第13射:表と裏
表と裏
Side:タダノリ・タナカ
結城君たちは見事、ゴブリンの集団を仕留めた。
だが……。
「うぐぅぅ……」
目の前ではルクセン君が足に木の槍を突き刺されて、痛みに顔をゆがめている。
まあ、簡単な話だ。
大人数に対処できなかった結果、攻撃を貰いこのような状況に陥った。それだけの話だ。
「光!! じっとしてろ!!」
「我慢してくださいませ、抜きますわよ!!」
すぐに2人はルクセン君の治療に行き、木の槍を引き抜く。
ズルッ……。
「あぐうぅぅっ!?」
うわぉ。
流石ゴブリンが自前で用意した木の槍、鋭いのは鋭いのだが、仕上げが適当で、釣り針でいう返し、フックみたいなのが多数出来ていて、それに肉が引っかかり、抜く際に更なるダメージをルクセン君に与えていた。
やはりというか、抜いた木の槍には返しに引っかかり肉が一緒に出てきていた。
うーん、武器としては一度刺さると抜けにくいって特性があるが、それだと多人数相手はできないな。だが、嫌がらせとしては十分か。
これは狩られたゴブリンの最後の反撃といったところか。
「撫子、早く!!」
「分かっていますわ。癒しの雫よ!!」
そう大和君がそう言って、回復魔術をかけると、ルクセン君の太ももに開いた穴が綺麗に塞がる。
残った血を拭って、しっかりを傷口を見てから、結城君たちはほっと一息つく。
ルクセン君も足が治ったのが分かったのか、苦痛に満ちた顔から、安らかになる。
まあ、それでも、痛みに耐えていた汗が顔を濡らしていたが。
「……あ、ありがとう。油断してたよ」
「いえ、光が悪いわけではありませんわ。大人しく、広域魔術で一気にやるべきでした」
「俺も、もっとフォローが早ければこんなことにならなかった……。わざわざ2回、3回切ってたからな……」
2人はズーンと沈んでいる。
初めて仲間が傷ついたんだから当然か。
だが、それをボーっと見守っているわけにもいかない。
「落ち込むな。反省するのは結構だが、まだここは森の中だ。こういうところを狙われるからな。さっさと行動に移せ。ルクセン君は傷が治ったが負傷したので、待機。2人でフォローしつつ行動してみろ。ルクセン君に怪我をさせて失敗だけの結果を残すな。これもいい経験だ」
「「はい」」
2人は俺の言葉に文句言うことなく、素直に従う。
軽口も出ない所を見ると随分へこんでいるようだ。
だが、次は失敗しないという意気込みはあって、キビキビと辺りを警戒しつつ、倒したゴブリンから魔石の回収を始める。
正しい行動だ。いつまでも、ルクセン君の側にいても、仕事は終わらないし、いつまでも撤退できない。
「……あの、すいません」
ルクセン君はそう言って謝る。
「別に謝る必要はないぞ。いい経験になっただろう? 仲間が負傷するってのは避けるべきことだが、こんな仕事をしていれば必ずあるからな」
「作戦が駄目だったとか言わないんですか?」
俺が怒らないのが不思議なのか、意外そうな顔で聞いてくる。
「んー、部隊の損耗を考えると確かに、ルクセン君が動けない負傷をしたから駄目だろう。しかし、近接ができないというのも駄目だ。いつも魔術が準備万端で打てて、不意打ちできるわけじゃないからな。これが、本番なら作戦が駄目だったというべきだろうが、俺たちのサポートや、自分たちの経験の為っていうのも自覚していたし、文字通りいい経験だ。本番での失敗は死につながるからな。こういう俺たちがいる間に失敗を重ねて、いける、いけないの判断を積み重ね、経験を積むのは何も悪いことじゃない」
というか、むしろ推奨。
世の中現場でしか味わえないことはたくさんあるからな。
「なんか意外。田中さんってさ、リカルドさんたちには容赦なかったし、私たちにも自覚を持てって言って、ゴブリンとかウルフを殺させてたじゃん」
「そりゃ、正規兵があれだと悲しすぎるからな。あと、ルクセン君たちの場合は生き物を殺すことを慣れさせないとマジで死ぬからな。で、今回はどうやって倒すか、不利な状況を想定してやってたからな。前提が違う」
もう、既にルクセン君たちは魔物相手ならば、殺すことにためらいはしない。
後は実戦経験を積むのが大事なわけだ。
「ま、正規軍人じゃないからな、まともな指導はできないけどな」
「傭兵だったんだよね?」
「ああ。中東の紛争地帯でぶらぶらやってたな。というか、そこで拾われた」
「え?」
「別に不思議な話じゃない。ああいう紛争地帯じゃ戦災孤児なんて山ほどいるからな、運よく、傭兵部隊に拾われた。それから色々教えてもらって、この歳まで生き抜いてきた。ま、残念ながら、部隊が壊滅して、日本にやってきたんだがな。俺もルクセン君たちと始まりはあまり変わらんってことだな。始まりは、もう、よく覚えてないけどな……」
気が付いたら、銃を持って大人の後ろを必死について行って、戦場の中を駆け巡っていた。
いま考えると、本当によくこの年まで生きてきたよな。
俺みたいな現地で回収したガキなんて、ただの弾除けだろうからな。
「……なんか、ごめんなさい」
「別に気にすることはないぞ。人を殺す仕事をやってたんだ。自分たちがやられる覚悟はできてた。それが幸いして、ルクセン君たちのフォローができるんだから、世の中色々手を出しておいて損はないよな」
「あはは……。そうだね。助かってる。うん。僕たちも田中さんがいてくれるから安心できるよ」
「だが、ルクセン君は、今回の負傷はミスだからな次がないようによく考えておくようにな。自分の負傷で、結城君、大和君が死んだらつらいぞ」
「……うん。ちゃんと話し合うよ」
「そうだ。自分を追い詰めるんじゃなくて、ちゃんと仲間を頼れ。1人でできることなんてたかが知れているからな」
そんな話をしているうちに、結城君たちは魔石を集め終わり、ルクセン君の負傷もあることから、すぐに森から撤退して休む方針で決定した。
間違ってない。負傷者を連れたまま前線を闊歩するとか、バカのやることだ。
撤退ができるなら素直に撤退するのもまた勇気という奴だ。
で、その帰り道の途中、トイレ休憩で少し結城君たちから離れて、こそこそついてきていた、昨日の男をまた捕まえることにした。
「……くそっ。いつから」
「最初から」
両手両足を縛られた男がそう悪態をつくから、正直に言ってやった。
いやー、便利だよな。
魔力代用スキルは、タブレットじゃなくてスマホもOK、結城君たちからは、ソーラー充電でもしていると思われている。
GPSで監視と盗聴していたんだよな。
いや、GPSのMAPは所在地不明ってなるけど、魔力は届くから位置関係はわかるという意味不明の仕様だけどな。
今度時間でもあれば、パソコンとか道具一式出して、ドローンで空中から撮影して、この世界専用のMAP作って、追跡させるってのもありだよな。
ま、そんなのんびりプログラムしている暇があるのかという問題もあるけどな。
と、そこはいいとして、この男から情報を得るとするか。
「結局逃げ出さず、監視をしているな。どうしたんだ? 拾った命を捨てたいのか?」
「……逃げ出せば今後まともに暮らせるとは思っていない」
「元々、こんな仕事やってるんだ。まともに暮らせるわけないだろう?」
「お前は知らないんだよ。闇ギルドはでかい。他所の町に行っても探し出されて殺される。俺もお前もな」
「いや、大人しく村とか、ひっそり1人で暮らせよ」
「そんなことができるなら、今頃お前に捕まってない」
「そりゃそうだ」
こういうバカは田舎に逃げるっていうのをしない。
都会から出て行きたくないのだ。理屈云々ではなく、故郷というか住み慣れた場所から離れたくないという奴ににているか。
戦場でも必死にその土地で暮らす人は少なからずいるからな。
「とはいえ、お前は俺を殺せると思うか?」
「……厳しいだろうな」
「そうか、でも逃げる気はないと。なら、取引だ。夜が更けたら前働いていた店の路地で会おうじゃないか」
「……馬鹿かお前? 俺は応援を呼んで確実にお前を殺すぞ?」
「それはそれでいい。上の奴も呼んでしっかり俺の死ぬのを見てもらうといいさ」
「……何を考えてやがる?」
「さあ、なんだろうな。上の奴が死ねばお前は無罪放免になるかもな。指示を出したやつがいなくなるんだしな。俺が死ぬ場合は万事解決だな」
「……」
男にとっては悪い取引ではない、夜会うだけでいいのだ。
しかし、俺の意図が分かったのか驚愕の顔をしている。
「……お前は闇ギルド相手に喧嘩を売る気か?」
「さあな。話し合い次第だ。で、どうするんだ。ここで死ぬか、夜会うか。さっさと決めろ、トイレってことにしているからな。こんなに時間がかかっていると大だな」
「……わかった。夜、あの店の路地だな」
「よし。行け」
俺は男の縄を切って逃がす。
さて、これでわざわざ出向く必要が無くなればいいんだが、それは都合がよすぎるか?
ま、どのみち、関係者を集められるのはいいことだよな。
俺はそんなことを考えつつ、トイレの長いおっさんとして、結城君たちと合流して、城下町へと戻る。
冒険者ギルドで討伐報酬を受け取り、予定では打ち上げでワイワイやるはずだったが、ルクセン君の負傷もあり、本日は宿で反省会をしつつ大人しくするようだ。
俺にとっては好都合ではあるけどな。
多少助言をしつつ、あとは本人たちの話し合いなので、俺は部屋から出ていって、待ち合わせの場所へと赴く。
リカルドやキシュアには俺がどこに行ってくるかは言っている。
死んだらラッキーとでも思っとけと言ったら、死ぬわけがないと言われた。
「俺は至って普通の人なんだがね」
致命傷を受ければ普通に死ぬ人間だ。
弾丸を受けて生死の境をさまよったことも何度かある。
映画のような、撃ちあいで無傷のスーパーソルジャーではない。
「そう思わないか?」
俺はそう言って、路地の暗がりに立つ人影にそう話しかける。
「普通の人ならば、狙われていると知ってこのような場所にはやってこんよ」
そういって人影が前に出てくる。
大体平均身長の男。顔は仮面でしっかりと隠してやがる。
まあ、声からして俺よりは年上かね。
後ろには部下も5人連れていることから、ダミーでもなければ、こいつが上か。
「おや、あの男はどうした? この状況を作り出してくれた功労者だろう?」
「ふん。見せてやれ」
仮面の男がそう言うと、後ろの男が袋をひっくり返して、中から出てきたものを蹴とばして、俺の前に転がす。
月明りに映ったそれは、首だけになったあの男だった。
「あーあー。殺されたか。素直に言うから」
「口の軽い部下などいらん」
「ま、そーだーわなー」
俺はそう言いながら、懐に手をやり……。
「なんだ? はした金を貰ってもお前が生きる術はないぞ?」
仮面の男は命乞いの為に俺は懐をまさぐっていると思っているらしい。
向こうじゃ、射殺許可の行動なのにな。
いや、やりやすくて助かる。
男も死んでいるし、フォローする必要もないからな。
プシュッ。
そんな音が路地に響く。
やっぱり、サプレッサーでも周りが静かすぎるとわかりやすいな。
特に、こんな音なんてしない世界だとな。
「なにを……」
仮面の男は未だに俺が何をしているのか気が付いていない。
アレだよな。この武器がどういう武器なのかを認識できていないから、足に穴が開いても、気が付かないのだろう。
意図しない怪我をして、人から指摘されて気が付く怪我というのも事例としてはよくあるしな。
プシュッ、プシュッ……。
ま、こっちにとっては好都合なんで、俺の後ろを塞いでいた3人も含め、計9人に動けない程度の穴をあけて、確保した。
「命中率に特に問題は無しと」
この世界の実戦でも十分に使えるな。と相棒のチェックをして、転がっている的に笑顔を見せる。
「さて、じっくりお話でも聞こうじゃないか」
俺の夜はまだまだこれからだ。
今日も徹夜かね?
田中さんはダーク。
いやまあ、傭兵、兵士なら普通というか、まだ甘い部類ですけどね。
こうして、田中さんは徐々にルーメルの闇の制圧を開始するのであった。