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異世界での職業適性  作者: 子儀
2章 伸ばした手の先に
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02話 襲撃

 ――朝です。

 窓から差し込む朝日がちょうど顔に当たり、古びたベッドの上で眩しさに目を覚ます。照明代の節約もあって、基本的にこの家では日の出と共に起きて日の入りと共に床に入るのに近い生活をしているのだ。東に向いた窓からは、低い角度の日光がこれでもかとばかりに注ぎ込まれる。もぞもぞと薄い毛布を頭に被るが、和らいだ気がしない。

 ぺったりと張り付いたような錯覚を感じる瞼を閉じたまま自己のステータスを表示し、そこに寝る直前までは確かに無かったスキルが新たに表示されているのを確認した。


 知覚系スキル<体内時計>。

 簡単に言えば、起床・食事・睡眠時間を一致させた生活を連続で2ヶ月弱ほど続ければ習得ができるというスキル。効果としては文字通り、時計に頼ることなく現在のおおよその時刻がわかり、また鍛えればストップウォッチ代わりに時間計測もできるというもの。カップ麺の待ち時間をうっかり忘れてデロデロにしてしまう事を防ぐことができる。超便利。数日前に存在を知って、真っ先に取得しようと思ったスキルだ。 

 <体内時計>を習得できるのにかかる2ヶ月という日数は、習得ができたというのを確認できるレベルまで成長させるのにそれだけかかるという事。以前にも言ったかと思うが、あるか無しかといった低ランク/低レベル状態では一般の測定方法では存在を確認することができない。<体内時計>の場合は規則的な生活を続ける、つまりスキルを使い続ける事でランクが上がり効果を確認できるようになる。技能系スキルと違って低ランクならガンガン上がるというわけでもないので、そういう意味では習得するまで実に気の長いスキルだ。

 ただ、俺の場合は覚えた時点でその存在を確認できるので――一般的には5段階でしか把握できないものが俺は最高100段階で判別できるように、それ以上もっと細かい精度があるのかもしれないが、そこまで把握する意味は殆どないと思う――<体内時計>が規則的な生活を始めて3日目で習得できるという事が分かった。仮に3日で1レベルペースだとして2ヶ月(60日)を割ると単純計算20レベル。ランクが上がるとペースダウンするだろうし、実際には半分強の10レベルちょい、10段階評価のD+ランクになるあたりで判別できるようになるといった所だろうか。恐らくそれくらいがぎりぎり効果を認識できるレベル。

 10レベルと言えば俺の持っている【スキルレベル補正】という<恩恵(ギフト)>。これの効果で全スキルレベルに10レベルの補正がつく事を覚えているだろうか。つまりは俺の場合、スキルを習得した時点で最低限のスキル効果を使用することができる、という事だ。これは何気に……どころではなく、相当便利なのではなかろうか。

 思いついたことを忘れないように、サイドテーブルに置かれたメモ帳に書き残す。ちょっとした覚書だけれど、こうやって気づいたものは後々必要になるのだ。

 

 ◇ ◇ ◇


 今日も朝一で新しいスキルを習得できたことにほくそ笑みつつ、毛布を巻き込みながら寝返りを打ったとたんに全身にびりびりと弱い痛みが走る。

 ――筋肉痛、治らないなぁ。

 町に戻ってから、これで3回目の朝。初日に比べればだいぶマシになってきたけれど、それでも身体の芯の痛みは残っている。それだけの負担がかかっていたのか、それとも身体が鈍って代謝が落ちているのか。両方原因な気もするわけで。

 どうせ真っ当に身体を動かすことができないので、ここ数日は座学というか腰を落ち着けた状態で使えるようなスキルをいくつか覚えて過ごすことにしていたのだ。

 このまま全身を弛緩させたままゴロゴロとしていたい所だけれど、生憎とそれをできない理由がある。

ベッドの上に転がったまま、耳を澄ます。

 ――<聞耳>

 知覚系、特に<視覚><聴覚>といった五感については後天的に鍛えることが難しいようなのだが、<聞耳>のようにそれを補強するスキルもあるという事が分かっている。ただ補正込みでもD+ランクと覚えたてのスキルでは多少聴覚を補強する程度の効果しかないのが難点だが、こちらは使い続ければ普通に鍛えられるようなので地道に使っていくとしよう。まぁ、"スキルを使う"と言っても結局"目を凝らす""耳を澄ます"という行為がスキル扱いされているだけの事なのだが。まったく面白い世界だ。

 そのままじっとしていると、廊下の向こうから小さな足音が聞こえてくる。世話になっている身で言うのも何だが、手入れの行き届いていない古い木造の建物だ。いくら忍ばせていても、低ランクの<聞耳>程度にすら引っかかる程の軋み音が伝わってくる。

 この音は……子供達(チビ共)ではないかな?

 体重が軽いうえにずっと暮らしてきてこの家の事を知り尽くしているガキ共は、痛んでない箇所に足を運ぶことで何気に巧みに足音を消すのだ。こっそり調べてみたら、地味に<忍び足>などを習得していたりする奴も何人かいたりする。最高でもC-程度だけれど、俺の耳をごまかすには充分だ。

 今回聞こえてきた足音は、そこまでこなれたものではない。その数は2つ。片方はまだマシだがもう片方は運動自体に不慣れなのか、不器用な忍び足が立てる床板のキシキシという音は下手をすれば<聞耳>無しでも気づいたかもしれないレベルだ。

 寝転がったまま足音を追ってみると案の定俺の部屋の前で音は止まる。そのままボソボソと押し殺した会話が薄い扉を通して漏れ聞こえてくるが、正直本当に忍ぶ気はあるのかと問い詰めたい。

 やがて話はまとまったのか会話は止まると、ゆっくりと部屋のドアノブが回り、音を立てないように最新の注意を払いつつといった体で扉が開いていく。

 ――ギギ……ィィィ……

 多少油は差したがそれでも微妙な錆は残ったまま、古びた蝶番は重たげな音を立てる。まぁ俺が本当に寝ていたのなら気づかなかっただろうし、そう考えると先ほどの足音もひそひそ話も"寝ている人間を起こさない"範囲内か。

 くくく、しかし"起きている人に気づかれない"水準までは到底達していない!

 とっくに起きている事に気づかれないように目を瞑ったまま、聴覚を駆使して気配という名の息遣いを探る。

 先に部屋に入る方は、クスクスと小さな含み笑い。忍んでいるつもりでもその明るい存在感はまったく隠せていない。「しーっ」という押し殺した声で、口元で人差し指を立てているような仕草が容易に想像できる。まずお前が静かにしろ。

 もう片方は無言。沈黙に慣れているかのような、静かな息遣い。だが聴覚のみに集中してみれば、緊張のためかわずかに呼吸が乱れている気がする。運動に慣れていなさそうな、微妙にぎこちない忍び足。

 <ステータス閲覧>すれば目を瞑っていても相手の名前を確認できるのだが、それは敢えて行わない。というか使わなくてもバレバレだ。

(やっぱりまだ起きてないね)

 間に挟まっていたドアが無くなったおかげで、ボソボソ声もより明瞭に聞こえてくる。ふはは、騙されておるわ!

 ――技能スキル<狸寝入り>習得

 唐突な通知に思わずぴくりと震える。それが目覚める前兆だと思ったのか、俺が目覚める先手を打とうと騒がしい方の気配はすばやく距離を詰めてきた!

「ぅおーーーーっはよーーーーーーぅ!!」

 センテだけに。

 身軽な身体を生かし、だんっと強く踏み切った身体は、数歩の助走だけで身長を軽く越える天井近い高さまで飛び上がる。杏色の短い髪を靡かせながらぐりんと身体を捻り、逆さまになった姿勢で天井を軽く蹴る。その身に得るのは、さらなる加速。そのまままともに受ければ骨も砕けるであろう襲撃はしかし、完全なる奇襲であって初めて成功し得るものだ。

「ふはは、甘いわっ!」

「――うあっぷ」

 転がるようにして無防備なベッドの上から脱出しつつ両端を掴んだ毛布を襲撃者の視界を遮る様に広げると、彼女は着地寸前の猫のような格好のまま毛布に突っ込む。四隅を軽く結んで錘にしておいた大き目の毛布は小柄な身体を包み込み、絡まりあった布地が完全に<捕獲>する。直後、ずしんと床を衝撃に揺らす梱包品(センテ)。これ、送料おいくらですか?

 ちょっとこちらも無茶した気はするけれど、幸いちゃんと着地できたようだ。ただベッドか床のどちらかが抜けないか非常に心配なので、後で位置を変えるべきか。


 本当に俺が寝ていたとしたら洒落にならない襲撃のように思えるが、実際には寝ている俺の上ではなく、覆いかぶさるように跨いで着地する体勢だ。いくら普段は悪乗りが過ぎるタイプであるとは言えど、さすがに冗談では澄まないレベルは弁えているという事をフォローしておく。

 まぁ恐らく派手にベッドを揺らして、驚いて飛び起きる俺を見たかったのだろう。覆いかぶさられた状態で俺が起き上がったらどうなるか考えなかったのだろうか。……期待に答えてラブコメ風ハプニングを装うべきだったか? よし、次はそうしよう。できればタリアさん(お姉さん)の方でお願いしたい所なのだけれど。


 巾着に入れられた猫よろしくモガモガと蠢く塊を、ベッドの傍らで意味も無く腕組み仁王立ちし睥睨してみる。

 ――悪戯には悪戯を。さて、どうしてくれようか。

 "おしおき"という言葉の響きはどことなく胸が高鳴るものを感じるなーと思いつつ、この部屋の住人になってから幾度目かの襲撃の報復について考える。

 直後、背後でギシリという足音。センテの派手な登場に意識を取られ、もう一つの足音の存在を忘れていた。

「おのれ、こっちは陽動だったか!」

 大仰に振り返ってみせる仕草は、我ながらノリノリである。日夜チビ共の相手をしているとどうしてもこうなるんだ。


 元々自分はもっと淡々としている性格だと思っていた。向こうの世界で暮らしている間は、ゲームをやってみたら案外面白かったとか、映画を見たらちょっとだけ泣けたとか、感情の揺れ幅はそれくらいなものだ。それ以上を求めるなら、それだけで何らかの労力を支払う必要があった。だから旅に出たいと思った。

 それがこっちの世界に来てみれば、1月も経たないうちにこれだ。何もかもが面白くて仕方ない。死ぬかもしれないと思ったときの余韻がいつまでも引いてないのかもしれないけれど、俺としてみればこの感情の変化は非常に嬉しいものである。


 振り返った先にいたのは、毎朝挨拶の名目で襲撃をかける子供らの1人……ではなく、銀髪犬耳無愛想と3拍子揃った我らがルシャ嬢。

 はて、彼女はこういうノリだけで押し切るような遊びは今まで顔を出したことがなかったのだが。苦手そうだし。

 どんな心境の変化だろう、と考えるのはとりあえず置いておく。何せ今は互いのプライドをかけた真剣勝負の真っ最中……などと大げさなものではないが、折角わざわざ顔を出す気になったようなのだし、全力で迎え撃つのが部屋の主(ホスト)としての役割だろう。

 さほど広くない部屋の中。センテを仕留めた時点で、ルシャは既に俺の背中まで2,3歩の距離に近づいていた。少々不器用な忍び歩きをする彼女は床の軋む音を捉えて振り向いた俺と目が合い、ぎくりと身体を強張らせる。

 そして足をもつれさせ、前のめりにすっ転んだ。

「おうふ!」

 反射的に庇おうと踏み出した俺の手を掻い潜るような体勢で倒れこむ、ルシャの額が俺の鳩尾にめり込み俺の肺から空気が押し出される。一瞬もがくようにばたついた彼女の両手が、そのまま俺の胴体にしがみつくように回され、倒れそうになった身体を支えた。

「あ、あぶなかったわ……おはよう」

「ごほ……おはよ、怪我がないようで何より」

 正面から俺の腰の辺りにしがみついたまま、見上げるルシャ。余程驚いたのかそれとも転ぶ姿を見られたのが恥ずかしかったのか、顔がわずかに赤らみ、押し付けられた薄い胸を通して鼓動が早くなっているのが伝わってくる気がする。

 ――押し付けられている?

 俺の腹くらいの高さにあるルシャと合わせていた視線を、ゆっくりとさらに下ろす。

 小さく形のいい鼻梁。白い肌との対比が眩しい桃色の唇。シャープなラインを描く顎。細く華奢な首筋に、ゆったりとした襟口から覗く鎖骨。そこから続く、ラフな部屋着に包まれている見た目相応・年齢不相応のなだらかな丘陵……というより平原が、わずかな起伏に挟み込むようにして、ちょうど俺の腰のあたり起きぬけで元気なマイ・サンをぐりぐりと圧迫していた。

 小さく身じろぎされる度にジャージ風のズボン越しに伝わる、ささやかなぷにぷにとした感触が甘い刺激を生み出し……感触に違和感を覚えたルシャが胸元にあたるソレを凝視していた。

 ばれました。殴られました。

 

 朝だから仕方ない、で押し通さなかったら潰されていたかもしれん。

 ちなみに毛布に絡め取られたままだったセンテさんは、もがき疲れたのか梱包されたまま寝息を立てていました。

センテさん、まじヒロインの風格。器が違う。


<体内時計>は以前提供いただいたネタです。ありがとうございます。

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