06話
あまりに間が空きすぎてテンションが上がりづらくなってきたので、長くなりかけてた次話を5千字辺りで分割して投稿します。
さて、事は魔法に関する話である。
魔法。これに匹敵するほどに心躍らされる言葉はあるだろうか。いや、ない(反語)。
この世界に来て飛躍的に上昇した身体能力。様々な恩恵やスキル。しかし何も無いところから火やら氷やらが噴出してくる魔法の存在が一番、ここが異世界であることを思い知らさせてくれる。
その存在を知って密かに危惧していたのは、魔法を使えるかどうかが先天性の要因である可能性。その場合身体そのものに魔法を使うための何らかの要因があるわけで、当然ながら外来種である俺には使えないという事になってしまう。スキルが俺に適用されている時点でその可能性は低いかとは思っていたが、それでも自分の手で実際に魔法が発動したときはその感動は一押しだった。
まぁ、声を出して詠唱するこっぱずかしさと、その上で発動に失敗したときの気まずさも筆舌に表しがたいのだけど。さすがに20代も半ばを越えた身では、発動するかどうか半信半疑での呪文詠唱というのは苦行すぎる。失敗が10回を越えた辺りで心が折れそうになりました。
そんな辛い思い出も今は昔。現在は詠唱しまくりの、発動させまくりである。
心境の変化を例えるなら、実際にネイティブの人と会話が通じる確信を得られるまでは英語を声に出して話すのがちょっと恥ずかしい心理。そう言えばなんとなく分かるだろうか。それでも分からない人は、何でも良いので好きな呪文を、大きな声で唱えてみよう。最初は恥ずかしいけれどだんだんテンションが上がってくるから。
平然と人前で呪文詠唱が出来る程度に人として成長した俺は、さらなる魔法という未知の現象で遊び……もとい修練を重ねるべく、手近で魔法を専門としている人間、すなわちルシャ嬢にイロイロと教えてもらおうと、連日連夜猛アタックを繰り返していたのだった。
◇ ◇ ◇
「と、言うわけで本日は銀髪クールビューティー、優しくされると甘えたくなるお年頃。合法ロリことルシャ先生を講師としてお招きいたしましたー」
わー。ぱちぱちぱち。
俺の道化じみた挨拶とともに巻き起こる拍手。
「……馬鹿にされているのかしら、これは」
台所事情の割りには広い敷地を誇るこの孤児院の、最も広い部屋である食堂。その一角を片付け、急遽こしらえた膝の高さほどの教壇の上に仁王立ちし――悲しいかな、それでも俺より目線が低い――周囲に並べた椅子に腰掛け、やんややんやと喝采を送る子供ら総勢20余名を睥睨したルシャは、呆れたような半眼でこちらを睨み付けてくる。ずらりと並んだ子供達の後ろ、少し距離をとった辺りに寄せられたテーブルでは、センテ、モミさん、タリアさんの成人組がのんびりとお茶を啜りながら興味深そうに眺めている。爺さんはどこに行ったって? 知らんわ。
「いや、魔法について教えてもらおうとしているって話をどこで聞きつけたのか、チビ共が我も我もと集まって来てな。無視するのもこいつらに悪いが、かと言っていきなり全員で押しかけて一方的に教えろって詰め寄るのも今度はルシャに申し訳ないかと思って。
で、どうしようかと悩んだ結果、とりあえず教えてもらいたいという誠意と真摯な気持ちを形で表してお願いしてみようという形に落ち着いたわけだ」
普段の奔放な様子が鳴りを潜め、並んだ椅子に姿勢よく座ったまま、きらっきらと純粋な瞳を輝かせた子供達がうんうんと頷く姿に毒気を削がれたのか。はぁ、とため息をつくルシャ。
「……悪気がないならいいけれど。ただ、普通は魔術なんてそう『教えてください』『はい分かりました』で簡単に教えるような事でもないのは分かっているかしら」
「そこは何となく」
「何となくって……まぁ、そこはシンの使っている魔法についても洗いざらい吐いてもらう事の代償とさせてもらう。まぁ偉そうに言っても私だって精々中堅に手が届くかって所だし、あなたの払うものの方が高くつくでしょうけど別に構わな「ほいオッケー」って軽いわね!」
はいはい魔法ね、そういえばそんな事も言っていたような。実際のところ完全に貰い物の能力のおかげで努力の要素がまったくないし、正直人に教えることにあまり躊躇いはなかったりするのだけど。あぁ、でも詠唱に使っている源語の研究に一生をかけるような人もいるんだったか。そうなるとあまりぽろぽろ洩らすとその辺の人に悪いのかもしれない。
それに、俺の軽い返事に随分と驚いた表情のルシャをちらりと見て、少し考えを改める。相手の精神衛生上、こういう知識の伝授は少しはためらって見せたほうがいいのかもしれない。一体どれだけトラブルの火種抱えてるんだろうな、俺は。
「しかし、何だかんだで教えてくれるとは、さすがルシャは心が広いわ。同じやり方で俺がお願いされてたら、おちょくっているのかとひと暴れしていた所だ」
「やっぱり悪気があったんじゃない!」
失礼な。どうやってお願いするか相談しあう子供達に対して、さりげなく誘導しただけなのに。
「それじゃ、気を取り直して始めさせてもらうわ。まずは魔法、魔術とは何かについて」
わー。ぱちぱちぱち。
満更でもなさそうな表情で子供達の拍手を受け入れるルシャ。それを微笑ましいものを見るようにしている後方の成人衆。
「……こんな光景どっかで見たなぁ」
記憶を探るまでもなく、すぐに思い出す。あぁそうだ、小学校の授業参観だわ。自由研究の発表会とかそういうやつ。
さすがに考えが読まれたわけでもないとは思うが、それでも不埒な考えを浮かべているであろう事くらいは感づいたのだろう。無言のまま、半眼で軽くにらみつけてくる。
「さ、どうぞ続けてください」
手で促してみせると、なにやら疲れたようなため息を一つ。
「はぁ……まぁいいわ。えっと魔法とは何か。簡単に言えば、自分自身の肉体を使う代わりに、魔力を報酬として"精霊"に何らかの作業をお願いすること、それによって発生した現象のこと。そう考えるのが分かりやすいと思うわ」
精霊とな!? 魔法、騎士と並ぶファンタジー三大要素の1つがここで来ましたか。あ、勝手に三大要素とか行ってますが、何を並べるかはご自由にどうぞ。かつて友人などはピンク髪のツンデレ魔法使い、金髪巨乳エルフ、黒髪清純系メイドでファンタジー三大要素とか力説していたが、お前それはちょっと限定的すぎやすないかい。なぜ銀髪クール魔法使いを外したのかと小一時間問い詰めてやりましたわ。
しかし精霊か。それは、
「是非見たいな! どこに行けば会えるとか……」
「居るわけないでしょう。子供みたいなことを言わないで欲しいわ」
えー。出鼻を挫くにしても、言った矢先にそれはないと思う。
周りを見てみれば、なにやらショックを受けたような表情で固まっている子供達。ちょっと目が潤んでいる子もいるのだけど、そんなに何がショックだったのか。ただならぬ雰囲気に固唾を呑んで見守っていると、中でも幼い部類に入る1人が若干震える声で恐る恐る口を開く。
「精霊さんがいないなら……年始祭でプレゼント貰えないの……?」
「あっ……」
しまった、と口を噤むルシャ。
あー。あれか、やっぱりそういう風習あるのね。うちの実家では早々に廃れたけれど、同級生の中には中学に入った後も信じていた奴がいたわ。だいたい微妙にこれじゃない感のあるプレゼントくれたりするんだよね。ゲーム機が欲しいって言ってたらプレイデ○アとか。
詰め寄られてあたふたしているルシャのフォローをすべきかどうか少し悩んでいると、苦笑したタリアさんがやってきた。さすがお母さん、頼りになるわ。テンパりすぎて涙目になってきたルシャ嬢をどうか助けてやってください。
話が始まっていきなり大幅に脱線したが結局、居るわけないとばっさり切られた精霊とプレゼントをくれる精霊は別物という事で落ち着いた。
いいのかそれでと思わなくもないが、さすがの手練手管ですっかり丸め込まれた子供達はようやく平常心を取り戻したようだ。なぜかルシャからは「余計なこと言いやがって」、子供達からは「紛らわしいことを言いやがって」といった視線を送られている気がするが、気にしない。この世界に来てからすっかり神経が太くなった気がする。
そんな事より精霊だ。精霊に呼びかけて魔法が発動するのに、その精霊がいないとはどういう事だ。
「精霊とは概念。世界の満遍なくあらゆる所、森羅万象、現象、物質、それぞれには薄い薄い意思のようなものが存在するわ。はっきりと捉える事は難しいけれど、それでも確かにこちらからの声に答える何かがそこには居る。見ることの出来ないそれらの意思、力の流れを称して我々魔術師、魔法士は"精霊"と呼んでいるの」
つまりは擬人化、のような事だろうか。日本人として馴染み深いものに例えるならば妖怪と言ってもいいのかもしれない。もちろんキャラクターとしての妖怪ではなく、不可思議な現象の理由付けとして想像された妖怪のほうだ。有名なところじゃ、風によって発生した真空の刃にカマイタチと名づけたり、地震の原因が大鯰であると考えるようなもの。
魔法という不可思議な現象に精霊という存在を仮定する。それは分かるのだが、何故最初にその話が来るのか。初めに魔法という現象ありきで、精霊という概念はその現象を整理するためだけのものではないのだろうか。
「……何かをして欲しいとき……そうね、あなた達がシンにジュースを買ってきて欲しいと思ったらどうするかしら?」
おい、何だよその例えは。
しかし俺の抗議が顧みられることはなく、その奇妙な問いに子供達は沸き立ち、あーでもないこーでもないと言葉を交わし始める。
「普通に『ジュース買ってきて』って言えば買ってくるよねー」
いや、行かないよ。
「上目遣いで首を傾げながら、可愛く『お・ね・が・い♪』って言ったらダッシュで行ってくれたよ」
だから行かないって……あれ、行ったっけ? ちょっと記憶が定かでないなぁ。
「ちゃんとお金を渡さないとダメだよ!」
渡すかどうかじゃないだろ、問題は。
「そんなん、『お前の恥ずかしい秘密を知っているぞ』って言えば一発だぜ」
「え、どんなの?」
待て待て待て、食いつくなそこに。そして無いぞ、恥ずかしい秘密なんて。敢えて言うなら魔法詠唱の練習していたときの事だが――
「こないだ倉庫の陰で何か変な音が聞こえるなーと思って覗いたら、何か壁に向かってブツブツ言いながら変なポーズとってやんの」
「うわキモい!」
――はいビンゴ!!
「人によってやり方はいろいろあるでしょうけど」
脱線した子供達の注目を集めるようにパンと手を叩き、ルシャは口を開く。
「言葉。仕草。報酬。……場合によっては強要、脅迫のような意思も。その対象が精霊であり、精霊がそれを認識し受け入れたならば、それは魔術として働き、魔法として発現するわ。
そして精霊が扱うとされる意味のある音の連なり。精霊へ意思を伝えることのできる言語。それが源語なの」
「……精霊はいないんだよな?」
「少なくとも御伽噺に出てくるような自然界を司る意思のある生命体が存在を確認されたことはないわ。だけど、それでも意思を持つ何らかの存在がいるとしか思えない現象が起きる。だからこそ、精霊という概念が受け入れられているの。
――さっきは精霊なんて居るわけがないと言ったけれど……正直、本当にいたとしても私は驚かないと思う」
じゃあさっき俺があそこまでばっさり切り捨てられたのは何だったのか。
「魔法の発動に必要な要素は大きく分けて4つ。主に具体的な現象を規定する“呪文詠唱”。対象、範囲などの情報の補助となる身振りを中心とした“簡易儀式”。現象の規模や効果へ影響する、魔法そのものの源力となる“魔力補填”。そして何より平常という安定した状態から魔法という異常へと変異させるための、トリガーとなる“意志発露”。人によってそれらの比率は異なるけれど、どの魔法もこの何れかの要素によって成立しているわ」
そして彼女は立てた人差し指でリズムを刻み、願いの形を言葉によって綴り、起点となる指先へと力を注ぎ、何もない空間を組み替えるための撃鉄を降ろす。
「――発動」
その言葉を合図に、立てた指先に生まれるピンポン玉サイズの光球。丁寧に展開された魔法を目の当たりにして起きる歓声を受け、ルシャは得意げに胸を張る。
「オーソドックスな魔術は簡易儀式、呪文詠唱、魔力充填、意志発露の比率が大体1:4:3:2という所かしら」
「ふむ……」
その光景を見てふと疑問が生まれるが、その前に一つだけ彼女に言っておかなければならない事がある。
「……ルシャよ」
「何かしら」
「演出をカッコつけるのはいいけど、詠唱が長すぎてテンポが悪いので30点」
「…………」
俺のダメ出しに沈黙したルシャは、笑顔のまま光球を投げつけてきた。
「目が! 目があああああぁぁぁ!」
――<閃光耐性>習得
炸裂した閃光に眩んだ眼を押さえて転がり回る俺の耳に、しれっとしたルシャの声が届く。
「[ライティング・バレット]は失敗しても部屋を壊したり火事になったりする心配もないし、灯りにもなるから練習するならお勧め。使えるようになればこうやって不審者退治にも使えるから便利」
あぁ、眩んだ目にも見える。未来が見えるぞ。遠くない未来、子ども達に追い回され、無数の光弾の的にされる俺の姿が。
多分その直前には俺が余計な事言ったりしてるんだろうけどさ。
初夏から続いている出張がまだ終わりません。また1月伸びました。
気づいたらそのまま転勤が決まっていたので、まだしばらくバタバタしてると思います。