第141射:子爵
子爵
Side:アキラ・ユウキ
「こちらでお待ちください」
そう言われて、俺たちは接客室へと通された。
「意外とすんなり通されましたね」
「まあ、お姫さんがくるって連絡はしていたからな。これで待たせたら、どこが忠臣って感じになるからな。実直って言葉どこに行ったかって話になるよな」
「確かに」
俺たちは今、お姫様の付き添いで、アスタリ子爵の屋敷を訪れている。
まあ、あのままギルドの地下牢にいても何もできなかっただろうし、何より落ち込んだ。
あれって、暴行だけじゃなかった。
……絶対性的暴行も加えていた。
あの女性たちの怯えた顔が、頭にこびりついて離れなかった。
男ってなんでこんなにと思ってしまった。
同じ男として恥ずかしいとも思った。
そして、好意を寄せてくれている、ヨフィアさんにはすごく申し訳なかった。
と、そんなことを考えているうちに、接客室のドアがノックされて、先ほど案内してくれた執事の人がやってくる。
「お待たせいたしました。ユーリア姫様、並びに勇者様、そして従者の方々、わが主、アスタリ子爵の準備が整いました。どうぞこちらへ」
そう言われて、俺たちが案内されたのは、謁見室などではなくて、大きなテーブルが置いてある広い部屋。
そして、中では僕たちを迎えるように一人の男性が立っていた。
「ようこそ、ユーリア姫様。そして、伝説の勇者様方」
深々と綺麗な礼を取って挨拶をする男性。
どうしたらいいのかと思っていると、お姫様が、スカートをつまんで……。
「アスタリ子爵。先ぶれもないお出迎え。感謝いたします」
と、どこかのお姫様のような綺麗な挨拶を返す。
あ、いや、お姫様だったよな。
「いえ、事前に陛下から、ご連絡は来ておりましたので、問題ございません。しかも内容が内容です。お姫様や勇者様たちが訪問などという事実が、魔族にばれるのはどれだけ危険か承知しております。それに、本来であれば、門の前で盛大にお出迎えするべきが、わざわざお姫様にこちらまで足を運ばせる始末。まことに申し訳ございません」
「いえ。子爵のお気遣いに感謝いたします。それで、早速ではありますが、話をお聞かせ願えますか?」
「はっ。すでに準備は整えております。皆様を席へ案内せよ」
アスタリ子爵がそういうと、使用人たちがすっと出てきて、俺たちを席へと案内してくれる。
「さて、お茶はもうすぐ出てきますが、どうやら、報告にあった女性の勇者様たちが見えないようですが?」
「彼女たちは、冒険者ギルドで、治療活動を行っています」
「なるほど。先に冒険者ギルドの方に行かれたわけですね。しかし、冒険者ギルドで治療ですか。そのような事件があったとは聞いていませんが?」
事件ってもしかして魔族の事を知っているのか?
どうお姫様は答えるんだろうと心配しているとクォレンさんが口を開いた。
「失礼、アスタリ子爵。ルーメル王都のギルド長を勤めているクォレンです」
「ええ、久しいですねクォレン殿。で冒険者ギルドでどのような事件が起きて勇者様が治療することになったのですか? クォレン殿なら知っているでしょう?」
「ええ。もちろん知っていますよ。その事件はついさっきのことですから、アスタリ子爵は知らなくて当然でしょう」
「というと?」
「陛下からの手紙を見たのであればご存じでしょうが、こちらの田中殿とアスタリのギルド長であるソアラがお互いの力を見るために試合をしたのです」
クォレンさんがそういうと一斉に田中さんに視線が集まる。
ああ、重傷者ってそっちの事か。
魔族の事を話すのかも、ってバカなことを考えていた。
「ああ、それで……?」
納得しかけた、アスタリ子爵は田中殿をみて首を傾げる。
「……えーと、その結果、怪我をしたのは……」
「ああ、残念ながら、ソアラの方だな」
「タナカ殿の言う通り、ソアラのやつが怪我をして治療中なのです。ケガをさせたのがタナカ殿なので、勇者殿たちが治療に当たっているというわけです」
……事実を聞いているんだけど、こう客観的に説明されると、なんか物凄く田中さんが悪者に聞こえる。
勇者たち、撫子、光に後始末を任せているからな……。
しかし、アスタリ子爵はいまだにそのことを信じられないのか、お姫様に視線を向けて。
「ユーリア姫様……」
「事実です。私も目の前で見ました。タナカ殿とソアラギルド長が戦い、それでソアラギルド長が負傷。その治療のために勇者様たちも残りました。ほかの従者たちもです」
お姫様も魔族の事には一切触れず、ソアラさんの事だけを強調して話す。
これだと、ソアラさんが重症のように聞こえるよな。
「……なるほど。そちらのタナカ殿も実力者というわけですな。しかし、そちらのクォレンギルド長といい、ソアラギルド長といい。先に冒険者ギルドにはばれているわけですか」
「はい。国防上仕方がないとはいえ、冒険者ギルドに不義理なことをしているのも事実です。そこを解消しなければいざというとき問題が起きるでしょう」
「……ふむ」
お姫様はためらうことなく、冒険者ギルドのことについて言う。
というか、それって言っちゃっていいのかな?
一応、秘密にって感じだった気がするけど。
それを証拠にアスタリ子爵が考える様子をしている。
「……そこは正直に話すのですな」
「やはり知っていましたか」
「はい。陛下から、冒険者ギルドの利用について姫様が気が付いているという話は全部書いてありますな。そもそも、こちらにクォレンギルド長がいる時点でばれていると思うでしょう」
確かに、お姫様と冒険者のギルド長が一緒に来ていれば抗議関連と思うよな。
「さて、それで、姫様はどうなされるおつもりでしょうか?」
「私といたしましては、両者の関係を改善できればと思っています。いずれ来るであろう、問題に直面したときにトラブルになりかねませんので」
お姫様は包み隠さず、協力体制をとれるようにしたいと。
「ふむ。当然の話ですな。しかし、この事実を知った冒険者ギルドはどう対応されるおつもりでしょうか?」
「こちらとしては、今回のことで勝手に偵察兵に仕立て上げられ、防衛戦力として使われているのは、まことに遺憾です」
そうだよな。
勝手に防衛戦力として使われていたのと変わりないんだから。
しかも、ほぼボランティアに近い。
「確かにそうでしょう。誠意に欠けることは事実です。しかし、当時この意図を伝えられて、納得致しましたかな?」
「それは難しいと思っております。当時は軍が全滅したこともありましたからな。魔族の逆撃を恐れて集まらなかったでしょう。無理に集めようとすれば、相当な金額を要求していたと思います」
「そうですな。当然のこととは思います。ですが、当時の大遠征の失敗により、ルーメルの国庫は火の車。そんな予算は出せません。ですので、こっちとしては、高額の遺品回収としての依頼をだした。そして集まったのは冒険者たちの意思。もう一度聞きますが、遺憾なのはわかります。ですが、今のところ被害が出ていないことに対して、どのような対応を望んでおりますか?」
難しいところだよな。
むしろ被害というか、儲けが出ているのに文句を言えるのか?
「今までのことは、こちらの確認不足もありますので、今後は密な連絡と協力をお願いしたい。このようなことを続けられては、こちらとしてもルーメルを信用できなくなります。最悪、冒険者ギルドはルーメル王国から手を引くこともあり得ます。私たちは冒険者を犠牲にしたいわけではありませんので。そして、こういう手合いも、規模の違いはあれど、昔からありましたからね。躊躇いはありません」
うわー、クォレンさん最悪ルーメル王国から冒険者ギルドは手を引くって、そんなことできるのか?
冒険者ギルドの経済的にも痛いだろうに……。
とはいえ、対応としては今後ちゃんと話をしてくれってことで落ち着きそうだな。
「確かに、お互い利用し、利用されて、利害の一致でやってきたことですからね。まあ、今までで一番大規模にはなりますが」
「ええ。国が裏にいるとは思いませんでしたよ」
「わははは。これでグランドマスター殿から一本とれたわけですね。これを自慢として、今後はしっかり連絡入れるようにいたします。しかしながら、この遺品回収の偵察要員は続けさせてもらいますよ。お姫様や勇者様たちからお聞きかもしれませんが、魔族が動き出しております」
「そのようですね。今更、魔族襲来の可能性ありなどと伝えれば混乱が出てくるでしょう。こっちとしても、ここまで儲けや愛着のあるアスタリを見捨てるわけにもいかないですからな」
「儲けはともかく、ソアラギルド長はこの町を見捨てたりはしませんな」
「ちっ、アスタリのクソが」
「はは。お前の悔しそうな顔が見れて本当に満足だ」
「ふん。しかし、先ほども言ったが、これ以上冒険者に負担をかけるようなら、引かせてもらうからな」
「ああ、わかっている。そこは心配するな」
顔を合わせたことはあるって聞いていたけど、なんか、意外と仲のよさそうな感じだ。
「さて、話もまとまったことですし、いったんお茶をどうぞ」
あ、そういえば、お茶がくるとか言ってたな。
気が付けば、メイドさんが俺たちにお茶をついで差し出してきた。
「どうも、ありがとうございます」
「あ、いえ」
そういって、メイドさんは下がっていく。
「ほう。勇者様は礼儀正しいですな。使用人にまでお礼を言うとは」
「あ、もともと平民というか、身分の関係のない社会でして、それで、世話になったらお礼を言えと親にしつけられていて」
「ふむふむ。身分のない社会ですか、興味をそそられますな。そして、勇者様の親御様は立派な方のようだ。礼には礼を。当然のことでありながらそれは難しい。貴族の中には、仕え、傅かれることを当然と思っている者がおりますからな。礼を言えば立場に差しさわりがでるなどと愚かなことを言っております。雇っているから、立場が上だから礼を言わないのは、逆に自身の評価を落とすというのに」
へぇ。
俺はアスタリ子爵の言葉に驚いていた。
貴族って横柄にするのが当然かと思っていたんだけど、こういう人もいるんだ。
好感の持てる人だな。
そんな感想を抱いている内に話は進んでいく。
「勇者様や今の貴族の在り方について、いろいろ思うのはわかりますが、今はこれからの具体的な行動についてです」
「おっと、そうでした。協力といっても具体的に何をするのかですね。しかし、大々的に動くことはできません。アスタリの町人を驚かせることになりますので」
「それはわかっています。まずは、アスタリ子爵が私の父、陛下からこの町の防衛政策を支持されたのは知っています。冒険者の無自覚の偵察兵への転用もその一環ですよね?」
「ええ。その通りです」
「他には何をしているのかを把握させてください。そうすれば冒険者ギルドもいざというときそれを利用して戦うこともできるでしょう。それとも冒険者ギルドには教えず、王国兵だけを使われますか?」
「そういうつもりはありません。王国兵だけでは無理と判断したから冒険者を集めたのですから。で、用意しているモノですが……」
こうして、俺たちはルーメルの王様が用意していたアスタリの防衛施設について聞いて行くことになった……。
子爵との面会は無事に成功。
一応冒険者ギルドと子爵の和解も成立。
あとはこのアスタリに来た目的の防衛機能について聞いていくことになる。