第11射:闇夜に走る
闇夜に走る
Side:タダノリ・タナカ
「あー、返り血は落ちにくいなー」
陽が落ちた暗がりの中、俺はそう言いながら、血で汚れた袖を、宿の裏の井戸で洗っていた。
結城君たちは今日のスライム狩りに懲りたのか、部屋に集まって、明日はどんな仕事を受けるのかを真剣に話し合っている。
俺に任せっきりだったという自覚が出て何よりだ。
自分たちで頑張ってくれればなにより。お陰で、俺も仕事に専念できるからな。
「……タナカ殿。その血は」
「襲われたのですか?」
「ああ。というかよくわかったな」
俺の洗い物になぜかついてきた2人、リカルドとキシュアは、やはりというか、俺の袖についていた血痕の意味に気が付いていたか。
「タナカ殿の戦闘は今まで身をもって知っていましたし、見ていましたからな」
「ええ、貴方がゴブリンやウルフごときで返り血を浴びるような真似はしないでしょう」
「いやいや、実は、ウルフを退治した後、魔石を回収しようとしたときに血が付いたみたいでな」
「そんなわかりやすい嘘はつかなくてもいいです」
「そんなことをしてまでお金を稼ぐ必要性は今ありませんからね」
これでごまかせるならそれでいいかなと思っていた、流石にごまかされなかったか。
ま、この2人にわざわざ隠す理由もないか。
「説明する前に、結城君たちにはヨフィアはついているのか?」
「はい。というか、彼らが襲われることはほぼないでしょう」
「ええ。だから、襲われたのはタナカ殿だった。違いますか?」
「ま、そうだろうな。というか、ここ一週間店で働いてた間わかりやすいほど視線を向けてきてたからな」
そう、切っ掛けというか、俺の炙り出しに引っかかったのは、今日ではなく、町の中で働き始めた時からだ。
あからさまに、俺たちの動向を監視していたから、リカルドたちにそれとなく尋ねたが知らない顔だというし、これは本当に厄介払いでリカルドたちの始末にきたか? と思っていたんだが、どうやら、店の裏で水を汲んでいる俺の監視に力を入れていたので、目標は俺らしいとあたりを付けた。
「それで、今日ぶらりと、結城君たちから離れてみたら、ドンピシャ襲ってきたわけだ」
「相手は?」
「木に吊るしてある。魔物除けの香水をぶっかけてきたからまだ生きてるだろう」
「は? 生きてるのですか?」
「そりゃ、情報収集したいからな。ま、死んでたらそれまでだ。一応、喋るとは思わんが、今からお話を聞きに行ってくるが、ついてくるか?」
「「……」」
流石にあの場で拷問さんは出来なかったからな。
仕方なく袋に詰め込んで、吊るしただけだ。麻の袋だから窒息はしないだろう。
仲間がいれば回収されてるかもしれないがな。
それはそれで、俺にとって好都合なんだよな。
「……キシュアは戻ったか」
「ええ。万が一のため、勇者様たちの護衛に戻りました」
俺はリカルドと二人で町を抜け出し、森へと走っていた。
「タナカ殿。……心当たりは?」
「ごまんとあるな。お前もその一人だ」
「い、いやそれは!!」
「冗談だ。だが、こっちに来てからの人付き合いはそこまでない。なら、リカルド、お前も大体予想ができているだろう?」
そう、元々傭兵稼業をしていた俺には恨まれる理由はごまんとある。
が、それは地球での話で、こっちではそういう因縁はない。
そして、こっちでの人脈なんてたかが知れている。
「……」
リカルドも薄々わかっているのだろう。
「そう。姫さんだ」
ま、それぐらいしかないわな。
姫さんがかなりお怒りなのは最初からわかっていたし、うっぷんを晴らすはずの近衛隊は俺がボコボコに返り討ちにして、飼いならした。
その成果のおかげで、城内で俺に面と向かって喧嘩を売ってくるやつはいなくなった。
なにせ、勇者でなくても、異常に強い人材が手に入ったことが分かったんだからな。
当初は、俺が役立たずで、文句ばかり言ってくるから排斥しようとしたわけで、役立たずでないとわかれば、特に文句もいいようがない。
だが、それは国としての良し悪しなだけで、面と向かって侮辱されたと思っている姫さんはそう簡単に納得できるわけもない。
だから、俺たちが、城の外で訓練を積み、さらに護衛の兵が少なくなった、スライム捕獲の仕事を狙って襲ってきたってところだろう。
「姫様が犯人だとはっきりわかればどうするのですか?」
「心配するな。別に殺しはしない。それを利用するだけだ。ある意味感謝もしたいぐらいだからな」
「それはどういう?」
そんな話をしているうちに、俺が吊るしていた場所に到着する。
「んー!? んー!!」
どうやら、既に目を覚ましていたのか、必死に袋のまま暴れているようだな。
とりあえず、俺は何も声を掛けずに、その人の入った宙づりの袋をそこらへんにあった棒を持って殴る。
大体、腹部当たりに綺麗に入る。
麻の袋もそれなりに固いので、感触からして、命に係わるものでもないだろう。
「ごほっ!?」
とは言っても、咳き込む程度にはダメージが入ったらしい。
「さて、ここは森の中なんでな。騒がれると面倒なんだ。俺とお話するか、それともこのまま滅多打ちにされて死ぬかどっちがいい?」
「んー!? んー!?」
「うるさい」
また騒ぎ始めたので、もう一度二度殴って大人しくさせる。
そこであることを思い出す。
「ああ、そうか、返事の仕方を決めてなかったな。肯定なら無言、否定なら騒ぐにしよう。いいか?」
「……」
相手は沈黙で答える。
「よし。じゃあ、今から降ろす。大人しくしておけ」
俺はそう言うなり、ナイフでささっと、ロープを切る。
すると当然、重力に従い、人という重量物が入った袋は地面へと落ちる。
「んぐ!? ぐうう……」
その衝撃で中の奴は声を上げ、悶絶しているようだ。
俺がわざわざ受け止めるとでも思ったのか? バカな奴。
そんなバカが悶絶しているのを無視して、足だけ出ている結び目を切り袋を外す。
すると、中から、風体の悪い男が出てきた。
「リカルド。見覚えはあるか?」
「いや、ありませんな。このような身なりからするに、スラムの人間かと」
ま、予想通りだな。
貴族で近衛隊長だったリカルドがこんなやつと知り合いなわけがないか。
知り合いだったら、褒めてやれたんだがなー。
代わりに、警戒度が上がるけどな。
そういう意味では、良かったのかもしれんな。
そんなことを考えていると、ようやく痛みがおさまってきたのか、縛られた男は俺たちに視線を向ける。
「いいか。今から口を自由にするが、騒げば殺す。いいな?」
俺がそういうと、頷く。
それを見てから、口に噛ませていた布を外す。
「……俺をどうするつもりだ」
「どうするもなにも、俺を襲っておいて、わからないのか? 誰から頼まれた?」
「……」
「だんまりか。ま、別にそれもいい。人を殺そうとしたんだから、殺される覚悟もあるだろうからな」
俺はそう言って、ナイフを抜くと、男は慌てて口を開く。
「ち、違う!! 殺すつもりはなかった!!」
「そんな言い訳が通じると思ったか? もっとましなこと言え」
俺はそう言うと、トスッと胸にナイフを突き刺す。
「ああああ……!?」
「おいおい、暴れるなよ、つい深くまで刺してしまうだろう?」
そう言いながら、グリッとナイフを捻る。
するとあら不思議、傷口が広がって血が溢れてくる。
「いがぁあぁ!!?」
痛そうな声をだすが、まだまだマシだ。
それは、顔面と指を丁寧に踏み砕かれたリカルドが動じていないのが証拠だろう。
ただ、異物が体に突き刺さった程度だからな。致命傷でもなんでもない。
しかも、この世界には……。
「ああ、心配するな。ちゃんと喋ってくれるならポーションがあるからな。治療してやる。そして解放だ。悪い話じゃないだろう? 報告では、ずっと勇者様たちと一緒で手出しできなかったでいいだろうしな。次の日も狙ってみるでいいだろう」
「……だが、結局俺は仕事を達成できない。それでは、殺される」
なるほど、口封じはちゃんとする組織か。の割には、大したことのない奴が来たな……。
俺を舐めてるのか、それとも試しているのか……。
……ふむ、試すか。
「よし」
俺はそう言って、男の縄を全て切った。
「……どういうつもりだ」
「ん。お前を殺すのはやめただけだ。運が良ければ逃げ切れるかもな。それとも、俺に殺されてくれるか? ほれ、ポーションだ」
「……ちっ。礼は言わんぞ」
男は舌打ちした後、すぐに、ナイフを抜いて、ポーションをふりかけ、傷を癒しその場を離れて行った。
「なぜ?」
リカルドは俺の行動が理解できないのか、困惑した顔だ。
「ん。あのまま情報を聞き出しても、本当かどうかわからんからな。試すことにした」
「試すですか?」
「ああ、あいつがこのまま逃げるのか、それとも情報を流すのかな。誰と会うのか楽しみだ」
「つまり、泳がせたと? しかし、追いかける人員がいたのですか? それとも今から追いかけるのですか?」
「ま、そこは秘密だ。とりあえず。誰かが動いてるのはわかったからな。俺を狙ったと分かりやすく教えてくれたしな。殺すつもりはなかっただとさ。笑えるな。誰かから雇われたと白状してくれた」
「いいのですか? 口を封じておけば……」
「別にあれを殺しても次が送り込まれてくるだけだろうからな。あれは生かして泳がせた方が、俺にとっては都合がいいと判断した」
「そうですか。タナカ殿がそう言うのならそれがいいのでしょう。で、これからどうしますか?」
「さっさと戻ろう。幸い、血はつかなかったみたいだしな。帰ってすぐ寝られるだろう。ああ、リカルドも血がついてないか確認しとけよ。疑われるぞ?」
「はっ」
そんなことを話しながら、俺たちは特に問題なく、宿に戻り個別の部屋に戻ってゆっくり休む……わけもなく。
「さてと……」
俺はスキルを使ってタブレットを呼び出し、逃がした男につけている発信機兼盗聴器を起動させる。
男は逃がすと、町にいったん戻ったようで、タブレットの簡易MAP内では直線距離で2キロほど離れた、スラム街にいた。
『……つは、勇者たちと離れなかった。引き続き明日狙ってみる』
『そうか。情報通り、勇者の腰ぎんちゃくか』
お、ありがたいことに雇い主か上司か知らんが話し合い中か。
『……しかし、不思議だ。あんな奴を始末することが出来ないのか?』
『依頼人は依頼人の事情がある。詮索はするな。仕事が出来れば報酬は支払う。それとも命を無くすか?』
『いや、引き続き仕事をする』
『ああ』
ふむ。場所は把握した。
逃がした男は俺が言った手段にでたようだが、明日には逃げるのか?
ま、あそこが本拠地ではないと思うが、明日にでも調べに行ってみるか。
「しかし、魔力代用って言うのは、物質だけじゃなく、電気も兼ねているとは有り難いよな」
そう、魔力代用スキルは電力も賄えることが、ここ1、2週間で調べが付いた。
しかも、電波も魔力で代用しているようで、盗聴器や発信機の無線電波ではこんなにはっきり聞こえるわけもないのに、はっきりと聞こえる。
電波の上位互換みたいな存在らしい、魔力で代用するというのは。
おかげで、色々立ち回りが楽になるよな。
「さて、明日の為にそろそろ寝るかね」
俺は、タブレットをしまって眠るのだった。
田中のスキルは現代地球の道具、技術を魔力で補って使うことができるようだ。
出せないモノもあるが、このレベルの道具を呼び出せるなら、基本的にはやりたい放題となるでしょう。
そして、刺客を送ってきたのは本当に姫さんなのか!!
田中はどう動くのか!!