第103射:夜の煙
夜の煙
Side:タダノリ・タナカ
「ふぅ……」
息を吐くと、一緒に肺に入った煙が押し出される。
それは、夜の空に吸い込まれて消えていく。
いやぁー、静かなのはいいねぇ。
俺はそんなことを思いながらタバコを吹かしていると、不意に後ろから足音がする。
「どうした?」
「どうしたじゃありませんよぉー。なんでアキラさんたちにあんな選択を任せたんですかぁー?」
後ろから聞こえてきた声はヨフィアのモノだ。
先ほどの宰相の尋問から始まった、最後の選択のことを責めているようだ。
「なんでって、あの子たちは子供じゃないからな。一応元服は過ぎているし」
「元服?」
「成人って意味だよ。ただ義務教育をぬけて間もないから、子供といわれるけどな」
だが、あの頃の年になれば自分で色々と決められる。
あれだな、子供と大人の中間ってやつだ。
しかしながら、俺に文句があるのか、ヨフィアはまだ不満そうな顔だ。
「でも、まだ子供だということに変わりないんじゃ……」
「ヨフィアの言う通り、まだ子供といっていいな」
「なら……」
「といってもな。子供と大人の境ってのは世間が決めるもんじゃない。勝手に大人になっていくし、体だけ大きくなっていつまでも子供のやつも存在する。それは冒険者で生きてきたお前の方がよく知っているだろう?」
「……」
「というか、ヨフィア。この話、どうなると思っている?」
「……正直わかりません」
「だよな。若者がどういう道を選ぶかさっぱりわからん。臆病風に吹かれて逃げの一手か、それとも勇敢に戦って散るか、案外面白い作戦を思いつく可能性だってある。俺たちが勝手に決めて結城君たちの選択肢を奪うことはないだろうさ」
俺はそう言って、大きく煙を吐く。
「それで間違った選択をするかもしれませんよ? 死ぬかもしれないんですよ?」
「人生なんて、そんなもんだろう」
そうそう、人生なんてそんなもん。
一歩間違えば死体になる。
そんな世界だ。
だが、意外にヨフィアが食い下がってくる。
「……やっぱり、タナカさんといると彼らは死地に向かう」
しかも、俺が悪者扱いだ。
「それは言いがかりだ。どう見ても、宰相とお姫さん、そしてルーメル王国の責任だろう? 俺のどこに責任がある?」
「タナカさんがいるから、彼らは自分たちの力を過信する。貴方は大きすぎる。自覚しているんじゃないんですか?」
「俺が大きいね。そりゃ勘違いだ。俺だってけがはするし、急所を突かれれば死ぬ。ただの人だ」
ったく、俺を不死身のスーパーソルジャーみたいにいうな。
俺はそんな死にたがりじゃない。
「というか、結城君たちが俺を頼りにする。それも別に間違いじゃない。俺を説得、納得させるだけの内容なら価値がある。違うか?」
「あいかわらず、良く回る口ですねー。本当に腹が立つよ。あんた」
「おうおう。素が出てきたな。しかしまあ、お前もそれだけ結城君が好きなんだなー」
いや、あのガキどもの何がいいのやら。
俺にとっちゃ、地球に戻った時のお守り替わりレベルなんだが。
ああ、最近は勇者としてのスキルは使えるから、そこら辺での評価はできるか。
まあ、友人として迷惑が掛からない程度に接するならいいぐらいにしか思っていない。
「血と戦いだけのあんたにはわからないよ。あと、私の素はあっちだ」
「そうか。それはすまなかったな。とはいえ、俺を責めても状況は変わらんぞ。もしかしたらなにかすごい名案が浮かんで、無血で終わるかもしれないが……」
「それは限りなく可能性が低いね。じゃなくて、低いですよー。だから、文句を言いにきたんですよー。アキラさんたちはきっと立ち向かうことを選択します」
あの性格で、あの村と話を聞いて、逃げに徹するようなら最初から逃げ出している。
異世界に連れてこられて、戦えと言われて戦えるわけないのだ。
戦いが駄目な奴はどうしたって駄目だ。そんな人種は必ずいる。
だからこそ、結城君たちは逃げずに何か解決する方法を模索するだろう。
「そう思うよな。俺も同意だ。だからこそ結城君たちの意見を聞くんだよ」
「へ?」
「結城君たちの意見を聞かずに勝手に決めたら、知らず知らずのうちに不満がたまる。それがいざというときに爆発して、勝手な行動をとられたらそれこそ助けられない。ついでに意見を聞くことでどの方向に関心があるのかわかるからな。どういう行動を起こすかも予測ができる」
別に何も考え無しで、結城君たちに考えろなんて言わねーよ。
素人の作戦が採用されるなんてそうそうない。
漫画とかドラマの話だけと思ってくれ。
まあ、現場レベルならわからんでもないが、戦略レベルで素人の意見が通ることはほぼありえない。
勇者という立場でモノを言えば言うことを聞くものはいるだろうが、上は俺だからな。アホな作戦は許可しない。
今回の質問は結城君たちの為でもあり、俺がいざという時、手こずらないで済むようにした質問だ。
「ほぇー。そういうことまで考えているんですか?」
「そりゃな。部下の管理というのは、命令を利かせるだけじゃない。メンタルケアも含めてだ」
それができないやつは、基本的に隊長にはなれん。
まあ、例外も存在することは存在するが、そういうのは結果を出すタイプだからな。
あとは、最低採算のとれる組織運営を行わないと傭兵団の団長になることはできない。
そういう意味では、傭兵団は国が運営する軍隊よりよりシビアだ。国から予算が出るわけじゃないからな。
「いや、意外というか、納得というか、そこまで考えてたんですねー。なら、安心かなー?」
「最初は俺が悪いみたいに言っていたのに調子のいいやつだ」
「そりゃー、アキラさんたちを死地に向かわせると思ってましたから。ちゃんと考えているならいいんですよー」
「死地に向かうことには変わりないんだけどな」
「それでも、アキラさんたちを守ろうという意思があるのならいいです。てっきり敵を殺すのが大好きだから、戦うって言うと思いましたから」
「俺をあの女と一緒にするな」
あのジョシーと同じとかやめてくれ。
「あー、なるほど。タナカさんにとっては殺し大好き、戦い大好きってのはあのくそ女になるわけですか」
「そうだ。だから非常に心外だ」
「確かに、あれほどとは思いませんね」
と、そんな話をしている内にタバコが短くなり、もう一本火をつける。
その姿をみてヨフィアが口を開く。
「しかし、よくそんな煙が好きですね。無駄にお金がかかるのに」
「俺にとっての幸せなんだよ」
気が付けば吸っていた。
ガキの頃いつ吸ったのかは覚えていないな。
まあ、唯一の娯楽だったんだろうな。
ふぅーっと煙を吐いていると、今度はお姫さんとメイドが暗闇から現れる。
「お客さんが多いな。俺の至福の一時を邪魔されたくはないんだが……」
「それは申し訳ございませんでした。しかし、あの話の意図を聞きたかったのでこの場に来ました。流石にあの場で、勇者様たちに選択の答えを出せとは言えませんでしたから」
「だろうな」
せかして答えを出してもどうしようもないからな。
いざという時に逃げられたら目も当てられない。
「ま、俺とヨフィアの話を聞いてたんだから、もう用は済んでいるだろう」
こいつらも盗み聞きしていたから一から説明する必要もない。
普段は警戒するんだが、知り合いともなれば、説明が省けて大いに結構。
「……あの言い回しはわざとだというのはわかりましたが、タナカ殿自身のお考えを聞いていません」
「タナカ様ならばある程度、どう対処するか、想像が出来ているのでは?」
「え? なにか良い作戦あるんですか?」
「いや。お前らは俺を何だと思っていやがる。ヨフィアといいお姫さんたちといい。俺は何でもできる便利な人じゃないからな」
全くどいつもこいつも……。
とは言え、手がないわけではない。
しかし、その時は本当によほどの時だ。まだまだ実験も足らないから何とも言えん。
……俺個人のリスクが高すぎるからな。
その方法を取るだけの価値が、今のルーメルや結城君たちにあるかどうかといわれると微妙なんだよな……。
「はぁ、何か答えを出すには情報が足らん。魔族がどこを攻めてくるのかも分かっていないし、そもそも本当に攻めてくるのか、本当に派閥争いが起こっているのか。どれもこれも裏が取れた話じゃない。あくまでも村長から聞いた話だ。これで下手に人を集めれば、相手を刺激するだけだ。わかるだろう? 国境近くに兵士を集めるってことはそういう意味にとられてもおかしくない」
そういうというのは、戦争を仕掛けるぞって意味だ。
国防の為に国境に兵士を集めるというのは、当然のように見えて、実はそうでもない。
過剰な兵力の集中は攻めるぞという宣言にもなるわけだ。
だから、ほどほどの戦力になっている。
そもそも、こちらの情報は筒抜けだというのは分かっているんだから、そういう分かり易い行動は火に油を注ぐだけだ。
ある意味、宰相の仕掛けとも言えなくもない。俺たちを炊きつけているようにも見える。
そこまで馬鹿じゃなくて残念だったな。と言ってやるべきか。
「話は分かります。しかし、情報といってもどこから?」
「敵の情報などそう簡単に手に入るモノではないですよ。特に魔族の情報となると」
「ですよねー。そこらへん、タナカさんはどう思っているんですか?」
3人の言うように、じゃあどうやって正確な情報を集めるのか? というは、宰相がとった魔族の村から聞きだす以外は中々難しいのも事実だ。
かといって、魔族の国にスパイを送り込むのも難しいからな。
というかほぼ無理だ。まず敵の本国がどこにあるのかも分からない。重要拠点の存在も何もかも不明。
これで、よく攻めようとか思ったもんだ。必要な物資も不明、補給地点も分からない。
王の兄だったという前王は戦争の一面だけを見れば、稀代の大馬鹿だな。
連れていかれた兵士がかわいそう……ん?
ここまで考えて非常に引っかかることができた。
「俺も知らない。が、確認したいことがある。ルーメル王の兄が魔王討伐を掲げて攻め込んだんだよな?」
「え? はあ。そうですけど。それが何か情報と関係しているんですか?」
「敵の場所も、規模もわからないで大軍を動かすと思うか?」
「「「あ」」」
全員俺の言いたいことがわかったようで、驚きの声を上げる。
「叔父様は、魔族の拠点が分かっていたということですか?」
「恐らくな。それが本当か嘘かは分からんが、多くの兵士を集めて、それを養っていけるだけの物資を用意したんだから、ある程度目星はついていたんじゃないか?」
まあ、タダのパフォーマンスという可能性も無きにしも非ずだが。
でも、パフォーマンスなら国内で軍事パレードをやった方がいいからな。
やはり、何かしら分かっていたから動いたとみるべきだな。
「……確かに。カチュアそういう話は何か聞いていませんか?」
「いえ。魔族の拠点、城となると、それは極秘情報となるはずですから、私のようなメイドが知るところでは……。ヨフィアはどうですか? 冒険者ギルドで聞いたりは?」
「いえー、そんな情報は聞いたことがありませんねー。しかし、前王が魔王を討伐するために兵士を集めたのは有名ですから、タナカさんの言うように、拠点が分かっていたと思うべきですねー」
どうやら3人とも俺と同じ答えにたどり着いたようだ。
「まあ、結城君たちの答えがどうであれ、もう一度宰相に話と、前王の遺品を漁る必要があるな」
俺がそう言うと全員が頷き、その場は解散となったのだが……。
「はぁ、俺のタバコは一本丸々無駄か……」
長い間火をつけっぱなしで話していた結果、タバコは短くなってしまっていて、ちょっとがっかりしてしまったのであった。
冷静に考えると見えてくる道。
ただやみくもに攻めるわけがないので、きっと敵の拠点を知っていたということになる。
だが、その代わりにタバコは無駄になるのであった。
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