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桜の牢獄  作者: コガラシ
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4-2 囚われの月夜


 月夜は眼前の少女を観察する。

 ぼろぼろに汚れた白のワンピース、紺色のスカートは所々避けている、

 長い間、監禁され続け、乱暴され続けたのだ、衣装がこうなるのも当然だ、

 しかし、彼女の体はどこも傷など無く、

 スカートから覗く健康的な色をした肌が輝いている。

 顔はまだあどけなさを残しているが子顔で、

 保護欲を掻き立てる少し垂れ下がった大きな目には生気がありありと見え、

 監禁され風呂にも満足に入れないはずなのにポニーテールの髪先まで

 まるで先ほど手入れしたような、美しい髪をしていた。

 

 矛盾する彼女の状況と彼女の状態、恐らく彼女は霊体であると月夜は判断した。

 恐らく彼女は来ない待ち人を待ち続けるあまり、その願望が呪いとなって

 人々をこの牢に引き寄せていたのだ。

 

 「早く逃げて!アイツに捕まる前に」

 

 「何を言ってるんだい、そいつは君が作り出したんだよ

  そしてコイツはもう動かない、御札で封じているからね」


 余裕綽々の月夜、

 うつむいたアイツと呼ばれる汚い長髪を垂れ流した小太りの中年男は、

 御札の力により金縛りにあったように動かない、

 (コイツは御札で縛ってあるんだ、何かの間違いで札が取れない限りは大丈夫)

 月夜はそう思いながら、貼った御札を見ると、

 札が光の粒子状になって散りながら消えていっている。


 「そういうことか、これは厄介だな」


 この空間は彼女が作り出した空間だった。

 彼女はこの空間の神であり、この空間は彼女の思う様に変換できる。

 悲しいことに、彼女自身がそれに気づいていないのだった。


 (この世界は待ち人を迎える為の装置、待ち人以外が牢を開けられない様になっている

  やっぱり(まちびと)が必要だな) 


 御札が半分ほど消え去ると、アイツは動き出し始めた。

 立ち上がり、再びバットを持ち月夜に襲い掛かった。

 月夜は両裾に手を引っ込めて、隠しておいた御札を指の間に挟んで取り出し、

 左手で牢獄の少女に、右手でアイツに御札を投げつけた、

 御札はまるで弾丸のように真っ直ぐ進み、アイツの額にバチリと貼りついた、

 バットを持ったまま小太りのアイツはピクピク震えながら、

 反り上がったまま静止している。

 しかし、少女のほうに投げた御札は檻に阻まれ、火花が檻に走ると、

 そのままお札は弾かれ、地面に落下した。

 

 「駄目!騒ぎを起こしたら、アイツの両親まで降りてくるわ!

  どこかに隠れて!!お願い!!」


 「これは君の受けた被虐の記憶が作った無意識の牢獄なんだよ

  だから、君が正気になれば、正気に…って無理だよねぇ…うーん」


 後ろから、二つの階段を下りる足音、降りて来た者は、

 全身が焼きただれた50歳ぐらいの夫婦。

 焼けていても高価だろうと思える着物を着ていた。

 この屋敷の大きさも考えて、持ち主は相当なお金持ちだったに違いない。

 

 「祭原さまとは大違いだ、あの人は10000円の貧乏スーツを着て、

  事務所の賃貸料に泣いているのに、君達と来たら…」


 焦げた老夫婦は、月夜を蒸発して空洞になった目で見た。

 そして、腹の辺りが蠢いたかと思うと内臓ではなく、腹から鎖が突然飛び出した。

 2本の鎖は弧を描き上から、下から月夜の手足めがけて進み、 

 月夜はあわてて御札を用意したが間に合わず、

 鎖が手足に巻き付き、動きが完全に封じられてしまった。


 「乱暴な歓迎だね、

  私まで箱入り娘にする気かな、困ったなー

  これでは、祭原さまを待つしかないのだよ

  すまない、やるだけの事はやっておきたかったのだが、ここまでだ」


 鏡子には自分が無意識で月夜を拘束している事も知らず

 少女に対して同情する様にな目を向けていた。

 

 「ああ、また捕まってしまった、また私のような目に合わされるのね!

  なんて、なんて可哀想なあの娘。

  なんて、なんて可哀想な私 」


 (貞操の危機だなこりゃ、困ったぞー)と思いながら、月夜は苦笑いを浮かべた。

 月夜は自分の目を紅く輝かせ、呪詛の言葉を呟き始めた。

 自衛の為の呪詛、やつらの動きを止める為に。

 拘束する鎖の力が弱まり、小太りのアイツや焦げ夫婦が月夜の呪詛に反応し、

 うずくまってもがいている。


 (呪詛の言葉は長くはもたない、助けが来るまで持てばいいんだけど…

  彼女は正気のつもりでも、精神が崩壊していて意思疎通出来ない、

  自分のトラウマを永遠と繰り返す世界を無意識に作りあげたんだ。

  待ち人に助けてもらうという瞬間、それを叶える為だけに。

  その望みが怨念と化し、彼女は化生になり、自分自身でこの地獄を作ったんだ)

 

 鎖が緩んだ隙に自分の服の胸元に隠した鏡を取り出す。

 月夜の紅い目の光を浴びて、自身を写していた鏡は、地上の状態を写し始めた。

 鏡には祭原が興信所や役所を駆け回り、

 この屋敷の調査をがむしゃらに行う姿が写されていた。


 ふと、写ったカレンダーを見ると、すでに祭原と別れた日から3日が経過していた。

 ここで流れる時間は、現実とはだいぶ違うらしい。

 そう解ると、月夜は安心し、呪詛の呟きを辞めた。

 再び、鎖によって拘束され動けなくなったが、顔には余裕の色が戻っていた。

 こうしている間に、祭原はここにやって来る、この呪いを解く鍵を持って必ず来る。

 きっともうすぐ。

 そう確信していた。



 

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