表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
桜の牢獄  作者: コガラシ
13/14

7-1 桜の散った後

 



 半年もの間、世間を騒がせた失踪事件は、

 10人もの被害者が突然に、全員同じ場所で発見されるという、

 不可解な形で一応の解決を向かえた。

 真の原因が少女の怨念だったという馬鹿げた話を警察が発表するわけも無く、

 失踪の原因は今だ調査中という形で報道機関に発表され、

 連日ニュースで『集団神隠し事件の影に宗教団体』、『神隠し現場に怪人を見た!?』

 などなど、半ば都市伝説めいた形で報道がなされていた。


 いつもの様に椅子を反対にし、背もたれを抱え込むようにして座り込んで、

 祭原はぼーっとしながらニュースを見ていた。

 久々の仕事の後の鉛のような疲労感で、仕事の事を臭い物に蓋をする様に放置し、

 最近は事務所に引きこもってテレビやゲーム三昧の日々だった。


 そんな中、事務所にチャイムが鳴り響いた。

  

 来客者は家主の反応を待たずおもむろにドアを開け、

 家来の屋敷に入る殿様の様な威風で祭原の居る応接間に入ってきた。


 「アンタかよっ!俺の菊を狙う痴漢が強姦しにきたのかと思って身構えたよ」


 「お前を刑務所にぶち込んで、本当にお前のが黒菊になるまで

  囚人達にまわされる様に仕向けてもいいんだぞ」

 

 相変わらずビッとした姿勢で、すっとぼけた祭原を冷たくいなす清水であった。

 

 あの事件の後、祭原は第一発見者として警察で取調べを受けたが、

 ありのままを報告するわけにはいかず、偶然発見したと嘘の供述をした。

 その後、事情を知っている清水に、今回の事件の真相を教えるも、

 報告しようも無い結果に頭を抱え、そのまま帰ってしまった。

 

 「この事件をどうするつもりなんだ?享ちゃんはさぁ」

 

 「どうにも出来んよ、犯人が幽霊ではな。

  第一発見者のお前を犯人に仕立て上げたい所なんだが、いいよな?」

 

 「やめろぉ!!警察がそんなこと言っていいのか!?

  解決してやった恩を仇で返すのかよぉ!!」


 「被害者はともかく、こちらはお前に借りた恩なぞ何も無い。

  警察としては失踪の原因を究明出来ぬまま、

  偶然に失踪者全員が同時に見つかるなんて、

  そんな結果は俺と警察には何の利益もない」


 「全員無事たすかったんだぜぇー、それでいいじゃないかー」

 

 「いいか、聞けよ、この悪性大腸菌野郎。

  被害者を警察が確保し、事件の原因を解明し、

  市民を安心させるのが、我々の仕事だ。

  今回の事件は謎の事件が謎のまま、謎が謎を呼び、警察は為すすべない。

  警察の信用が失われ、ニュースで恐怖を煽れられ、民衆の人心乱れる。

  全く困ったものだ。

  だからお前が犯人でいいな。

  催眠術で皆を洗脳した事にておくよ。

  新興宗教の教祖って事にするから刑務所でも箔がつくし、いいだろ?」


 「だから、やめろぉ!! 俺のような善良な市民を不当に冤罪にするなよ!

  享ちゃん、怖い冗談は止めて本題に入ろうよぉ」


 「冗談…!?私は全くの本気でそういっているのだが…まぁいい」

 

 「よくない、よくないよ!勘弁してください」


 清水は今回の事件の経過報告と祭原への報酬について報告する為に、

 この事務所にわざわざ来てくれたようだ。

 

 失踪事件の被害者達は、身体には別状無く一週間もしない内に皆退院したらしい。

 被害者に失踪時どこで何をされたかを聞いても、

 全員攫われていたときの記憶がなかったという。

 記憶があってトラウマに苛まれるよりはずっと良いと祭原は思った。

 

 また、枝垂桜の下から10年前に失踪した『山崎 鏡子』の遺骨が発見された。

 地下室で死んだはずの彼女の死体が何故かそこに埋まっていたという。

 彼女の遺骨は両親の元に帰された。

 西法寺の家の誰かが通報していれば、彼女はこんな形の帰宅はしなかっただろう。


 

 祭原は事件の後、そのまま自分も後追いしそうな雰囲気の西法寺に声をかけた。

 彼は何度も鏡子にもう一度会う方法について聞いてきたが、

 会えるとしたら死後であるという事は伝えられず、祭原は不可能だと答えた。

 「これから俺はどうやって罪を償っていけばいい?」

 そういって、西法寺はその場を立ち去った。

 「成仏した死者に償いなど意味無いのにね」という月夜の発言を聞き、

 確かに、そういったものは自己満足なのかもしれないと祭原は思った。

 

 

 清水は経過報告を終えると何やらファンシーな絵本を印刷したような

 プリント紙を数枚、机に置いた。

 

 「それと、後輩にお前を犯人として起訴する場合の資料を、

  練習で作らせて見たんだが、どうかな?

  お前に見せる為に、原始人でも解るように作れよと言っておいたからな、

  漢字の上に全部ひらがなで振り仮名を振ってある上に、

  可愛いわくわくパンダ刑事が順を追ってわかり易く説明してくれてるぞ、

  今回の事件はお前の催眠術が原因でしたとな。

  全く後輩はいい仕事をしてくれた。

  学の無いお前でも自分が犯人のほうが世の中が良くなるって解っただろう」


 「俺と一緒の大学でといて、何言ってんだよぉ!

  何で俺をそんなに真犯人にしたい!?

  後、俺への嫌がらせの為に後輩にわけわからん書類を作らせるな!」

 

 「そういえば、お前が話してくれた西法寺 周蔵だが…」


 「あいつがどうかしたのか!?」


 気になっていた名前が出て祭原は直ぐに食いついた。

  

 「昨日、警察署に自首しに来た。

  10年前に屋敷を放火し、両親と兄を殺したのは自分ですと言ってな」


 「やっぱりな…こういう形でケジメをつけようってか」


 「罪悪感で今にも自分で自分を殺しそうな顔だったよ、

  人間は不思議だ、人を殺して平気な人間もいれば、

  罪の意識で耐えられず自首する人間も居る。

  人間は性善なのか、性悪説なのか、刑事をしていると解らなくなる」


 「他に何か言っていたか?」


 「鏡子さんを救えなくて申し訳ありませんでしたと、両親に伝えてください。

  そう言われた。」


 多分、西法寺は一生鏡子に対する罪悪感を抱えて生きるのだろう。

 鏡子は本当の意味で西法寺を捕まえたのだ。


 拘留所で膝を抱えてうずくまる西法寺を、後ろから抱きしめる鏡子の霊

 そんな光景が祭原の頭の中に浮かんだ。

 

 「報告する事は以上だ。

  そして、報酬に関してだが…」

 

 「待ってましたぁ!!期待してますよ国の太っ腹さを」


 清水はそっと支払金が書かれた書類を机に置き、

 祭原がそれを餌を待たされた犬のようにかっぱらう。


 「えーと、ゼロがひいふうみぃ… 

  あ、あの、少ないんですけど、ゼロが少ないんですけど

  どういうことですか、10人も見つけて、俺死にかけたんですよ

  もうちょっともらっていいんじゃないですか!?」


 「いやだって、事件は原因不明で事件終わったし、

  失踪者も偶然見つかったって形になっているんだ、

  公にはお前は何もしていない事になっている。

  頭に花を生やして鼻水垂らしながら歩いてたら偶然、第一発見者になった、

  それだけだ。

  こちらは調査にかかった費用ぐらいしか出せない。

  生活がキツくても大丈夫だ、頑張れば気合で光合成できるだろ、お前って」


 「出来ないよ!

  ううっ…うう~っ…頑張ったのに、俺、超頑張ったのに…」


 これからの厳しい生活を思うと自然と涙が溢れる祭原だった。


 「そういうことだ、もう帰るぞ」


 「待って!せめてメシ!メシ奢って!!メシぃぃぃぃぃ!!」


 取りすがる男を全く問題にせず、清水はスタスタと帰ってしまった。

 これだけの収入では事務所の維持費でほとんど消えてしまい、

 また、食費を捻出する為に日雇いの労働に出かけなければならなかった。

 そして、もちろん月夜にあげる約束の報酬のゲームソフトを買う余裕は無い。

  

 月夜が部屋の外で、収入が入ったであろう祭原を待っていた。 


 「月夜、ごめん。

  ゲームソフトはまた今度でお願いします。

  来月必ず買うから、ねっ」


 「そうかー わかったよ 祭原さま」

 

 そう伝えると、がっかりするでもなくあっさりと月夜は自分の部屋に帰った。

 余りにリアクションが無かったので不安になった祭原は月夜の部屋を訪ねる。

 するとパソコンで何やら怪しいホームページを作成している月夜の姿が見えた。

 

 「何やってんの?月夜」


 「いやね、祭原さまの収入に頼ってたらいつか、二人とも餓死しちゃうかなって

  そう思って月夜は商売を考えたの」

 

 「えーと、何々…

  <出張ホスト エロかわダンディこと"SOUSHI 祭原" 

         わたくしがマダムもメンズもまとめてお相手します>

  うーん、ナニこれ?どういうことか説明してくれないかな…」


 「頑張って!祭原さま。探偵よりこっち方面の仕事が向いてるよ、うん。」


 「何してんのぉぉ!俺人見知りだからホストなんて出来ないし!」


 すると、胸に入った携帯電話が震えだした。

 反射でつい祭原は電話に出てしまった。


 「は、はい、祭原でございますっ!」


 「出張ホストなんてやってたんだね、はぁはぁ…

  覚えてる?この前に君の耳に息を吹きかけた僕だよ…」

 

 「え、え!?

  嫌ぁぁぁぁぁ!!!」

 

 ___ピッ___


 通話を切り携帯電話を放り投げた。


 「月夜ぉぉぉぉ!!何やってんのぉぉぉ!!」


 「頑張ってね祭原さま、月夜はコンビニに行きますので、さらば」


 「マテェェェ!!月夜ぉぉぉ!!」


 意外と足の速い月夜を必死で追いかける足に、

 転がったペットボトルが引っかかる。

 それは、清水が飲んで捨てた天然水のペットボトルだった。

 転んでまた顔から地面にぶつかり、また祭原は廊下を血でぬらした。

 

 外では桜が散り果てて、春が終わろうとしていた。


 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ