第1話「夢路」
非常事態を知らせるサイレンの音が鳴り響いている。
時折聞こえてくる悲鳴と銃声。
何が起きたのかわからないまま5分か10分。
あるいはそれ以上の時間が過ぎた時サイレンの音が鳴り止み、あたりが暗闇に包まれた。
どうやら電源が落ちたらしい。
すぐにサブの電源に切り替わったのか青白い証明が殺風景な部屋を照らし出す。
それと同時に今まで閉まっていた部屋の扉が短い電子音を響かせ開いた。
躊躇せずに部屋の外へと飛び出す。
何も考えずにただ薄暗い廊下を走り出す。
ここから逃げないといけないと直感的に思えたからだ。
通路は赤い装飾が施され、無造作に何人もの死体が転がっている。
生臭い鉄の匂いが当たり一面を包み鼻の奥を刺激した。
誰一人として動く者はいない。おそらく『あいつ』に殺されたのだろう。
『あいつ』がなんなのかは知らない。
いや、正確には知らないわけではない。
これと似たような光景を見たことがある気がする。
たくさんの人が殺されその真ん中で『あいつ』は立っていた。
でもはっきりとは思い出せない。なんでも自分はショック性による記憶喪失らしい。
その治療のためにこの施設に半年ほど前にいれられたが今でもはっきりと思い出すことができない。
もしかしたら思い出さないほうがいいのかもしれない。
さっきまでこだましていた悲鳴と銃声はもう聞こえなかった。
もう誰も生きていないのかもしれない。
それでも記憶を頼りにただ出口を探して走ることしかなかった。
以前、自分と同じように治療のためにここに入れられていた子がいた。
彼はいつも自分や他の子にここから脱走する話をしていた。
しばらくして彼の姿を見かけることはなくなった。
治療が終わったのか、無事に脱走したのか結局わからず仕舞いだった。
彼がいなくなる前に「外への出口を見つけた」と話していたのでそれを頼りに出口を探していた。
無限に続くかのように思える通路をL字に曲がろうとしたとき、何かが目の前を横切った。
それは投げつけられたトマトのように壁にべっとりと張り付き、ずるずると音を立てながら落ちていく。
突然の出来事に声を押し殺すのにが精一杯だった。
目の前の横切ったのは人の頭だった。
水を含ませたスポンジを絞るように血を垂れ流しながら少しだけしぼんでいく。
壁にぶつかった頭部はぱっくりと割れ、肌色ともピンク色とも思える脳みそを覗かせていた。
目の前に飛び込んだ情景に強い吐き気が襲い屈み込んだ。胃から逆流しそうになるものを必死に飲み込む。
この通路の奥に『あいつ』がいる。
はやくここから逃げないといけない。
頭ではそう思っているのに体が震えてしまって身動きが取れなかった。
目の前で殺された無残な死体を目のあたりにしてが麻痺してた感覚が限界を超えてしまったからだ。
早く、早く逃げないと・・・
でもどこに?
出口は確かすぐそこだ。引き返すことなんかできない。
どうする?どうすればいい?
足音は考える時間もくれず、どんどんこちらに近づいてくる。
おそらくさっき殺した男の血の上を歩いているのだろう。
ぴちゃぴちゃと音を立てて近付いてくる。
『あいつ』はもうすぐそこまで来てる。 どこに逃げればいいのか分からない。
通路の死体みたいにここで死んでしまうのかもしれない。
「・・・か」
恐怖で頭が真っ白になったとき、どこからか声が聞こえてきた気がした。
あまりの恐怖で幻聴が聞こえてきたのだろうか?
どうやら本格的に壊れてきたらしい。
「お・・・か。きろ・・る・・」
また声が聞こえた。
空耳なんかじゃない。確かに聞こえた。聞き覚えのある声だ。
「・・・るか。おい・・・。おい、おきろ。ルカ!!」
自分を呼ぶなじみのある声にルカは目が覚めた。
さっきまでの映像とは対照的な要塞都市『リリア』の下町の風景が車窓から映し出されていた。