07話 ギルド通りへ行こう
翌朝、寝袋から這い出してきたセンテは、筋肉痛がーと呻いていた。
「使っている間はあまり気にしてなかったけど、いきなり使うと結構きついねあのスキル」
「特にセンテは随分はしゃいでたからな」
「うっさいな。……シンタローは平気なの?」
聞き返され、軽く調子を確かめてみるが特に痛みはない。
「俺は……多分明日来るな」
「遅っ」
ケラケラと笑うが、笑い声が響いたのかちょっと眉をしかめる。
「マッサージでもしようか? 胸限定だが」
「何で胸さ!?」
胸を手で隠すセンテに、「何を言ってるんだこいつは」とさも心外な表情を作った。
「胸以外にどこを揉めと……まぁ、尻でもいいか」
「揉ませないよ!」
出会って2日目だというのに随分と頭の悪い会話をしているもんだが、不思議とセンテはそういうノリで話がしやすいのだ。何を言っても怒らなさそうなタイプというか。弄りやすいというか。打てば響くというか。
「バカなこと言ってないで、早く出発するよ。お昼前には着いておきたいからね」
「はい」
昨日に比べて格段に荷物が増えていたため――具体的には猪1頭分。さすがに全部は無理――少々しんどい思いをしたが、何とか当初の予定通り昼前には街に着くことができた。
「はー、これはデカいな」
城郭都市と言うのだったか。高台の上にある街全体が見上げるような城壁で囲まれており、開け放たれた門の向こうに、欧州を思わせる煉瓦作りの家々が並んでいる。
天然物しかない山の中に居た頃とは違い、こういうのを見ると視覚的に「やっぱり日本じゃないんだな」と改めて実感する。
「シンタローってこの街は来たことある?」
「いや、ないなー。ほとんど生まれた里から出たことないから」
「そっか。遠い所って言ってたっけ」
話しているうちに当然ながらどこから来たのかという話題が出たので、山奥の隠れ里で住んでいたということにしてあった。常識知らずなのは外に出たことが無かったため。今は事情があって里に戻れないので、他所で生活出来る場所を探している、という設定。
「ここビオテースはこの辺で一番大きい街だよ。国境付近にあるから兵士も多いし、旅行者も集まるしね。大体のギルドの支部もあるから、これから何をするにしてもここを拠点にすると便利だよ。難点は……家とか宿屋がちょっと他の街より高いことだけど、そこら辺で寝る分には関係ないしね」
「いや、さすがに屋根くらいは欲しいわ」
路上生活者設定、まだ引っ張るか。
◇ ◇ ◇
「着いたよ。ここが統括ギルド」
そう言って案内されたのは街の中心部、周囲の建物と比べても特に立派な建物だった。
中心街だけあって人通りが激しく、周囲の建物からも出入りが途絶えることがない。だが一方で、この建物は他に比べて立派なわりに、人の出入りは圧倒的に少ないようだ。
「この辺り随分賑やかだけどどういう場所なんだ?」
「この辺はギルド通りって言われてるね。だいたいどの街でもそうだけど、各ギルド支部は統括ギルドを中心にして出来るから。例えばあそこが商人ギルドで……」
指差した先には、一際清潔感のある上品な建物。旅人の格好をした若い人物か付き人を伴った金持ちそうな年配の人、と出入りする人間が両極端だ。
「あそこが鍛冶ギルド」
こちらは商人ギルドに比べて随分と薄汚れている。時折聞こえてくる金属を金槌で打つ音が喧しい。妙にガタイのいいおっさんの出入りが多い。……あれはまさかドワーフか!? 初めて見たわー。
「そっちが調合ギルド」
今度は線の細い人が多いな。学者然というか。
「一番人が多いのは、やっぱり冒険者ギルドだね。シンタローも一番来ることになるかも」
やっぱりあるのか、冒険者ギルド。
「あ、勘違いしないでね。他のギルドは<商人><鍛冶師><調合師>みたいにベースクラスがあるけど、<冒険者>ってクラスは今のところ見つかってないよ」
どういう事だろう?
「他のギルドと違って、ここは特定のクラスだけで行うのが難しいような仕事を斡旋する場所なの。だからギルドって名前はあんまり適切じゃないんだけど、ここが出来たときの幹部の人が『ここの名前は冒険者ギルドじゃないとやだ』ってダダをこねたって有名」
「ダダをこねたって……」
幹部なんだからいい年だろうに。
「うん。ナイトって人。ヨシアキ・ナイトだったかな」
内藤さんか!
間違いなく同郷の人。というか、冒険者ギルドがあったんじゃなくてわざわざ作ったのか……
ちょっと会ってみたいかもしれん。
「で、スキルやクラスのデータ集めたり、ギルド間の調停をしたりするのが今から行く統括ギルド。普通は各ギルドの偉い人か、そうじゃなければスキルかクラスの情報が欲しい人しか用がないからあまり出入りは多くないけどね。新しいスキルが登録されるとそれ目当てで来る人が増えるけど、それも1年に1,2回くらいの頻度だから」
まぁ、そんなに頻繁にスキル覚えにくるものじゃないだろうしなぁ。それにすぐ覚えられるものならわざわざここに来る必要もないわけだし。
各ギルドの中心的存在だけあって金のかかってそうな、それでいて上品なデザインの建物。その正面玄関をあけると、ドアにつけられたベルがカランコロンと鳴る。その音を聞きつけ受付の奥にあるドアが開き、一人の女性が姿を見せた。
巨乳。年の頃は恐らく20半ば。そして巨乳。緩やかなウェーブを描く背中まである長い金髪に、目尻の下がったおっとりとした雰囲気の顔つき。メロン。
「あら、センちゃん久しぶりー」
「わぷっ、ちょっとその抱き付き癖まだ治ってないの!? シンタローはそんなに胸ばっかり見てないでよ!」
抱きしめられてもがもがと暴れているセンテの矛先がこちらに飛んできた。解放されたあとも「男ってのはいつもこれだから」ブチブチと文句を言う。確かにセンテの胸はやや控えめではあるが、誤解をされたままでは今後の人間関係にも支障が出よう。
「勘違いしないで欲しい。確かに胸が大きいのはいい事だと思うが、胸の大小がすべての基準と考えていると思われるのは心外だ」
はぁ? と首を傾げる彼女に、俺は拳を握り締め力説する。そう――
「大事なのは胸ではなく、腰だ!」
何故かげんなりしな顔をするセンテと、あらーと気の抜けた声を漏らす受付のお姉さんに構わず続ける。
「そう、胸は確かにいいものだ。だがそれはあくまで先天的な要因によるものが大きすぎる。それに対して腰だ。これは本人の努力次第で改善される余地が多く、逆に言えば良い腰というのは本人の努力や生活習慣というものが現れる。つまり良い腰の女性というのは努力が出来る、もしくは健康的な生活習慣を持つということを間接的に表しているということになるのだ。こと人間関係においては外見だけでなく内面が重視される以上、何もしなくても育つか何をしても育たないという二面性のある胸の大小よりもむしろ、本人の努力が嘘偽りなく表面に現れる腰のくびれというものが……なんでそんな目で見るんだよ」
「あー、もういいよ……」
ふむ、フォローが少し回りくどかったか。
「つまり。センテも腰は誇っていいぞ」
「うっさい!!」
顔を真っ赤にしたセンテに殴られた。
「それじゃ、あなたはセンちゃんの仕事の関係でこちらに?」
「はい。名前は堺 慎太郎。とある事情の路上生活者です」
「私はアイリ・スパニエルです。ここの受付をしてます。センちゃんの姉みたいなものよ。よろしくね」
軽い小ネタを挟んだ自己紹介をスルーされた。こっちじゃ元ネタがわかるわけないか。
「今日はスキル登録に来たんだよ」
横からセンテが口を挟むと、それまで少しほわほわしていたアンリさんの表情がわずかに引き締まる。
「それは……分かりました、部屋へ御案内します。でもその前に……」
こちらと目があったその瞬間、何かを見透かされるような強い気配を感じた。
それは一瞬で消えたが、それまでただのふわふわした受付のお姉さんかと思っていた印象を書き換えるものであった。
「あれ、気づいた? アンリ姉の【カルマ・サーチ】」
「ごめんなさい。ここは偉い人も出入りする場所だからある程度身元を確認しないといけなくて。普通は気づかれないものなのだけど……」
敏感なのね、と微笑む。何故かそのセリフにエロスの響きを感じた。
アンリさんの恩恵は、相手のこれまでの行動の善悪や悪意を判定出来るものだという。魔法でも同じような事は出来るがそちらは対象の相手にも使われたことが分かるため、例えば王城の受付のような場所でもなければあまり大っぴらには使われないらしい。
「スキル登録の担当者は上の部屋にいますから、案内させますね」
そういって横を見ると、いつの間に現れたのかスーツっぽい衣装に身を包んだ女性が、深々とお辞儀をした。
◇ ◇ ◇
「――という条件で、<立体軌道>が習得可能である事は確認できました」
「なるほど。それでこのスキル効果が――」
応接間っぽいレイアウトの部屋でふかふかなソファーに腰掛け熱心に会話を交わすのは、スキル管理局という組織のビオテース支部長であるという、上品な紳士風の初老の男性。その名はウェイスト・ハイランド氏。学術ギルドの代表も兼任というこの人は、まさに趣味が高じてこの仕事に就いたという人のようだ。
最初にスキルチェックを受けて<立体軌道>の存在を確認した後は、効果やら条件やらの確認だ。目の前で見る初魔法にちょっとワクワクしていたのだが、知覚系ということで見た目何も変化がないんでちょっとがっかりした。ただ、ウェイスト氏が虚空を見ながらふんふんと何やら頷いている光景は若干危ないものだったので、<ステータス表示>を使うときは俺も気をつけようと思う。
当のウェイスト氏は先ほどからやたら熱心にセンテと話し込んでいるが、正直私は着いていけておりません。こうしてインスタントじゃないコーヒーの味を楽しむのが精々です。コーヒー、あるんだなぁ。
「――シンタロー? 聴いてる?」
「うん、聴いてる聴いてる」
嘘です。
生返事をしたのがバレたのか、耳たぶをつまんで思いっきり引っ張られた。
「痛っ、ちぎれるちぎれる」
「使ってないならいらないでしょ。まったく――スキルカード出して」
「はい」
素直に差し出したスキルカードを確認して、ウェイスト氏は頷いた。
「うむ。これでシンタロー殿が発見者であることが確認できましたな」
手元にある、なにやら<立体軌道>の習得条件やら効果やらがびっしりと書かれた書類にハンコを押した。
渡されたカードを見てみると、いつの間にか表示が変わっていた。
◆称号
スキルを見つけた 路上生活者
路上生活者はいい加減外したいよ……
称号やクラスにはランクがあって、レアなものや関連行動を行なったばかり、もしくは頻度の高いものほどランクが高いそうな。そして、最もランクの高いものが表示されるらしい。
“スキルを見つけた”という称号は、スキルを見つけるだけでなくその条件を正しく他人に伝えることが必要なため、そこそこ高ランクだという。それは以前に確認した、スキルを発見することの困難さから来るものなのだろう。
「じゃあ、センテに教えてなかったらこの称号は無かったってことか?」
「その場合は今取得できてたはずだよ」
あ、そうか。
この世界は称号やクラスに対する信頼度が非常に高いもののようだ。経歴や能力が視覚的に表示されるものな。
ちなみにイメージとしては、称号が“経歴”、クラスが“能力”を表すものだと思えばいい。例外はもちろんあるのだが。
余談だが、【称号再設定】という少しレアな恩恵で、取得済み称号やクラスはある程度自由に変更できるらしい。その場合、新しい称号を手に入れない限りは表示の更新はされないのだとか。それを俺が持っていることは秘密にしている。
「さて、登録も済んだことだが……アレはやはり行うかね?」
「体技系のスキルですしね。見た目的にもなかなか派手だし、アレはやっておいた方がいいかなー」
「了解した。こちらも準備が必要なので、問題が無いようであれば明日の正午に」
「大丈夫なので、それでお願いしますね」
なんか俺の預かりしれない所で、センテとウェイスト氏の間でよく分からない話が進んでいる。
「あの、すみませんがアレっていうのは?」
2人は一瞬こちらを見たあと、顔を近づけて小声でぼそぼそと話し始める。
よく聞こえないが、時々「言わないほうが面白い……」とか「連れて行ってしまえば後は……」とか聞こえてくる。これみよがしに不安を煽るのはやめてほしい。
やがて話がまとまったのか、二人は満面の笑みでがっしりと握手を交わした。
「それでは、明日はよろしく頼むよ! アレがあるからね!」
「はい。やっぱりアレはやっておかないと行けませんからね!」
「アレってナンデスカ……」
腰云々の下りは、私が大学時代にサークルの新歓コンパで熱く語った内容です。
胸の大小で2つに分かれていた部内に、第三勢力として切り込んでいった記憶があります。
ご意見ご感想、お待ちしております。