第109射:一安心と偵察
一安心と偵察
Side:タダノリ・タナカ
「「……」」
資料を握りしめたまま沈黙するルクセン君と大和君。ショックなのかね?
確かに、お姫さんが見た未来は避けられそうにない。
魔族が大軍でやってくる条件は整っていたというわけだ。
とは言え、開戦したわけでもないのだ。
というか、戦いの兆しすらない。
戦いが起こるにしても、まだまだ先の話だし、諦めるには早すぎる。
「さて、あとはこの情報を利用してどう動くかだな」
俺がそう言うと、驚いた顔でこちらを見つめている。
「おいおい。本当に諦めていたのか? 別に道があるだけだ。軍が進んできているわけじゃない。道も案外、これから魔族が人と交流をしようとか思って作っている可能性も十分にある。ほれ、魔族の村とかあっただろう? ああいう村の移住者たちはあの道を通って、きっと村を切り開いたんだろう」
あの村長のことだ、きっとこの道のことも知っていたんだろうな。
とは言え、これを自力で見つけられないと話にならないとも思っていたんだろうな。
俺も同意だ。この程度の情報を集められないで、戦争回避とかチャンチャラおかしいからな。
「そっか、その可能性もあるよね」
「まだ、終わったわけではありませんのね」
「そうそう。まだ始まったばかりだ。というか道が見つかった。そこをたどれば魔族の拠点にたどり着いて、魔王にも会えるかもしれない。そこをどうするかってところだな」
話が付けられれば、戦争をせずに済むかもしれないということだ。
とは言え、それがどれだけ難しいかは2人ともわかっているようで……。
「……慎重にいった方がいいよね?」
「ですわね。私たちが失敗して、戦争勃発なんて最悪ですから」
そう。平和の道に見えるが、逆に戦争勃発の要因でもあるわけだ。
光明が見えたとはいえ、それは一歩間違えば暗闇の中に真っ逆さまという綱渡りだ。
「ま、慎重になるのはいいぞ。今回みたいに安易にポンポンモノに触って正気を失うのは勘弁してほしいからな」
「えー? でもさ、その時って色々家具の中身調べてたんでしょう? 流石に不可抗力でしょう?」
「そういえば、いったい原因は何だったのでしょうか? 宝石といっていましたが、人の意識を奪うような道具が存在するのでしょうか?」
「あー、あの宝石はかなり特殊らしい。植物タイプの魔物で人が好きな香りを出すタイプがいて、その魔石を利用して作った宝石らしくてな、あんな効果が出るなんてのは初めて知ったようだぞ」
本来は、魔石はそのまま魔道具の電池みたいに消費されたり、魔道具の材料に使われるのだが、前王が倒したのはかなり大型のやつで魔石もそれなりに大きく記念に加工したのだそうだ。
とは言え、記念品となってそのまま仕舞っていたらしい。
それが、今回日の目を見てこうなったそうだ。
「ただ運がないだけー?」
「みたいだな。まあ、人を魅了するというか女性を魅了する能力があるみたいだから、今後の悪用を避けるため、俺が粉砕しておいた」
「え!? いいんですか? 一応、遺品なのでしょう?」
「あからさまに、女性の意識を奪うタイプだからな、悪用しか思いつかないってことで王もさっさと手放すことを認めてくれたぞ。裏切りとかの誘発にも使えそうだからな」
アレを悪用したら、被害がトンデモないからな。
とは言え、制御はできそうにもないから、悪用する側も大変だろうが。
あんな自爆の可能性を秘めた道具は壊しておくに限る。
研究者とかは欲しがるだろうが、別に俺は研究者じゃないからな。
「あー、そっか。って、僕たち変なことされてない!? 全然記憶がないんだけど!?」
「そこは心配するな。特に何もない。言っただろう? 俺たちは大慌てで後始末に奔走したって、そして正気を失っている勇者に攻撃されたくないからな。ほかのメイドとかも近寄らないように言っておいた」
「だから、メイドさんたちが近くにいなかったんだね」
「というか、敵味方の区別が付かないほど正気を失っていたんですか?」
「ああ、かなりやばかった。だから、気絶させたんだよ。宝石から引き離してもやばい魔術撃たれたら辺り一帯消し飛ぶからな」
「そこまで……」
「そういうことで、体の心配はするな。綺麗なままだから」
命を懸けて襲いに行くやつは、このルーメルに今はいない。
勇者という戦力を失いたくはないからな。
「なんか色々微妙だけど、安心したよ」
「しかし、そうなるとヨフィアさんたちはどうなっているのでしょうか? 無事なのでしょうか?」
「そこはわからん。あれから気絶したままだな。ああ、もちろん隔離はしてある。2人程とは言わないが、それなりに、あの3人も実力や立場はあるからな。下手な行動を起こされるとまずい。まあ、2人が起きたんだから、そこまで心配する必要はないだろうさ」
元凶の宝石もぶっ壊しているしな。
いずれ目を覚ますだろう。
目が覚めないのであれば、何か方法を考える。
それだけのことだ。
「他の3人が無事なのが分かるのも夜が明けてからだしな。今から起こす必要もないだろう。下手したら、夜中にまた騒ぎだ」
「そっか。そうだよね。今は夜だし、もうひと眠りする?」
「そうですわね。謎は解けましたし、あとはゆっくり休みましょう」
そう言って2人が立って出て行こうとすると……。
ぐぎゅるるる……。
豪快にお腹が鳴った音が響く。
深夜なのもあって、言い訳ができないほど明確に聞こえた。
音源は目の前の女性2人。
これが俺なら笑って腹減ったといえば終わるんだが、そうもいかんよな。
とりあえず、それを示すように2人は無言で佇んでいる。
「「……」」
まあ、昼ご飯、夕ご飯も結局食べないで、そのまま夜まで寝ていたんだから、お腹が減るのは当然だ。
このままで帰すのもあれなので、俺の魔力代用スキルで軽い軽食を出す。
「ほれ」
俺は出した軽食を2人に投げ渡す。
世界的に有名なインスタント食品だ。
「うわっと!?」
「これは、カップラーメンですか?」
「その通り。夜食にはこれが一番だからな。どうせ朝起きたらまた朝食だから、軽くで我慢しておけ。ああ、お湯は自分たちで出せるか?」
「うん。問題無し。やったねー。今日はラーメンだー!!」
「こういう物も出せるんですね。ますます不思議な力ですね。田中さんの能力は」
「不思議だな。俺のスキルはどこまでできるか調査はまだまだこれからだな。とは言え、今は楽に飯が食えることに感謝しとけ」
「うん、ありがとう田中さん。これで朝まで我慢しなくて済むよ」
「そうですわね。助かりましたわ」
そうお礼を言って立ち去ろうとするが、俺は追加を投げる。
「待った。それは昼の分だ。次は夕ご飯の分な」
同じくカップラーメンだが、もちろん種類が違う。
「こっちは味噌味かー」
「こっちはうどんですわね。でも、一食には多いのでは?」
「そうか? 昼食べ損ねた分もあるから、そこは個人個人でお好みでな」
「僕は食べるよー。撫子食べないならちょーだい?」
「……これを食べて寝ると、ニキビができますわよ?」
「ふふーん!! そんなのは魔術で治せばいいのさ!!」
「あっ、なるほど!! それは良いことを聞きました。なら、私も二つ食べます」
なるほど、ニキビを潰して、即効回復魔術で治すってことか。
すごいのか、無駄なのかさっぱりわからんが、大和君にとっては名案に聞こえたようだ。
「あれ? しまった!? 僕のモノにならなかった!!」
「バカやってないで、さっさと食って寝ろ。朝の時間は変わらないからな」
「はーい」
「わかりました。おやすみなさい」
「おう。お休み」
そんな感じで2人を見送って、扉を閉めて一言。
「ニキビは治せるかもしれないが、体重ってどうなるんだろうな?」
という禁断の言葉を吐いて、俺はベッドに腰を掛ける。
「さて、ルクセン君に大和君は無事に目を覚ましたか」
軽く二人には大騒動だと話していたが、実はそれ以上の騒ぎだった。
なにせ、お姫さんに勇者2人が昏倒していたんだからな。
魔族の襲撃かといわれたぐらいだ。
マノジルも大慌てで倒れた連中の診察にあたったし、そういう意味では、綺麗な体ではいられなかったのかもな。
ま、結局は俺が宝石をぶち壊して終わりだ。
宝石を利用しようという声もあったが、面倒にしかならないという意見もあり、話し合いが紛糾したのだ。
というか、実験のために宝石に近づいて正気を失ったメイドも5人もいたので、あの宝石の麻薬っぷりは凄まじいものがある。
まあ、犠牲になったメイドさんのおかげで、近づいていた時間に比例して正気をなくしている時間が長くなるというのが分かったのだ。
だから、こんな時間に2人は起きたんだろう。
となると、ヨフィアたちも目を覚ましている可能性があるな。とは言え、向こうは普通に朝を待つだろうな。
「はぁ、そのおかげで、この資料のことが遅れたんだがな。おかげでこんな時間まで話し合いだ」
俺はそう言って、ルクセン君たちに渡した、魔族の拠点について書かれた資料を読み直す。
残念なことに、よく読み直しても、最初に読んだ時以上の情報は出てこなかったんだが。それでも見落としがないかと目を通すが、やっぱり砦みたいなものがある以上のことは記されていない。
「となると、ここから調べていくしかないんだが……」
ルクセン君たちが言ったように、慎重に動かないと敵対行動と受け止められかねないんだよな。
しかも、前王たちが進軍したルートだ。防衛を固めていないわけがない。必ず防衛の兵士がいるだろう。
そこにのこのこ顔をだして、魔族の拠点、町に行きたいと言っても通してくれる可能性は低いよな。
というか、普通ならどのみち殺されるな。
国境をうろつく敵対国の人なんざ、とらえて情報を吐かせて始末するに限る。
内に入れるのも、逃がすのも危険だからな。
「人が駄目となると、無人の偵察機。ドローンか。わかってはいたが、こいつに頼るしかなさそうだな」
俺はそう言って、出現させたドローンを見る。
いや、本当に便利になったもんだ。
コイツにはカメラが内蔵されているから飛ばせば、それだけで確認はできる。
まあ、確認ができるだけで、無血での和解につながるわけじゃないんだが。
「何もやらないよりはましだな」
敵の航空関連の関心もわかるだろうし、悪いことではないだろう。
ありがたいことにこの機体はぶっ壊れようが、墜落しようが、消すのはいつでもできるという、偵察におあつらえ向きの状態だからな。
「ついでに、最長記録の更新というこうか」
俺はそう言って、ドローンを闇夜に飛ばして、カメラの映像を確認する。
夜間カメラの作動も問題なし、暗視も動いている。
何度も思うがどういう理屈だろうな。
さて、高度は500mぐらいで、あとはひたすら進むだけだな。
魔族が作ったとされる道までは、それなりに遠い。
「進軍路の確認でもさせてもらおう」
何かあっても進軍ルートの守りを固めれば対処は可能だろうからな。
とはいえ、馬車で数日はかかるところなので、今日飛ばしてすぐに到着とはいかんだろうし、のんびりいこう。
問題点は手動でしか進めないんだよな。
オートパイロット機能はGPSがいるからな。
このドローンにもそういう機能はあるが、GPSはこの世界に存在しないので使えないのだ。
魔力が電力、電波の代わりになっているのは何となく理解したが、GPSはまだ無理だな。
こうして、俺は人知れず偵察を開始するのであった。
夜のラーメンって美味しいよね!
そして、超便利ドローンによる単独偵察を開始、そこから一体どんな情報が得られるのか。
魔族の動きは? 戦争か? それとも……。




