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異世界での職業適性  作者: 子儀
2章 伸ばした手の先に
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01話 旅は道連れ

お待たせしました、ようやっと2章開幕です

といってもプロローグですが

 ごろごろ……ごろごろ……

 硬いものが擦れあう独特の重い音を立てながら、車輪が回る。


 広大といえば聞こえはいいが、要はただただ広いだけの平原。わずかな起伏の間を縫うようにして敷かれた街道を、1台の馬車がゆっくりと走っていた。

 一般の旅人が使うような屋根もない荷台を馬が牽くようなものではなく、壁や屋根まで備えたいわゆる箱馬車と呼ばれる形状である。このようなタイプの所有者は貴族や大手商人など、裕福な層に限られる。そのような人種が所有するものに一般的に見られるような飾りは少なく、見た目こそ地味であるが、知識のある者が見れば造りそのものは上質な素材を使って丁寧に作られた高級なものであることが分かるだろう。ひたすらに"実用品"として割り切ったようなそのデザインは、持ち主か設計者の人となりを表しているのかもしれない。

 2頭立てのさほど大きくないその馬車に乗っているのは、御者を除けば2人。前後に向かい合うようにして設えられた長椅子に座り、退屈な旅路を思い思いに時間を潰していた。


 後席、人の身長ほどの幅のある長椅子に収まっているのは、背中まである長い髪を一房だけ編み上げた、20代半ばくらいに見える女性であった。容姿は比較的整っているが目を惹くほどのものではない。ただ、常に好奇心を湛えているような大きな瞳と楽しそうな笑いを浮かべた口元が、人好きのする愛嬌のある表情を形作っている。紅白の2色からなるゆったりとした衣服はきめ細かい高価な生地から作られており、さりげなくつけた髪飾りは精緻な細工が施されたもの。いずれもが彼女がそれなりの財力、もしくは権力を持つ人間であるという事を示していた。

 もっとも、服装はともかくとして今の彼女の格好を見れば、せいぜいが商人か貴族の身内、しかも頭に"放蕩"とつくものであると評価されるだろう。

 履物は床に脱ぎ散らし、クッションを敷き詰めた座席の上でごろごろだらだら。黒味がかった髪はぐしゃぐしゃにもつれ、高価な衣類は皺が心配になるレベルまで着崩れている。バネ式の緩衝装置が組み込まれているため街道の質の割には馬車内に伝わる振動は穏やかなものだが、それでも時折小さく撥ね、その度に捨てられた人形のように力なく投げ出された手足が不規則に動く。

 そのような格好で何をしているのかと言えば、うつぶせになったおかげで圧迫されたか細い声で、延々と歌い続けていたのだった。この国の子供なら誰でも知っているであろう童謡の一部、1分ほどの短いフレーズを歌い終わったかと思えばいつの間にか冒頭に。ぐるぐるぐるぐると、オルゴールのようにループし続けている。

 乱れた髪で半分隠れた下のくつろぎきった表情を見ればただ鼻歌を口ずさんでいるだけだという事は分かるのだろうが、でろりと弛緩した今の状態を何も知らない人間が見れば、まず間違いなく悲鳴を上げて逃げ出すだろうという程には不気味な光景であった。

 

 ならば馬車に相乗りしている旅の連れはどう思っているのだろうか。

 向かいの席、進行方向に背中を向ける座席に座って無言で本を読んでいるのは、肩口で切りそろえた銀の髪をした白皙の美貌の持ち主だった。切れ長のまなざしと桜色に色づいた唇ははっとする程に艶かしいものだが、いかんせんその仮面のような冷たい無表情が人を遠ざけている。

 歌う女性の風貌が広く親しまれる玩具人形だとすれば、彼女は感嘆とともに見つめられる美術品としての彫像か。

 紅白衣装を纏う連れとは対象的に動きやすい格好を好んでいるのか、装飾の少なく比較的身体のラインが出やすいぴったりとした服装を身に纏っていた。豊かな双丘によって生地が張り詰めている胸元と肩口に縫い付けられた、白い鳥の刺繍が施されたワッペンが特徴的である。

 鍛えられているのか、やや皮が硬くなっている掌には、厚さ5cmはある重そうな本。持っているのが薄い文庫本であるかのように片手で軽々と持ち上げ、白い指先でページを捲る仕草は優雅といっていいものだ。


 そのエンドレス鼻歌が始まってからどれだけの時間が経ったのか。

 銀髪の女性がゆったりと捲るページがおよそ全体の半分ほどに至ったところで、ふと指を止め、栞紐(スピン)を挟んで本を閉じた。そして活字――活版印刷技術は現代社会ほどではないが、ある程度普及している――に落としていた顔を上げる。

「――マオ様、少しうるさいです」

「うぇぇ?」

 急に声をかけられた紅白衣装の女性――マオは、目を白黒させながら鼻歌を中断し、両手を突っ張るようにして上体を起こした。

「ちょ、カーナさん仮にも上司に向かってそれは酷くない?」

「誰であれ、非は正す主義ですので」

 しれっと答えたカーナは、傍らに立てかけていた細身の剣に目を向ける。

「下手な歌で集中力を乱されたままでは、護衛の任務に支障をきたす可能性があります」

「そこまで下手じゃないでしょう!」

「まぁ中の中という所ですね」

「あまりの辛口採点に私は傷ついたよ……」

 がくりと突っ伏しクッションに顔を埋めたマオを、カーナは感情の薄い眼差しで眺める。

「だいたい何ですか、同じフレーズを延々繰り返したりして。何周する気ですか」

「うーん、とりあえず今ので172周」

 何時間もだらだらと寝転がっていたマオが生真面目に数えていた様子はなかったが、さらりと答えたその数が正確であるという事を付き合いの長いカーナは知っていた。

「途中から歌詞が思い出せなくてね。ほら、歌って似てるフレーズが何箇所かあると、ついつい戻っちゃうじゃない?」

「言いたいことは分かりますが、それでも3時間繰り返し続けられるのはウザ……少々ウザったいです」

「それ言い直す必要あるの!?」

「最近"オブラートに包む"という概念を教わりましたので」

「……薄いもんねぇ、オブラート」

 表情ひとつ変えずにしれっと答える部下に、マオは呆れたように突っ伏す。そのままもぞもぞとクッションの中に潜り込もうとする背中に声を投げかけられた。

「思い出せないのでしたら、調べれば(・・・・・)よかったのでは?」

 その奇妙な問いに、クッションの中からくぐもった声が答える。

「やーよ。知りたいわけじゃなくて思い出したいだけなんだから。あと歌ってると、ときどきカーナが微妙に嫌そうな顔をするのが面白い」

「…………」

 遠まわしに"暇つぶしの道具"扱いしていたという発言にも、カーナの鉄面皮は動くことはなかった。ただ無言で傍らの細剣を手に取り、慣れた手つきで剣身の半ばまで鞘から抜き放つ。

 ――――シャリィィィ……ン……

 鍛えられた金属同士がすれあう、高く澄んだ音が馬車の中に響く。それを聞いて身の危険を感じたマオがびくっと震える。クッションの隙間から顔を覗かせたときには、目にも留まらぬ速さで再び鞘へと収められた剣が元のままに立てかけられ、本人はそ知らぬ顔で足を組み本のページを捲っていた。

「おや、どうかしましたか。巣穴にお湯を流し込まれた蟻みたいな顔をして」

「いくらなんでも虫は酷いと思うの……」

 再びクッションに潜り込んだ直後、再び金属音が聞こえてきて慌てて跳ね起きる。

 面白半分に怪我をさせるような人間でないことは分かっているが、逆に言えば怪我をしない範囲で何をするか分からないのが、このカーナという人物だ。

 実際一度、よくしなるその細剣を持って、隙間の多い服の隙間を縫うようにして下着だけ切り刻まれた覚えがある身としては、実害が出にくい割りに洒落にならない事をしてくると判断するしかない。

「なるほど、確かに面白いですね」

 告げる顔は相変わらずの無表情。しかし付き合いの長いマオは、わずかにその口元が釣り上がっていることを見抜く。

「カーナちゃん? お姉さんそういう武力を笠に着た嫌がらせは好きじゃないなぁ」

「奇遇ですね。私も権力を振りかざした嫌がらせは刃物を突きつけたくなります」

 ぎろり。

 じろり。

「よーし、暇つぶしにカーナちゃんの恥ずかしい思い出その28"初めてのファンレター"を暗唱したくなっちゃったなぁ」

「それ以上口に出したら、全裸に剝いたうえで馬車の後ろにくくりつけます」

「その14"おとなになったらなりたいもの"も付けてやる」

「首を落とせば静かになりますか?」

 静寂。

 そして沈黙を破ったのは、机を蹴倒すような音、グラスをひっくり返すような音。いい年をした大人2人が狭い場所で取っ組み合いをするような騒音。


 それなりに防音の聞いている筈の馬車の中から相変わらずの音が聞こえ始めたのに気づき、御者は小さくため息をついた。

「これで何回目かねぇ」

 もしマオに聞いたならば、この上なく正確な答えが返ってくるだろう。

 移動を始めてからやり合った回数。それより以前、首都にいたときの回数。

「……まぁ散らかす分にはいいけど、壊さないで欲しいねぇ」

 マオの設計によって開発された新型馬車。彼女自身の持ち物なのでどうこうするのは自由と言えど、結局直すのは自分がやることになるのだ。あまり面倒な仕事を増やして欲しくない。

「退屈を持て余してるのなら、いっそ適当に獣でも出てきてくれたほうがいいのかもねぇ」

 あまりランクの高いものが出てくるとそれはそれで後ろの2人が煩いので、そこそこの相手がいい。さらに言うならば食べられるもの、加えて味がいいものであると素晴らしい。

 この平原も半ばを過ぎた辺りから、見かけるのは精々が()ばかり。何日か前は急に色々な種類の獣を見かける時があったが、あれは何だったのだろうか。

 ともかく、退屈はいけない。

 ここ数日は代わり映えのない景色が続いているおかげで、後ろの2人もすっかり退屈しきっているようだった。軽いやり合いも含めると、ケンカの頻度も上がっているような気がする。

 もうそろそろ見えてくるはずなんだが。

 そう考えるのを待っていたわけでもないだろうが、眼前の道が続く先、丘の切れ間にわずかに灰色が見えた。

「2人とも、見えてきましたよ。今日中には到着しそうです」

 聞こえているかどうかは分からないが、背後の小さな窓から後ろに向かって声をかけておく。そうしている間にも段々と大きくなってくる城塞都市(ビオテース)の姿。

 確かあの街に住んでいる誰だったかに会いに行くのだと言っていたか。

 確か漏れ聞いた限りでは知り合いだか同郷者だったか言ったと思うが――彼にとっての仕事は、馬車で2人を街に連れて行くことであり、それ以上の事は知ったことではない――のだが、少なくともあの2人に付き合わされる相手は苦労するだろう。

 初老に差し掛かった御者は見知らぬ誰かに哀れみを覚えるとともに、肩の荷が下りることに密かに安堵するのだった。

プロローグです。

7,8月はこの調子であまり執筆時間を取れないのですが、細々と更新したいと思っているので見捨てないでくださいませ。

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