第126射:聖女失脚
聖女失脚
Side:タダノリ・タナカ
「こっちのドローンは無事のようだな」
俺は、即座に残ったドローンの方に切り替えて安心した。
あの、ルクセン君が過剰反応した胸の大きな女は意外とできるやつだった。
まさか、空を警戒していたとはな。
今までスルーで油断しすぎたっていうのもあるだろうが、いままで反応できたのは、あの女だけだ。
あの女だけが特別と思いたいな。
一応、今まであの女以外に反応を示さなかったから、ということもある。
そうでもなければ、上空からの偵察が不可能になるからな。
「でも、ドローンが一個やられたんじゃ、お城の調査するのは危険じゃないの?」
「そうですわね。これでこのドローンが壊されると、魔族の様子が分からなくなるのでは?」
「二人の言う通りだ。だから、いったん上空にやって遠距離からの偵察だけにする。今後の行動は……」
俺はそう言って、ドローンをまたスキルでとりだして、空に飛ばす。
「今、出て行ったドローンが合流してからだな」
「で、これからどうするんですか?」
「まあ、やることは、この上空から監視しているモニターを見て、魔族の動きを監視するのと、今まで撮り溜めした映像の解析だな」
「「「……」」」
俺がそう答えると、フクロウ以外の連中が無表情になった。
よほど堪えている様だな。
ま、実際かなりキツイ仕事ではある。
「それなら、私がやろう。この映像には興味がある」
そんな中、フクロウが空気をよんでというかドローンに興味があるんだろうな。
この辛い作業に志願してきた。
「それはありがたい。だが、仲介役の方からまた話を聞くとかはいいのか?」
「魔族の場所、拠点がどこにあるのかはしっているだろう? そう簡単に新しい話がくることはないさ。それより、この映像を見ている方がよっぽど情報は新鮮だ」
「まあな。しかし、映像だけじゃだめなものもあるだろう?」
「話の方は、定期的に聞きに行けばいいだけさ」
「そういうなら、俺は止めはしない。だが、全部の映像を監視するのは不可能だしな」
俺はそう言って、フクロウから視線を外し、結城君たちに視線を向けて。
「休み休みでいいから、やるしかないんだ」
「「「……はい」」」
いやいやそうではあるが、やるしかないので、頷く結城君たち。
大人の世界はこういうもんさ。
「さて、俺の方は、クォレンの方に話を聞きに行ってくる。なにかあれば、連絡するとは言ってたが、こっちも動きがあったからな」
「そうですね。わかりました。映像解析の方は任せてください」
「あー、うん。なんとか頑張るよ」
「光。普通に休憩していいんだって」
「結城君のいうとおりだ。リカルドたちも休憩はしていいから、交代で抜けがないようにな。
「「はっ」」
ということで、映像監視、解析は任せて、俺は夜の中を冒険者ギルドへと向かうことになった。
「夜の映像監視とかごめんだからな。フクロウがどこまで頑張れるか楽しみだ」
俺も平気そうなふりをしているが、実はつらいんだ。
とはいえ、今までの経験上、映像の解析や監視がどれだけ重要かしっているから、その分堪えられているだけだ。
監視を怠って、敵が接近してきたりすれば、命の危険にさらされるのは、歩哨として警戒に当たっている自分だからな。
と、そんなことを考えつつ、冒険者ギルドへと到着する。
既に、日も暮れて暗くなっていて、冒険者たちは飲みにでていて、受付はがらんとしている。
受付の連中も、清算のためかほとんどが奥の机の方で書き物をしている。
「すまない」
「はい。なんでしょうか? ってタナカ様」
「クォレンはいるか?」
「はい。上にいらっしゃいます。どうぞ」
どうやら、俺の事知っているようですんなりと教えてくれた。
普通は一度確認を取ってから、あるいは、忙しいので、無視して直接行くだけだからな。
まあ、それだけ何度も通って顔が知られているって感じだろう。
そんなことを考えながら、二階へ上がっていくと……。
「どういうことだ? この情報は本当なのか?」
「はい。間違いありません。というか、クォレンさんならこの文字がグランドマスターからとわかるはずですよ?」
「わかっているからそこ、確認を取っているんだ」
なにか面倒な話をしている感じだな。
普通なら遠慮するところだが、ここで冒険者ギルドの動きが鈍るということは、アスタリの町の防衛に関わることなので、確認を取らないといけない。
ということで、遠慮なくドアを開けて入る。
「誰だ!! 勝手に入ってくるな!!」
「よお、クォレン。なかなか面白い話をしているみたいだな。っと」
俺が入ってきた瞬間、クォレンと話していた男がこちらに向かって、問答無用で斬りかかってきた。
「ま、踏み込みはいいが、やる気満々なのが駄目だな」
そう言いつつ、剣を躱し、足を引っかけてひっくり返す。
ドンッ!
「ごふっ」
受け身を取らなかったのか、せき込む男。
そんな、あからさまな隙を見せられたら、やってくれってことだよな。
そう思った俺はナイフを抜いて、その男に……。
「まてっ……」
ドスッ!!
クォレンの制止も聞かずに、ナイフを突き立てる。
床にな。まあ、すぐ横に男の顔があるが。
「もうちょっと、武器を選ぶことだな。ナイフの方が室内ではいいぞ。振りかぶる動作の間に、こうして色々仕掛けられるからな」
室内では、空間が狭いので長物が不利。というのは定番だが、実はそれよりも最大の問題が存在している。
それは、空間が狭いということは、相手、つまり敵までの距離が基本的にかなり短いのだ。
剣を振り回すのに気を遣うということは、よけることも困難ということになる。
そんな中で、ナイフで接近すれば、ブスリ。というわけだ。
今回はこの男がバカであしらえたが、ナイフだと面倒だったかもしれん。
「で、お前さんにまてって言っていた。クォレンの声は聞こえたか?」
「……ああ」
その男はようやく口を開いて返事をする。
「いやいや、タナカ殿に言ったんだよ」
「ん? 俺に大人しく斬られろってか?」
「殺すなって意味だよ。わかってるくせに……」
「そっちも、勝手に入ってきたとはいえ、人を斬りかかるようなバカをまず止めろ。殺されても何も文句は言えないぞ」
「はぁ。俺が悪かった。お前もこの人は敵じゃない。今までの会話で聞いていると思うが、この人がタナカ殿だ」
そう言うと、倒れこんでいた男がようやく身を起こして……。
「……そうですか。この人が、タナカ殿でしたか。失礼いたしました。グランドマスターが言っていた通り恐ろしい人だ」
「恐ろしい?」
「あの、グランドマスターが敵対されたら生き残れないとまで言っていましたから」
「ほほう。あの爺さん、変に俺を評価してくれるな」
やっぱり厄介な爺さんだ。
俺の動きをこうして制限をかけてくるな。
俺の名前が売れると警戒されてくるってことだ。
グランドマスターが認めたとか面倒極まりない。
とはいえ、今はどうしようもないから仕方ない。
「で、何があった、あの爺さんからの連絡だろう?」
「……隠してもいずれわかることか」
俺がそう問い詰めると、クォレンはそう観念して……。
「リテアの聖女ルルア殿が解任された」
「解任? あの聖女様が?」
思ったよりも早かったな。
内部での軋轢があるとはおもったが、もう動いたか。
「理由は?」
「教え子の不始末の責任を取らされたって形だな。あとは、異国のモノにエクストラヒールを教えようとした。これは誰のことか言わなくてもわかるな?」
「ああ、俺たちの事だろう? 実際実演してもらったからな」
というか、ルクセン君が習得してくれたぞ。
まあ、このことは絶対言わないけどな。トラブルの元だ。
「で、教え子の不始末っていうのは?」
「ロシュール王国の第三王女エルジュ様のことだな」
「話が見えない。ロシュールの第三王女エルジュは確か聖女だろう? しかもリリーシュとかいう女神の祝福を受けたとかいう」
「お前。リリーシュ様のことをそんな風に呼び捨てにするな。リテア聖国では嫌な目で見られるぞ」
「そんなことぐらいわかってる。で、話の続きだ。なんで、その王女のことが不始末になっているんだよ?」
「手紙からよれば、エルジュ様が国境のバランスを考えずにいたるところで治療をしたことで、国境の村や町がガルツからロシュールに鞍替えしないかと心配して、ガルツとロシュールの小競り合いが激化としたようだ」
あー、これってまさか……。
「エルジュとかいう聖女が動いたせいで、戦争が始まったって言い分か?」
「そうだ。そしてエルジュ様に手ほどきをしたのは、ルルア様だ」
「だから、聖女から解任っていうのは……無理やり過ぎないか?」
とはいえ、こういう解任劇は、どこからどう見ても無茶苦茶なことが多いよな。
「もともと、聖女ルルア様はリテアを作り上げてきた三大貴族とわだかまりがあったからな……」
「あー、そういう溝が前からあったわけだ。そこら辺の調整が出来てなかったのか。で、当のルルア本人と、後任の聖女はどうなったんだ?」
「ルルア様は降格だけで済んだが、正直それだけで済むとは思えん。後任に関しては三大貴族からアルシュテール様が選ばれたようだ」
「殺されずにすんだのか。意外だな。すぐに殺されるかと思ったぞ」
「そういうわけにもいかん。ルルア様を支持する者も多いからな。聖女を解任しただけでも相当揉めたはずだ。理由も理由だからな」
まあ、無茶な解任理由だからな。内部があれているわけか。
その中であの聖女様を殺せば、解任をしたかった連中が真っ先に疑われるな。
「で、このことは、そのエルジュっていう王女様はしっているのか?」
「知っているわけないだろう。今はエルジュ王女は戦争で傷ついた人々を治療してまわっているからな。一つ所にいないし、こんなことを聞かせて不安定になっても困るだろう」
「ああ、そういう話になるわけか。だが、このままで元聖女様は納得するのか?」
あの女は粘る方に見えたが……。
「納得はしていないだろうな。だが、無暗に暴れるわけにもいかない。解任が正しいことだと思われてしまうからな。とはいえ、何かしら調べて動きを起こすだろうと、グランドマスターは見ているな」
「そうか。……ちっ、厄介なことになったな。これでリテアの援軍が望めなくなったな」
俺がそう悪態をつくと、クォレンが驚きの表情に変わり……。
「ま、まて! その言い分だと魔族が係わっているように聞こえるぞ」
「係わっていないと思う方が逆に不自然だ。この状況の中で無関係だと言い切れるか?」
「……それは、そうだが」
このタイミングで、リテア内部が乱れた。
これは偶然です。って言える方がおかしいわ。
「まあ、偶然なら、偶然の方がいいけどな。これで魔族が動くことはないからな」
「確かにな」
狙っているなら、魔族は動き出す。
しっかり監視をしておかないとな。
それに、もう一台ドローンを飛ばす必要性が出てきたな。
状況的に、聖女ルルアが死ねばさらにリテアは混乱するだろう。下手をすれば内乱だ。
そうなれば、なおのこと、リテアは援軍に来れなくなる。
ということで、聖女ルルアを死なせるわけにはいかなくなったってことだ。
ドローンでどうにかなる範囲だけだがな。
少なからず、グランドマスターの爺さんの約束を果たすことになったか……。
「こうなると、ガルツの動きも気になるな。調べてくれ」
「……わかっている」
こうして、俺は冒険者ギルドで非常にまずい情報を仕入れるのだった。
こういう流れで、ルルアは聖女を解任されることになりました。
さあ、ルルアはどう動くのか?
これを聞いた田中たちはどうするのか?
魔族の策略なのか? それとも偶然なのか?
それは……誰が知っているのだろうか。




