第130射:高度な政治的やり取りのため
高度な政治的やり取りのため
Side:タダノリ・タナカ
「エールを3つな。それと適当なつまみを3種類」
「あいよ。朝から飲むねー」
「今から寝るんだよ」
「そうかい」
とりあえず、俺はまずお酒を注文する。
こういうところではまず酒を頼まないとな。
「いや、田中さん流石に朝から飲めませんよ」
「ですな。今から仕事です」
だが、やはりというか、結城君やリカルドからは非難の声が上がる。
普通に考えれば、昼間っから飲むのはダメな大人の証拠だから、まあ、仕方ないが、今回は……。
「ま、酒を飲んで話すってカタチがいるんだよ。ここからの話はバカ話ってことだ」
「あ、そういうことですか」
「なるほど。酒が入っていれば、物騒な話もただのたわごとと言うわけですな」
そういうことだ。
だいぶ、話が分かってきたようで、飲み込みも早い。
飲んでいれば、ただの酔っぱらいのたわごとになるんだ。
まあ、酔ったふりして聞いてみたいこともあるんだがな。
「そういうことだ。まあ、部屋で話せたらよかったんだが、流石にあそこまで過剰反応している大和君たちの前でするわけにもいけないからな。兵士ならぶっ飛ばしているところだが、兵士でもないし、殴ったところでおとなしくなるわけでもないからな。というか、俺が殴りだしたら止めるだろう?」
「それは、もちろんですよ」
「殴られる、女性陣たちの命を心配しますな」
俺を何だと思ってやがる。
躾程度で殴るだけだから、殺しはしない。
とはいえ、これが普通の反応だよな。
下着を嗅いだ程度でとは思うんだが、あそこまで拒絶反応があるとは思わなかった。
ま、その話をするにも……。
「よし、じゃ、まずは乾杯だ」
俺がそう言うと、結城君とリカルドはコップを打ち合わせて、飲み始める。
それを確認してから俺もエールを流し込む。
「ぷはー。朝から飲む酒はいいねー。エールはそんなにうまくないが、それでも愉悦感がある」
「そうですかね? 自分にはよくわからないです」
「まあ、アキラ殿は若いですからな。周りが働いている中で、酒を飲める余裕があるというのはなかなかわからんでしょう」
「そうだなぁ。あ、あれだ。みんなが学校に通っている時に自分だけ休みって感じか?」
「ああ、そう言われるとわかります」
だよな。
自分だけがっていうのは、愉悦感というか、楽しさがある。
学生には昼から飲めるというのは、わかりづらいからな。
それだけ、余裕があるって意味なんだよな。
朝から酒を飲めるってのは。
まあ、ただの駄目な大人って意味も確かにあるけどな。
「って、それはいいとして、俺たちだけに話ってなんですか? やっぱり、あの変態魔族の話ですか?」
「まあな。その前にリカルドに確認をとりたいことがある」
「なんでしょうか?」
「この国で女性ものの下着を持っていた場合。何か罰則などはあるか?」
「「はい?」」
俺の質問が理解できなかったのか、リカルド、結城君は一緒に首を傾げる。
説明が足らなかったか。
「俺たち男性が女性ものの下着を所持していたのがばれた場合。罰則や逮捕などの対象になるのかってことだ」
「えーと、田中さん意味が分からないんですけど……」
「すまない、結城君。まずはリカルドの答えを聞いてからだ」
「あ、はい」
「で、リカルドどうなんだ?」
「ふむ。話の意図は分かりませんが、女性ものの下着を所持しているだけで、罰則や逮捕などはありませんな。まあ、所持が見つかれば、理由は聞かれるでしょうが……」
「ま、当然だな。でも、理由を説明すれば問題ないと」
「まあ、頼まれたりすれば、下着など衣類は買うことも多々ありますからな」
なるほどな。
日本みたいに、児童ポルノ法みたいな、所持しているだけでアウトのような法律はないようだ。
異世界だから変な法律があったりしないかの確認だったが、別にタブーではないようだ。
「よし。それが分かれば十分か。じゃあ、結城君の質問に答えよう」
「何でそんなことを聞いたんですか?」
「まあ、簡単なことだよ。あの変態魔族は女魔王の下着が好きだ。つまり……」
「まった」
俺がそこまで言いかけて、意図が分かったのか、結城君が待ったをかけてくる。
「もしかして、俺たちで女魔王さんの下着を取って、変態魔族との交渉材料にするってことですか?」
「もしくは、変態魔族が下着を取っているという証拠を残して、魔族内部のトラブルを誘発する。それが起これば、まあ、多少なりとも動きは鈍るだろう」
「下着泥で?」
「普通はしょっ引かれて終わりだが、あの変態魔族もお城で働いていて、部下もいるような立場みたいだからな。その失態だ……」
「あー、政治家の汚職発見みたいになるんですね」
「そういうことだ。内輪揉めになるならこっちとしてもありがたい話だからな」
地球でも良くある話だ。
上の立場にいるものというのは、国民という有権者、有力者の支持があって上の立場にいられるのだ。
その信頼が崩れるようなスキャンダルは避けなくてはいけない。
万が一、まずい問題、スキャンダルが露呈すれば、支持を失うからだ。
支持している有力者、有権者も同じように非難されるからな。
それを避けるために、支持するのをやめる。
そしてその権力者の力は弱まる。
そこを狙って、敵対している勢力が手を伸ばすわけだ。
勢力を取り込んだり、潰したりしてな。
そうなれば、国内の処理、まとめるのに力を入れることになるので、魔族の国は外国へ侵攻しようという気にもならないだろう。
ま、そうならなくても、最初に言ったように交渉材料になる可能性が高い。
というか、拒否するのなら、下着をぶち込んで、内部分裂させればいいんだよな。
下着一つでまとまらなくなる国。っていうのはそうそうないだろうが、嫌がらせにはちょうどいいだろう。
「しかし、どうやって下着を取るのでしょうか?」
「そうですよ。魔王さんの部屋とかわかりませんし。部屋の中にドローンで入るのは色々無理がないですか?」
「お前ら、もっと考えろよな。何を部屋の中、さらにタンスの中にある下着を取るとか難易度の高いことをするかよ。狙うのはあれだ」
俺はそう言って、宿屋の外に見える洗濯物に視線をやる。
「「……」」
俺が見ていたところが分かったようで、沈黙する二人。
「下着泥棒の基本は干してあるものだろう? それか、洗う時や干す時に積まれている物だ」
この世界の洗濯は残念ながら屋内では行わない。
井戸の周りに集まって、大きな桶と洗濯板を使った手作業である。
もちろん、俺や結城君はもちろん、ルクセン君や大和君も同じように洗濯をしている。
洗濯機を出してくれという話もあったが、振動音で色々ばれそうなので出していない。
なので、洗濯物は一旦外にもっていって手洗いする必要があるわけだ。
「おそらく、魔族も洗濯物は外でするだろうさ。しないのなら、潜入の方向になるがな」
「……話はわかりましたけど、俺たちは結局何をすればいいんですか?」
「確かに、私たちは特に手伝うことなどなさそうですが? ドローンの操作はタナカ殿が一番でしょう」
「まあ、下着を確保するのは俺だろうが、ちゃんと周りの警戒はしてほしいんだよ。ほれ、あの痴女みたいなのがほかにもいるかもしれないからな」
「ああ、そういうことですか」
「私たちで、別のドローンを使って警戒しろというわけですか」
「そうそう。とはいえ、これを女性陣の前で話してみろ」
「ただの犯罪計画ですからねー」
「まあ、ルーメルの命運がかかっているとはいえ、いい顔はされないでしょうね」
ということで、俺は結城君とリカルドを連れ出したわけだ。
ちゃんとした計画はあれど、目前の作戦はただの下着泥棒の方法を話し合うことだからな。
しかも、そのためにドローンの操作を上手くなろうという、アホな話にしか見えんからな。
「ま、既にドローンは飛ばしているから、つまみを食べて、飲み終わったら、練習始めるぞ」
「「えっ」」
「驚くなよ。予備があるのは知っているだろう? それにあの痴女に壊された時追加を飛ばしたのも話しただろう?」
「あ、そういえば、そうですね」
「でしたな」
そんな感じで、話がまとまったら、注文のおつまみがきて。
「はい。オークの肉揚げ、豆の揚げ物、野菜の塩漬けだ」
「おー、美味そうじゃないか。さ、練習前にしっかり食っとけよ。ぶっ壊したら面倒だからな」
「はぁ、わかりましたよ。こうなったらやってやりますよ」
「ここまで来たら引けませんな。ルーメルの未来のためと思って頑張りましょう。その前に英気を養う。それだけです」
「おうおう。その調子だ。追加でエールを3人分頼むよ」
「はいよ」
2人ともようやく変態になる……じゃなかった。
ドローンによる高度な作戦行動を理解してくれて、しっかり英気を養って部屋に戻ることになったのだが……。
「……お酒臭いですね。まさか、私に任せておいて飲んでくるとは思いませんした。流石の私もドン引きです」
「さいてー」
「最低ですね」
「「「……」」」
どのみち女性陣の評価は地の底に落ちていた。
「ま、そういう評判は甘んじて受け入れよう。ということで、いまから休んでいいぞ。後は俺たちがやるからな」
「えっ。本当ですか?」
「お詫びってわけでもないが、そろそろ全員限界だからな。今日は一日フリーにしよう。ローテーションは上手く機能しているみたいだしな」
「やったー!! 今日はゆっくりねてやるー!!」
「そうですね。いったんゆっくり寝たいですわ」
俺の発言に、ルクセン君と大和君は再びベッドへと倒れこむ。
「……私も流石に連日の夜起きての作業はかなり来ましたので、お休みさせてもらいます。カチュアも……」
「そうですね。お言葉に甘えて休ませていただきます。キシュア殿はどういたしますか?」
「……私も休ませていただきます。とはいえ、全員寝てしまうのはアレですから、起きてゆっくりさせていただきます」
お姫さんたちも疲労がたまっていたようで、大人しく提案を受け入れる。
で、残っているフクロウだが……。
「私はあの魔族について調べてみるから、一旦席を外すよ」
「おう」
あの魔族というのは、下着を嗅いでいた変態のことで間違いないだろう。
こうして、女性陣は全員身の振り方を決めたわけで……。
「さて、俺たちは、引継ぎで映像の監視及び解析だ」
「え?」
「まあ、まて、今からドローンの練習をする。なんて言っても怒られるだけだからな。相手が大人しくなってからだよ」
「ああ、なるほど」
「あとは、酒を飲んだとはいえ、寝落ちするなよ。女性陣から文句言われるからな」
俺がそう言うと、2人とも神妙に頷く。
これ以上、変なトラブルはごめんだって感じだな。
「ま、俺は魔族の町を監視しつつ狙い目の場所でも探すさ」
そう言って、俺は、魔族の城にある洗濯物を干している位置を探し始めるのであった。
下着泥の下調べをな。
そうこれは国のため、世界のため。
まあ、実際下着だけで戦争回避できるなら、回避するよな。
下着を提供する本人は嫌がるだろうが。