第100射:穏やかな朝と旅立ち
穏やかな朝と旅立ち
Side:ナデシコ・ヤマト
「? ……??」
朝、妙な臭いで目が覚めました。
この煙たい香りは……。
「……タバコの香りですわね」
私はそう言いつつ体を起こします。
辺りを見回しますが、タバコをすう人である田中さんの姿は見えません。
それもそのはず、田中さんは男性なので、男性の部屋で寝ているはずなのですから。
「それでも臭うというのはどういうことでしょうか?」
流石に扉越しにタバコに香りがするとは思えないのですが。
と思っていると、どうやら臭ってくるのは窓からのようです。
この時代の窓というのは、木の窓でガラスをゴムなどできっちり密閉しているようなものではないので、雨が降れば窓から雨がしみ込んでくることも多々あります。なので、匂いなども同じです。
「……外で一服したのに文句をいうのはどうなんでしょうか?」
一応私たちの前では気を使ってタバコは吸わないので、ここで怒るのは何か微妙な気がします。
とは言え、私たちの部屋に香るほどの距離で吸っていたのも事実です。
とりあえず、窓を開けてタバコを吸っていた位置を確認してみましょう。
そう思い、窓を開けてみると……。
「ん? 大和君か、おはよう」
そこには田中さんが立っていてタバコを吸っていました。
なるほど、こんな近くで吸っていれば匂いが部屋に入ってくるわけです。
「おはようございます。その、言い辛いのですが、部屋までタバコのにおいが来ています」
「お、そりゃすまん」
私が事実を伝えると、すぐにタバコの火を消して灰皿にしまい込みます。
「いや、風の具合が悪かったか」
「そのようです。でも、こちら側が私たちの部屋だと知っていてなんでこちらで吸ったのですか?」
「普通に家の裏側で森林方向だからな。人目に付かないだろう?」
「ああ、なるほど」
確かに、私たちが泊まった部屋の方向は大森林が広がっています。
こっちで吸えば人の目は引かないでしょう。
「それに魔物の痕跡でもあるかと思えばそういうのもないから、本当に平和なんだろうな」
どうやら田中さんはタバコを吸うついでに、魔物がいないかを確認していたようです。
やはり、ただタバコを吸いに来たわけではないのですね。
私たちが寝ている間にも周りの警戒を怠らないようです。
「さて、朝の散歩もここまででいいか、そろそろ大和君と同じようにみんな起きてくるだろうし、リビングで合流だな」
「あ、はい。わかりました」
そう言って田中さんは去って行き、私は誰もいない大森林の奥を見つめます。
特に何もない森が広がっているだけで、朝日が射しているシーンは雄大な自然の中を思わせます。
「タバコの臭いがあるのはあれですが、こういう綺麗な風景を見ることができたのはいいことですね」
私はその綺麗な自然の風景を眺めたあと、光さんやお姫様を起こすことにします。
すでにカチュアさん、ヨフィアさん、キシュアさんは起きていて、部屋にいなかったので、恐らく田中さんと同じように周りの警戒に当たっているのでしょう。
こういうところは、まだまだ皆さんに頼りがちですね。
「でも、じつはこの2人を起こすのが一番大変だったりするんですけど」
私はそう言いながら、2人で寝ているベッドに近づきます。
この2人、本当に寝つきが良く、朝になってもなかなか起きないというタイプなのです。
しかも、今回は旅での硬い床ではなく、村長さんたちが用意してくれた、ベッドで寝ているので、素直に起きるわけがないのです。
まあ、光さんの方は必ず必殺技があるので、まずは光さんから起すといたしましょう。
「光さん。敵襲です!!」
私がそう言うと、光さんは即座にベッドからころげ落ちて……
「じょ、状況は? ……ふぁ」
即座にナイフを取り出して構える。
あくびはするけれど、田中さんとの訓練でここまで反応するようになりました。
反応できなければ死にますからね。
「朝になりました。起床してください」
とは言え、今はただ起こしただけですので、素直に事実を告げます。
すると、寝ぼけ顔から、怒った顔になり……。
「はぁ!? 撫子またやったの!?」
「またです。いい加減、皆さんが起きた頃には、一緒に起きてください」
「そんな器用なことできるかぁー!! 全く、時間ぎりぎりまで僕は寝るんだよ」
そう言って、光さんは再び寝ようとするのですが……。
「わかりました。田中さんにはそう言っておきます」
「やだなー。僕は寝起きがいいんだよ。さ、起きようか」
あっさりベッドから起き上がります。
田中さんという脅しは本当に良く効きますね。
「いい加減、素直に起きるということを覚えてください」
「一分一秒でも長く寝たいんだよ。というか、田中さんに言うのはなし。下手したら特訓になるんだから」
「いいじゃないですか、健康的に強くなれます」
「あそこまで強くならなくていいよ。というか、残るはお姫様だけ?」
「ええ。彼女を起こすのを手伝ってください」
「……お姫様って意外とタフだよねー。どこで寝ても起こすまで起きないし」
そう、光さんの言うように、実はお姫様は意外と旅慣れしていました。
まあ、各国の訪問ということで、出かけることはそれなりに会ったらしく、旅も文句も言わずついてきたので感心していたのですが、寝ることに関してだけは何かと面倒でした。
お姫様の立場上、旅の為に準備をするということが無かったので、馬車の中で寝て起きてを繰り返せばよかっただけらしく、基本的に寝ると起こす人がいなかったようです。
お城の中では、しっかりと寝起きしていたのですが、旅ということで、こういうところは結構適当だったようです。
「正直、カチュアさんを呼んだ方が早くない?」
「それは最終手段として、とりあえず声をかけてみましょう。カチュアさんは朝食の準備をしているみたいですし」
「あー、それはわざわざだねー」
確かにいつも声をかけても起きないので、最終的にはカチュアさんに頼めば起きるという図式ができているのですが……。
気が付けばいい匂いが漂ってきているので、カチュアさんとヨフィアさんが皆の朝食を用意してくれているというのがわかりましたので、手を止めさせるのは気が引けるのです。
「じゃ、起こすと。お姫様―、起きてー、あーさーだーよー!!」
光さんはいきなり大きな声でお姫様を揺すりながら起こそうとしますが……。
「すー……」
見事に寝たままです。
さて、起こすにはどうしたモノかと思っていると、不意に部屋のドアが開きます。
「ヒカル様、ナデシコ様、朝食の用意が整いましたので、どうぞリビングの方へ。タナカ様、アキラ様もお待ちです。姫様に関しては……」
そう言いいながらカチュアさんは水瓶を持っていて、それを遠慮なくお姫様の顔にかけます。
「ちょっ!?」
「……いいのでしょうか?」
流石に余りの起こし方に不安になる私と光さんでしたが……。
「がぼっ!? ごほっ!? カチュア!! またやってくれましたわね!!」
見事に起きた。
しかも「また」ということはこれをよくやっているということですか。
「ヒカル様にあそこまでの声をかけられて起きられないのですから、いつもの手段をとらせていただきました」
カチュアさんのほうも、当たり前のようにお姫様に返事を返してします。
「まったく、この部屋は借りているのですよ? もうちょっと加減を……」
「起きてこない姫様が言えることではありませんね。それに……」
カチュアさんが詠唱をすると魔術が発動し、心地よい温風が吹き、濡れた服やベッドをあっという間に乾かします。
「おー、すげー。ドライヤーの魔術だー」
「しかも、性能は魔術の方が断然に上ですね」
科学技術が発達していなくて不便と感じることは多々ありますが、魔術という部分で、地球よりも便利だと思うところも多々ありますから、これはこれでこの世界の進み方なのかと思っています。
「さ、朝食でございます。皆さま」
「「「はい」」」
カチュアさんの案内のセリフに、これ以上遅れないでくださいという意味を感じて私たちは二つ返事で素直に、リビングへと向かいます。
「お、来たな」
「おはよう。3人とも」
「おはよーございますー」
「おはようございます」
「もう準備はできいますよ」
そう言って迎えてくれる田中さんたち。
どうやら、田中さんが色々食料品を出してくれたようで、ジャムの瓶などは見覚えのあるモノでした。
「さ、冷めないうちに食べよう。いただきます」
「「「いただきます」」」
まあ、旅の途中でもよくあった光景なので特にお姫様たちも疑問に思わず朝食を食べ始めます。
ある程度時間が経つと、先に食べ終わった田中さんが口を開きます。
「そのまま食べながら話を聞いてくれ。今日の予定だが、お昼までには村を出る予定だ」
「んー? 詳しく聞かないの?」
光さんは食パンを口にいれたたまそう質問をします。
確かに、昨日は色々驚きの内容は聞きましたが肝心の所を聞くことはなかった気がするのですが……。
「ああ、そっちは俺が夜の間に話を聞いた。詳しい話は帰り道で話す。ここで堂々と話す内容でもないからな」
「え? 帰り道では話すのに?」
「帰り道は人通りがほとんどないからな、逆に聞き耳を立てようとする連中がいればわかりやすい」
「「「あー」」」
納得の話です。
それに村の人たちに要らない不安を抱かせないためでもあります。
私たちが村に居座って長々と話し合いなどしていたら、魔族である彼らは心配になるでしょうし。
「ということで、朝食がすんだら、帰る準備だ。村の人たちと挨拶したいなら手早くな。俺の方も、村長と会って次の物資の最終確認を済ませてくるから」
「「「はい」」」
ということで、私たちは朝食を食べたあと、直ぐに出発の準備に取り掛かり荷物をあらかた詰め終えたら、村人たちと別れの挨拶を交わします。
「ナデシコちゃん。気を付けてね」
「はい。おばさまもお元気で」
「ナデちゃんのおかげで腰がかるくなったよ。本当にありがとう」
「完全に治ったわけじゃないので、ご無理はなさらないでくださいね」
僅か一日も満たない時間でしたが、意外と村の人たちも私たちを受け入れてくれていたのか、にこやかに見送りに来てくれました。
「じゃーなー、ちっこいねーちゃん」
「じゃーねー、ちいさいおねえちゃん」
「ちっさいっていうなー!!」
「「「あははは!!」」」
となりでは、光さんが仲良くなった子供たちに見送られて楽しそうです。ということにしておきましょう。
まさか、子供相手に本気になることもないでしょうから。
「では、村長。次回の補給物資書類は確かに預かりました。必ず送り届けます」
「はい。タナカ殿よろしくお願いいたします」
「次に来るときもお元気で」
「ほほほ、タナカ殿もお元気で」
田中さんと村長さんはしっかりと自分の仕事をこなして最後の確認で挨拶をしてると思えば、村長さんは晃さんとお姫様のほうに向きなおり。
「あなた方もどうかお元気で」
そう言って両手をだして、しっかり晃さんとお姫様に握手をします。
「あ、はい。村長さんもお元気で」
「心からのあいさつありがとうございます。村長様もどうかお元気で」
「ええ。あなた方のような若者がいるなら、この国は、世界は安心です。未来を信じられます」
「「……」」
村長は笑顔でそう言って、晃さんやお姫様から離れていきます。
「買被りがすぎますよ。彼らはただの若者だ」
「そうですかな? 私には大きなことを成し遂げる若者たちに見えましたぞ」
「はぁ、あまり期待しすぎないでください」
「ほほほ、若者に期待できるのは年寄りの特権ですからな。無論、タナカ殿にも期待しておりますぞ」
「では、期待に応えられるように、精進致します」
「ええ。人生はそのようなものですよ」
田中さんと村長さんがそう笑顔で言葉を交わして……。
「さ、出発だ」
私たちは村を離れることになりました。
こうして表向きは穏やかに村を出るナデシコたち。
でも、その裏では……。
そして、ルーメルに戻ってどんな選択をするのか。