第137射:わかりやすい上下
わかりやすい上下
Side:ヒカリ・アールス・ルクセン
「ははっ。これは笑い種です。血まみれ小娘が、まさか勇者様に惚れてるって。やめやめ。釣り合わないですよ」
「ああっ? いままで男に逃げられていた筋肉女がなんか言ってやがりますよ? おっぱいも普通だし、ああ、それおっぱいみたいに柔らかいものじゃなくて、胸筋でしたね?」
「よし、ヨフィア。訓練場で白黒つけようじゃないですか。お前みたいな斥候が私に真っ向から喧嘩を売るとどうなるか、思い出させてやります」
「ふふん。いい度胸です。ギルド長とかいう生ぬるい椅子に座っているてめーが、恋人と良き友人に恵まれた私に勝てるわけないんですよー」
なんか、盛り上がっているヨフィアさんとソアラさんだけど……。
「話を聞く限り。2人って知り合い?」
私がそう聞くと、クォレンさんが答えてくれる。
「ああ。もともと同じパーティーで活動していたな」
「へー。って、ヨフィアさんと同じ年なら、ギルド長ってすごくない?」
「すごいな。だが、その理由もわかった」
「え? 理由って?」
「このアスタリの町の冒険者ギルド長だったからな。王国の推薦でだ。なんで若い娘がと思っていたが、この件で答えが出たよ」
「ああ。使いやすいってことか」
「そうだ。実際アスタリの冒険者ギルドの売り上げは上がったから、ソアラの評価は冒険者ギルドでも高い。それで降ろしづらくっていうのも考えていたんだろうな。おかげで、今更降ろすこともできん」
あー、若いから騙しやすいって思ったのか。
そして、実績もあげちゃったから、今更どうこうすることはできないよね。
ソアラさん本人は実力を認められたって思っちゃうし……。
「ばーかばーか。都合のいいように使われてるんじゃねーか」
「うるさい!! それでもうまくやれていたんです!!」
「いや、それもおぜん立てされたってわかんないかなー? あ、脳みそまで筋肉だからわかんないか」
「てめぇ!!」
ヨフィアさんが煽りすぎたのか、ソアラさんが剣に手をかけて……。
あ、やばい。と思った瞬間。
「遊びはそこまでにしておけ。お前らが言い争っても何んも変わらん。暴れたいなら俺が相手をしてやる」
田中さんが2人の間に入って、ナイフを首元に突き付けていた。
「で、俺と遊ぶか?」
「いえいえ。遠慮いたします」
ヨフィアさんは当然すぐに大人しくなるんだけど。
ソアラさんは……。
「たかがナイフで私を止められると思いましたか?」
そう言って、剣を抜いて、田中さんを斬ろうとするが、それを喰らうわけもなくあっさり回避する。
「ヨフィアは引いたが、どうするんだ? 俺としてはさっさと話を聞かせてほしいんだが」
「そのつもりだったんですが、そのヨフィアが腑抜けている状況で、勇者様たちに任せていいモノかと不安になりました。このアスタリの冒険者ギルドの命運を預けていいかどうか見極めさせてください」
「腕ずくか。グランドマスターの爺さんといい、血の気の多い奴ばっかりか、冒険者ギルドってのは」
「俺は違うぞ。誰が好き好んで、お前さんと戦いたいもんか。まあ、勝負自体はしていいと思うぞ。ソアラも安心して任せられると思うからな」
「へぇ。こんなおっさんをクォレンが褒めるなんて意外ですね」
あー、やっぱり他の人から見れば、田中さんの評価なんておっさんになるんだね……。
意味わかんないよねー。田中さんの存在って。
「ぷぷっ。クォレンさんとか、貴族のお嬢さんとか似合わないなー。ソアラ」
「うるさいです。ヨフィア。で、どうされるのですか、タナカ殿。やるのですか?」
「クォレンやお前さんの言うように、この勝負で色々今後協力してくれるなら、勝負してもいい。ただ勝負するだけは、興味がない。疲れるだけだからな」
田中さんはこんな時でもマイペースというか、当然のことを言う。
カッとなったりは一切していない。
というか、今後の展開も僕も予想ができるんだよなー。
いや、この場のみんなも同じだろう。
「もちろん協力いたします。タナカ殿が私に勝利するのであれば、こちらとしては異論はありません」
ということで、僕たちは執務室から出て、下の訓練場へとやってくる。
「なんか、ルーメルのギルドと同じ作りだよね」
「そりゃ、わかりやすくしているからな。冒険者なんて拠点をよく移動するから、よほど場所がないとかでもない限り同じ作りにしているのさ」
「そっか」
確かに、同じようなつくりだと迷うことはないよね。
あれか、コンビニとか有名ファミレスとかが、同じようなつくりと同じか。
管理もしやすいってことかな。
と、そんなことを考えているうちに、下の訓練場の方へたどり着いて、ソアラさんが誰かを呼んで連れてくる。
「いったい誰だ。ソアラと戦いたいなんていうやつ……はっ、てヨフィアか」
「おー、イーリス。お久しぶりですね。ここでソアラのお守りとはご苦労様です」
「……はー。お前がソアラを煽ったのか」
立会人もどうやらヨフィアさんの知り合いみたいで、こっちは何というか、魔法使いみたいな格好をしている。
「そうですよー。イーリスなら聞いていると思いますけど、バカみたいに踊らされましたねー」
「……まあ、話がうますぎるとは思っていたけどな。だが、今更この町に住んでいる人たちや、儲け話に来ている冒険者を無下にするわけにもいかん。というか、メイドになったって噂は本当だったのか」
「ええ。ちゃんとご主人様持ちですよー。しかも勇者様」
「ま、楽しそうで何よりだよ。で、お前が勝負するのか? というか、ヨフィアとクォレンギルド長の話なら間違いないだろうに……」
「いえ、任せていいのかどうかです。ヨフィアは相手を見つけて腑抜けていますから。勇者様たちも未だに成長中。これでは任せていいのか疑問です。ましてや失礼ではありますが、お姫様は王家の意向に反対するような形ですので、下手をすると反逆者ともとられかねません」
あー、そういう考え方もあるのか。
確かに、ルーメルの王様はあまりお姫様に魔族との戦いに関わってほしくないって感じだよねー。
ま、娘なんだから心配して当然か。
「ただの言い訳に聞こえるがな。ここにお姫様がお忍びで来たわけじゃない。堂々と来ているから、陛下も承知だと思うが?」
「それでも、町の命運を預けるようなことは安易に決められない」
「はいはい。ま、味方が弱いのはあれだしな。せめて、ソアラといい勝負をしてくれよ。ヨフィア」
「おやー? 私は戦いませんよー。戦うのは、こちらのタナカさんでーす」
「……このおっさんが?」
どうやら、このお姉さんも田中さんのことは知らないらしい。
「ねえ。クォレンさん。田中さんの事ってそんなに知られていないもんなの?」
「目の前で見せられない限りは信じるわけないだろう。そういうレベルなんだよ。タナカ殿は」
「納得。超納得」
聞くまでもなかったね。
田中さんははた目は普通に仕事に疲れた社会人って感じだもんね。
強さとは全く無関係だよねー。
「まあまあ、実際やってもらった方がいいでしょー」
「まあ、そうだな。ソアラ手加減はしろよ?」
「わかっています」
うん。何というフラグ。
僕でもわかりやすいフラグが立てられている。
と、気が付けば他の冒険者も覗きに来ていて……。
「なんだなんだ? ソアラギルド長が戦うのか?」
「相手はあのやる気のない兄ちゃんだとよ」
「まじかよ。死ぬんじゃねーか?」
そんな声が聞こえてくる。
他の人から見ればやっぱりな感想だね。
「準備はいいですか、タナカ殿?」
「ああ。面倒だからさっさと終わらせよう」
「良い覚悟です。少しは持ってくださいね」
「善処しよう」
そう言って田中さんとソアラさんは対峙して……。
「では、始め!!」
イーリスさんの掛け声で戦いが始まるが、2人ともその場から動かない。
「どうしました?来ないのですか?」
「そうはいってもな。木剣は本来の武器じゃないんだよな」
「なら、槍を持てばいいでしょう。取ってきなさい。無理に剣で勝負する必要はありません」
「あ、いや。俺の得意な獲物は……ナイフだな」
「ほう。ナイフ程度で私とやりあうおつもりですか?」
うわー。
完全に田中さん挑発しているよ。
ソアラさんは大人の女性に見えて結構短気ってわかっているのに。
「いや、あー……。そういうつもりは無いんだが。ま、早く終わるならそれに越したことはないか」
「そうですね。早く終わることに越したことはありません。ではいかせてもらいます」
ソアラさんはそう言うと、物凄い踏み込みで一気に田中さんに近寄って、木剣を……。
パンッ!!
「きゃっ!?」
そんな乾いた音とともに、ソアラさんが可愛らしい声を上げていた。
理由は、田中さんが剣を抜くついでに投げたのだ。
どこかで見た光景だよねー。
そして、そこからのパターンも同じで。
一瞬で足を引っかけて引き倒し……。
「一々、鳴くな」
「ぎゃっ!?」
そうつぶやく田中さんの声が聞こえたかと思えば、すぐに顔を踏み潰す。
「うわぁ……」
「……遠慮がありませんわね」
「ま、女性だからって優しいなんてことはないと思いましたけど。予想通り過ぎて引きますね」
ヨフィアさんの言う通り、田中さんの遠慮なさに、全員が引いている。
それはもちろん、審判をしていたイーリスさんどころか、のぞき見していた冒険者たちもだ。
ガスッ、ゴスッと鈍い音だけが響く。
「やめっ! やめてっ!!」
しかし、ソアラさんはガッツはあるのか、顔を踏まれつつも田中さんの足を掴もうとして、その腕を踏み潰される。
ゴキッ。
「ぎゃっ!?」
うわっ。手首が逝くような踏み方したよ。
と、ぼーっと見ている場合じゃないね。
「田中さん、ストップストップ!! もう勝負はついてるって!!」
「はい。もうそれ以上は必要はないかと。イーリスさん。試合終了を!!」
「はっ!? そ、そうだね。タナカ殿の勝利!! そこまでだ、足をどけてくれ!! ソアラ!!」
そう言われて、田中さんはようやく足を退けると、美人だったソアラさんの顔は血まみれになっていた。
「うぐっ。ごほっ……」
「ここまでやるか」
「いや、足で踏んだけだがな。ま、そこはいいか。ルクセン君」
「え、なに?」
なぜかこの時に名前を呼ばれるとは思わなくて声が裏返る。
「なにって。君ほど回復が達者な人もいないだろう?」
「あ」
そう言われて、慌てて僕はソアラさんの容態を見る。
「こら、触るんじゃない。今、回復術士を呼んで……」
「大丈夫。僕が治すから」
ということで、田中さんの計らいで、僕は回復魔術を披露することでアスタリの冒険者たちに認められることになるんだけど……。
「あ、うう……」
ソアラさんの血まみれの顔を治療して元に戻るのかが一番心配で、そんなことを気にしている余裕はなかった。
力の上下ってわかりやすくて、納得しやすいよね。
女性でも田中は遠慮なし。
やれる条件が揃うなら遠慮なくやる。
それが田中です。