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桜の牢獄  作者: コガラシ
12/14

6-2 解放

 



 「あぁぁぁ!溺れる、溺れるぅ!!」

 

 何も無くなったはずの空間で祭原は、手足をバタバタさせて浮いていた。

  

 「やるじゃないかー!さすがはさすがは祭原さま、月夜は感服致しましたよ!」


 「ひぃぃぃぃ!床が、何故か、床が、固形物が水に!!沈む!溺れる!

  床を飲んじゃうよぉ!汚いよぉ!」


 「彼女が望んだイメージがこれだと、どこで気づいたの?

  ずっと恋人と美しい枝垂桜の下で花見をしたかった…

  その願いこそ、彼女の未練を断ち切り、正気に戻す鍵だったんだ。  

  恋愛経験ゼロの祭原さまが、乙女心を理解するなんて、

  明日はカエルが空から降ってくるんじゃないかな」


 「死ぬ!!死ぬ!!死んじゃう!!童貞で死ぬなんて!!

  嫌!嫌!嫌ぁぁぁぁ!!」


 「ほら、見て!待ち人を待ち続けて化生になった彼女が、

  未練から開放されて、元の姿に戻ったよ」


 破れた服が元に戻り、先ほどの幽鬼の様な表情が消え

 鏡子は安らかな顔つきに戻っていたが、

 祭原はそれどころではなかった。

 

 「あわわわ、あわわわわわ!!天の国が、天の国が見えるよ!おっかさん!!」


 見かねた月夜は裾から取り出したハンマーで祭原の頭をどついた。

 

 「ぎゃわっ!!何すんだ月夜ぉ!って月夜ぉ!生きてる!?

  ああっ!俺も生きてる!わーい」


 祭原は自分の生を確認する様に手を開いたり閉じたりした。


 「ほら見て、祭原さま」


 月夜が指差す方向を見ると、西法寺と鏡子が枝垂桜の下で向かい合って座っていた。


 「鏡子、ごめん、俺はお前を救えなかった。

  『助けてやる』って言ったのは、俺の罪悪感から出たごまかしなんだ。

  全部、嘘だったんだよ」


 腰が抜けたままのへたり込んだ状態だが、

 顔からは恐怖の色が消え、眼は真っ直ぐ鏡子を見ていた。 

 死者にかけるには残酷な告白だったが、鏡子はそれを聞いても微笑んでいた。

 

 「西法寺さん、私もね、自分が牢獄で正気を保つ為にも希望が欲しかった、

  だから何とかアナタの気を引いて、外に逃がしてもらうように振舞ってたの。

  私も西法寺さんに気がある振りして、アナタをごまかそうとしてたのよ

  でもね、ごまかしが何時の間にか本当になってたんだよ。

  何度か一緒に時間をすごしている内に、

  何時の間にか西法寺さんを本当に好きになっていた」


 「俺はお前の好意を受け取れるような人間じゃないんだ、

  憎んでくれよ!下衆な俺を!ここで殺されたって構わない!」


 「憎んだりなんてしないわ、だって西法寺さんはあの時、あんなに悲しんでくれたもの

  私を殺した奴等だけでなく、自分にまで火をつけようとして」


 西法寺だけでなく、その記憶を覗いた祭原も心臓に氷が入ったように固まった。

 屋敷を燃やすだけでなく、西法寺は自分まで燃やした。

 では、ここに居る西法寺はなんで生きている?


 放火した後、西法寺は火が燃え広がるのを地下牢で脱出せずに見ていた。

 そこで西法寺の記憶は終わっていた。

 確かに、あの時に牢獄は逃げ道が火炎のカーテンで覆われてしまい脱出不可能だった。

 あの状態で奇跡的に脱出したとしても、大火傷せずにはいられないだろう。

 なのに西法寺の体には火傷の後も、何も残っていなかった。 

   

 「そうだ、おかしいと思ってたんだ、

  俺はあの時、燃え盛る牢獄から抜け出した記憶がない!」

  

 「私はすごい嬉しかったんだよ

  私の事であんなに怒って、あんなに自分を責める西法寺さんを見て

  私はあんなに西法寺さんに思われてたんだって。

  その時、本当に、本当に、西法寺さんを好きになっちゃった」


 「おかしいんだ、牢獄には家の桜が見える窓なんて無かった!

  おかしいじゃないか!人目につけたくない牢獄に窓なんて!

  そもそも屋敷の桜は枯れ木だったんだはずだ!!」


 「私はその時、西法寺さんに死んで欲しくないって、桜の神様にお願いしたんだ

  西法寺さんを生きて此処から出してくださいって…」


 「そうだ!思い出した!俺は牢獄に油をまいた後、

  自分で油をかぶってたんだ…!ありえない…!どうやっても死ぬはずなんだ。

  神様だって!?」


 整合しない現実と記憶に、西法寺は半狂乱になって頭を掻き毟っている、

 記憶を共有した祭原も混乱していた。


 (どうやって助けた、鏡子ちゃんはあの時死んでいたはずだ、

  生きていたとしても男の体を抱えてあの火の海から出るなんて出来ない…)


 「命と引き換えに願いを叶える、まるで乳母桜だね」


 「なんだよそれ?」


 「自分と引き換えに病気の娘の命を助けてと神様にお願いした乳母がいたの

  その乳母はやっぱり娘の代わりに死ぬんだけど、こんな遺言を残したんだよ

  願いを聞き入れてくれたお礼に桜の木を植えると神様に約束したので、

  約束どおり庭に桜の木を埋めてくれって

  そして、遺言どおり埋めた桜の木はまるで乳母の魂が宿ったように

  乳母の命日に必ず綺麗な桜を咲かせる不思議な桜になったのさ。」


 「乳母桜と同じ様に、命と引き換えに西法寺を無傷で助け出したって事」


 祭原が見た記憶の中では鏡子は血まみれで横たわりピクリとも動かず、

 脈も止まっていた。

 生死の判別は難しいというが、あの時点では実は生きていて

 動けない瀕死の状態であっても意識はあったようだ。 

 そこで見ていたのだ、西法寺家の顛末と、恋人の行動を。

 そして、自分ではなく死に瀕した恋人を助けたいという今際の際の強烈な想いが、

 桜に宿った神の様な存在に届き、奇跡的に願いが成就した。

 代償として鏡子の魂は桜の木に宿り、枯れ木だった枝垂桜が再び花を咲かせた。

 

 「そうそう、

  でも願ったのは乳母とは違ってうら若き少女。恋の未練が雨あられ。

  恋人が助かっても、その恋人と添い遂げられないという未練が彼女を木に縛りつけ、

  やがて、一途な思いは怨念となり、

  魂を宿した桜は恋人とめぐり合うまで、牢獄に人を誘いこむ妖怪桜になった。

  乳母桜のような美談で終わらなかったのさ」


 「もともと、ごまかしで始まった恋なのにな、

  こんな怪異を生むまでに想い患うなんて」


 「きっかけが何であっても、想いの強さには比例しないのさ」 

 

 異空間で宙をゆらゆらと漂いながら、

 月夜と祭原は枝垂桜の木の下のカップルを見ていた

 何処からか鏡子は弁当箱を取り出し、それを西法寺の前で開いた。

 花柄の弁当箱の中に、色とりどりのおかずが並べられていた。


 「私、頑張って作ったんだよ。さぁ、食べて」

 

 箸で卵焼きをつかんで、西法寺の口に持っていく


 「ああ…うん、た、食べるよ」

 

 食べないわけにはいかなかった、西法寺は恐る恐る鏡子がくれた卵焼きを食べる。


 「う、美味い、美味いよコレ。

  本当に美味しい。

  なあ、それより、なんで俺なんか助けたんだよ、なあ!」


 「うふふっ、よかったぁ。私、ずっと西法寺さんにそう言って貰いたくて。

  ずっとこんな光景を夢見ていて、恋人と桜の下で…」

 

 鏡子の眼には涙が浮かんでいた。


 「月夜ぉ、アレ、あの弁当、何で出来てるの?」

  

 「野暮だねぇ、

  まあ、この世の物じゃないし、

  現実世界では実体のないものだから大丈夫じゃないの?」


 「おい、見ろ!鏡子ちゃんが消えかかっているぞ!?」


 「長年の宿願を遂げたので、未練が消えて、ここに残る意味がなくなった

  後は、元に戻るだけ」


 鏡子の姿がうっすらと透け出し、重力が弱まったように次第に宙に浮き始めた。


 「もう、行かなきゃならないみたい、もっと一緒にいたいけど

  私のせいで、関係ない人をいっぱい巻き込んじゃったし、

  これ以上我が侭いえないよね」


 「おい…!行くなよ。

  まだ、俺はお前にもっと謝らなきゃいけないんだよ!」


 「知らない人を捕まえて、酷い目にあわせちゃった。

  私きっと天国には行けないわ。

  西法寺さんと今度また会えるとしたら地獄なのかしら、

  だったらもう会わないほうがいいのかもね。

  でも、地獄でもどこでもいいから、また会いたいなぁ…」


 「悪いのは全部俺なんだ、助けられなかった俺が悪いんだ、俺が地獄に落ちるんだ!」


 後ろに桜が見えるぐらいに鏡子の体は透きとおり、今にも消えそうだ

 突然、西法寺は桜に向かって叫んだ。


 「なぁ!神様いるのなら!頼むよ、俺を代わりに地獄に連れてってくれ。

  お願いだ!!地獄に落ちるのは俺のほうなんだ!!頼む!!」


 這いつくばって、枝垂桜に向かって懇願する西法寺を尻目に

 鏡子は今にも消えようとしていた

 

 「 さよなら… 」

  

 それを最後に鏡子は消え去った。


 


 

 気がつくと、魔法が解けたように黒の世界は消え去り、

 公園の枝垂桜といつもの空が目の前に広がっていた。

 そして、失踪していた人達が解放され、木の周りでまばらに横たわっていた。

 

 祭原は枝垂桜の前に立っていたが、力の度重なる行使による反動で、

 叫び出しそうな頭痛の痛みに耐えられず膝をついた。


 「もう、一生使わないぞぉ。こんな力ぁ…」

   

 すぐ横に月夜が立っていた。

 彼女が見つめる先には枝垂桜に向かって追いすがるように、

 木にしがみついている西法寺がいた。

 

 「神様は男の方の願いは叶えてくれなかったみたいだね」


 西法寺は魂の抜けたように、焦点の合わない眼を空に向けていた。


 枝垂桜は、死んだように全ての花びらを地に落とし、

 鏡子の魂が木から開放され、抜け殻のようにたたずんでいた。

 

 同じ抜け殻のようでも、西法寺は意識があり、

 自分が求めていたものが消え去ったという事実と

 自分の魂は地上に取り残されたままという現実に打ちひしがれていた。


 危なげな様子の西法寺も気になったが、

 地面に横たわる失踪者の安全も確保しなくてはならず、

 祭原は全員が無事生きている事を確認し、救急車を手配し、

 依頼者である、清水に連絡を入れた。


 「清水か… 失踪者は全員見つかった、

  ああ、全員無事生きている、気を失ってはいるがな。

  詳しいことは後で話す。被害者の搬送先の病院は…」

 


 

なにはともあれ祭原は事件を解決しました。

あとはエピローグで完結です。

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