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異世界での職業適性  作者: 子儀
2章 伸ばした手の先に
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03話 強者へ至る道

 何とか絡まった毛布の隙間から顔を出した時点で力尽き、すよすよと寝息を立てるセンテを、あたかも風呂敷包みを持つように毛布ごと担ぐ。補正も含めて上昇した身体能力があれば、小柄とは言えど人一人を片手で担ぐのもさほど苦労は無かった。

 センテの立てた騒音を聞きつけ集まってきた子供達は、蓑虫状態で俺の背中側にぶら下がったまま寝息を立てる少女を見て我も我もとまとわりついてくる。

 ごめんなー、お兄ちゃん非力だから1人担ぐのが精一杯なんだ。

 空いている手で1人1人猫のように持ち上げ同じように部屋を覗き込んでいたモミさんの肩やら背中やら腕やらに丁寧に引っ付けてやると、それはそれで楽しいのか両手両足でがっしりとしがみ付き、「さぁ運べ」と主張する。

 俺の荷物の5倍くらいありそうな重量を受けても平然とした顔に「さすが」と思ったが、よくよく見れば足がちょっとプルプルしている。そりゃあキツイわな。

 隣で「さあ来い」とアピールしてくるルシャ嬢にも一番ちっちゃい3歳くらいの子をおんぶさせてみると、何だか微笑ましい光景になってちょっと和む。

 さすがに全員は物理的にもモミさんの体力的にも乗っける事ができなかったので、適度に交代するように言い含めつつ、ぞろぞろと連れ立って食堂へと向かう事にした。今頃きっとタリアさんが食事の用意をしている筈なので、暇な年長者は手伝わないと。


 センテをぶら下げたまま食堂に入ったら、奥で朝食の準備をしていたタリアさんに怒られた。

「毛布が痛むからやめて下さいね」

 はい、ご尤も。

 穏やかな人ほど怒ると怖いなんて言うけど、悪ふざけの自覚があるときに正論で注意されると、尚更堪えるものがある。と言うかいい年して何やってるんだろうね、俺は。そしてセンテさんはそろそろ起きろ。

 くれぐれも真似しないようにと注意されてがっかりしているチビ共には悪いが、もう一度同じ事をやってタリアさんに説教される度胸はありません。まぁこの間のことで必要性を感じたし、今度子供が入れそうなくらい大きいリュック買ってくるからそれで我慢しておくれ。


 この家の朝食は基本的に菜園で採れた野菜とフランス的な細長いパン、場合により卵やハム、ソーセージなどがついたりする。

 財政状態によって後に挙げた物ほど優先度が下がるそうだが、俺が住み着くようになってからは台所事情もだいぶ好転しているようで不満を感じるような食生活にはなっていない。特にここ数日は見た目通り大食漢のモミさんを基準にした量が出てくるので、最初に会ったときよりチビ共の血色も随分と良くなっているように思う。

「いやぁ、さすがタリアさんの料理は旨いです!」

「……(こくこく)」

 料理ってお前、今口に運んでいるのは生野菜だろうに。


 確かにタリアさんの料理は旨い。金を取るタイプの旨さではないが、限られた財布の中身で手に入れられる食料を如何に偏食なチビ共に食べさせるかという試行錯誤を凝らした料理の数々。それに今ではそれなりの品質と量の食材を確保できるようになったのだ。家庭料理としては上等の部類になると思う。

 料理に限らず家事全般において万能で、以前思わず「いい嫁さんになりそうですね」などと口走ってしまった。それを聞いてちょっと複雑そうな表情をしていたのは気になったのだけれど。

 そして彼女にすっかり飼いならされてしまったのが、このイヌミミ姉弟。装備の不調もあってここ数日仕事を請けられないのを言い訳に、タリアさんにべったり張り付いているような有様だ。今も2人そろってハムスターの如く頬を膨らませ、もっきゅもっきゅと無心に朝食をかっ喰らっては感激の声を上げている。褒められている当人も案外満更じゃないようなので水を差すような真似はしないけれど。

 まぁ、その気持ちも分からないでもないのだけれどね。

 どういう事情か知らないが、この2人は長いこと2人きりで腰の定まらない生活を続けていたらしい。その分"家庭的"といった雰囲気に飢えているようで、まさに理想の姉キャラと言っていいタリアさんにすっかり懐いてしまったのだ。

 ただどうでもいいのだがルシャ嬢よ。お前さんの弟がさっきから「こんな姉さんが欲しかったっす」って連呼しているのは、頷いて賛同する所じゃなくて一応怒るところだろう。


 ◇ ◇ ◇

 

「おう、今日も旨そうな飯だな」

 和気藹々とした食卓に突如響く掠れたような渋い声。俺やイヌミミ姉弟といった大人組を入れても平均年齢が15歳くらいのこの場所に似つかわしくない声の主は、食堂入口にぶら下げられた簾をくぐり現れた。

「げっ、このジジイ何しに来やがった……」

「聞こえてんぞ坊主」

 曲がりなりにも20代後半に差し掛かっている俺を坊主呼ばわりしつつ当然のように食卓についたのは、世間から悪鬼の如く恐れられている固有称号持ち、"轟火拳嵐"ことカイ・バセンであった。

「ジジイ、そろそろボケて来てんのか。飯は昨日食べただろ」

「はん、お前ぇの故郷じゃ飯は1日おきなのか。どれ、無理にここの習慣に合わせさせるのも悪いから儂が代わりに食ってやろう」

「あ、この野郎! 俺が大事に取っておいた卵様をよくも!!」

 遠まわしに帰れと言っただけで人の好物を奪い取る、まさに悪魔の如き所業。この爺さんが何でこんな所で一緒に食卓を囲んでいるか、この光景を見た人ならきっと知りたいことだろうと思う。

 うん、俺も知りたい。


 カイ・バセン。年は80間近だと言っているが、鍛え抜かれた鋼を寄り合わせたような肉体に熱気を感じるほどの活力を漲らせた姿は、せいぜいその半分程度の年齢にしか見えない。それでも俺は敢えて爺さん呼ばわりをしているが。

 武器も防具も持たないが、S+ランクまで到達した身体強化型のレア技能スキル<金剛>により、その肉体は文字通り鋼を超える強度となる。移動型の技能スキル<瞬動>――静止状態から瞬時に肉体の出しうる最高速まで加速する効果がある――にて撃ち出された<金剛>の拳は、嘗てたったの一撃で、固く閉ざされた鋼鉄の城門を貫き、単身で城を落としたこともあるという。

 その際に付けられた呼名が"破城槌"とか。およそ人に付ける類のものじゃない名前だが、嘘か本当かと聞かれたら「まぁそれくらいは出来るんだろうなぁ」と容易に思えてしまうのが、この爺さんの恐ろしい所だ。


 余談だが、後々聞いたところによると、人外に両足を突っ込んだようなこの爺さんもかつてパーティーを組んでいた事があるらしい。どんな物好きがこんな凶暴な生物に付き合えたのかと思ったが、列挙されたのが"白火繚乱"だの"瞬火襲刀"だのと、あからさまに物騒な固有称号(名前)ばかりだったので、それ以上聞くのを止めた。何のことは無い、全員同類か。というかそのパーティー攻撃力過剰すぎるだろう。


 そんな歩く人型決戦兵器――繰り返しになるが同格の人間が他に何人かいるらしいので、今後巻き込まれない事を祈ろうと思う――がこんな所で平和な食卓を荒らしているのかと言えば、タリアさんとセンテ、ナディール姉妹の旧知の間柄だからだという。

 例の地竜の討伐依頼を受けて森に分け入ってからおよそ3年間、道に迷い続けていた(・・・・・・・・・)のが最近になって目撃された。それを聞いたセンテが迎えに行ったのが先日の騒ぎの顛末だそうな。

 3年間も道に迷って平然としているとかどういう感覚をしているんだか俺には理解できないが、

「家に帰れなくて何が困るって、生活の基盤を無くしたら生きていけないからね、普通。

 でもカイさんの場合、そこが密林だろうが砂漠だろうがそれこそ火山の噴火口でも平気で過ごせちゃうから、逆に道を覚えよう家に帰ろうって発想がなかったみたいよ」

 とはセンテの言葉。

 ――ダメだこいつ、スケールがおかしい。

 かつてパーティーを組んでいた仲間というのも別に解散したわけでも何でもなく、10年だか20年前にうっかり寄り道をしたときにはぐれてそのままだとか。

「ま、縁がありゃそのうちまた会うこともあるだろうよ」

 とか言って「クカカ」と笑ってたが、本気でここに集まって来そうなんで勘弁して欲しい。


 ここまでの話だけならまぁ、無駄に元気で若々しい爺さんというだけで済む事だ。

 問題はこいつが、辛うじてとは言えど自分の攻撃を捌いた俺に興味を持ち、事あるごとに絡んでくることだった。

 あの日孤児院に戻ってすぐ、建物から出てきたカイ爺さんと遭遇しその姿を認識した次の瞬間。瞬き1つにも満たない時間で数十メートルの距離を詰められた挙句、チャンネルを切り替えたように視界が切り替わり、俺は地面に寝転がっていたことに気がついた。辛うじて分かったのは、爺さんが得意としているらしい<瞬動>が発動したという通知だけ。その数、一瞬のうちに12回。<虚動(フェイント)>と<未来予測>を含めたその動きは、スキル発動のタイミングを認識できるだけでは決して捉えることのできない水準にあった。芯に響くような胸元に受けた打撃の感触が伝わったのさえ、自分が倒れているという事を認識した後のことだ。充分に手加減されての一撃は爺さんにしてみれば指で突かれた程度だったが、それでも少しの間指一本動かすことは出来なかった。


「言っておくが"狂化"中の儂の強さは通常の1/3じゃからな」

 などと、数分後にやっと起き上がった俺に対してのたまったのは、本気なのかそれとも言い訳なのか。ただ少なくともこの爺さんに限って言えば、狂化中のほうが弱いというのは確かだと思う。理性を持って繊細なまでに制御された技に比べ、上昇した身体能力に任せて衝動のままに振り回すだけの"狂化"は、受けることは叶わなくてもかわすだけなら何とか可能だった。

 重くても当たらない攻撃より、軽くても確実に当ててくる攻撃の方が余程恐ろしいという事だ。それに"軽い"と言っても生身の人間1人をミンチにするには充分な威力であるし、落ちた身体能力分はスキルの重ねがけで差し引きゼロどころか、さらに上を行っている。狂化の発動条件は不明だが、あらゆる面において爺さんにとってマイナスにしかならないのだろう。

 いきなり殴り倒されたときは「何をしやがるこのジジイ」という印象が殆どだったが、後々になってみると固有称号持ちの攻撃を凌いだという意識で俺が増長しないようにとの戒めの意図もあったように思う。この爺さんは基本的に破天荒だが、そういう所は何気に厳しい面がある事がだんだんわかって来る。同時に、弱体化していたとは言えど自分の拳撃をかわされ続けたという腹いせも同じくらいありそうだけれど。


 実際この爺さんは相当に強い。今まで会った中で一番強かったエルクハウンドさんは人間離れしている部類だったが、カイ爺さんは化物じみている。恐らく世界有数と言えるレベルなのではないだろうか。地竜への一撃、狂化状態の連撃、そして孤児院での速攻。間違っても口には出さないが、俺との差はそれこそ子供と大人どころじゃないくらいにあるだろう。

 だからこそ参考になる。

 幸い俺の恩恵(ギフト)は人の強さを知ることに特化しており、強さを見せ付けてくれるのも考えようによってはむしろ有難いと言える。カイ爺さんの使うスキルの1つ1つを目に焼けつつ、俺は言う。「いつか目に物見せてやる」と。

 自分で言っておいて何だがどう考えてもただの捨て台詞なのだが、それでもカイ爺さんは張り合われると実に愉快そうに笑い「やってみろ」と煽ってくる。いい歳して実に血の気の多い爺さんだ。


「しかし早くせんといい加減、儂も寿命が来てしまうわ」

 、<早食>にて速攻自分の皿を空にしたカイ爺さんはお代わりを貰いながら、何度目かの俺の吐いた台詞にやれやれと大げさに肩をすくめて見せる。

「……あと50年くらいは平然と生きてそうな気がするんだが」

 これだけパワフルな爺さんが素直に寿命を迎える姿が想像できないのだが。ため息をつくと、やたらとデカいテーブルの方々から同意の声が上がる。

「だねぇ」

「あー、確かにあり得るな」

「(こくこく)」

「子供が真似するのでそういう事はしないでくださいね?」

 順にセンテ、モミさん、ルシャ嬢、そしてタリアさん。タリアさんは別に同意じゃなく、<早食>をたしなめただけだったが。

 子供たちも子供たちで異口同音に同じようなことを言うと、カイ爺さんはフンと鼻を鳴らす。

「強者だからこそ死は案外間近にあるものだ。むしろ大なり小なり死に近づき、かつ退けたからこそ強者たりえる。貴様らもそれは分かっておるだろう」

 半世紀を越える経験に裏打ちされた言葉に妙な重みを感じ、俺達は一瞬口をつぐんだ。

 イヌミミ姉弟は勉強になるなとばかりに暢気に頷いているが、孤児院の柱たる褐色肌の姉妹はわずかに表情を曇らせたのが少々気になるところだ。


 カイ爺さんの言わんとすることは分かる。

 安全な場所にい続ける人間は強くなれない。強い人間は危険な場所に立った事のある者だけだ。そして、強くあり続けるためにそこに立ち続け、そして自らの力量が及ばなくなったとき、踏み外すのだろう。

 この爺さんは今までどれだけの人間が強者へ向かう道から落ちていったのを見てきたのか。そして本人もまだ、未だ危ういバランスを保ちながら進み続けているのだろうか。

 ――それを踏まえても、この爺さんがどうこうなる姿はちょっと想像できないんだけど。

 しかし、ゲームのレベル上げみたいに単純にレベルを上げ続ければ強くなるというものでもないんだよな。現代日本より遥かに危険なこの世界、単純に能力(スキル)を鍛えるよりも、危険度と己の力量を見極める目を養うのが最良なのかもしれない。


 ふと考え込み食事の手が止まる。その隙を突くように、視界の隅でカイ爺さんの右手が<瞬動>の高速移動により掻き消えたかと思うと、一瞬後には俺の皿に残っていたはずのハムが摘まれていた。

「ちょっ……」

「なに難しい顔している。心配せんでも坊主はまだまだ腕立て伏せで強くなれる程度。一丁前に考え込むのはまだまだ早いわ」

 そう言ってこれ見よがしにゆっくりと食べ始める。挑発するようなニヤニヤ笑いが非常に腹立たしい。


 仕返しに奴の皿へと手を伸ばすも、あっさりと叩き落される。さらに<金剛>状態の手で遮られてしまっては、強引に押しのけることも出来ない。

 ――戦闘向けの、しかもレアスキルを食卓のおかず争いに使うなよ!

 声を大にして言ってやりたいが、これも1つの戦い。立場が逆であれば俺も使っていただろうという事を考えると、非難することも出来やしない。

 だがそうこうしている内にも、カイ爺さんの防御側とは逆の手が翳むたびに俺の皿から食料が消える。そして奪われたおかずは、奴の皿を経由することなく<早食>にて直接胃袋へと送られる。

 攻め手に欠け、かと言って防御も容易く崩される。

 一方的な蹂躙と略奪は、調子に乗って<早食>を使い続けた爺さんがパンを喉に詰まらせ、窒息しかけるまで続いたのだった。


 これが……死に近づき続けた強さの代償というものか。空しいものだ、なんて。

 激しく咽る爺さんを横目に、一矢報いた余韻に浸りながらお代わりを要求するのだった。

間隔があくと、登場人物とか忘れられてやしないかと心配になりますね。

主人公の名前とか覚えてますか?

現時点での戦闘力は

カイ爺さん >> エルクハウンドさん >>(越えられない壁)>> センテ > モミさん > 主人公 > ルシャ嬢

って感じです。


<未来予測>のネタは少し前に3巻が出版された邪神に抗うために迷宮を探索する某ハーレムファンタジーの作者様から頂いたネタです。ありがとうございます。

まだ忙しい時期を脱せていませんが、10日後くらいには次行きたいと思います。次回は主人公強化月間という事で。

2章の展開自体はだいたい固まっているんですが、キーボードへ向かうための集中力が続かないです。

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