04話 コレジャナイ巫女
致死量に近い精神的ダメージから何とか復活した俺に対し、彼女はセンテと名乗った。
「クラスは巫女だよ」
クラス……職業みたいなものか?それにしても……巫女?
「全然巫女っぽくないな」
そうコメントすると、「巫女っぽいってなんだよ」と笑う。
まぁ日本語で言うなら巫女ってだけで、所謂日本の巫女とは別物なんだろうけど。シャーマンだって巫女だろうし
「いや、巫女っていうならもっと清楚で浮世離れした雰囲気とか」
「失礼な! まぁ神職だし確かにそういう人の方が多いけど、これでも中位巫女なんだから。結構偉いんだから」
そう言って差し出したのは、一枚のカード。
「これは?」
受け取りつつ聞き返すと、センテは意外そうな顔をした。
「あれ、知らない? スキルカード。この辺じゃあんまり使ってる人いないのかなー」
なるほど異世界常識か。
「あぁ、いや。地元のとデザインが違ったんで」
と適当にごまかしつつ、渡されたそれを見る。
◆名前
センテ・ナディール
◆称号
疾風の 中位巫女
◆冒険者ランク
B-A
◆スキルランク
○基礎体力 B
○基礎知能 C
○感知 B
○体技 A
○魔技 B
○近接 A
○遠隔 C
○物耐 B
○魔耐 C
○生産 D
○商業 B
少し値が違うけど、<ステータス表示>と同じ効果の道具なのか。身分証換わりとかなのかな。そう思いながら、彼女が指でさした称号欄を確認する。
「疾風?」
「あれ、そっち? ……うん、<敏捷>A達成と先制攻撃何回か成功すると取得出来る称号。<敏捷>に補正かかるんだ。最近手に入れたんだよ」
「へぇ……大したもんだ」
生返事を返しながら今の会話で得た断片的な情報を整理する。
自分のステータスを閲覧したとき、称号欄に書いてある言葉が途中で区切られていたのが気になっていたのだけど、なんとなくわかってきた。<巫女>がクラスってことは称号欄の後半が“クラス”で、前半が“称号”になるわけだな。俺の場合だと「来訪者」がクラスで、称号が「異世界から来た」と。
どうやら称号は何かしらの条件を達成すると取得できるらしい。スキルレベルの一定値達成に加えて特定行動って事は、スキル習得と似ているな。表示だけのものじゃなくて、物理的に何かしらの効果を得られる。
「異世界から来た」と「来訪者」は両方とも最初から持っているわけだから、条件はそのまんま異世界から来ることかな。
効果はわからないけど、間違いなくレアだ。そしてトラブルの予感だ。少なくとも初対面の相手にほいほい見せるものじゃないな。
<ステータス表示>って他人のも見られるんだろうか。
センテに試してみると、自分の時と同じように表示された。スキルカードの情報に加え、恩恵も見ることができる。
◆恩恵
【風魔法増幅】
【高速思考】
【風精霊の加護】
【啓示】
あれ、【啓示】ってことは……。
とりあえずセンテにスキルカードを返す。受け取ったカードを懐にしまい込んだ彼女は、そのまま右手をこっちにまっすぐ向ける。
「?」
なんとなく握り返してみた。体格と同じように小さな手は、俺の手の中にすっぽりと収まる。さすがに鍛えているだけあって手の皮は厚いようだ。体温が高めなのか、熱が伝わってくる。
「いや、そうじゃなくて」
「金ならないぞ」
「お金でもなくて」
ため息をつかれた。
何なんだ。
「言っておくが、俺はわりとはっきり言ってくれないとわからない方だ」
「カード! 見せて! お返しに!」
ふむ。名刺交換みたいな文化なのか。だが。
「残念だがカードは持ってない」
この世界の住人が持っていて当たり前なアイテムだったとしたら持っていないことの言い訳に悩むところだが、さっきの言い分からすると正直に答えてもそこまで怪しまれることはないだろうな。
「そうなんだ。カード作らないの? 持ってないとスキルレベルとかクラス確認するのにいちいちギルド行かないとならないから不便でしょ」
なるほど<ステータス表示>はあまり使える人が多い恩恵じゃないようだ。とりあえずは自分から見せない限りは、人に称号を見られる可能性は低いと見た。クラスも変更できるみたいだし、早めにデフォルト設定から変更しておけば安心だろう。
スキルカード自体はあると便利なもののようだし、入手方法でも聞いてみるか。
「スキルカードか。そろそろ欲しいと思ってはいるんだが……」
「あー、高いもんね。……あ、そうだ。ちょっと待ってね」
何かを思いついたのか胸元でぱんっと手を合わせると、先ほどまで座っていた岩のほうに戻り、そこに置いてあった荷物をガサガサとあさり始める。やがて目的のものを見つけたのか、こちらへ小走りに戻ってきた。
「はい、スペアだけど貸してあげる」
そう言って差し出したその手には、光沢のない鈍い銀色の一枚のカード。恭しく両手で受け取る。
「ありがたく頂戴します」
「貸・し・て・あげる!」
「……ありがたくお借りいたします」
受け取ったカードを見てみるが、まったくの無地。さて、どうやって使うのだろうか。
「カードを額に当てて」
言われた通りにする。運動したことで少し火照った身体に、金属のひんやりとした感触が心地よい。
センテがカードの上から額に触れ、そのまま何かを唱える。
「――カード・リンク」
その言葉と同時に、カードがわずかに熱を帯びる。いや、俺の体温が伝わったのか? カードに触れている部分から何かが流れるような感覚。反射的に離そうとした手を、センテが押さえた。
「もうちょっとそのまま」
そのまま数秒が経ち、不思議な感覚が収まるのを待って、カードを離した。
「これでステータスのリンク終わり。もう見れるよ」
促されて、手元のカードに目を落とした。
先ほどまで何も書かれていなかったカードには、奇妙な文字が刻まれていた。――そういえばさっきは気づかなかったけど、文字も読めるな。【異国語理解】の便利さには脱帽です。
カードの記述に目を通す。
◆名前
シンタロー・サカイ
◆称号
異世界からの 来訪者
・
・
・
忘 れ て た!! 隠しておこうと思った矢先にいきなり称号バレか!
妙に親切だと思っていたセンテは、何かを期待しているような目でこちらを見ている。こんな山の中にいきなり現れた上に妙に絡んでくるんだ、やはり何か意図がある。それが分からないうちは素性を晒すべきじゃない。
この流れでカードを見せないっていうのは、その時点で何か隠してるって言うようなものだし……
そうだ、あれがあった! 一度も使ってなかった他の恩恵の中から、【称号再設定】を選び実行する。同時に<ステータス閲覧>のように目の前に現れるいくつかの表示。良かった、いくつか代わりがあるみたいだ。問題は今設定したとしてスキルカードに反映されるかだが……
「ちゃんと表示出た? 見せてー」
いつの間にかすぐそばに立っていたセンテが、俺の手の中からひょいっとスキルカードを取り上げた。
まずい!
「あっ」
声を上げた俺にセンテがちらりと視線を向けた隙に、表示された称号の中から適当に選んだ。設定が完了すると同時に、センテがカードの表記に目を落とす。
――やったか!?
ついつい駄目なフラグを立てつつ、センテの様子をじっと伺う。
と、その顔が急に翳った。
やってなかったか、とも思ったが、想定していたのと反応が違うようだ。
なんというかこう、買ってもらったばかりのアイスを落っことした子供を見るような、哀れみと生暖かい慈愛のこもった眼差しを向けられた。
「そっか……大変だったんだね。あたしで出来ることなら力になるよ」
これまでの快活な雰囲気が消え、静かな微笑み。年下の少女が、ずっと大人びて見えた。
俺はふぅ、とため息をつく。
「……そうだな、隠しても仕方ないか」
センテの好意に甘えよう。顔を上げ、こちらを見つめる彼女の目を見つめた。
「確かに俺はもう帰ることはできない。だけどその代わり、ここで新しい何かを手に入れられると思っている。センテが良ければ……力を借りたい」
はっきりとそう伝える俺に、彼女は頷く。
その手から、そっとカードを受け取った。
「街でご飯おごってあげるから、そうしたら仕事探しに行こうね」
そのスキルカードには、こう表示されていた。
◆称号
一文無しの 路上生活者
「やかましいわっ!!」
俺はカードを、全力で地面に叩きつけた。