第136射:にぎわっている町
にぎわっている町
Side:タダノリ・タナカ
「あそこか?」
「ああ。あそこが、ルーメルから魔族の城に一番近い町。アスタリだ」
俺たちの視線の先には、長い壁が見えていた。
どうやら、あそこがクォレンが言うには、アスタリの町らしい。
「おー、ついたついた。すごい壁だねー」
「意外と、しっかりとした作りですわね」
「だな。ちゃんとした壁があるな。空から見て知ってたけど、下から見るとがっしりして見えるよな」
ルクセン君たちの言うように、実際目の当たりにしたアスタリの町はしっかりとした、壁に覆われていて、そう簡単には突破できそうには見えない。
「アスタリの町は、前王が消息を断つ前に、いや全滅する前に最後に立ち寄った町だからな。魔族が来るかもしれないという危機感から、今の形になったんだ」
「随分前から備えられていたってわけか」
ルーメル王の魔族との戦うという覚悟は昔から計画してあったわけだ。
いや、まあ、攻めてきたときに備えていたんだろうな。
「しかし、クォレン。お前が王都を出てから2日も寝続けるとは思わなかったぞ」
「あれだけ徹夜したんだ。あれぐらい寝るのが普通だよ。普通」
「普通じゃねえよ。いや、こっちの世界じゃ案外普通なのか?」
俺は一応確認のためにリカルドに確認を取ってみる。
「いえいえ。クォレンギルド長が特殊ですよ。彼は不眠で仕事ができると有名ですからね」
「そうそう。そのクォレンギルド長は昔不眠で三日三晩戦い抜いて、町を魔物の氾濫から守ったことが有名で、ギルド長になったんですよー」
「ほぉ。そりゃ便利そうだな」
意外な、クォレンの能力に感心していると、クォレンは顔をしかめて……。
「便利じゃねえよ。無理をした後は、疲労してしばらく寝てしまうからな」
「それ相応の代償はあるってことか。世の中そううまくはいかないか」
「だな。世の中そう都合よく回ってない。こうして、アスタリの町やルーメル、そして魔族のようにな」
「皮肉というか、事実過ぎて笑えないな。で、あの列に並ぶのか? というか、なんでこんな魔族との前線基地のような場所にあれだけ人がいるんだよ。って、冒険者か?」
「……おそらくはな。ここのギルド長に連絡を取ったら、ここ1、2か月で遺品回収のための報酬が上がったそうだ」
「報酬目当てで冒険者が集まっているってことか。で、その実態は……」
魔族たちへの偵察隊と。
自覚がないだけ、相手が警戒しないかもしれないってのはわかるけどな。
何も知らずに猛獣の餌にされている気分ってどうなんだろうな。
「言うな。さ、俺たちはさっさと中に入ってしまおう。それぐらいの特権はルーメル王都のギルド長にはあるさ」
そう言うことで、俺たちはクォレンについていき、あっさりとアスタリの町へと入る。
中はルーメル王都よりは、多少見劣りするものの、結構にぎわっている。
「あれー? ここって、結構田舎なんだよね?」
「それにしては、意外と賑わっていますわ」
「何でだろうな。魔族と一番近い町なんだから、もっと寂れたイメージだったんだけどな」
結城君たちの言うように意外と人が多くて俺も驚いた。
「冒険者が多く集まっているからな。その分人が集まっているのさ。勿論、領主に対しての国の支援も篤かったらしい」
「ああ、冒険者が多い分、それ相応の施設が必要ってことか」
「タナカ殿は本当に話が簡単に通じて助かる。普通はこんな話を聞いても首を傾げるのが普通だからな」
と、2人で話していると、後ろにいたルクセン君が……。
「はーい。そんなに言われたら、聞かないわけにはいかないでしょう。で、なんで冒険者が集まると人が増えるの?」
単刀直入、素直に聞いてきた。
ここまですがすがしいと、素直に教えがいがあるな。
「クォレン。ルクセン君たちにちゃんと説明してやれ。俺は何となくわかるだけだからな」
「それもそうか。勇者殿たちには今のこの街の現状を知る必要はあるな」
そこから歩きながらクォレンの説明が始まる。
「まあ、簡単な話。冒険者が沢山くれば沢山の宿や食料品を扱う店も必要になるのは分かるな?」
「そういうことですか。需要が足りなくなったから、供給を増やしたということですね?」
「需要と供給か。難しい言葉を知っているな。その通りだ。その必要になる物が増えたから、それを売る人たちが増えたってことだ」
そう。王家が遺品回収という名の巡回任務を高報酬で依頼した結果、冒険者が集まり、商業施設が増えて、その下請けも増える。
さらには、魔族との戦争を想定した、防衛施設の強化での仕事で人がまた集まる。
稀に見る戦争特需となっているわけだ。
今更ながら冷静に考えてみると、俺たちが魔族との戦争に終止符を打てば、アスタリの町は一気にすたれることになるんだよな。
王家が依頼を出すことも無くなるんだから、冒険者の仕事がなくなり、冒険者がいなくなって、他の仕事も……諸行無常って感じか。
と、そんなどうしようもないことを考えていると、ルクセン君や結城君も話が理解できたようで頷いている。
「あー、なるほど。僕も分かったよ。晃もわかった?」
「ああ。わかったよ。冒険者の分売る物が増えて、その売る人たちも来たから賑やかになっているんだな」
「その通りだ。ナデシコ殿だけじゃなく、ヒカリ殿、アキラ殿も凄い理解力だな。異世界人ってのはこういう難しいことを簡単に理解するんだな」
「別に全員が全員じゃないからな。で、その結果町はどうなっているんだ?」
馬鹿な奴はいくら勉強していても馬鹿だし、結城君たちがちゃんと理解しているのは、本人の努力の賜物ってわけだ。
「あー、その結果。多方面から色々人が集まってきていて、魔族の侵入には気が付かなかったって話だな」
「そういえば、魔族の拠点を潰したって聞いたけど、魔族の人は?」
おっと、ルクセン君はいきなりキツイ事を聞いてくるな。
それとも、その話を受け入れるつもりか?
まあ、どのみち聞かないといけない内容だし、俺が止める理由はないので、クォレンの話を……。
「半数が死んで、残りのうち半数が重症、残り半数がほぼ無傷で捕縛できたわ」
と、いきなり後ろから女性の声が聞こえてくる。
振り返ると、そこにはいかにも大人の女性という感じの佇まいの女性が立っていた。
「えーと、お姉さんは誰かな? 初めてあうよね?」
「ええ。初対面で間違いないわよ。可愛らしい勇者様」
どうやら、俺たちのことを知っているようだ。
となると、クォレンの関係者ってことか。
「で、誰だクォレン」
「こいつは、アスタリの冒険者ギルドでギルド長をやっている、ソアラだ」
「どうも初めまして。アスタリの冒険者ギルドでギルド長を務めているソアラと申します」
ソアラはそう言って、綺麗な礼を取る。
なんというか、一々動きが丁寧だな。
「貴族か?」
「そうだよ。いいところのお嬢さんだった」
「あら、だったというのは失礼じゃないかしら? 私は今でもお嬢さんよ」
若い意味で本人は言っているのだろうが、既にどこかの重鎮って意味でのお嬢さんになっている気がするな。
と、そういう藪蛇はいいとして。
「その魔族の話をこんな所でしていいのか?」
「機密上よくはないけど、魔族のことを話しても信じる人が少ないのよね」
「というと?」
「当初は攻めてくるかもしれないという緊張感があったのだけれど、既に十年以上何もないから。緩み切っているのよ」
「そういうことか」
「王国の方は、これ幸いと防備を固めているけど。時間が経つにつれて、危機感は無くなっているのが現状ね。まあ、詳しいことは、ギルドの方で話しましょう」
ということで、俺たちはアスタリの冒険者ギルドに向かうことになった。
「うひゃー。人が多いね」
「下手をしたらルーメル王都よりにぎわっていませんか?」
ルクセン君と大和君の言う通り、正直冒険者ギルドの中だけに限れば、ルーメル王都より人が多い。
「そりゃそうですよー。ルーメル王都の近郊なんてめぼしいクエストはないですからね。こういう王都から離れた場所の方が、仕事が多いんですよ。王都の近郊は軍が定期的に討伐も行っていますからね。少し実力を蓄えたら、直ぐに他の場所に行くんですよ」
「あー、そう言われるとそうですね」
「そっか。僕たちもリカルドさんたちに手伝ってもらってたよね」
「確かに、クエストは王都内のお手伝い。よそへの護衛移動とかばかりで、魔物退治はゴブリン、ウルフぐらいでしたわね」
ヨフィアの説明に納得する結城君たち。
俺もそう言われて納得だ。
確かに、王都では魔物の討伐依頼は弱い魔物しかなかったな。
リテアの方は何か魔物の動きがおかしかったからな。ちょっと違うだろう。
「王都が討伐依頼で大忙しだったら、それこそ大変よ。大慌てで討伐軍が編成されているわ」
「確かにな」
そんなことを話しつつ、俺たちはソアラに案内されて、ギルド長の執務室へと入ると……。
「あれ? 綺麗だ」
「……机に少し書類があるだけですね」
ルクセン君たちの言うように、部屋の中はどこかのギルド長の部屋とは違ってかなり整えられている。
「あー、あれか。男性と女性の違いってやつ?」
「「「あー」」」
「あー、じゃない! 私はルーメル王国全土の冒険者ギルドの統括も務めているから、あんな部屋になるのは仕方のないことなんだ」
納得するルクセン君たちに対して、必死に否定をするクォレン。
まあ、真実がどうだかわからんが……。
「どのみち、この部屋よりは散らかっているから散らかっているのは間違いない。そんなことより魔族の話だ」
「せっかちな人ね」
ソアラは俺の発言を聞いてそう言ってくるが……。
「そうだな。まずはアスタリのギルド長は現状をどう認識しているかが先だな」
「どういうことかしら?」
「なんだ。わからないか? あんたとしては、このアスタリの町をどうしたいと思っているんだ?」
「言っている意味が……」
「わからないと思うか? クォレンから連絡が行っているだろう? この町にいる冒険者はただの斥候、偵察兵として扱われているだけだ。今はまだいいが、下手をすると一気に冒険者が死ぬことになるぞ? ギルドの儲けが大事か? それとも手を打つつもりか?」
ここは聞いておかないといけない。
王家の意向に従うのか、それとも冒険者ギルドとしての独自路線を行くのか。
それか、ソアラ自身の目的のために動くのか。
「タナカ殿の言う通りだな。ソアラは王家の意図が分かった今どうするつもりだ」
「……私は冒険者ギルドの所属よ。もちろん、こんな風に冒険者を意図的に使い潰すようなことを認めるわけにはいかないわ。とはいえ、報酬があることはもちろん、そのおかげでアスタリの町がにぎわっているのは真実なのよ。いきなり事実が分かったからと言って、はいそうですねと、依頼の受注をやめることはできない。それはわかるでしょう?」
ソアラは余裕のある顔から一転、苦々しい表情をしてそう言い放つ。
ま、当然だよな。
「あー、そんなことをしたら、裏のことを知らない人たちは不満が出てくるかー」
「当然ですわね。かといって、真意を言うわけにもいかないと」
「ルーメル王国と冒険者ギルドの対立になるからなー」
「それはまだましですよ。お金は入るんだし、魔族も実際攻め込んで来たわけじゃないって、冒険者内部も割れる可能性がありますよ。依頼料でこのアスタリの冒険者ギルドがもうかってるのも事実なんでしょう? ねえ、ソアラ」
ヨフィアはなぜか、ソアラのことを呼び捨てにする。
「……噂には聞いていたけど、あんた、本当にヨフィアなわけね。随分様変わりして」
「それはソアラもですよー。計算もできない脳みそまで筋肉がこんなできるみたいに成っているなんて、笑いをこらえるのが大変でしたよ」
そうお互い言ってバチバチと火花が散る幻覚が見えたのは俺だけじゃないだろう。
色々な意味でにぎわっている町。
それがアスタリ。さあ、今度の拠点はここだ。
これから田中たちはどう動いていくのか?