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桜の牢獄  作者: コガラシ
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5-2 帰還

 



 新幹線に乗り数時間、西法寺と祭原の二人は一言も話さずT県F市に到着し、

 屋敷があった公園に向けて歩き出した。

 並んで歩く西法寺の足取りは重く、今にも逃げ出さんばかりだ。

 

 西法寺は屋敷が燃えた後、名前を武田に変え、

 過去を全て捨てて、ひっそり遠くの街でサラリーマンをやっていた為、

 祭原は彼を探すのに非常に苦労した。 

 必死の調査の結果、武田が西法寺だと突き止め、

 昼休みに合わせ、会社の下で待ち伏せをした所に彼を発見した。


 30過ぎの割には童顔で、育ちの良さそうな坊ちゃんの様子を残した顔つきに

 まばらに見られる白髪が似合わない男だった。

 最初は何とか説得して情報を引き出そうとしたが、知らぬ存ぜぬの一点張りの為、

 祭原は力の行使に振り切った。  


 緊急の事態とはいえ、眼力を使い西法寺から無理矢理情報を引き出したことに

 祭原は罪悪感を感じていた。

 左目に宿った力は異界に干渉する力。違う次元の世界、霊的な世界はもちろん、

 精神であったり、人間の記憶といった世界への干渉も可能とする。

 今回、西法寺の記憶の中に本人の了承なしに立ち入り、

 眼力により若干の思考誘導を行った。

 それは許されない行為だと祭原は思っていた。

 その為、祭原は西法寺を救えた人間を見捨てた悪人と思いつつも、責められなかった。

 そして、もう一つ西法寺を責めなかった理由は


 「おまえ、暇つぶしとか勘違いとか言ってたがなぁ、好きだったんだろ?

  鏡子ちゃんの事…」


 祭原が見た記憶に、西法寺が燃える屋敷の中で鏡子をじっと見続けていた姿があった。

 祭原の力では映像のみで感情は読み取れないが、

 その場面から言いようのない悲しみが伝わった。

 

 その問いに西法寺は何も答えなかった。


 (二人の関係はストックホルム症候群とリマ症候群の関係だな。

  鏡子ちゃんは甘い言葉を囁き、自分の世話を焼いてくれる西法寺に依存して、

  西法寺は依存された相手に愛着がわいてしまった。)

  

 ストックホルム症候群は人質事件の人質が犯人に強烈な愛着を示す現象である。

 自分の生命を握っている相手に、信頼や好意で答える事によって、

 生存確立を高めようとする人間の生存本能によって起こる現象である。

 仮初の感情で始まった恋がこんな怨念と化すような想いを生んだ。

 

 (仮初であれなんであれ、西法寺さんよぉ…

  お前は鏡子ちゃんの気持ちを救ってあげなければいけないんだよ)

 

 二人はついに西法寺の屋敷が在った場所、公園の枝垂桜のもとにやってきた。

 嫌がる西法寺を半ば引っ張る様にして祭原は桜の木の前までつれてきた。


 「二度…来たくなかった、こんな所!ココまで連れて来てどうしようって言うんだ!

  死んだ鏡子にどうやって会う?お前は霊能者か何かか!?ふざけるな!

  気分が悪くなってきた、お前の脅しなんて知ったことか、帰る!」


 「ははっ、霊能者か…そうかもなぁ」


 左目で見る世界は既に、西法寺を帰してくれそうに無かった。

 桜から発された瘴気が狂おしく舞い、西法寺の全身を包んでいた。

 

 (やっと来たお目当ての人間だからな。今にも引きずり込まれそうだぁ…

  恐らく、鏡子ちゃんは、恋人である西法寺を探す為、

  無差別に異界に人間を引きずりこんでいる。

  この神隠しは誰からも人が誰からも認識されない瞬間、

  その瞬間を狙って異界に連れ去る。

 

  誰からも見られてない時、自身の存在を確認できるのは自分だけだ、

  だが、自分自身という存在を正しく完璧に認識しているものなどいない、

  誰からも存在を確認されていない状態の人間は、

  現実世界にありながら、不安定な存在になる。

  不安定な存在は、不安定な世界に引き込み易い。

 

  恐らく俺が眼を離した瞬間、西法寺は枝垂桜の異界に引きずり込まれる)

 

 「今から鏡子ちゃんに会わせてやる。

  多分、良くない形で出会う事になるんで一応、謝っておく

  悪いな、西法寺さんよぉ」


 「何を言っているんだ、貴様!?」

 

  祭原は眼を一瞬、西法寺から逸らした。

  視線を戻すと西法寺は消えていた。

  そして、すぐに左目に全神経を集中し枝垂桜を視る。

 

  今までの風景がジグジグと歪み、空色の世界が、黒色の異界へと変貌する。

  災禍の中心である枝垂桜、その下にもがく影が見える。

  無数の手に西法寺が引っ張られながら、ドアの中へと引きずり込まれている。

  (今だ!!)

  祭原はそのまま一緒にドアの中へ飛び込んだ。


  ドアのすぐ下は階段で、祭原はそのまま勢いよく階段から転がり落ちた。

  長い階段に全身を打ちつけながら地下牢にたどり着く。

  なんとか態勢を建て直そうと、飛び跳ねたが、逆にさらに態勢が崩れてしまい、

  階段から宙を舞い上がった。

  またも顔面からドガッと音をたて落下し、鼻血が勢いよく噴出した。

  痛みを突き放すように顔を上げると、そこに鎖で拘束された月夜が居た。

 

 「待たせたなぁ、月夜ぉ!」


     

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