3-2 枝垂桜に消ゆ
日ごろの不摂生が祟って、
少し走っただけでアバラの下から来る痛みに顔が青くなっていた。
駅のプラットホームで息を切らせながら切符を買い、
こっちを先回りしているはずの巫女服の少女を探していた。
月夜にはある程度、祭原の意思や思考を読む事が出来る。
仕事に行く前に、全ての準備が整っていたり、
仕事から帰ると食べたいと思っていた、新作のカップラーメンが用意されていたり、
嬉しいのは嬉しいが、正直、心が見透かされているのを心地悪く感じていた。
一心同体のはずなので祭原も月夜の意思や思考を読めるはずだが、
彼は見たいとも思わないし、実際出来ない。
月夜は祭原を主と言ったが、これではどちらが主でどちらが従であるのかわからない。
今回も彼女は思考を読み、こっちの先回りをしているに違いない。
「ぜぇ…ぜぇ…、車欲しいなぁ。
探偵が電車移動なんて、カッコつかないぜ、全くよぉ」
「まったくだよ、祭原さま。今時、小学生だってタクシーで移動するんだ。
いい大人の祭原さまが徒歩だなんて、
月夜は悲しくて、祭原さま救済基金を設立する勢いだよ」
月夜は祭原の後ろからひょっこり出てきた。
祭原はさっきの月夜が自分に行った悪事に対して、
蚊を殺した程の罪悪感すらない様子を見て、怒る気が失せてしまった。
「そんなコドモにはダイコン飯喰わせて『贅沢は敵だ!』と教育してやる!」
昼過ぎの人が少ないプラットホームには、自身の雰囲気と相まって、月夜の巫女服は
目に刺さるほど浮いて見えた。
「おまえなぁ、こんな格好で恥ずかしくないのかぁ?
街中で巫女服なんざコスプレ以外の何者でもないぞ」
「大丈夫だよ、ほら」
巫女服の裾から、呪詛の言葉が書き込まれた御札を見せる。
「これに私の存在を皆に見えなくする術式をほどこしておいたからね」
月夜には呪術や秘術の知識だけでなく、術者としても一流の使い手だった。
以前、この格好で騒がれたので、対策のお札を用意していたようだ。
「じゃあ、今の俺、虚空に向かって話しかけてる危ない人に見えるって事ぉ!?」
「いったじゃないか、私達は一心同体だと。
月夜の力で祭原さまにも同じ術の影響が及ぶようにも出来るんだよ。
話している時は、お互いが感知されなくなる様にしてあるから大丈夫。
必要な時以外は皆に感知されないよう念じているから、
周りからまるで気にされないよ、ほらほら」
そう言うと、月夜は自分の顔をゴムの様にびろーんと伸ばして、
前から来る親子に見せつけたが、すぐ近くまで来ても、
まるで柱をよけるように欠片も気にせず通りすぎていった。
「どうだね、見たかね月夜の力を。
祭原さまもこのお札を持ってれば、周りに感知されないよ、
月夜のお札貸してあげるから、恥部露出でも、盗撮でも、
欲望のままに行動するといいですぞ。
月夜は人目が消えてむき出しの獣性が露になる
汚い祭原さまを見て人生経験を積むから」
「んなことしねぇ! 本当にお前は俺を何だと思っているんだぁ?
お前の分の切符も買ってるから、いくぞ!」
「ただで素通りできるのに、へんな所で几帳面だねぇ、祭原さまは」
基本的に祭原はモラルに反する事を嫌っていた。
貧乏でも、拾った財布は警察に届け。
溺れている人が居たら自分が泳げなくとも水の中へ助けに行く。
そんな祭原は超越的な力を借りて、自分が得をする行為は悪であると考えている。
月夜と繋がる事で得た自らの力も、同じ超常のモノに相対する時にしか
行使しない事を自らに科している。
そして、超常の力を行使することにより、
自らの存在が化け物に変わるのじゃないか不安だった。
電車に揺られながら祭原は(なるべく今回は力を使わずに仕事を済ませたい)
と考えていた。
自分の力について考える内に自然と左目の周りを触ってしまう、
そんな姿を月夜が見ているのに気づいた祭原はバツの悪そうな顔をした。
「祭原さまは、何を不安がっているのだ」
「別に、何でも無い。
今回は化け物の類と戦う様な事態は避けたいなと考えていただけだ、
そんなのは探偵のすることじゃない」
「なあんだ、てっきり最近やたらとガチムチな男子からの視線を感じたり、
たまに男に痴漢されたりしてて、ホモに掘られる不安を感じてるのじゃないかと
月夜はおもったんだけどなぁ」
「えぇっ!? 何でそれをお前が知ってんのぉ!」
月夜の言うとおり祭原は、連日、男関係の災難が自分に振りかかるので恐怖していた。
特に昨日は図書館で本を読んでる最中にいきなり男から耳に息を吹きかけられ、
その場から泣いて逃走していた。
「暇だったんで、ついやっちゃったのね ごめんなさい祭原さま」
と携帯を取り出し、画面に映った掲示板を祭原に見せる。
掲示板には祭原の上半身裸の写真が載っていた。
「えーと、
<当方ピチピチの25歳。奥手な僕を優しくエロ調教してくれる肉感あふれる兄貴を
募集しています。耳に息を吹きかけられると男を求めてしまう
そんな淫乱な僕をYOROSHIKU…>
なにこれ、なにこれ!!なんだよこれぇ!!!また、おまえの差し金かよぉぉぉ!!
お前のせいで俺がどんな目にあったか!わかってんのかよ!!
いや、わかんないよな!!
お前のせいで日常がオールウェイズ新宿2丁目だよ!!どうしてくれんだよ!!
月夜ぉぉ!!俺が犯されたら責任とってくれるんだろうなぁぁっ!!
月夜ぉぉぉ!!!
はぁ……はっ……あれ!?」
気づくと一人電車内で立ち上がって、虚空に向かい怒鳴る男を、乗客全員が見ていた。
「あははー、ごめんね、怒られてビックリして祭原さまだけ術が解けちゃったみたい」
月夜の後ろを見ると、女子高生が恐怖に引きつって目に涙を浮かべ祭原を見ていた。
周りの人には女子高生に向かって
意味の解らない言葉を話す狂人に見えていたに違いない。
「嘘ぉ…マジで?」
そう呟いた瞬間、祭原の後ろの席に座っていた男子高生が立ち上がって
祭原に拳を叩きつけた。
「この娘から離れろ!!変態野郎!」
「怖かったぁ… ありがとうございます!」
祭原は床に倒れたまま、二人のラブストーリのプロローグを哀しい目で見ていた。
「なぁ…月夜。俺の存在を完膚無きまでここから消してくれぇ…」
「はいなー」
そうこうしている内に電車は目的地にたどりつき、
二人は失踪が起きた付近を調査し始めた。
被害者家族や付近の住人に聞き込みなどを行うも、
清水からもらった調査書どおりの結果で、
これ以上、普通に探偵として調査したのでは何も得ることが出来ないと確信した。
(此処からは、常識の範囲外の調査を行う必要がある)
そう思うと、祭原は自然と左目に意識が集中するのを感じた。
後ろに着いて来ながら、調査中の祭原の行動を気にも止めず
ずっと手からぶら下げた水晶の首飾りを胸から水平に掲げながら、
ぶつぶつと術式を呟いていた月夜は、すでに何やら確信めいた顔をしている。
祭原と目が合った月夜は、ニコリと微笑んだ。
「祭原さま、このまま真っ直ぐだよ、真っ直ぐ。
そこが此度の失踪の中心地、神隠しのかくれんぼ先だ」
前を歩いているのは祭原だが、知らぬ間に月夜に先導されている様な感覚があり、
自然と足が目的地であろう場所を知ってるかの様に進む。
「やっぱり、神隠しなのか…何故、無意味に、無差別に人を攫う?」
「それは行って見てのお楽しみ」
5分ほど歩くとそこは、大きな公園だった。
遊具など鉄棒しかない、後はベンチとだだっ広い地面があるだけの公園。
「公園、ここがそうなのか?
弁当で言ったら、ご飯に梅干しか乗ってない、
砂漠のような日の丸弁当だよなぁ、この公園は。
俺が子供時代の時の公園は、幕の内弁当のように遊具が並んでいたよ…さびしいねぇ」
「祭原さまこっち、こっち」
月夜が指差した先に、見事な枝垂桜が咲いていた。
見る者の心を奪うような桜色に、祭原の心も一瞬で囚われてしまった。
「もう4月も半ばを過ぎてるのに、綺麗に咲いているもんだなぁ…
ここで飯でもくうか?なぁ…月夜、月夜さん?」
笑顔が常に張り付いているような月夜が、珍しく真面目な顔してるのを見て
祭原は自分の仕事を思い出した。
「ここが、災禍の中心だよ。
桜の花びらには、わずかだけど麻薬成分があるの知ってる? 祭原さま。
この爛漫な枝垂桜の妖気が人を高揚させ、異界に誘う足がかりになっているよ
さあ、その左目でよくこの桜の木をみるんだ」
いきなり、核心を目の前に突きつけられて狼狽するも、
恐る恐る、右目を手で塞ぎ、左目に全神経を集中した。
祭原の紅い左目には月夜と同じ異能の力が宿っていた。
____ズズッ…____
___ 一面の黒と赤い霧の世界、 ___
___宙に張り付いた桜の花びらが不気味に宙に固定されていた___
______目の前には、桜色に輝く枝垂桜___________
空間で一際輝く、桜の木から精神を体ごと引きずり込むような瘴気が放出されていた。
徐々に体が重くなるにつれ、心が浮ついて、
心が体から離れるような感覚に祭原は陥っていた。
祭原を包む瘴気が次第に指のような形に変わり、
全てが持っていかれそうなそんな気持ちに。
(コレイジョウ ミテイテハマズイ…)
祭原は危険を感じて、左目を閉じた。
「はあっ…!はぁっ…!何だ!何なんだコレは、
桜自体が化生になっちまったって言うのかぁ!?」
「桜自体が"そう"なったんじゃないよ。
人の魂が取り憑いて"こう"なったのさ。
祭原さま、昔にね、ここに屋敷が在った形跡があるんだ、
きっと、その屋敷の住人がこの枝垂桜を変異させた原因だよ」
もちろん、普通の目には唯の更地にしか見えない。
月夜には呪術の心得だけでなく、過去視の力も備わっていた
「人の魂が乗り移ってるのか!?この桜に!?」
「そうだよ、私は桜の住人を訪ねて内部を調査してみるよ。
祭原さまは、屋敷の住人だった人を調べて、ここに連れてきてください。
きっと、今回の件を解決するして、囚われた皆を解放するには"鍵"が必要になる」
「"鍵"が何だか知らないが、一人で行くのは危険だろ!俺も一緒に行く!
でも、どうやって桜の主と会うんだ!?」
「神隠しに神隠されるのさ」
そういって月夜は地面の石を拾い上げ、それを上に投げた。
石を追って見上げると、空に待った石が一瞬で重力に負け、地面に転がり落ちる。
石から目を逸らすと、今までそこに居たはずの月夜が居なくなっていた。
「月夜ぉ!!てめぇ!!また勝手にぃー!!!」
激昂した先には誰も居なく、ただ寂しさと虚しさが祭原の胸に去来した。
「畜生…畜生… 勝手なヤツめ…!
後で覚えてろよーーーっ!!月夜ぉ!」
左目の力で、異界の入り口を探すも、霧をつかむばかりだった。
枝垂桜は人を引き込んで満足したかのように
人を引きずり込む様な瘴気は消えていた。
(異界の扉を開ける鍵が必要だ。
その鍵は消えた屋敷の住人が持っている。
そういうことだな…月夜!)
祭原は走りながら、消えた屋敷の調査に向うのだった。




