第127射:置かれている状況
置かれている状況
Side:ナデシコ・ヤマト
田中さんが冒険者ギルドへと出て行ったあと、私たちは、映像解析の当番を決めていました。
流石に、全員でずっと画面を見つめているのはつらいので、2人1チームとして、映像解析をすることにしたのです。
これで、寝落ちすることなく解析が続けられるはず。
「じゃ、まずは、俺とヨフィアさんか。ヨフィアさん、大丈夫ですか?」
「任せてください。今までは制限時間なしでしたけど、交代制ならいけますよ」
そう言って、晃さんとヨフィアさんがまずは映像解析に向かいます。
その間に私たちは、ご飯を食べてくることになりました。
「いやー、これで寝られるよねー」
「そうですね。とはいえ、晃さんやヨフィアさんのご飯を取ってくるのを忘れてはいけませんよ」
「忘れないって。おなかすいているのを我慢して、映像解析してくれてるんだからさ」
「それならいいんですが。しかし、田中さんの方は、ギルドで何か話が聞けるといいのですが」
「それは無理じゃないかな? だって2日だよ? 地球のころならともかく、こっちは情報伝達の装置なんてないからさ、どうしても遅くなるって」
「ですわよね。わかっていても、何か有力な情報でもあればと思ってしまいます」
「ま、その気持ちはわかるけどさ。まずは僕たちがしっかり食べて、晃たちとちゃんと交代できるようにするのが先じゃない?」
「そうですね。その通りです。では、さっそく食べましょう」
ということで、宿屋の食堂で私たちは食事を始めるのですが……。
「あ、撫子。それとって」
「もう、光さん。そんなに食べては眠くなりますよ?」
「寝るために食べてるんだよ。僕たちはちゃんと寝て、交代をしっかりするために必要なんだよ」
「はぁ、まあちゃんと起きてくれればいいんですが」
私はそう言って、光さんが欲しがっているお肉の炒め物を渡します。
「でもさ、オークって美味しいよね。この前、沢山倒したことにちょっと罪悪感を感じたけどさ。あのまま捨てておいたのももったいないなーって思った」
「確かに、ここまで美味しいのなら、何匹か取ってくる方が、自然のためでもありますし、私たちも美味しい思いが出来たかもしれませんね」
お肉炒めは確かに美味しい。
まあ、人を害する魔物なんですから、多少こういう面がないとやってられませんわよね。
そんなことを話つつ、私たちは食事をすませて部屋に戻ると……。
「あ、おかえり」
「思ったよりも早かったですねー」
そう言って、晃さんとヨフィアさんが出迎えてくれましたが、フクロウさんはというと……。
「……」
ただひたすらに、ドローンから届く映像を見つめています。
「フクロウさん。もう暗くて、よく見えないんじゃない?」
「ん? ああ、光殿たちか。別にさほど困っていないよ。今日は魔族のところは月がでていてよく見える」
そう言われて、モニターを見てみると、確かに月明りのお陰で、町の輪郭はわかります。
「しかし、何度も言うがこのドローンというのはすごいな。これさえあれば危険を冒さずに偵察し放題だ」
「でも、さっきはあの変態女にばれたけどね」
「まあ、あれは例外だな。それを証拠に、あれから気が付かれた様子はない。かなり離れていることもあるからな」
「まあ、かなり上空だよねー。でも、これじゃあんまり監視の意味ないんじゃない?」
「細かいところを見るという意味ではないが、敵の大規模な移動なんかは把握できるからな。夜だと……ほら、ここを見てみるといい」
フクロウさんが指さす場所には灯りがゆらゆらと複数揺れているのが見える。
「これってなに? なんか揺れながら移動しているけど」
「これは、松明を持った人だね。町を夜に移動しているんだよ」
「ああ、なるほど。だからわかりやすいんだね。灯りを持っているから」
「そうだ。別に戦場でもなければ、灯りを気にすることはないからな。こうして、夜の方が人の集まりにかんしてはある意味わかりやすいんだよ」
確かに、フクロウさんに言われて気が付きましたが、松明を持って動いている人はそれなりにいるようで、上空から城下町を見ているドローンからは明りがよく見えます。
一つ二つでこんなにわかるのですから、どこかで大人数が集まっているのであればすぐにわかるはずです。
「で、フクロウさん。どこかに大人数。軍の準備が進んでいるような様子は?」
「今のところないね。今日一日だけだと軍という大人数の動きはないね。ひとまずは安心だ」
「「「ほっ」」」
その言葉を聞いてほっとする一同。
これで軍が動き出していたなどと聞けば慌てていたに違いありません。
「安心したついでに、撫子。ご飯もらっていいか?」
「あ、はい。どうぞ」
「おっと、わすれてたよ。ヨフィアさんもどーぞ」
「はい。ありがとうございます。では、映像解析のほうよろしくお願いしますね。ナデシコさま」
「ええ。任せてください。あとはゆっくり休んでください」
ということで、私とキシュアさんが映像解析に入り、晃さんたちは食事、光さんたちはすぐに寝ることにと思っていると……。
「よお。飯は終わっているみたいだな」
田中さんが冒険者ギルドから戻ってきました。
「ふぇ? あ、田中さん」
眠りかけていた光さんもギリギリ目を覚ましました。
あと少し遅ければ起こすのに時間がかかったと思います。
「眠るところ悪いな。ちょっとだけ時間をくれ。冒険者ギルドで面白い情報を聞いてきたんだ。それを聞いてくれ。おい。フクロウ。聞いているか?」
「ん? おお、タナカ殿か。特に映像では動きはみられないな」
「そっちじゃない。冒険者ギルドの方、クォレンから面白い情報がきたぞ」
え? 冒険者ギルドからですか?
先ほど何もないだろうと言って納得していたから意外です。
それは、フクロウさんも同じようで、目をパッチリを開けて驚いている感じです。
「そっちからかい?」
「ほう。そっちの方はあまり情報はないか。とりあえず、映像はいいからこっちに来てくれ。それとも、何か動きがあったか?」
「いや、こっちは何もないね。動きもなさそうだ。で、冒険者ギルドの方から面白いっていうのはどういうたぐいの情報だい?」
そうフクロウさんが聞くと、田中さんは何事もないように……。
「リテアの聖女。ルルアが、聖女から解任されたそうだ」
「「「……」」」
あまりの衝撃の内容に、全員が反応できていません。
あの人が解任というのはそれだけ信じられないのです。
「その情報の信憑性は?」
「情報元はグランドマスターの爺さんだよ」
「……それは疑いようのないね。で、どういう経緯でだい?」
フクロウさんも流石にグランドマスターからの情報を疑うようなことはないようで、あっさり引き下がりました。
私たちも納得です。あの人なら信じられます。
「ま、聞いただけの話だが……」
田中さんはそれから、クォレンさんから聞いた内容を教えてくれました。
ロシュールの王女であるエルジュの責任を取らされての解任。
他国の人に勝手に術を教えたってことも、多分王女の方が話題としては大きいだろうと、田中さん自身の解釈も交えて。
というか、他国の人に教えたというのは、おそらく私たちの事なのでしょう。
「はい!? そんな無茶苦茶な理由で、あのおっぱい聖女様が解任とかありえないよ!?」
「……光さんのおっぱいはよけいとして、そんな理由で解任というのは納得がいかないのは同意ですね」
光さんと同じように私も納得がいきません。
ただのこじつけ、無理やりすぎます。
「それ、ただ単に、あの聖女様を引きずり落としたかっただけじゃないかな?」
「ですねー。アキラさんの意見と同意です。なにか色々とトラブルがあったんですかねー?」
「そう言われると、聖女ルルア様は政治の手腕も見事だという話はきいたことがありますな。通常であれば、政治の部分は貴族が取りしきるので、意外ということで記憶に残っておりますな」
「そういう面で、傑物といわれていましたが、ルルア様は元々は貴族の血の流れではなく、普通に一般からの修道女として勤めていたという話は聞いたことがあります」
「なるほどな。キシュアの話が本当だとすると、才能だけで駆け上ったって感じか。それなら周りとの軋轢が多くて当然か。ついでに貴族の粛清をしていたからな。そういう意味でも敵だったわけだ」
なるほど。内部の工作が上手くいかなかったという感じですか。
エルジュ王女様に手ほどきした件が今回に限っては裏目に出たわけですね。
普通なら、他国の王女を弟子にしたというのは、誉であって、外交の席でも十分に活用できる利益なはずです。
ですが、今回のはエルジュ王女様が戦争を引き起こしたということを理由に解任させられたのだから、そういうところまで先を読めというのは、なかなか難しいでしょう。
「まあ、解任されたのは事実だが、聖女から解任されただけで、追い出されたわけじゃない」
「ん? どういうこと?」
「……ああ、なるほど。降格という措置になったということでしょうか?」
「そうだ。おそらくルクセン君や大和君のように慕っている人が多いんだろうな。軋轢が出ていて、聖女になったぐらいだから、その支持はかなりあったんだろう。だから、こんな無理やりな理由で降格どころか、クビなんてしてみろ」
「反発がものすごくなるわけですね」
「そういうことだな。というか、才能自体も本物だしな。手放すのは惜しかったってところだろう」
「どっちみち、サイテーな理由じゃない」
光さんの言う通り、結局は利益になるからという判断で、サイテーですね。
「ま、大人の世界はこんなもんさ」
「いやだねー。で、どうするの田中さん? これからルルア様を助けにいくの?」
「ちょっと待ってください。こんな時に、リテアに行っている暇は……」
光さんの言葉にお姫さんが慌てて口をはさみます。
今はルーメルも忙しいのはわかっています。
魔族が侵攻するかもという状況で、このルーメルから離れるわけにはいきません。
「落ち着け。流石に、俺たちが助けに出るというのはないから安心しろ。なあ、大和君?」
「あ、はい。別に降格させられただけなら、特に問題ないかと思います。ルルア様なら、自力で何とかするでしょうし」
「あー。そうだよね。あのおっぱい聖女様なら何とかするよね」
「そうだな。救援要請があったわけでもないのに、助けに行くわけにもいかんから。そこは心配するな。お姫さん」
「では、なぜこの情報を私たちに伝えたのですか?」
お姫様の質問に田中さんが答えようとすると……。
「……なるほど。そういうことかい」
どうやらフクロウさんが何かに気が付いたようです。
私も何か嫌な感じがぬぐえないのですが、一体何が……。
「え? 何かわかったんですか、ババア?」
「お前は本当に変わっていなくて何よりだよ。で、わかったことだがそれは……、リテアの援軍が当てにできなくなったってことだろう?」
「おう。その通りだ」
「「「……」」」
……そうです。
こんな問題が起こっているとなると、何かあったときに援軍を求めても出してくれるか怪しいです。
それをみんな理解できたようで、一様に沈黙してしまいます。
「……つまり、この状況は魔族が作り出したとでも言いたのでしょうか?」
かろうじて、お姫様がみんなを代表して田中さんに聞きます。
「さあな。何にも証拠はない。だが、お姫さんが感じたように、何も関係ないとも言い切れないだろう? 現に、いま内部であれているリテアに何かあった時援軍を求めるのはなかなか厳しいだろうな」
「ガルツはどうなっているのですか?」
「ガルツの方はまだだな。とりあえず、この話を念頭に置いて、映像解析を頼むぞ」
田中さんがそう言うと、みんなは緊張した面持ちで頷きます。
魔族が映像では動いていないからとはいえ、油断はできないということですね。
気を引き締めて、私たちに映像解析をしろということを言いたかったのでしょう。
「と、俺は休ませてもらぞ」
そう言って田中さんはすぐにベッドに横になって休み始めます。
「では、私たちは引き続き映像解析を続けますから、光さんたちは休んでください」
「おっけー」
「わかった。休ませてもらうよ」
ということで、私たちは仕事を始めるのでした。
魔族に動きがなくて安心かと思えば、リテアで政変が起こる。
余裕がありそうで余裕はない。
とはいえ、出来ることをやっていくしかないので、映像解析を再び真剣に始めるのである。
監視の中で一体なにが見つかるのか?
リテアの騒動と魔族は繋がっているのか?