第140射:けが人の治療と領主の評判
けが人の治療と領主の評判
Side:タダノリ・タナカ
『ああぁぁぁぁ!!』
そんな絶叫が扉の向こうから聞こえてきて、その声を聴いた結城君がとっさに椅子から立ち上がろうとすると……。
『そのまま押さえていてください!! 一気に治療をします』
『『はい』』
すぐに、気合の入った大和君の声が響き、固まる結城君。
「ま、しっかりやっているようだし、今は座って待っておこう」
「……はい。すみません」
返事をした結城君はなぜか少し暗かった。
魔族の状態を見て、少し引いたか?
とりあえず、フォローはしておくか。
俺がそう思って、クォレンに視線を向けると……。
「いや、気にすることはないぞ。誰だってあんな絶叫を聞けば驚く」
「そうは言うものの、クォレン殿は動じませんでしたな」
「それを言うなら、リカルド殿もでしょう。ま、しかし、タナカ殿には及ばないですが」
「そうですね。流石に、タナカ殿と同じレベルには……」
「お前ら、俺をどうしても人外といいたいようだが、残念ながら俺は人だ。というか、あれだけ鍛えてきて、さらにそれなりの修羅場はくぐっているから、けが人程度に遅れは取るかよ」
「「はははっ」」
と、大人の俺たちが冗談を言って空気を軽くしようとしているが、結城君の顔色は優れず……。
「いったい、なんであんなにひどいことをしたんでしょうか?」
「「「……」」」
直球に聞いてきたな。
答えてやるべきかどうか悩んだが、隠していてもいずれ知ることだからな。
「うすうすは気が付いていると思うけどな。戦場に連れて行く女性っていうのは、兵士でもなければ、春を売るためだ」
「そうだな。そういう役柄はいる」
「といっても、あの魔族たちの女性の状態を見ると、好き好んでついてきたというわけでもなく、無理やり連れてこられたのでしょうな。……よくあるとは言いたくないですが、そういうのが普通にあります」
戦争の最中、敵国の非戦闘員に手が出されないなんてのは、現代の軍でも難しいことだ。
どこかで必ず、非戦闘員、一般人に対して、横柄な態度をとる兵士は出てくる。
女性の隷属化、暴行、性的暴行などがいい例だな。
まあ、今回は彼女たちは自国民なのになぜ?となるが、今魔族のほうは融和派と好戦派で対立している真っ最中だ。
フクロウのその後の情報収集のおかげで、あの女性魔王には多くの女性支持者がついており、好戦派の筆頭であるデキラとかいうやつに男の支持者がついている。
つまり何が言いたいかというと、ああやって自国民を傷つける行為をしているということは、互いの争いの末の結果とも判断できないこともない。
あ、あの女性の魔族たちが、どっちに属していたかはいうまでもないだろう。
いや、案外好戦派かもしれないけどな。
「……つまり、ただ自分の欲求を解消するために、あの人たちにひどいことをしたってことですか?」
「ま、そういうことだな」
「兵士というのは、ずっと従うことを強要されているからな。その分の息抜きという意味もあるが、あれはちょっとやりすぎだな」
「ですな。自国の民を傷つけては意味がない」
何事もほどほどにってやつだ。
地球だって、法に則った風俗店は存在するし、カジノかけ事ができる場所は存在する。
それは必要悪とまではいわないが、社会を回すために必要な部分だ。
「……」
「ま、思い悩むのはわからんでもないけどな。女性たちにはせいぜい普通に接してやれ、それが彼女たちが日常に戻るために必要なことだからな。あとはカウンセラーでもいればいいんだが、さすがにそういうのはいないからな」
と、そんな風に話していると、扉は開かれて、お姫さんとカチュアが出てくる。
「何かあったか?」
「いえ。トラブルというか、やはり治療というか、私たちに対して暴れる方はいましたが、治療は無事に終わりました」
「そうですか。よかった」
その報告を聞いて、安心する結城君。
こっちもそれで助かった。
これで、だれか死んでたりしたら、結城君のテンションダダ下がりだったからな。
「で、俺たちも入っていいのか?」
「いえ。それがいまだに怯えがひどくて、詳しく話は聞けない状態です。そこで、ナデシコ様、ヒカリ様が付き添うそうで、ヨフィアやキシュアも一緒にいることになりました」
ま、治療したからすぐに答えますよーなんて都合のいい話はないか。
「話は分かった。で、お姫さんたちがその付き添いに含まれてない理由は?」
「私たちは一度、領主のほうへ挨拶へ向かいます。陛下にこちらに行くと連絡はしていますから、顔を出さないわけにはいかないでしょう」
「確かにな。で、俺たちに付き添ってほしいって話か?」
「ええ。ですが、ナデシコ様たちの守りに残るというのならかまいません。私たちであいさつに行ってきます」
「いや、お姫さんに何かあれば、ルーメル国内の和平派がいなくなるからな」
それに、結城君の気分転換にもなる。
このまま、女性の声が聞こえる度に結城君が鬱になっていくからな。
ということで、大和君たちに俺たちはお姫さんと一緒に領主に会いに行く旨を伝えて、俺たちは冒険者ギルドの外へと出たのだが……。
「しかし、本当ににぎわっているよな」
「ルーメル王の作戦が成功しているってことだな」
俺の言葉にクォレンが苦々しく答える。
冒険者たちや町人があふれかえっている夕方の道。
ここには確かによく言えば政策がうまくいっている。
悪く言えば、生贄が沢山集まっているってやつだな。
町としては上手くまわっているから、国家運営としてはただしいんだろうな。
反感を持たせることなく、防衛戦力を集めることにも成功しているから、尚のことな。
ま、矢面に立たされる冒険者としてはたまったもんじゃないだろうが。
「でも、いざというとき、冒険者たちが逃げ出すってことはないんですかね? 圧倒的な戦力差だと……」
「結城君の言うように、圧倒的な戦力差だと逃げる連中もいるだろうが、逃げたところで、どうなるって連中もいるからな」
このアスタリが落とされれば、国土が蹂躙されるのは目に見えているから、どこに逃げても、結局徴兵される羽目になる。
というか、最悪逃亡兵として処罰されかねないからな。
「俺の冒険者ギルドでの経験則だが、そういう時は、意外と逃げないもんだ。逃げるやつもいるにはいるが、そういうやつは、逃亡者記録として各ギルドに通達されて仕事が受けられなくなる。むろん、徴兵免除の方法もあるけどな」
「え? あるんですか?」
「多大な徴兵免除金だ。まあ、当然の話だが、よほど貯め込んでいない限り、払える額じゃない」
世の中のお約束だな。
金があれば、大抵の国家ではどうにかなる。
「国家の危機です。国民が力を結集するのは当然の事。それを拒否するのはそれ相応のバツがいるのです」
「はっ、姫様の仰る通りです」
さも当然のようにいうお姫さんだが……。
「こういう姑息な真似をされて、身命をかけろと言われて納得できるやつはいないよ。まったく、今後、国との契約は考えなおさないといけない。有事の際には力を合わせてか。勝手に盾にされちゃたまらない」
「……」
クォレンの言うことに何も言えなくなる。
「何度も言っておりますが、ユーリア姫様に責任がある話ではないですからね。こっちの落ち度も確かにある。情報収集を怠った故の結果です」
「確かにな。前王が消息を絶つ前に最後に立ち寄った町。そこがにぎわいだした時点で気が付かなかったのはあほだったな」
「ちっ、そういってくれるな。と、あそこが領主の屋敷だな」
気が付けば、もう領主の屋敷が見えてきていた。
意外と話していると、時間は短く感じるもんだな。
いや、聞かなければいけないことが多すぎるのが問題か。
「で、今更だが、ここの領主の評判については? まず、お姫さんから」
「このアスタリの町と一帯を治めているのは、モノラン・アスタリ子爵といいまして、すでに100年にわたりこの土地を維持しています」
「意外だな。魔族と一番近い町とか言われている割には、100年も続いているわけか」
「というか、子爵っていうと、リカルドさんもそうですよね?」
「まあ、私は近衛として子爵になりましたので、アスタリ子爵と比べられるほどでもありません。アスタリ子爵はその昔、ルーメル建国にも尽力した方ですから」
「それで子爵って結構身分低くないか? いや、俺はこの国の爵位制度がどういうことで上がるのかはしらないが」
子爵っていうと、男爵の次ぐらいで、下から数えたほうが早いぐらいの爵位。
なのに、建国に尽力したという話。
結果は出しているのに、こんなに爵位が低いっていうのはおかしい気がする。
「アスタリ子爵はもともと平民の出で、初代ルーメル王をよく支えてくれたということで、爵位を得た稀有な人物です。確かに、タナカ殿の言う通り、功績に比べて爵位が低いのはそれが理由でもありますが……」
リカルドの言葉の後に続けてお姫さんが説明を始める。
「アスタリ子爵は当代にいたるまで、下賜されたこの領地をしっかり守って繁栄させていくことを誉としています。そこに昇進などは不要と。初代様のご恩を返していくために、国のために尽力している立派な方です」
なるほど。昇進とか無縁の堅物か。
どこの戦国武将だよ。
「……ああ、だからこそ、こういう命令も実直に守ってきたわけか。で、クォレンから見た、アスタリ子爵は?」
「堅物だな。実直というのはいい意味で、こっちとしてはやりづらいことこの上ない。だが、筋を通せばちゃんと協力はしてくれる。そういった御仁だな」
「ん? その口ぶりだと、クォレンは面識があるのか?」
「ああ、これでもルーメル王国での冒険者ギルドの統括もやっているからな。冒険者ギルドを置かせてもらっているところの有力者とは、大体顔を合わせている」
「そういうことか。ま、二人から聞いた感じ、真面目だな」
「はい。それで間違いございません」
「ああ。真面目でやりづらい。今回のことも結局はこちらの落ち度として扱われること決定だな」
「ま、今は実害もでていないからな。儲けものと思っておけばいい。被害がでたら知らんけどな」
その時は心行くまで、ルーメルと揉めててくれ。
そうなればこっちとしては動きやすくなるからな。
「さて、情報は大体聞いたし、さっさと乗り込んでご挨拶だけでもしますか」
「……タナカ様、私たち訪問してきた理由はどこまで……」
「どうせ、ルーメル王には全部ばらされてるんだ。あの王はああ見えてしたたかだからな。今回の訪問理由は全部伝えてあるさ。それを踏まえてアスタリ子爵は俺たちを見てくるだろうから、素直に話すべきだな」
下手なウソは信頼をなくす。
まあ、俺たちをこき使っている時点で俺たちからの信頼はマイナスなんだが、そんなことはアスタリ子爵には関係のないことだしな。
安全に、魔族が攻めてきたときは防衛に移れるよう仲良くしておくしかないだろう。
「もう、昼は過ぎているし、さっさと話を終わらないとギルドに戻る時には真っ暗だぞ」
ということで、俺たちはアスタリ子爵の門を叩くのだった。
ここでとりあえず、男性陣はお姫様を連れて領主への挨拶。
さて、どんな領主が出てくるのか?
あと、敵対勢力の弱い立場の扱いってひどいもんよ?




