が存在していて、俺たちはその客室に泊まることになっている。
まあ、客室でのんびりできるのはまだあとになりそうだが。
そんなことを考えながら、ギルド長室に入ると……。
「ああ、お戻りになったんですね」
ソアラが書類を片付けながらそう言ってきた。
「あれから、女性たちの治療はうまくいったか?」
「ええ。ナデシコさんの回復魔術の腕は素晴らしいですわね。そしてそのナデシコさんが温存しておくようにと言ったヒカリさんの実力も興味深いですわ」
「まあ、同時に魔力が空になるのを避けたんだろう」
特にルクセン君のエクストラヒールは奥の手だからな。
オーヴィクたちが魔物との戦闘で大怪我どころか、瀕死の重傷だったのを治せる規格外の回復力で、俺たちのパーティーにとっても命綱だ。
とは言え、その奥の手をこんな小娘に教えてやる義理はないがな。
お姫さんもそれは同じようで、ルクセン君のことについては黙っている。
「そちらも、アスタリ子爵から一泊している際に何か動きや話を持ちかけられたことは?」
「そういうことは特に何もないな。いや、あった。お姫さんがちゃんとアスタリ子爵に自分の道を進むって宣言したな。それで、子爵にアスタリの町を盾に、最前線にしないためにもって言ってな」
ちょっと脚色してソアラには伝えておく。
「そうですか。ユーリア姫様。ありがとうございます」
「いえ、私は私の意思を貫いただけです。陛下はこのアスタリの町を主力が集まる前の盾として使うつもりです。そうなればアスタリの町は多くの犠牲がでます。私はそのようなことを許容するつもりはありません。魔族と和解ができるので
あればそれを目指したいのです。そのためにも、ソアラギルド長たちの力を貸して下さい」
「「はっ」」
ここは流石お姫様と言った所かね。
ソアラやイーリスは素直に返事をしている。
カリスマで説得できたのか、それとも適当に返事をしているのかはわからんが。
だけどなー。これがお姫さんの実力ならともかく、動き回っているのが俺たちだからな。
まあ、お姫さんが召喚したってことは、大本の手柄はお姫さんにってのが普通だが、報酬や称賛はともかく、お姫さんの目的のためにこき使われているというのは、未だに納得はいかないよな。
俺も、結城君たちも。
なにより、俺たちが欲しい唯一の報酬である地球への帰還方法はマノジルが調べてくれているが、帰還方法がわかると確定したわけでもない。
そういう意味では、俺たちは無償で働いているのと変わらん。
とは言え、今更な話だしな。
まずは、この魔族との戦いをどうにかしなければ、俺たちは勇者という戦力として確保され続けるから、堂々と帰る方法を探すこともできない。
と、そんなことを考えているうちに話は進む。
「で、治療が終わった女性たちの容態はいかがですか? できれば魔族の内情を伺がえればと思っているのですが」
「はい。治療自体は完璧です。ですが……」
「ですが? 何か問題でもありましたか?」
言い淀むソアラに代わってイーリスが説明をする。
「お姫様にはわからないかもしれないが、どうも、よほど酷いことをされたのか、体の傷は治っても、心の傷は治らず、ひどく怯えて錯乱している状態が続いている」
「そんな……」
お姫さんはショックを受けているようだが、どっちに対してショックを受けているのか聞きたいところだな。
女性たちが怯えている事か、それとも情報を聞き出せないことなのか。
いや、実際聞くつもりは無いけどな。流石にそこまで野暮はしない。
「じゃ、地道に聞き出すか。無理やりってことだな」
俺はそう言うと、この場には女性しかいないので、鋭い視線が全員から飛んでくる。
「……無理やりですか。いくら相手が魔族とはいえ、同じ女性として、見過ごせません」
ソアラに至っては、仕事の手を止めて椅子から立ち上がる。
「おいおい。アスタリの命運と魔族の女性の負担が同等か?」
戦場ではこんな対応はバカとしか言いようがないな。
生きるか死ぬかの戦場で、敵の命を慮っている余裕なんてないからな。
地球では捕虜に関する条約なんぞあるが、そんなものは建前だ。
人権団体とかがうるさいから、拷問していませんって言うだけで、次の被害を出さないため、仲間の生き死にが関わっているから、苛烈な拷問をするのは現場の人間にとっては当たり前だ。
捕虜が死んだら、報告書に自殺と書けばいいだけだからな。
おそらく、そういう連中もこの世界にはいるのだろう。
なにせ、闇ギルドとかいう犯罪者ギルドが存在しているんだし、地球みたいに人権保護団体もいない。
苛烈な拷問で吐かせるなんてのはこの世界だって当たり前のはずだ。
まあ、このソアラがトップであるアスタリの冒険者ギルドにはそういう連中はいないようだが。
とは言え、この状況であの女性たちを問い詰めることは出来なさそうだな。
ルクセン君や大和君も敵に回りそうだ。
そこまでして、欲しい情報もないしな。
ということで、俺はすぐおどけてみせて……。
「冗談だよ。あの女性たちにアスタリの命運を左右するような情報を握っているとは思えないし、錯乱がひどいなら聞き出しても信憑性に欠けるからな」
むしろ、そういう連中を保護することによって、自軍の戦争の正当性を高めるっていうのも多いな。
全て、戦うため、勝つためにあらゆる手段を講ずる。
それが戦争ってやつだ。
負ければ破産だからな。
こっちの世界だと滅亡だから、さらに必死になる。
「……冗談に聞こえませんね。私の顔をぐしゃぐしゃにしておいて」
「ん? 生きているんだ。十分に加減しているだろう? 普通は死んでる」
ああ、厳密には殺してるな。
「ソアラ。やめておけ。タナカ殿を信じよう。というか、彼のいう通りだ」
「ですね。タナカ殿は発言が物騒ですが、約束は守ります」
「……わかりました。ですが、彼女たちと会うときは誰かと同伴が条件です」
「了解」
やれやれ、信頼のないことで。
まあ、こうして帰還報告は済ませたので、俺は一旦貸し出されている部屋に戻って休むことにした。
子爵が大人なのか、それともお姫様が子供なのか、それともどちらも正しいのか。
そんなのは誰にもわからんよね。
そして、そんなことは田中にとっては戦いが起こるか起こらないかの話でしかない。
正しさと正しさ。そしてその横を歩くただの個人。
一般人にはそういうだけの話である。




