04話 手の届く範囲から
思ったより速く書けました。
いつも感想ありがとうございます。
前半ちょっと説明が入ります。
あとがきで要約するので、なんでしたらすっ飛ばしてください。
さて、ここで少しスキルについて整理してみよう。
スキルというのは結局のところ「何をどの程度できるか」の指標だと思われる。元々の世界の「握力」とか「英語の成績」がこちらで言う<腕力>や<○○語解読>に相当するイメージだ。少し違うのは、前者はあくまで人間が自分達で決めた指標であるのに対し、後者は世界の理として存在するという事だろう。
ただスキルレベルが表すのは、素の肉体性能だけでなくそれに付随する謎の力による補正まで含めて、どこまで出来るかが表現されているようだ。裸眼視力ではなく矯正視力のみ測定する風潮のようなものだと思えばいいのかもしれない。
俺の手持ちスキルだと<立体軌道>を使ったときが一番分かりやすかったのだが、垂直の壁面を走るときなどに重力とは別の、足場とした面に吸いつこうとするような力がわずかに働いている。この力は<立体軌道>のレベルが上がるごとに強く、そして長く作用するようになっていた。これに限らず、俺が今まで見てきたスキルの中には、<火魔法>や<金剛>のような、地球の物理法則だけでは成立し得ないだろうというものも多くある。
また上記のような、オーラだか気だか魔力だかの"謎エネルギー"が働いていそうなスキルだけでなく、<投擲><疾駆>といった元の世界でも同じ事が出来るようなものでも、運動不足気味の素の肉体性能の範疇に納まらず、自分でも驚くくらいに高いパフォーマンスを示したのだ。
ただこちらについてはどの程度まで【スキルレベル補正】の効果か分からないが、謎エネルギーが物理的な効力を発しているスキルが実際にある以上は<腕力>のようなスキルにはそのような現象が発生しないとは言い切れない。
結局何が言いたいのかというと、この世界でのスキルレベルとは"素の肉体の性能"プラス"謎エネルギーによる強化"による、"どれだけの効果を発揮することが出来るか"の値だと思われるという事だ。実際<投擲>を覚えたての時は、短時間で筋肉量とかが増えたわけでもないのに、スキルレベルが上がるだけで球速が面白いくらいに上がったからね。
同じような理屈で言うと、筋骨隆々なマッチョとスレンダーな優男が同じ<腕力>レベルという事もあり得るだろう。謎エネルギーによる強化がどの程度まであり得るのかは分からないが、スキルレベルが肉体性能と謎エネルギー強化の総和という事は、物理的に身体を鍛える事でスキルレベルが上がるのも確かなのだろうけれど。
というかぶっちゃけ、小柄なセンテさんが俺より<腕力>あったのよ。スキルレベルが物理的な要因だけだったらさすがにそれはあり得ないだろう。短期集中のスパルタな体験を通して、今は何とか追い越して面目躍如といったところだけれど。
ここまでの仮説は、合っているかもしれないし全然違うかもしれない。少なくとも不足はあるだろう。ただ、この世界に来てから見たもの、体感したものからすると、あながち的外れでも無いんじゃないだろうかと予想している。
とにかく、何でもいいからスキルを覚えれば、覚えていない状態で真似事をするのとは段違いの結果を出すことができるのだ。"不思議強化"は、あくまでスキルという体裁が整ったときにだけ作用するし、それを抜きにしても【スキルレベル補正】はスキルに対して補正がかかるようなので、称号と違って覚えて損になる事はないと思われる。何が他のスキルの前提条件になるか分からないことでもあるし。
そう言うわけで、これから始める「俺強化月間」では、とにかくスキルをたくさん習得してみよう、という試みなのだ。
では、スキルにはどのようなものがあるのか。
一般的には"体技"とか"魔技"、"知覚"とかいう分類が使われているようだが――というよりも<ステータス表示>ではこのように表示される――今回考えるのはそういう基準ではない。
習得方法による分類だ。
もっとも、これは俺の少ない体験に基づいた推測によるもので、この考え方が一般的なものかどうかは不明だけれど。
1つ目は特定条件を満たすことで習得するもの。"後天性習得型"とでも言おうか。実際には殆ど、あるいは全てがこれに該当するのかもしれないが、今は敢えて分類の1つとして扱う事にする。
元の世界で言うところの"技能"や"資格"、ゲーム用語としての"スキル"がイメージとして近く、習得のためには一定レベル以上の前提スキルが必要だったり、通常の生活では行わないような特殊行動を取る必要があったりと、それなりに習得が面倒なものばかりだ。その分習得したときの見返りも大きく、特定のスキルを持っている者といない者では、大きな差がつきやすい要因となる。
そういう理由もあって、統括ギルドで習得条件の共有や収集をしたり、逆に情報を伏せて己の優位を保ったりと、この世界における個人・集団の力関係にも大きく影響をするようだ。
一般的に"スキルを習得する"という場合はこの分類に該当するスキルが対象となるだろう。
そして2つ目は、<腕力>や<知力>、<視覚>に代表される、人間という形状を取っている以上、必然として持ちうるスキル。ゲーム的に言うなら"ステータス"に相当すると思われるもの。こちらは後天性習得型に対して"先天性習得型"とでもしようか。
実際には「生まれつき備わっている」のではなく、生まれた時点で習得条件を満たすため、結果として誰もが持っている形になっているのかもしれない。<ステータス表示>での分類上は先に挙げた後天性習得型と明確に区別されていないので、本質的に同じものではないだろうか。
例えば<視覚>の習得条件が目が見える事だとか、<腕力>は腕があることだとか。身体に何か重度の障害が無い限りは、普通に生きている時点で習得条件を満たすというものがあってもおかしくはないだろう。
そうなると、3つ目の分類を思いつくことができる。つまり、後天性習得型だが「使おうとする事自体が習得条件である」というものだ。
先天性習得型と後天性習得型の違いというのは「生まれた時点で習得条件を満たす」か「意識して狙わないと習得できない」かの違いとも言える。となればその中間として「普通に生活していれば自然と習得条件を満たす」ものもあるだろう。
習得している事を認識できるようになるD+ランク、言うなれば認識可能レベルを越える程度まで鍛えるかどうかは別として、特に意識することなく習得が可能なスキル。他の習得方法、特に後天性習得型と敢えて区別するならば、"潜在性習得型"とでも言おうか。
例えば俺がこの世界に来て真っ先に習得した<投擲>などは習得条件が「物を投げること」だと思われる。「物を投げて当てる」かも知れないけれど、どちらにしても大して変わらない。生まれてから一度も物を投げたことが無い人が、はたしてどれだけ存在するか怪しいものだ。習得条件を偶然満たす可能性が高いもの。それが"潜在性習得型"だ。
どの程度までが潜在性習得型かという明確な区分けなど出来るものではないけれど、<投擲>よりさらに少しだけ条件を複雑化すると、「特定の生活習慣によって習得条件を満たす」ものも出てくるだろう。これは前述の「生きる過程でほぼ確実に習得条件を満たす」もの程ではないが、必要とするような人は必然的に身に付けているようなもの。俺が覚えたばかりの<体内時計>も普段から規則正しい生活をする人などは物心つく頃には習得してそうだし、生産系なら<料理>とかも自然に覚えられそうなあたりだろうか。
必要とするような人間であれば習得しているし、逆に習得していない人間にとっては不要。つまりはスキルの習得条件がどうのと言っても、世に溢れているスキルの中には「どういう条件で習得できるか」について頭を悩ます対象ではないものも多くあるという事だ。
条件が複雑になってくるのは後天性に該当するのは、複合や上位スキルが殆どだろう。
であるならば、俺が当面やることは決まっている。
この世界で生活している日数が少ない以上、殆どの人間が当然のように持っているスキルでも習得していないものがいくつもあるだろう。
だから、質より量、日常生活で手に入れられるタイプのスキルをひたすらかき集めるのだ。
そういうわけで、多様な生活を送るために地味に家の手伝いをしたり、子供たちと手加減抜きで遊んだりしているわけなのです。
◇ ◇ ◇
「うーん、<料理>中に<片手剣>と<炎熱耐性>、<毒耐性>が上がるとはなー」
朝食の準備中に地味にレベルアップしたスキルを指折り数え、廊下を1人で歩きながら微妙に釈然としない気持ちになる。
何をしている最中にどのスキルが上がったかは大体想像はつくだろうが、包丁を使うことで<片手剣>、炒め物の最中に<炎熱耐性>、そして味見をしていたら<毒耐性>だ。他の2つはともかく、<毒耐性>は少々納得がいかないものがある。確かに苦味は毒の味らしいけどさ。覚えるまでは行ったけど、ランクは上がらなかった。認識可能水準に満たないD-ランクでストップだ。
それは置いておくにしても、<料理>は<片手剣>とか<調合>、<炎熱知識>あたりの複合スキルと言えるっぽい。当然他の組み合わせで習得するパターンもあり得るのだろうけれど、少なくとも野菜をちぎって盛り付けるだけでは<料理>にはならなかった。<装飾>だとかそんな感じのスキルを持っていたなら、盛り付けでも<料理>を覚えられたのだろうか。
こうやって一見関係なさそうなスキルでも、他のスキルの前提条件になったり効果を向上させる事につながるようだ。
たぶん<片手剣>レベルが上がるとキャベツの千切りとか超早くなったり、桂剝きとか出来るようになる。あとは<炎熱知識>でチャーハンを焦がさずにパラパラに出来るかもしれない。スキル凄い。
回りくどいから素直に<料理>鍛えろって? それもご尤も。でも技術的な面で言うと、同じ<料理>ランクなら、<片手剣>ランクが高い人間のほうが包丁捌きは上手いのだ。複合スキルを使う場合でも、ベースとなった基礎スキルが無駄になるという事はない。
今度<強打>で蕎麦でも打ってみようかーと思いつつ歩くのは、2階と同じかそれ以上に床板のくたびれた廊下。しかし子供達よりもずっと重いはずの俺の体重を受け止めているそれは、わずかな音しか立てない。
見よう見まねで覚えた2つの体技スキル、<忍び足>と<静音>による効果だ。
どちらも基礎体技に該当する程度の効果で、習得は簡単。<忍び足>は例の「使おうと思ったら習得できる」タイプで、<静音>は一定以上の音を立てないまま静かに半日過ごせば習得できる、条件の緩いスキルだ。簡単に覚えられるわりには、隠れたり忍んだりといった系統のスキルの習得に繋がりそうだったり、音を出さないことによって間接的に<聞耳>のような知覚スキルの効果を上げたりと応用が利くようなので、こうして隙あらば使って鍛えているのだ。
効果としては、<忍び足>が音を立てない行動、<静音>が立てた音の軽減と、両者は対になっているように感じる。ともにランクが低い状態では、ゆっくりとした動作のときにしか効力が出ないようだが、<忍び足>や無音状態で全力疾走も出来るようになるのかもしれない。
音を抑えて過ごしていると、近くにいる人が他に誰もいないと思って鼻歌を歌いだしたり独り言を始めたりと少々愉快な行動を行うところに出くわすことが多い。テンションが高くなってきたなーと思った辺りで<静音>を解除してさりげなく自己主張を行うまでが、この遊びの一連の流れである。
しかし新しいスキルを覚えたのはいいけど、これの習得方法とか需要あるのかね。潜在性習得型のスキルなんて金出してまで覚えようとするものじゃないだろう。
まぁ、研究者的な立場の人にとっては、未知あるいは正確な情報というだけでそれなりに価値を見出すかもしれないのだし、一応メモっておいて後で聞きに行くつもりだけど。情報の裏づけをどうするかについては知らん。それは俺の考えることではないのだ。
ちなみに想像の通り、ただでさえ星の数ほどのスキルがあるようなこの世界のこと。人一人が習得している潜在性習得型のスキルの数は年齢に比例して恐ろしいことになる。【ステータス完全閲覧】によっていちいちそのような瑣末なものまで認識していては負担が半端ないため、普段はフィルターをかけて見えないようにしている。
フィルターを解除するのは、腰を落ち着けて人のスキルを観察するときだけだ。以外と神経を使うので。
最近持ち歩くようにしているメモ帳に簡単に記録を残しつつ、小さな学校にも似た、片側に扉の並んだ廊下を抜ける。その先、天気が悪くても移動できるようにと簡素な屋根のついた20mほどの長さの渡り廊下の向こうにあるのは、都会の一軒家くらいの大きさの、小屋と呼ぶには大きく家と呼ぶには(この街の基準では)小さな建物。
渡り廊下につながるような位置に取り付けられた両開きの扉は、いつぞやの地竜素材をまとめて放り込んだ倉庫の入り口だった。
気配を気取られないようにそっと近づきつつ、タイミングを見計らって勢いよく押し開ける。
バンッ! と頑丈な造りの建物内に大きな音が反響し、それに驚いたのか、びくっと震えた姿勢のまま、こちらを伺う複数の人影が視界に入った。
「遅いぞ、シン!」
驚いたことを誤魔化すように口々に浴びせられる非難の声に、俺は鷹揚に片手を挙げることで答えるのだった。
長々と書いてますが、大雑把に言えばスキルの習得難易度は
1.最初から覚えているもの
2.すぐに使えるようになるもの
3.面倒な手順を踏まないと覚えられないもの
の3段階あるっぽいよね、見た感じ。だったら3をがんばって探すよりもとりあえず2を片っ端から覚えちゃったほうがいいんじゃね?
とそういう事ですね。
強力なスキルなんて1章に1つか2つも覚えられれば上等なもんです。
主人公強化月間は続きます。