とある世界の王の話
この世には、姿形の違う生物達が、所狭しと生活している。その中でも、人間という生物は食物連鎖の頂点に立っている生物だ。だが、彼らは肌の色や目の色、言葉の違いで、同じであるはずの人間を蔑み、虐げる。それは、とてもくだらなく、とても残酷な行為だ。いったい、何人の人間がそれを自覚しているのだろうか。
もし、全ての人間がこのことを知ってくれていたら、私達はどうなっていたのだろう?
赤い目と青い目の両方を持つ私達の種族は、虐げられるでも蔑むでも無く、大陸の端、周囲を山と海に囲まれた静かな海辺の村で生活をしていた。外界の情報はほとんど入らない。たまに、旅の者の話を又聞きする程度の物だ。
その中で、私は世界を旅している者から、村に住む私達に似た、赤い目と青い目を持つ人が海を越えた大陸にいるという話を聞いた。さらに、別の者から聞いた話では、その者達は、独自の文化を発展させ、一国の王に君臨しているということだ。
実際に会ったことも無く、似ているだけ――それも見たわけでは無いから、本当かどうか定かでは無い――だったが、私達はとても誇らしげな気持ちになった。
会ってみたいとも思う者達もいたが、私達が使っているような小さな漁船では、水平線の向こうを目指すのは到底無理な話だった。私達は見たことの無い誇れる同族の者達に思いを馳せながら、いつもと変わらない平穏な生活を送っていた。
「ひ、人……?」
そんな平穏に変化をもたらしたのは、浜辺に倒れていた、白い髪をした男である。
彼は少し大きな波が来たら、いまにも転覆しそうな小舟のそばで倒れていた。彼を見つけた私は、急いで家まで連れていった。
家に着いた私は、彼をベッドに寝かせ、両親にことの説明をした。私は両親の了解を得てから、父に仕事を代わってもらい、看病をしつつ、じっくりと彼を観察した。
生きているかどうかを確認していなかったが、胸が上下させているから大丈夫だろう。顔や手足などの、服から露出した部分に擦り傷や切り傷が付いているのは、きっと途中で波に飲まれてしまったのだろう。
背丈は大きいわけでも小さいわけでも無い。私達や旅の者と同じくらいだろう。体型も私達と変わらない。髪の色が白というのは、見たことが無かったので――私達の髪の色はみんな黒だ――珍しいとは思ったが、それ以外は感じなかった。
それにしても……。
私は意識が戻らない彼の濡れた髪や身体を拭きながら、いったい彼がどこから来たのか考えた。
浜辺にいたことや小舟があったことから、海から流れ着いたことは明白だ。だが、此処は、西が山に囲まれ、東は海が広がっている。地理に詳しいわけでは無いが、水平線まで広がる大海原を別の大陸から渡ってきたらとしたら、小舟には荷が重すぎる。旅の者は、大型客船でも十日は掛かると言っていた。彼の船は帆船では無かった。櫂は流されてしまったのだろう、装着部分だけが残されているだけだ。
そんな船で、あの大海原を越えられるはずが無い。普通の人間なら分かるはずだ。なら、彼は一体どこからやって来たのだろう。
大方彼の身体を拭き終わったところで、私は彼を置いて、仕事に戻った。私が戻る頃には目覚めているといいんだが。
「彼が部屋から出て来ない?」
「そうなのよ」
夕刻になって、仕事から帰ると、彼は目を覚ましていた。しかし、彼は、様子を見に来た母の姿を見るなり、部屋に篭もり、出て来なくなってしまったそうだ。
確かに、自分が何処にいて、相手が何者か分からない状況で怯える気持ちは分かる。だが、これでは私達も対処のしようが無い。治療だって全部済んだわけでは無いのだ。私は彼を説得してみることにする。ドアをノックしてみたが、中からは反応が無い。ドアノブを捻ると、ガタッと音がした。ゆっくりドアを開けると、部屋の隅で震えている彼を見付ける。掛け布団を身に包ませ、こちらを見て明らかに怯えている。それは過剰すぎるというか、不安からでは無く、酷い目にあわされた相手を見るような畏怖の目だ。
私が一歩踏み出すと、彼の身体が大きく震える。こちらを見ようとしているが、絶対に目を合わせようとしない。どうやら、先ずは彼に敵対心が無いことを示す必要があるらしい。私はその場に正座すると、両手を広げた。
「安心してください。私達はあなたを傷付ける気は毛頭ありません。だから、怯えないでください」
私は出来る限り柔らかく、彼に話しかける。無防備な私に少し警戒心が解けたように思えたが、まだ疑いの目を浮かべている。
「どうして、私達をそこまで警戒しているんですか?」
私がそう言うと、彼は大きく目を見開いた。そして、また体が震えだす。しかしそれは恐れから来ている物では無かった。
「お前達が何をしたか!? 何故そんなことが言える! 今までの所業を忘れたとは言わせないぞ。お前達が私の家族を殺したんだろう!!」
彼は今にも噛み付いてきそうな勢いで怒声を上げた。私達が彼の家族を殺した……? 全く身に覚えの無い話で反応に困る。その態度を彼は、私が触れて欲しくないところに触れられた、と勘違いしたようで、掛け布団を投げ捨て、掴みかかってきた。
思わず、私は悲鳴を上げる。立ち上げる前に、彼に押し倒され、両腕を塞がれてしまった。怒り狂った彼の目は直ぐにでも私を手にかけそうだった。
「その目だ、その目に私達の家族は、友人は殺されたのだ!」
彼の騒ぎを聞きつけた村の住人達が部屋に入ってきた。住人達は直ぐに私から彼を引き離し、押え付ける。
「あの、どういうことですか?」
別の部屋に連れて行かれそうになっている彼に声を掛ける。彼との話はまだ終わっていない。
「私達はあなた達の家族や友人を殺していません。それに、私達の目に殺されたというのはどういうことですか?」
彼はこちらを向いて自傷気味に笑った。何もかも諦めた表情である。
「私はこの大陸の向こうから逃げてきた。私がいた国の圧政に耐え切れなかったんだ。だが、その途中でその国の船に見つかり、乗っていた船が沈められてしまったんだ。そして、私だけ命からがら生き残った」
赤い目と青い目を持つ国王がいる国だ。その国は侵略を繰り返し、別の種族を虐げられていた。彼はそう言った。
私達の中で触れたくない、触れてはいけない話を聞いてしまった。赤い目と青い目の種族だ。私達と同じ目を持った種族だ。
「その国の王は――」
その国の王は、魔王と呼ばれていた。
彼の名はダイナンさん、と言った。ダイナンさんは、あの国で、造船業を生業として働いていたらしい。
ダイナンの話は、にわかには信じ難い――信じたくない話。
海の向こうの大陸に、赤い目と青い目を持った種族が治める国がある。その国は海岸に面して、貿易や造船業で少しずつ発展した。種族に関係無く、様々な人種が暮らしていた。王族も庶民との交流が深かった。小さいが、平和で友好的な国。それが誰もが持つ第一印象――だった。
その国が変わり始めたのは、三つ隣の国――仮にこの国をA国とする――から、戦争用の船の依頼が来た頃。王も初めは返答を渋っていたが、相手の外交官に言葉巧みに騙され、契約を結んでしまったらしい。この時初めて、争いに使われる道具が、その国に持ち込まれた。そういった船を作ったことが無かったダイナンさん達は、手探り状態だったが、渡された設計図をもとになんとか相手が満足させる物を作り上げたそうだ。
だが、それが失敗だった。今更後悔してもしきれない程の結果を招いてしまったのだ。
戦争は見事、A国が勝った。自分達の船が役に立ったのは喜ばしいことではあるが、それが争いに使われたとなると、素直に喜べなかったらしい。それから、A国はまた戦争用の船を依頼してきた。また戦争をするらしかった。次々とその国に争いの技術が持ち込まれ、やがてそれは、国の思想までも変えることになった。王は自国が狙われた時の対抗手段として、自分達も戦艦を持つことにしたのだ。あくまで、自分達の身を守るため、王はダイナンさん達国民にそう弁解したそうだ。ダイナンさん達は王を信じ、戦艦を作った。国を守るため。それ以外には使われないはずだった。それは周辺の国が持つ戦艦よりも、さらに機動性に優れていた。
国王が突如として左のB国に攻撃を仕掛けたのは、その戦艦が出来てから十日のことだったそうだ。ダイナンさん達は直ぐに王の下に説明を求めた。王は国民達に、B国が自国を狙っているという情報を秘密裏に手に入れ、国民に被害が及ぶ前に――例えそれが不意討ちであろうとも――国民を守る為ならと攻撃を仕掛け、相手が体制を整える前に圧倒的な武力で倒そうとしている、と。
ダイナンさん達はこう言われてしまえば、文句も言えなくなってしまった。あくまで自分達を守るため。戦艦を持つ時もそう言われたのを、ダイナンさんは覚えていた。この時から国王――いや国が、と言うべきか、徐々に変わり始めていた。戦艦を造ることが増え、赤と青の目を持たない人達への差別が激しくなっていった。
ダイナンさんは戦艦作製に追われ、毎日毎日倒れそうになるまで働かされていた。ダイナンさんの仕事仲間には実際に倒れてしまう人もいたが、それでも休ませてもらえず、起きては倒れ、起きては倒れを繰り返していた。
ダイナンさん達はこのまま過労死する前に、何処か別の国に逃げることを考えた。幸い、造船業を営んでいたダイナンさん達には、船という逃走手段があった。行く宛が決まっていなかったが、他の国に比べて頭一つも二つも出ている造船技術を売りにすれば、きっと受け入れてくれる場所があるはずだと、そう思っていた。ダイナンさん達は家族に事情を説明して、食料や衣類、お金を集めていった。怪しまれないように少しずつ、少しずつ……。
二ヶ月後、ダイナンさん達の作戦が実行された。深夜、ダイナンさん達は行動を始めた。船は少し旧式になるが、戦艦もどきの物を使用することになった。船に必要な物を積み込み、
出航の準備を進める。
周りは嫌な程、静かだった。灯りは最小限で物音を出来るだけ立てずにやってはいるが、それでもいつバレてしまうか、予断を許さない状況なのは変わりない。荷物も全て積み終わり、ダイナンさん達は船に乗り込んだ。
後は海に出れば、国から逃げることが出来る。ダイナンさん達は帆を広げて、海に出た。海は穏やかで無理なく静かに進んでいる。甲板には、最小限の人達を残して、他の人達は船内で休んでいた。
突然の砲撃音が響き渡ったのは、ダイナンさんが見張りをしていた時だった。
追手だ。ダイナンさんは直ぐにそれを悟った。何処で気付かれてしまったのだ。しかし、そのことを考えている暇など、その時は無かった。
砲弾で海面が波打ち、船を揺らす。砲撃音と揺れで目を覚ました仲間達がぞろぞろと船内から出てきた。ダイナンさんは手短に状況を説明すると、帆を広げて追手から逃げる。幸い追い風で船は速度を上げて、追手から離れていく。他国の領海に入れば、相手も諦めざるを得ないだろう。
だが、ダイナンさん達の結果は既に分かっている。追手の船の方が速かった。最新鋭の戦艦には勝てなかった。そして、あとの展開は分かっている通りである。そうして、ダイナンさんは、私達の村に流れ着いた。
ダイナンさんの話を聞いた後、私達は絶望感に包まれた。私達が尊敬し、憧れていた物が音をたてて崩れていったのだ。それは神への信仰心のような物に似ていた。神を見失った私達はそれ以降、彼らの話をする者は居なくなった。
それから一ヶ月して、ダイナンさんは私達の村を旅立った。いや、旅立ったというより、去ったと言った方が正確だ。ダイナンさんはたまに来る商人に交渉し、知り合いの船乗りに会わせてもらうことになったのだ。私達の村で生きていけなかったわけではない。あの事件を無かったことには出来ないが、ある程度のコミュニケーションは取れていた。しかし、ダイナンさんは矢張り、あの目を忘れることが出来なかったのだ。
村に戦艦が来たのは、ダイナンさんが旅立って、三年が経ってからだった。初めは水平線上に見える戦艦の影が何か分からなかった。漁に出ていた人達はその得体の知れない何かに驚き、ぞろぞろと村まで帰ってきた。戦艦は全部で五隻、村の沿岸を囲むようにこっちに向かっていた。私達は何かの対処をする――出来ることなど何も無かったけれど。私達はそれを戦艦と認識する前に、戦艦は私達の村に砲撃を始めた時だった。最初の砲弾が私達の村に撃ち込まれた時、それが私達を狙っていることに気付いた。私は直ぐに後ろの森へ逃げた。背後で砲撃の音が轟いているが、戻って確認する気など更々起きなかった。村はいとも簡単に壊滅に追いやられた。森に逃げてからしばらくして、砲撃の音が止む。それでも私は村に戻ろうとは思わなかった。そんなこと命を捨てるような物だ。もしかしたら私達を追って兵士達が来ているかもしれない。地の利があるうちに逃げなければ。
私は逃げた。逃げて逃げて逃げ続けた。そうしなければ、生き残る術が無かった。そうして、私は世界中を旅することになった。私の持つ赤い目と青い目のことを知らないところがきっとどこかにあると信じて。
世界を回った私はいろいろなことを耳にした。今、私と同じ目の人間が問答無用で処刑されていたり、奴隷にされていること。反乱を起こしたリーダーが政権を持ったこと。私の他にも生き残りがいるかもしれないこと。反乱のリーダーが、勇者と呼ばれていること。
私も彼らも人間だ。魔の物でも無く、化け物でも無い。私も同志達も勇者もみんな同じ人間なのに。確かに魔王がしたことは間違っている。しかし、何故私達まで狙われた? どうして見た目だけで判断される? 何で話を聞いてくれないんだ? 私達が、何をした?
あれから二十年の月日が経ち、今私の後ろには幾万の同志達が列をなして進んでいる。皆、勇者達に大切な物を奪われてきた。目には目を、歯には歯を。復讐には復讐を。奪われたら奪うしかない。私は右手を空に突き上げた。もう止まらない。止められない。
「今こそ、積年の恨みを晴らす時だ! 平和ボケした勇者など敵では無い!! 全軍突撃―!!」
この日――後に魔王の再来と呼ばれることになるこの日――負の連鎖は止まらない。新たな負を生み出し、回り続ける。この連鎖が止まる日は、いつか来るのだろうか?
<終>