第119射:森の砦
森の砦
Side:アキラ・ユウキ
不味い。本当に不味い。
眠い。眠くてたまらない。
寝てはいけないと分かっていても、体が睡眠を求めている。
『ザァァァ……』
そんな俺の耳に、心地よい草原が風でなびく音が聞こえる。
どこかのリラクゼーション映像を見せられているようだが、これはれっきとした、ルーメルの今後の命運を決めるかもしれない大事な仕事中なのだ。
例え、ずっと草原を飛んでいる映像を見つめているだけであっても、これはれっきとした仕事。
だが、心地よい映像と音が俺の眠気を誘う。
昨日、お酒に睡眠薬を仕込まれた時とはまた違う感覚。
これは、そう……。なんか、ひたすらつまらない授業のことを思い出す。
延々とつまらない黒板の板書を見せれている感覚だ。
お昼ご飯も食べて、穏やかな日差しが……。
あ、寝ちゃだめ、なの、に……。
ゴツッ!
意識が途切れた瞬間何かに頭をぶつけて、目を覚ます。
「いっつー……。って、剣の柄かよ」
目の前を見れば、どうやら、持っていた剣の柄に頭を器用にぶつけたようだ。
当たった個所がひりひりする。
「あー、痛てえ」
予期せぬダメージは結構響くもので頭というかおでこをさすっていると、田中さんから声をかけられる。
「結城君。結構いい音したが、大丈夫か?」
「あ、はい。大丈夫です。居眠りして、柄に頭ぶつけただけです」
「ぶつけただけって。そこまでおでこを赤くして置いて、ちょっとだけってのはないだろう」
以外と思い切りぶつけたみたいで、田中さんも心配するレベルだったらしい。
「たんこぶはできてないんですけど。そんなに赤いですか?」
自分が触る感じではたんこぶができるほどではないはずなんだけど……。
「まあ、そこまではないけどな。眠いなら無理しなくていいんだぞ? そこのヨフィアみたいにぐっすり寝るのも悪くない。ミスは避けてほしいからな」
そう言って田中さんが視線を向ける先には、ぐっすりと寝ているヨフィアさんがいる。
ヨフィアさんは俺とペアを組んでいたんだけど、早々にこの穏やかな風景を見つめて寝てしまったのだ。
とはいえ、無理に起こすつもりはない。ヨフィアさんはいつもメイドの仕事をちゃんとしているんだから、こんな催眠術紛いの仕事を無理に頑張る必要はない。
ここはいつも助けてもらっている俺たちが頑張るつもりなんだ。だから……。
「いえ、頑張ります。だからちょっと眠気覚ましに外の風浴びてきていいですか?」
「おう。それですっきりするならそれがいい。だけど、向き不向きがあるからな。きつかったらさっさと寝ろ」
「はい、そうします」
ここまでして眠いなら、逆に迷惑だよな。
「どうせ、元からこういう画面監視とか確認作業は、小刻みに交代をして集中力が途切れないようにするのが普通だからな。今回はちょっと大変そうだから無理してもらっているだけだ」
「そんなもんなんですか?」
「そんなもんだ。とはいえ、ずっと居眠りを続けるようだと、ほかの連中から反感を買うからな。そこらへんは難しいことだな。と、引き留めたな。行ってこい」
「はい。行ってきます」
そう言って俺は宿のテラスの方へと足を運び風を浴びるとあることに気が付く。
「もう、夜か」
気が付けば、昼食からもどって、少し休憩のあと映像解析を再開したんだけど、思いのほか頑張っていたみたいだ。
だから、田中さんも無理するなって、言ってたのか。
お昼の休憩からだから、えーと5時間ぐらいか。
で、映像は3倍速だから、15時間ってところか、午前中の2時間と合わせて21時間か。
まだまだ草原は続いているから、下手すると、残りもずっと草原なのかもしれないなー。
飛ばしたのは、宝石事件の夜だから、2日ぐらいしか経ってないからな。
そう思うと、なんかやる気が萎えるよな……。
いやいや、しっかりしないと。自分でやるって決めたんだし。
「しっかりしろ、俺」
そう言って、俺は両手で頬を叩く。
結構気合いを入れて叩いたので、頬が痛いが、そのおかげで目が覚めた。
「よしっ。じゃ、戻って続きだな」
案外もうすぐ草原を抜けて、魔族の砦に到着するかもしれない。
そう意気込んで、部屋に戻ると意外なことに……。
「あ、晃。戻って来たんだ」
「アキラさんよかったです。今呼びに行こうとしていた所ですよ」
そんな風に言ってくるのは光と撫子。
確か俺が出る前は二人とも休んでいたはずだ。
というか……。
「いったいですよ、カチュア先輩!?」
「主たちを放っておいて寝るメイドいますか」
「ここにいまーすって、冗談、冗談ですから!?」
あれだけ爆睡していたヨフィアさんも目を覚ましていた。
一体何が起こっているのだろうか?
とりあえず、光と撫子に話を聞いてみる。
「夜風を浴びに行っている間に何があったんだ?」
「それがさ、田中さんが飛ばしているドローンがリアルタイムで魔族の砦らしきところを見つけたみたいなんだ」
「え!? 本当か?」
「今、それを確認中です。ただの廃棄された砦ということもあり得ますが」
あー、廃棄された建物とかならありそうだよな。
とりあえず、見てみようかと思って、田中さんが見ているモニターのところへ行ってみると……。
「お、本当になんか森の中にある建物ですね」
さっきまで見ていた草原とは違って森が広がっている。
幸い、月明りのお陰で、砦の輪郭がうっすらとわかる。
「ん? ああ、結城君。戻ったのか」
「はい。なんか発見したみたいで」
「ああ、ドローンはつい6時間程前から森に入ってたからな。そこからは俺が慎重に進めていた」
「へー、6時間前っていうと、この映像は結構森の奥ですね」
「だな。ドローンは空だから、木々に移動を邪魔されるわけもないからな。実際この場所まで行くとなると、かなり大変だな。おそらく、ドローンが6時間も進んだ道を人が行くとなると3倍、4倍は時間がかかるだろうな」
そうなると、大体24時間か。
丸一日って言うのは近いのか遠いのかよくわからないな。
「ま、距離のことはいい。今、全部のモニターとつないだから、各自モニターの前で確認してくれ」
そう言われて、俺たちは各自モニターの前に来る。
「おー、確かに、森の中に砦がありますねー」
俺の横からヨフィアさんがモニターをのぞき込む。
どうやら、本当に起きたようだ。
「大丈夫ですか? 眠くないですか?」
「いえいえ、退屈な映像だとアレですけど、今なら問題ないですよ。しかし、これが今ドローンっていうものが見ている光景っていうのはすごいですね」
「そういえば、そうだな。よくこんな遠い距離まで電波が届いているな」
あ、でも、電波というか、魔力で操っているみたいな話を田中さんから聞いたな。
魔力ってのは電気よりも便利なのかもしれない。
と、そんなことを考えていると、ヨフィアさんが声を上げる。
「あ、この道って、話にあった古びた街道ですかね? タナカさん見えましたー?」
「おう。こっちだな」
田中さんはヨフィアさんが言った道を映すためにドローンを動かすと……。
「おー、確かに道だ」
「本当ですわね。確かに古びてはいますが、道があります」
「……ここが叔父様たちが通った道ですか」
「かなり立派ですね」
確かに、そこには立派な……とは言いづらいが確かに道が奥まで続いている。
既に風化して敷いた石畳は所々割れていて、土がむき出しの所からは草が生えている。
「この道を見つけた前王が警戒したというのもよくわかります」
「ですな。この道を見て何もしないというわけにもいかないでしょう」
リカルドさんやキシュアさんは、モニターに映る古びているとはいえ、立派だった道に対して、警戒をしている感じだ。
まあ、ここを通って軍勢が来るかもって考えると、怖いよな。
「まあ、この道はそこまで長くはないな」
田中さんがそう言って、ドローンをさらに上昇させつつ、道をたどると、5分も経たないうちに立派だった道が途切れいてるのが見える。
「どうやら、ここで工事をやめたみたいだな。切り株とか、木材、土を掘り返した跡が残っている」
確かに、そんな跡がモニターには映っている。
再開をした様子もない。
その放置された期間もかなりのモノみたいで、かなりボロボロだ。
「見た感じは、活動を再開している感じはしないな。ここは後でまた映像解析で見るとして、今度は砦の方だな」
道を戻り、今度は砦を映す。
立派な砦で……よく見れば光が灯っていた。
「光があるねー」
「今日は月明りで明るいですし、遠くてわかりませんでしたが、よく見れば、確かに光が見えますね」
「あの、光の揺れかたからすると、松明ですね~」
「タナカ殿、近づけますか?」
「今日は月夜のおかげで、辺りは見やすいが、こっちが発見される恐れも高い。お姫さんには悪いが、雲で影ができるまでは、倍率アップで様子を見るしかできんな」
確かに、これだけ遠くからはっきりと、砦の様子が見えるんだから、田中さんのドローンも発見される恐れがあるよな。
まあ、それでもカメラの倍率アップで十分に拡大できるんだけど。
「あ、人だ。ほら、光が見える反対側にある影って人じゃない?」
「本当に人がいますわね」
「良く見えるな光。俺、言われて気が付いたよ」
「なんか、夜目が効くんだよねー」
光に言われて気が付く。
確かに人影らしきものがある。
「しかし、不思議ですな。この砦が軍事施設というのであれば、防衛体制がよろしくないですな。普通であれば、こういう砦の門には常にたき火を焚いているモノですが……」
「リカルド殿の言う通りですね。確かに、ここまでの砦にしては状況がおかしいです。もっと分かり易く兵士がいてもいいと思いますが」
リカルドさんやキシュアさんの言う通り、砦にはパッと見た感じ、灯りがあるのは数か所だけ、しかも、良く目を凝らさないと分からない程度。
守るべき門の所は、門を閉ざしていて、兵士もいなくて守っているようには見えない。
「まあ、森の中だからな。魔物に警戒しているとかは、あるかもな」
「あー、そっか。別に魔族の人たちは完全に魔物を操れるってわけじゃないもんね」
「ですわね。となると、光を少なくし森の魔物を刺激しないようにしているということですね」
「ま、俺の予想が当たっていればな。別の理由もあるかもしれない。と、月が隠れたな。接近する」
確かに、辺りが暗くなって良く見えなくなった。
というか、こんな暗さの中普通にドローンって操縦できるものなのかと驚いていると、よく見たら、田中さんのドローン操縦モニターには、高度とか障害物のマークなんかがあったのを思い出した。
凄いなー、最近のドローンって。
そんなことを考えていると、田中さんがドローンを操縦しながらつぶやく。
「まずは、魔族かどうか調べないといけないからな。案外、他の国の隠し砦だったりしてな」
「そんな冗談はやめてください。そうなれば、なおの事問題です」
お姫様は、田中さんの冗談に真剣に抗議する。
まあ、魔族以外でもかなりの大問題だよな。
そんなやり取りをしている内に、ドローンは砦の真上に移動する。
先ほどまで遠くから観察しているだけだったが、これならより詳しく砦を調べられる位置だ。
「ふーん。この砦は街道がある壁を第一防壁として、もう一個防壁があってさらに奥に砦が存在するな。こりゃー、普通に攻めようとしたら苦労するだろうな」
暗くてよくわからないけど、田中さんの言うように確かに、防壁が2つあって砦が存在している。
遠目に見ただけじゃ全部一緒の施設に見えたからな。
あとはどれだけ詳しく調べられるか、と思っていると、ドローンが動き出して砦が遠ざかっていく。
「さて、とりあえず。ここは通り過ぎるぞ。このまま敵の本拠地を見てみようじゃないか」
「「「……」」」
田中さんの発想に皆、驚きで固まってしまっていた。
いや、良く考えれば、敵の本拠地が分かるに越したことはないよな。
目的を見失わないように。
森の砦があったからといって、それに固執することは間違いという話。
買い物に行って、ふらふらして違うもの買ったりしないようにね?
特に年末だし。