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氷の乙女と焔の公爵閣下

溶けた氷は戻らない2

作者: 美羽



ジェラルドと想いを通わせ、半ば夢見心地で舞踏会から戻って一月が経った。


あの日会場で別れてすぐに、スフィア公爵家からファフノプス伯爵家へと婚姻の申し出が成された。

あまりの対応の早さにシェルフィーナは呆気にとられ、事情を知らない伯爵家は恐慌状態に陥ってしまい、その日は一日中屋敷が騒がしかったのは記憶に新しい。


舞踏会での出来事を両親と兄に説明し(もちろん口づけられた事などは伏せて)、婚姻の許しを得て。

そしてシェルフィーナはジェラルドの婚約者となったのだ。




「……」


「フィーナ様、何をその様に落ち着きなく過ごされているのですか?」


「メルーア。……別に、私は普通だと思うけれど」


「先程からフィーナ様の持つ本は一ページも進んでおられませんが」


「………」



メルーアはシェルフィーナの乳兄弟であり幼い頃から共に過ごしてきた専属の世話係で、自分のことをフィーナと呼ぶ数少ない心を開ける友人の一人だ。



「婚約者であらせられるジェラルド様のことをお考えで?」


「………」


「図星ですか」


「その通りよ」



彼女には何事も誤魔化すことは出来ない。

諦めて、本を閉じる。

元々内容など全く頭に入っていなかったし、そもそもシェルフィーナは伯爵家の蔵書を全て読み尽くし内容を記憶している。

ただ単に手持ちぶさただっただけだ。



「……おかしいわよね。

名前も顔も知らなかったのに、今では少し会えないだけで寂しく感じるなんて」


「フィーナ様………」



メルーアが目を見開いて、次いでふわりと笑う。



「いいえ、私は嬉しく思います。

貴女にその様に想い慕う方ができて。

フィーナ様はジェラルド様に恋をなさっておいでです。

ならばそう思う事はおかしくなどございません」


「メルーア…」


「それで、フィーナ様はジェラルド様にお会いしたいのですよね?」


「え?」



目を瞬かせたシェルフィーナに、メルーアがズイッと迫る。



「お会いしたいのですよね?」


「え、えぇ……」



あまりの迫力にシェルフィーナは彼女に操られるように何度も頷いた。

それに満足気に笑って、メルーアはシェルフィーナを立ち上がらせた。



「それでは」



クローゼットを開き、外出用のドレスを見繕う。



「メルーア?」


「王城へ参りましょう」


「………え?」



突然の提案に、シェルフィーナはそうとしか返せなかった。











「……本当に、良いのかしら」



城へと――正確には城の王立騎士団の詰所へと向かう馬車のなかで、シェルフィーナは不安げにメルーアを見つめた。



「勿論です。

フィーナ様は遊びに行くわけではございません。

兄君であらせられるグランドルト様の荷物を届けに行くのです。

その時婚約者であり騎士団長であらせられるジェラルド様にお会いしても、何らおかしい点はございません」



本来騎士団の詰所は騎士のみが集まる場所。

部外者は立ち入り禁止だ。

そこでシェルフィーナがジェラルドに会うため、メルーアが提案した苦肉の策がこれである。



「でも、こういった事は家人が行くのが普通でしょう?」


「フィーナ様、ご存知ないのですか?

詰所は部外者立ち入り禁止と銘打っておりますが、実際貴族のご令嬢と騎士の出会いの場となっているのですよ?

こうしてきちんと理由を持って詰所まで行くフィーナ様は珍しい方です」


「そうなの?」


「はい。グランドルト様も婚約者を求める令嬢が訓練中騒がしいと常々仰っておられるではありませんか」


「……そういえば、そんな気もするわね」



恐らく興味が無いため聞いていなかったのだろう。

察してか、メルーアがため息をつく。



「お嬢様」


「ごめんなさい」



メルーアはシェルフィーナを叱るとき名前を呼ばない。

彼女に“お嬢様”と呼ばれるのは堪らなく嫌なので、そう言われるとすぐに謝る癖がついていた。



「今度からはきちんと興味を持ってくださいね?

ジェラルド様は騎士団長。

お嬢様にも関係があるかもしれません」


「わかったわ。

……でも、尚更私が行っていいのかしら」


「何故ですか?先程も言いました様に…」


「だからこそよ」



シェルフィーナは眉を寄せた。



「唯でさえうるさく迷惑に思っているのに私までそれに便乗するなんて。

……呆れられたり、嫌われないかしら」


「それは有り得ません!」



メルーアが強く反論する。



「フィーナ様がわざわざ詰所まで足を運び会いに来て下さるんです。

きっとジェラルド様も喜ばれます」


「そうかしら……」


「間違いありません。

というか、それほど不安になるのならお手紙の返事をもっと頻繁にお出しになればいいではありませんか。

ジェラルド様は3日に一度の割合でお手紙を下さいますのに、フィーナ様は殆どお返しにならず。

それに加えて会いに行くのにも躊躇われるなど、ジェラルド様に同情しますわ」



不満そうな顔をするメルーアに言われ、何となく罪悪感が込み上げる。



「だって、そんなに手紙を書いたらお仕事の邪魔になってしまうだろうし。

もっと手紙の量を少なくしてくれて構わないと何度も伝えているのだけれど…」


「お嬢様……」


「……ごめんな、さい?」



心底呆れた目を向けられて、よくわからずに取り敢えず謝るとため息をつかれた。

シェルフィーナとしては甚だ謎である。



「……いえ、ジェラルド様を応援したくなっただけですので、お気になさらず。

そろそろ着くようですし、心の準備は宜しいですか?」


「そうね………メルーア、私変じゃないかしら?」



最後に一度だけ友人を窺うと、彼女はふわりと笑って「フィーナ様はお美しいです」と返してくれた。

お世辞でも、その言葉だけでなんだか勇気が出る。


馬車が止まり扉が開かれ、シェルフィーナは初めて訪れる騎士団の詰所に足を踏み入れた。



*****



ジェラルドは苛立っていた。

いや、拗ねていると言った方が寧ろ正しいか。

ともかく彼の心はささくれ立っており、その為か騎士団の訓練にもいつにない熱が入っている。



「次、各自組を作って打ち合い!」



訓練のための広場で檄をとばす。

その様子を訓練場に騎士以外が入って怪我をすることのないようにと作られた柵の外側から未婚の貴族令嬢が眺め、特有の高い声で囀るのが疎ましい。

舌打ちしたところ、見かねたのかアシュワルトが近づいてきた。



「苛立ってるなぁ」


「勤務中だ。控えろ」


「そう言うなって。

シェルフィーナ嬢のことか?」



ギロリと睨むと全く平気な顔をして「おー怖」と両手を上げる。



「……もう一月だ」


「あのなぁ、だからって部下に当たるなよ。

それに手紙のやり取りしてるんだろ?」


「足りん」


「お前なぁ…一年に比べたら短いもんだろ」



呆れたように言われても、足りないのだ。

シェルフィーナに会いたい。

会って、触れて、抱き締めて、口づけて――

彼女を余すところなく自身の全てで感じたい。

堪え性が無いと自分で苦笑するほどに、ジェラルドはシェルフィーナに溺れている。



「それにシェルフィーナは何もねだらん」


「まあ何しろ氷の乙女だし、物欲はあまり無いんだろ。

贈り物なら兄にでも聞いてみればいいじゃないか。折角部下なんだからな」


「そんなこと出来るか」


「お前…」


「それに手紙の返事も少ない」


「何でシェルフィーナ嬢のことになると途端に女々しくなるんだよ」


「………」



それに対しては自分でも自覚があるため何も返せなかった。



「……仕方ねぇな。

後で兄の方に探り入れといてやるよ。

それより、ホラ」



ひょいとアシュワルトに訓練用の剣を投げつけられる。

それを危なげなく受け取って、どういう意味かと見つめた。



「ストレス発散。付き合ってやるよ」


「……手加減はしないぞ」


「そこは気遣えよ」



これだから鬼畜は、と悪態をつきつつ、アシュワルトは笑って広場の中央へ向かう。

それを追い、心のなかだけで感謝の意を示した。

この腐れ縁には、何だかんだ言いつつ助けられているのだ。

お互い様な部分もあるからこそ、二人とも面と向かっては口に出すことは無いが。



二人が中央へ少し距離をとって立つと、他の訓練中の騎士達は打ち合いを止めそちらに注目した。

何しろ団長と副団長の試合である。

見るだけで良い経験となるだろう。


軽く礼をとり、一拍後同時に飛び出す。

打ち合い、せめぎ合い、再度離れる、を繰り返すその動きは試合というよりもまるで一つの剣舞のように周囲には感じられた。



「それで、会えないことが不満だったか?」


「……?」



突然話を蒸し返されて、ジェラルドは眉を寄せた。

攻撃の手をゆるめずにアシュワルトがにやりと笑う。

その眼はジェラルドではなくそのはるか後方を捉えているようだ。



「アッシュ、試合に――」



集中しろ。その言葉は続くアシュワルトの言葉で霧散する。



「よかったじゃないか。愛しのシェルフィーナ嬢、いまここにいるし不満解消だな……って、うわっ!」



勢いよくアシュワルトへ打ち込み、その勢いのまま立ち位置を先程と逆にする。

いまここにいる、だと?では、先程の目線は。

相手の反撃を警戒しつつ視線を広場の外、柵によって隔たれた空間を彷徨い―――見つけた。

陽の光に輝く銀の髪。美しい水底のような青の瞳は流石に遠すぎてみることが出来ないが、自分をその目で見つめてくれていると信じたい。



「シェルフィーナ…」



彼女が、ここに来ている。

そうなれば話は早い。未だにやにやとこちらを見つめる悪友の持つ剣を一撃で飛ばし、勝負をつける。

大げさに痛がる彼の存在は捨て置き慌てて、けれどそれが周囲にわからぬように身を翻した。



*****



詰所へと足を運んだシェルフィーナとメルーアは、まず荷物をグランドルトに届けてしまおうと受付の者に兄の居場所を尋ねた。



「グランドルト第三分隊長の妹君と、家人の方ですね。

今彼は鍛錬の最中ですので、訓練場である広場にいらっしゃいます。

広場の中には入れませんが柵の外側からなら訓練も見学できますし、訓練自体もうすぐ終了しますので直接お渡しになりますか?

それとも何か他に御用がおありでしたらこちらでお預かりいたしますが」


「いえ、見学させていただきます。フィーナ様は訓練を見学したこともありませんし、気になりますよね?

……ところで、焔の公爵閣下は」



シェルフィーナが口を開く前にメルーナが答えてしまった。

軽く睨みつけても彼女はどこ吹く風だ。



「――あぁ、そう言えばご婚約なされたのでしたね。おめでとうございます。

丁度良かった。ジェラルド団長が訓練の指揮を執っていますので、少しなら話もできると思いますよ。

それにお二人のように素敵なご令嬢が見学してくだされば、士気も上がるでしょう。

広場の位置は分かりますか?」


「ええ、大丈夫です。それではありがとうございました」


「ちょっと、メルーア」


「行きますよフィーナ様」



ポンポンと話が進んでしまい、仕方なくメルーアを追いかける。

彼女はここに来たことがあるのか、迷いのない足取りでシェルフィーナを広場の訓練場まで案内した。

何人もの騎士たちが柵越しに剣を振るっている。

初めてみるその光景に少し圧倒されたが、すぐに興味を失って想う姿を求めて視線を彷徨わせた。

―――いた。



「次、各自組を作って打ち合い!」



久しぶりに聞く声と初めて見る騎士の装い、真剣な声に思わず笑みが零れる。

隣のメルーアにそれを察してクスリと笑われ、少し頬が熱くなった。



「兄君のグランドルト様ではなく真っ先にジェラルド様を探された様ですね」


「……そんなことないわ」


「バレバレですよ。喜ばしい事です」


「……メルーア、貴女最近意地悪になったわね」


「そうでしょうか。……フィーナ様、ジェラルド様が試合をするようです」



その言葉に再び彼を見つめる。視界に入った彼は相手の騎士と中央へ行き、礼をして打ち合い始めた。



「……すごい」



息もつかせぬ剣技。シェルフィーナには武術の心得などないが、それでも彼等の技術が卓越したものであることは理解できた。



「―――シェルフィーナ?それにメルーアも。

どうしたんだ、こんなところで」



じっと見つめていると、どこからか声がかかる。兄だ。



「グラン兄様」


「お前が外出するなんて珍しいな。……ああ、公爵閣下に会いに来たのか」


「ち、違います!兄様に荷物を届けに来たの!!

そうよね、メルーア?」



図星をさされ慌てて誤魔化すが、友人は冷たかった。



「…という名目でフィーナ様の婚約者であらせられるジェラルド様の雄姿を見学に参りました」


「やっぱりか」


「……」



あまりの羞恥に立ちすくんで下を向く。今自分の顔は真っ赤になっているに違いない。



「ところでグランドルト様、訓練は終了したのですか?

公爵閣下は未だ打ち合いの最中のように思われますが」


「……あぁ、もう終わる時間だし、団長と副団長の打ち合いはいい勉強になるから見学して終わりにするやつが多いんだ。

俺は二人を見つけたから何だろうと思ってな」


「ではジェラルド様ももうすぐこちらへ?」


「そうじゃないか?たぶん打ち合いももうすぐ終わると――」


「隊長!いきなりいなくなってどうしたんですか?まだ団長の打ち合いが、って……」



新たな声の主に、その場にいた三人がそちらを向く。

驚いた顔の男――恐らく兄の部下なのだろう――と目が合った。

彼は口をパクパクさせながらこちらを指差した。



「もしかして、隊長の妹君の、シェルフィーナ様、ですか……?」


「……?はい、その通りです」



あちゃあ、と隣でグランドルトが小さく呟いた気がした。






シェルフィーナかと問われてそれに是と答えて。

その遣り取りの数十秒後にはシェルフィーナは訓練中だった騎士達に囲まれていた。



「噂通りお美しい!」


「私、いつぞやの夜会で話したことがあるのですが」


「覚えておられますか?男爵家の――」



口々に話されて、表面上は無表情を装いつつシェルフィーナは困惑していた。

ジェラルドと婚約してからはあまりこういったことも無かったし、彼等は兄、そしてジェラルドの部下だ。

正直誰一人として顔も名前も思い当たる節が無いのだが、どうしたものか。



「……あの」


「一体何をしている」



とにかく離れてもらおうと、開いた口は耳に届いた愛しい声に再び閉じてしまった。

シェルフィーナを囲んでいた男達がギクリと身を強張らせ、恐る恐るといった体で声のした方を振り返る。



「どけ」



絶対零度の声に、まるで海が割れるように人垣が開き、シェルフィーナの視界に彼の姿が映った。



「ジェラルド様……!」


「シェルフィーナ、久しぶりだな。

……で、お前達はなんだ」



思わず声を上げたシェルフィーナに柔らかく微笑んで、一転、騎士達には燃え滾る視線を投げかける。



「いや、その、」


「言い訳はいい。……後の訓練を楽しみにしていろ」


「…………」



整った顔に凄絶に笑みを向けられた騎士達は逃げるようにその場を立ち去って行った。

残ったのはシェルフィーナ、ジェラルド、メルーア、グランドルト、そしてジェラルドと試合をしていた男。

その男は先程までの出来事をなんでもないかのように流し、気楽に笑った。



「さて邪魔者もいなくなったし、ジェラルドは少しシェルフィーナ嬢と話でもしたらどうだ?」


「え……」



彼の提案に思わず声を上げる。

いいのだろうか。ジェラルドは訓練終わりで疲れているだろうし、忙しいはずだ。

今もこちらを見て眉間に皺をよせている。



「そうですね。グランドルト様、お荷物を運びますのでどうぞ」


「……あ、あぁ、そうだな。頼むメルーア」


「メルーア嬢、手伝おうか。男手があったほうがいいんじゃないかな?」



しかし周囲はまるでそれが決定事項のように二人から離れていく。何故だ。



「え、メルーア、待っ……」


「シェルフィーナ」



兄と男と共に立ち去ろうとするメルーアを止めようとする声はジェラルドのそれにかき消された。



「……アッシュ。そちらの侍女殿の相手を」


「了解」


「え、ジェラルド様?」



強引に手を引かれ、三人の姿が遠くなる。

「フィーナ様、頑張ってくださいね」という無責任なメルーアの声援が聞こえた。



*****



シェルフィーナを団長のための部屋に半ば無理矢理連れ込み他の男の目に入らないようにして、それでもジェラルドの苛立ちはなかなか収まらなかった。

大きなソファーで、隣に座らせたシェルフィーナが居心地悪そうに身じろぐ。

それさえも癇に障って、彼女の腰に回した手に力を込めた。



「……ジェラルド様?」


「なんだ」


「……怒って、いらっしゃいますか?」


「……」



ああ、怒っている。怒っているに決まってる。

一月も会えず、手紙の返事も少ない。だと言うのに久しぶりに見た婚約者は自分以外の男に囲まれて。

これが怒らずにいられようか。

なにより苛立つのは、あの夜以来自分に想いを告げてくれない彼女。

自分は手紙で何度も愛を囁いているというのに、彼女からの返事には感謝ともっと手紙を少なくして構わない、というつれない言葉ばかりで――――



「………でしょうか?」


「――?」



悶々と考えていたら、シェルフィーナの言葉を聞き逃してしまった。

目線でもう一度、と求めると、その瞳が潤む。抱きしめたくなるのを訓練で鍛えた理性で押しとどめた。



「…その、やはり、私は邪魔だったでしょうか」


「なにを」



そんなはずはない。彼女が邪魔などあるものか。

むしろ邪魔なのは彼女によって来る害虫共だ。



「でも、ジェラルド様は先程から怒っていらっしゃいますし、」


「……それは、貴女が他の男といるから」


「――え?」



ポカンとした表情にいたたまれなくなって、髪をかきあげる。



「俺以外の男と話すな」


「……それは、難しいかと」



そんなことは分かっている。けれど我慢できない。



「それでも、だ。嫉妬に狂った俺は、何をするかわからないぞ?」


「嫉妬?ジェラルド様が、ですか?」


「当然だ。……俺は貴女が思っているより心が狭いし、独占欲も強い。

一月会わないだけでこのザマだ」



シェルフィーナが自分のそばにいないことがこんなにも心をザワつかせる。

そう告げると、彼女は頬を染めて―――抱きついてきた。



「―――!」



思ってもいなかった反応に驚きつつ、けれども体は正直にその細く柔らかい体を抱きしめ返す。

彼女の存在を明確に感じて、ささくれ立っていた心が凪いでいくのがわかった。



「……その、私も、です」


「シェルフィーナ?」



自らの胸に顔を埋めたまま、彼女が言葉を紡ぐ。



「私も、ジェラルド様に会いたかった」


「―――本当に?」


「はい」


「………っ」


「ジェラルド様?」



黙ってしまったことを不思議に思ったのか、シェルフィーナが顔を上げようとする。

それを慌てて押しとどめた。いま顔を見られるわけにはいかない。

きっと赤くなって、だらしなく相好を崩しているだろうから。



*****



黙ってしまったジェラルドに、小さく首を傾げた。

どうしたのだろう。それに頭をやんわりと抑えられて、顔を上げることが出来ない。

ジェラルドの胸に顔を埋めていれば赤くなった頬を見られずに済むので、ちょうどいいと言えばそうなのだが。



「……なにか、欲しいものはないか?」


「え?」



ようやく頭を抑える手が無くなって顔を上げると、彼は先程までとはうって変わって穏やかな顔をしていた。



「シェルフィーナは何もねだらないから。

俺に貴方の為になにかさせて欲しい」


「そんな……」


「なんでも言って欲しい。

ドレス?花束?宝石の方がいいか?」


「どれもいりませんわ」



途端に不満げな顔になるジェラルドに、一つだけ願いが思い浮かんだ。

けれど、言っていいのだろうか。思いが顔に出てしまったのか、彼に答えを促される。



「……その、時々こんな風に、ジェラルド様に会いに来てもいいですか?」


「………」



黙ってしまったジェラルドに、やはり我儘がすぎたと慌てて弁解する。



「……っ、やっぱりなんでもありません!

今の文のやり取りだけで寂しさも紛らわせられますし、忙しい貴方の邪魔にはなりたくありませんから。

本当は手紙も貴方の負担になってしまうからやめた方がいいのでしょうけど、でも……」



それくらいは、ねだってもいいだろうか。

だって寂しいのだ。今までの日常が、彼という人を知っただけで非日常になる。

彼がいない日々は、何かが足りない。

チラリと目だけ動かして、ジェラルドを窺う。



「貴女は、俺を殺す気か……」



刹那、口づけられた。



「んっ、……ぁ、ふ………」



肉厚な彼の舌が唇を割って入り込み、咥内を蹂躙する。

そっちこそ、自分を殺す気だろうかと、酸欠でぼんやりする頭で思った。



「……っあ、」



ようやく解放されて、欲しかった空気を思う存分吸い込んだ。

恨みがましげにジェラルドを睨んでも、彼は妖艶に笑んだまま。

スルリと彼の指が輪郭をなぞり、体が震えた。



「そんな顔をしても逆効果だ。

――いつでも来ていい。だが訓練の見学は駄目だ。余計な虫がつく。

受付に話を通しておくから、この部屋にいろ」


「そんな、部外者が立ち入っては――」


「シェルフィーナは部外者ではないだろう?俺の婚約者だ」


「……」


「照れているのか?先程まであんなに俺を誘っていたのに」


「誘ってなど…」


「誘っていた」



ぺろりと首筋を舐め上げられ、思わず声が出る。



「ジェラルド、様…」


「ジェラルドで構わない。

――あの夜は、そう呼んでくれただろう?」



カッと顔全体が熱を持った。それに気をよくしたのか、ジェラルドから更なる要求が突きつけられる。



「手紙は邪魔にならない。ちゃんと全てに返事を返してくれ。

……俺も貴女からの返事を楽しみにしているんだ」



そう言われては、断ることはできないではないか。

だが困惑と同時に心の奥で喜ぶ声があがるのも事実。

嬉しくて、けれど彼のことで簡単に一喜一憂する己が恨めしい。



「あと、返事には貴女の想いを綴って欲しい。

――あの夜言ってくれたように、な」


「そ、んな……恥ずかしいです」


「なら書いてくれなくとも構わないが、かわりに俺に会ったら直接一回は言う事」


「なっ……」



もっと不可能だ。



「手紙に書くのと、直接言うの、貴女はどっちがいい?

俺はどちらでも構わない」


「………手紙に、書きます」



ジェラルドはやると言ったら必ずやる人だ。まだ出会って少しであっても、それぐらいは分かる。

ならば出来るだけ恥ずかしくない方を選ばなければ。



「……ほう。わかった。ではシェルフィーナ」


「なんですか?」


「今までの手紙の分の愛の言葉が欲しい」


「な、ジェラルド様、それは――」



横暴ではないか。そう続くはずだった言葉は彼の口の中へ溶けて消えた。

しばらくして満足したのか離れたジェラルドが蕩けるような笑みを浮かべる。



「ジェラルド、だ。きちんとそう言えるようになるまで練習が必要だな。

出来なかったときは―――お仕置きだ」







その日、ぐったりとした氷の乙女を横抱きにして颯爽と歩く焔の公爵が至る所で目撃されたという。




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