第14射:日々鍛錬に勉強
日々鍛錬に勉強
Side:ナデシコ・ヤマト
バキッ!!
そんな音と同時に私の体に衝撃は走り、地面へと叩き伏せられます。
「うぐっ!!」
酷い痛みがありますが、私は歯を食いしばって立ち上がります。
それは、晃も光も同じで、ボロボロになりながらも必死に立っています。
なぜ勇者である私たちがこんなにボロボロになっているのかというと……。
「ははっ。向上心のある若者はいいぞ」
「え、えっと、いいんでしょうか?」
「ヨフィア。気にすることはありません。これは必要なことです」
「うむ。勇者様たちが望んでやっていることだ。手を抜く方が非礼だろう」
目の前に立っている人たちが理由です。
クォレンギルド長、メイドのヨフィアさん、キシュアさん、リカルドさん、そして……。
「こうやって、ボコボコにされるのもいい経験さ。死ぬよりましだからな」
そういって微笑む田中さん。
そう、私たちは今、自分たちから頼み込んで、訓練を付けてもらっているのですわ。
昨日のようなことを、僅かであっても減らすために……。
「ん? 今日は仕事に行かずに訓練したい?」
私たちは今朝、訓練をしたいと田中さんに告げました。
昨日の夜、話し合った結果ですわ。
田中さんたちからの戦闘の評価自体は悪くありませんでした、怪我はしたものの、目標は達成できたのですから。
怪我も回復魔術で完治するもので、翌日の戦闘にも影響しないというのもありました。
状況を限定して乱戦の中での戦いを経験したということで、怪我も含めて、私たちにとっては良いと判断されました。
しかし、その作戦を実行した私たちはそうは思えませんでした。
槍が突き刺さった光さんの痛そうな顔。
確かに、今までの訓練でウルフやゴブリンに傷つけられることはありましたが、光さんのような重傷は初めてでした。
多少のかみつきやかすり傷はあったモノの、あそこまで傷つくことはなかったのです。
そして、それも田中さんたちにしっかり監督してもらい、いつでも助けてもらえるという状況下でした。
昨日の集団戦闘も、同じように監督してもらいながらでしたが、手出しはせず、森の中での行動はすべて私たちの判断にゆだねられました。
その結果、光さんが足に槍を刺されることになりました。
……私たちはどこかで、田中さんたちがどうにかしてくれると思っていたのかもしれません。
分かっていたつもりだけだったというのが、昨日の戦闘でよくわかりました。
幾ら勇者とかいう称号やスキル、ステータスが高かろうと、死ぬときはあっさり死ぬというのが、ようやく分かったのです。
経験になると思い、私が乱戦を想定したのがそもそもの間違いだったんです。
確かに、経験になります。ですが、昨日あの場でやる必要はなかったのです。
多人数対少数は今までやったことがないのですから、まずは、訓練をしてからやるべきだったのです。
下手をすれば死んでいた。という事実がようやくあの時になってわかり、昨日の夜はお店で打ち上げなどという気持ちにはなれず、一体どうすればいいのかということを3人で話し合い、こうして訓練をすることになったのですが……。
ドカッ!?
衝撃と共に、私は地面を転がり、痛みに耐えかねて蹲ります。
「……!?」
もう下手に声も上げられません。それほどの激痛です。
これがいわゆる悶絶というのでしょうか?
「よし、じゃ大和君たちが立ち上がるまで休憩だな。頑張れよ。戦場では動けない奴は死ぬしかないからな。そのダメージなら、気合いで動けるようになるから。痛みに慣れとけ」
そう言って、田中さんたちは、訓練場の隅にあるベンチに座ります。
こんな激痛にいずれ慣れる日が来るとは思えないんですけどね……。
いや、こんな考えができるだけ余裕があるということなのでしょうか?
地球にいたころなら、今頃泣き叫んでいた気がしますわ……。
でも、なぜか近くに倒れている晃さんや光さんは笑っていました。
「なに……を、笑っているのですか?」
「そう、言う、撫子だって、笑ってるよ」
「え?」
「気分よさそうな顔してる……いてー。ま、あれだろう。なんか吹っ切れた感じ」
「うん。痛いのって生きてる証なんだって……あづっ!?」
「なる、ほど……」
地べたに倒れたままそんな話をする私たち。
まだ、私たちは生きている。
この痛みが生きている証拠ですか。
なら、立ち上がらないと。
何とか気合いで立ち上がると、田中さんたちがパチパチと手を叩いてこちらに来てくれました。
「うんうん。この状況で笑えるようになるのはいいことだ。余裕が出てくる。切羽詰まると極端な考えしか出てこないからな」
「……普通は正気を疑うんだがな。タナカはそういうタイプか」
「いえ、タナカ殿は常に戦場にいたということで、これが彼の通常かと」
「まあ、言っていることはわかりますけどね。余裕がなければ、判断を誤る。冷静というのは静かにおとなしくを指す言葉ではありませんから」
「え、えーっと、その前に勇者様たちの治療をしないと……」
あのメンバーの中で正常者はヨフィアさんしかいないというのが分かったのが一番の成果ですわね……。
ヨフィアさんのおかげで私たちの治療が認められて、その場で回復して落ち着きました。
回復魔術ではなく、回復薬、ポーションを使っての回復。
術を使っている暇がないとき、また魔力が惜しいときにポーションを使う練習だそうです。
これも経験というやつでしょうが、やはり私たちは不思議なファンタジーの世界に来たと実感します。
液体の薬を服用、または塗布でたちまち痛みがなくなり、傷が治るのを確認しました。
こんな薬は地球にはありません。
果てには部位欠損も治してしまう、エリクサーなどというモノもあるそうです。
この世界は、魔術や薬の分野においては、地球の技術を上回っていると言っていいでしょう。
そして、そのあとは反省会ということになり、田中さんたちから意見を聞いたり指導をしてもらったりすることになりました。
「……という感じだな。初めての多人数戦ならこんなもんだろう」
「だな。ま、普通ならこの技量を持つ勇者様たちが遅れを取るとは思えないけどな」
「ギルド長。それは過信です。昨日、ゴブリンに手痛い攻撃を食らいましたからな」
「だからこその、訓練です」
「昨日は心配しましたー」
「あとは、何度もやって、経験を積むしかないな。現場でないと分からないことも多いし、訓練も訓練でしかないからな。人によっては成長の仕方も、化けるタイミングも違う。ま、戦闘経験を積まなくても成長する奴もたまにいるが、そういうのは化け物だから気にするな。俗に言う天才とかいうやつだから」
「そうだな。タナカ殿のいう通りだ。勇者様たちは格上の私たちと訓練していれば、そうそう遅れはとらなくなるだろうが、実戦経験もまた必要だ」
「まあ、無理に不利な状況を作る必要性はないですがね」
「ええ。大事なのはどのような不利な状況でも自分たちの戦いやすい状況に持ち込むことです」
「はいー。そうすれば、私も戦えますよ。見てたからわかると思いますが」
そう、意外なことに、この多人数戦になぜか非戦闘員であるメイドのヨフィアさんが参加していたのですが、上手い連携を取られて、意外にも痛打を貰ってしまいました。
つまり、それだけ連携というのは大事であり、人数が不利で戦う際は全体をしっかり把握していることが大事だということがよくわかりました。
今日の訓練は色々な意味で、私たちにとってはいい経験になりました。
「ふう。最初は不安が大きかったけどさ。今ではなんか落ち着いてる。2人はどうだ?」
「うん。僕もなんか焦りとか痛みに対する恐怖ってのは消えたかな。あれだけやればね」
「ですわね。昨日のことといい、今日のことといい、知っていることと、理解して動けることは全く別物でしたわ。人間、死ぬまで勉強という意味が、前よりも深く判った気がしますわ」
「世の中広いよなー」
「だねー」
「でも、心強い人たちが周りにいるから安心できますわ」
何も知らずにこんな物騒な世界に放り出されていたら、一週間と経たずに死体を晒していたと断言できますわ。
「さて、訓練の感想はいいとして、一応、俺たち勇者だし、仕事はなるべく受けとけって言われたから、明日はまた仕事探さないとね」
「あー、勇者って面倒だよねー」
「とはいえ、下手に逆らっては、国からの援助を切られるだけならまだマシで、暗殺者ぐらいは軽く送ってきそうですからね。この国は」
未だに私たちはこの国、ルーメルに対しての不信感はぬぐえないでいる。
学生を誘拐して、戦争に駆り出す時点で不信感はMAXですからね。
「ああ、そう言えば、撫子からのリーダー変更するか?」
「いや、僕は撫子がリーダーで不満はないよ」
「そう言っていただけるのはありがたいですが、負傷した時のことも考えて、一度は3人ともリーダーをやるべきでしょう」
「あー、そうだな」
「わかる。撫子がいない時に混乱しそう。リーダーは経験しとくべきかー」
「平時は私がリーダーをやってもいいですが、まあ、これも順番に交代したほうがいいかもしれません」
「じゃ、明日のリーダーは光な」
「え? なんで?」
「一度大きな怪我をいたしましたし、私たちが気が付かないことに気が付きそうですわね」
「うんうん。別に作戦とかは一緒に立てるし、そこまで気にしなくていいって」
「んー。まあ、いずれ僕もやるって決まってるんだし、それが明日になっただけか。うん良いよ。じゃ、さっそくリーダーってことで、僕的に明日の仕事は、リベンジを兼ねて……」
光さんはどうやら、一昨日の怪我のことは引きずっていないようで、私は内心ほっとしつつ、明日の仕事についてわいわい話し合い。
「ちょっとでますわ」
そういって、トイレに行くために中庭の方へと移動しました。
「まったく、トイレですら一苦労ですわね」
恐るべき文明度の低さ。
トイレは貴族ですらおまるにして窓から投げすてるという悲劇。
おかげで路地に一つ入れば糞尿の臭いで溢れている始末。
如何に私たちの日本が文明が進んでいるかわかることですわ。
まあ、一応、トイレをする場所、捨てる場所というのは決まっていますが、それが溜まったり、雨風に打たれて広がるのは当然のことで、臭いがきついです。
「……さっさと済ませましょう。ここにいては病気になりかねませんわ」
私はそう呟いて、さっさと用を足して戻ろうとすると、中庭の井戸に田中さんが立っているのが見えました。
「水を汲みにきたのでしょうか?」
この世界は水道などというモノはなく、水が欲しければ自分で井戸まで汲みにいかなくてはいけません。
なので井戸にきた田中さんは水が必要になったと思ったのですが……。
「田中さん?」
「ん? ああ、大和君か」
そう言って振り返った田中さんの服は真っ赤な血で染まっていて……。
「きゃぁぁぁーーー!!」
と、情けない叫び声をあげてしまい、宿の人たちが集まる騒ぎとなりました。
で、田中の血の理由は……。
「すまん。冒険者ギルドで解体のバイトしてきて、肉を分けてもらったんだが、取り出すときに服につけちゃってな」
……くう。
まだまだ精進が足りませんわね。
さて、撫子たちはこうして日々たくましくなっていき、定番の異世界転移モノからはそろそろ逸脱してきています。
そして田中のスキルがこれからどうかかわってくるのか、お楽しみに。