05話 倉庫番
だいぶ間が開きましてすみません
ちょっとリアル仕事が忙しくてあまり執筆時間が取れていません
9月が過ぎれば楽になるんじゃないかなーと淡い期待を抱きつつ、なんとか合間合間で少しづつ書いてた分を投稿です。
「遅いぞ、シン!」
倉庫に入った俺に対して真っ先に文句を言ってきたのは、積み上げられた雑多なガラクタの上で思い思いに腰を下ろした子供たちの1人。ここの孤児達のうち男子の部の最年長、ダールだ。こいつを含めて4人の少年が、手を止めてじっとこちらを見つめている。
なお女子最年長――センテは除く――である所のキャトルを初め、小さな女性陣はこの場にはいない。
地竜素材を遠路はるばる担いで帰ってきた俺達への第一声が、顔をしかめながら吐き捨てるように、
「……トカゲ臭いから近づかないで」
だった時点で押してしかるべし。
面倒見のいいお姉さんキャラだったはずのキャトルが一瞬にしてダークサイドに突入した様子に、男性陣は揃って「女怖ぇ……」という感想を持ったのだが、それがこの家における男女のヒエラルキーに今後大きな影響を及ぼしたとか及ぼさないとか。
キャトルの反応は極端にしても、他の女子達も鼻をつまんで似たような反応。
トカゲじゃなくてドラゴンだよ、と俺自身トカゲ呼ばわりしていた事は置いておき、内心フォローを入れるも言葉には出さない。自身よりも遥かに小さな生き物に一方的にフルボッコにされ、遺体はバラバラに解体された上に大半は野ざらしで野生動物の餌。そのうえ子供からは文字通りの鼻つまみ者(敢えて誤用)扱い。哀れ若き地竜の魂よ、来世こそは幸福になれることを祈る。
来世という概念があるのか知らないけれど。
そういうわけでここ数日の女子達は倉庫周辺にすら近づこうとすらせず、この場の"漢度"は見事100%を達成しているのだ。言い換えればショタ度80%。実に濃厚である。このショタ度を商売に生かせないものだろうか。
その筆頭ショタたるダールはマスク代わりに口元を覆うバンダナの位置を直しつつ、尚も遅れてきた俺に文句を垂れていた。
「ったく、ここすっげー臭いからって逃げるなよな」
まあまあ、とダールの抗議を宥める。頼みごとをしている身としてはあまり機嫌を損ねられるのも面倒なのだから。
「少年、世の中には重役出勤という言葉があってな。偉い人は遅く来るものなのだよ」
「何だよ、だったら早く来いよ」
そーだそーだと追従する少年どもの唱和。どういう意味だコノヤロウ。
少年どもの内訳は、小学生換算すると高学年1人、中学年2人、低学年1人といったところだ。見た目と実年齢が合っているかの確証はないけれど、少なくとも孤児院に世話になる年齢であることは間違いないだろう。それぞれが、倉庫の中心に置かれた一抱えほどもありそうな袋の中から小さな小片を次々とつかみ出しては足元に並べていた。
子供の手のひら程もある大きさの、凧のような歪な菱形をした硬質の欠片。一枚一枚が良質な竜の鱗。地竜の亡骸から大量に引っぺがしてきた、形がよく損傷の少ないものばかりだ。いくつかの用途に使えるよう、大中小(それぞれ大人、子供、幼児の手のひらサイズ)で比較的大きさが揃ったものを選んである。
少年達に手伝ってもらっているのは、先日の戦利品の整理だ。牙や爪、皮といった大物はともかく、これを1人で数えるのは正直きつい。
何故俺1人なのか、一緒に運んだはずのモミルシャはどうしたのかと言えば、俺がダウン中にタリアさんにすっかり飼いならされ、片付けもそっちのけで屋敷の掃除や修理、買い物と便利に使われていたのだ。おかげで身動きが取れるようになった俺が見たものは、無造作に積み上げられた獣臭漂う薄汚れた荷物の山と、時間経過でほのかに強くなった異臭に不機嫌を隠さない、思春期の少女達の冷たい視線だった。
プレッシャーに耐えられなくなった俺が少しでも早く問題解決するために取れる手段は、多少の小遣いと引き換えに、汚れ仕事(文字通り)も平気な少年達を労働力として使役し、少しでも早く片付けを行うことだけだった。
ちなみに報酬は相場が分からなかったので孤児院の主兼母親役たるタリアさんと相談の結果、やや大目の小遣いプラス記念品としての小竜鱗を1枚ずつという事で商談成立となった。
「で、何枚あったよ」
「え、あ、これで確か52個で……あれ、53だっけ」
1枚ずつ足元に並べて数えていた中学年2人のうち背の高い方、オルバーに尋ねると、慌てたように指折り数え始めた。オルバーは年の割りに長身ですらりと長い手足に整った顔立ちをしており、年上年下を問わず結構女性人気が高いようだ。本人も手馴れた様子で将来が心配になるところだが、今はその端正な顔をしかめつつ、無数の竜鱗と格闘している。
この世界の教育水準は然程高くない。タリアさんが仕事の合間を縫って教えたりしているようだが手が回らず、一部の熱心な子を除けば自分の名前を文字で書けるのがやっと、四則演算は1桁の足し算引き算が精一杯といったところだ。
実を言うとここにいるのは、中でも特に勉強に興味がない連中。小遣いと物珍しい物品を触れると聞いて集まったはいいけれど、数字を扱うという慣れない作業に揃って四苦八苦している。
「また忘れたのか、何回目だよ……」
「ねー、12の次って何?」
中学年の背の低い方、ルデンが眉をしかめる横で、低学年のジャンテが両手をバンザイしてギブアップの声を上げた。
ルデンは同年代のオルバーとは対照的に小柄な体躯で、浅黒い肌とクセっ毛が特徴的なはしっこい少年だ。好奇心旺盛でトラブルに首をつっこみがちなのが、保護者であるタリアさんの悩みの種だとか。
一方のジャンテは、ふわっふわの金髪に碧眼ショタと、特定の層に偉く需要のありそうな少年だ。どこか甘えたような言葉遣いと首を傾げた上目遣いに陥落したご近所さんは数多い。オルバーと同方面で将来が心配になるが、こちらは既に容姿を武器にすることを覚え始めたらしく、警戒度はより高めに設定せざるを得まい。
「まったく、真面目にやれよな」
そう言って年長者のダールが偉そうに嗜めてみせるが、その手に持って弄り回しているのは竜鱗ではなく40~50cmはありそうな竜爪。
「お前はそもそも働け!」
「痛ぇ!」
拳骨を落とすと、予想より大きな悲鳴を上げたダールが頭を両手で押さえ、痛みにのた打ち回る。あぁ、折角並べた竜鱗をひっくり返された他の3人が足蹴にし始めた。年長者の威厳ってなんだろうな。
ダールの痛がり様に何を大げさな……と思ったが、つい<拳打>を使っていたことに気づく。今の俺の<拳打>ランクはいつの間にやらC+にまで上昇しており、今の力加減だと大人のやや本気パンチくらいの威力があったのではなかろうか。とにかく、あっちの感覚のままだとちょっと加減が分からないので、<手加減>とかそんな感じのスキルがあるといいんだけど。
転がっているダールは……まぁ放っておいていいか、サボっていたのは確かだし。今ので<打撃耐性>を習得したようなので、少年にとっては結果オーライという事で。
残念ながら手加減した<拳打>ではレベルは上がらないようだ。もしこれで上がっていたらダールの<打撃耐性>上げの手伝いをしてあげたくなるところだったわ。まぁ冗談だけど。
……逆に言うと、妙に耐性が上がっている子供を見かけたら気をつけた方がいいのだろうか、それとも耐性が上がっているなら逆に平気なのか。いやいや、痛いとか痛くないとかそういう問題でもないだろうよ。うーむ、別に積極的に救って回るとかする気はないんだが、その可能性に気づいたまま放置というのも後味が悪いしなぁ。まぁ、今悩んでも仕方ないし、もし出くわしたらその時のノリ次第で対応という事で。
ちょっとした疑念を適当に結論付けると、床に倒れたまま背中に荷物を積み上げられ、身動きが取れなくなったダールを救助してやることにした。巻き添えの荒れっぷりの収拾がつかなくなってきたので。
「喜べ、数を数えるのに苦労しているお前らにいい物をくれてやろう」
とりあえず全員に<打撃耐性>を習得させた俺は、そのまま正座で並ぶ4人の前にそれを置く。
「なにこれ、お菓子の袋?」
真ん中に座っていたジャンテが拾い上げたそれをまじまじと眺め、こてんと首を傾げた。他の3人も俺の意図を掴めていないのか、似たような表情だ。
「タリア姉ちゃんよくこれ買ってくるよな」
「あー、台所の戸棚にいっぱい仕舞ってあったやつ?」
その通り。何でか知らんけど、紙袋とかビニール袋とか、もういいやんって思うくらいまで溜め込む人ているよね。特におばちゃ……いや、これ以上考えるのはやめておこう。
「ジャンテよ、お前は10より大きい数を数えるのが苦手だったな」
「うんー!」
「オルバーはいくつまで数えたか工夫して覚えんと、いつまで経っても終わらんぞ」
「こういう細かい仕事苦手なんだよ……」
「ルデンは優秀でよろしい。今後もこの調子でよろしく」
「あいよ、分かった」
「あとダールは小遣い半分な」
「ちょっ!?」
がたっと立ち上がったサボり魔は放っぽって、他の3人に対して続ける。
「数えるのは10まででいいんだ。10個数えたらこの小さい袋に入れて口を閉じる。次の10個はまた別の袋に入れて閉じる。全部小さい袋に入れたら、今度は小さい袋を10個数えればいい」
10進法の基本だね。
ちなみにこの世界の数え方も10進法だ。元の世界で10進法が基準になったのは指の数が10本だったからとか聞いたことがあるが、ここも同じ理由なのだろう。今更ながらこの世界の住人の姿が人類そっくりで良かったと思う。
オルバーとジャンテは感心したように「ほー」と声を漏らしながら素直に頷いている。ルデンは勉強は苦手でも要領は良かったらしく、鱗を10個ずつの小山にまとめて数えていたようだが、折角だから道具を使う事と他の連中にコツを教えてやれれば完璧だったな。ダールは落ち込んでないで話をちゃんと聞け。バイト代減らすぞ。
子供達の目の前で軽く実演。積み上げた鱗の山から適当に10個ずつつかみ取り、ひょいひょいと小袋に放り込んでみせる。
「シン、数えるの速ぇなー」
「凄いねー」
子供らの賞賛の声を浴び、調子に乗って次々と小袋に分け……かけて罠に気づく。こいつらは俺を煽てて少しでも自分のノルマを減らそうとしている……!
「その手には……乗らん!」
手に掴み取っていた竜鱗を元の中サイズ鱗の山にぱらぱらと戻すと、ダールとルデンが露骨にがっかりした顔をする。お前ら、楽をするための悪知恵は地味に働くけど顔に出るなぁ。残りの2人は表情を見るに、意図があって褒めてたわけではないようだけど、これがポーカーフェイスだったとしたら末恐ろしいわ。
子供らに数えるのが速いと感心されたのは煽て半分にしても、俺の数える速度が一般より速いのは確かだ。それは10個ずつと区切りの単位が少なかったことや、大人と子供の差、そして向こうとこっちの教育水準の差を抜きにしても、の話だ。
商業スキル<計数>
大量の鱗を数えるという作業を始めてすぐに習得したスキルだが、これは"個数を数える"能力を上昇させるスキルとでも言えばいいだろうか。
言葉で表現するのは難しいのだが、例えば物を数えるとき、いちいち丁寧に「1,2,3……」と数えていくばかりではないだろう。対象が2,3個といった少数であれば、目に入ると同時に数えずともそれが何個あるか認識できる事と思う。もっともそれが可能なのは案外少なく、俺の感覚で言うとせいぜい4,5個までが限界で、それを越えると「3個の塊が2つで6個」というような数え方になるのは試してみると分かるだろう。
<計数>はその認識可能な最大数が1レベルごとに1個ずつ増えると考えてもらえればいい。対象の密集具合や形のバリエーションで少し増減するが、だいたいそれくらいだ。
俺の素のレベルが5なので、スキルレベル補正がかかった結果、おおよそ15個まではいちいち数えずとも一瞬で認識できる。これは地味だけど結構便利だと思う。とりあえず野鳥の数を数えるのに使ってる。
ちなみに俺の予想では、<計数>は潜在習得型だけど、レベルを上げられている人は殆どいないと思われる。何故なら、スキルレベル以下の数を数えていてはレベルが上がらず、わざわざ意識して認識可能な上限ギリギリを数えることなどしないだろうからだ。例えば5レベルの場合であれば1~4子ずつ数えてもレベルは上がらない。5個ずつまとめて認識して数える時点でレベル上昇の可能性が発生し、上昇の確率はレベル以上の効果を出すほど上がる。
<計数>の場合はレベルによる効果が明確に数字として現れるおかげで分かりやすかったが、これは他のスキルでも当てはまるのではないだろうか。つまり、レベル相当もしくはやや高めの成果を出し続けることでレベルが上がる、逆に手抜きをしてレベルより低めの効果しか出さないのであれば、スキルを何度も使ってもレベルが上がらないということだ。
この推測が正しいのであれば、<投擲>を覚えた当初はある程度のレベルまで一気に上がり、レベルが素の投擲能力に追いついていくにつれ、上昇速度が緩慢になることにも説明がつく。
ちなみにこの"レベルと同等かそれ以上の成果"を出すのは、恩恵による補正効果でも問題ないらしい。つまり俺の場合、素のスキルレベルよりも常時10レベル高い成果を発揮することが出来るおかげで、その分レベルが遥かに上がりやすくなっているようなのだ。といってもレベルが上がれば結局成長率も下がるようで無制限成長とはさすがにいかないようだけど。
ここに来て妙に成長が早いように感じていたのは【才能レベル補正】の効果もあるだろうけれど、【スキルレベル補正】もそれに上乗せされているのか。これらの恩恵があるのと無いのとではどれくらい成長に差がつくのだろうか。気になるところだけど、さすがに検証のしようがないな。
◇ ◇ ◇
倉庫に付けられた小さな窓から差し込む光が位置を変え、少し日が傾いてきたことに気づいた。
あまり子供らを長時間束縛するのも良くないし、そろそろ今日の荷物整理は終わらせることにしようかな。
これまで無駄なやり直しを繰り返していまいち進んでいなかった作業も、やり方が定まればぐんと効率が良くなる。こういう日常のお手伝いレベルの事にあまり極端に効率を追い求めてもしょうがないけれど、数え終わった小袋が増えていくという目に見える成果が励みになったのか子供らも真面目に作業を続け、今では随分と手馴れてきたように思う。
これを機に、馬鹿正直に目の前の仕事を片付けようとするんじゃなく、一工夫するという思考が出来るようになるといいね。前の仕事も、ちゃんと手順を整理すればもっと楽になったのに、上の連中が行き当たりばったりなおかげで……
はぁ、嫌な事を思い出したわ。
4人に声をかけて簡単に片付けだけさせて帰らせたあと、誰もいなくなった倉庫の中を改めて眺める。 ここの倉庫は滅多に使わないものが放り込まれている所で、ここ数日はすっかり俺専用状態で好き放題に使っている。建物の広さ自体はそれなりにあるのだが、積み上げられたガラクタがそのスペースの大部分を占拠している。今は元々空いていたスペースを使って持ち込んだ荷物を広げているのだけれど、いっその事もう使われないものは綺麗に片付けて、自由に使えるようにしたいな。
居候……じゃなかった、下宿人の立場で倉庫1つ自由に使わせてくれとは少々言いづらいが、大掃除という名のガラクタ漁りくらいはさせてもらえるだろうか。実家も田舎の面白みのない一軒家で、こういう雑多な年代物が放り込まれた倉には密かな憧れがあったりする。なんか、凄い掘り出し物とか出てきそうじゃないか。期待するだけならタダだろう?
それにそのときは、新しく覚えたスキル<整頓>と<片付け>、そして取得したばかりのクラスが活躍するだろうさ。
◆称号
几帳面な 倉庫番
ほんの数時間前、スペースを広げるために、積まれたガラクタを移動させている最中に習得したものだ。やっぱり木箱を押して移動させていたのが良かったのだろうか。別にネズミ穴は塞いでないんだけど。
実は"几帳面な"はいつの間にか称号表示が切り替わっていたが、クラスについては"魔法使"のままだった。"倉庫番"については、【称号再設定】で取得済み称号を確認していた時点で初めて、取得していたことに気づいたのだ。
思えば、これまでの俺のようにちょっとした行動でころころと称号が変わっていることの方がおかしかったのだ。例えば昨日まで"鍛冶師"だった人が、ちょっと昼飯の仕度をするたびに"調理師"になっていたら混乱もはなはだしい。きっとスキルレベルとかと同じで、該当する行動を多く取ったもののレベルが上がるとかして、一番レベルが高いものが優先的に表示されるとかなのだろう。俺の場合、ここのところずっと面白がって覚えたばかりの魔法をちょいちょい使っていたおかげで、"魔法使"が定着してきているのではないだろうか。
俺は倉庫の扉を閉じて南京錠をかけると、仕上げとして扉の取っ手に紙を貼り付けた。和紙に近い材質の、短冊のような形をした紙に書かれたのは、幾何学的な曲線からなる記号のような文字。この都市で使われている言葉というわけではないが、それを見た東アジア人ならば恐らく"符"という名称を思い浮かべるのではないだろうか。
これが俺のオリジナル――といっても似たようなものは既にあるだろうが――の魔法による、一種の防犯装置のようなものだ。触れると多少の音と光を発する仕組みになっている。これの作り方がわかるとだんだん楽しくなり、あれこれ試してみたおかげで"魔法使"が定着したんだろうな。
俺は符が剥がれないように念入りに貼り付けつつ、この魔法の型に辿り着いた数日前、待ちに待ったルシャによる魔法の講義でのことを思い出したのだった。
ちょっと最近考えたのですが、ずっと主人公視点じゃなくて他のキャラ視点も合間合間に入れるのも面白そうですね。
ということで、執筆の合間に、投稿済みの話にもちょいちょい別キャラ視点を書き足していこうかと思ってます。