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異世界での職業適性  作者: 子儀
1章 異世界への移住者募集中
24/34

22話 終息

 

「お、起きた起きた」

 意識が覚醒すると共に、頭の奥にずっしりと重い物を感じた気がして思わずうめき声が漏れた。

 ゆっくりと瞼を開くとぼやけた視界の中心、こちらを覗き込む人の顔へと徐々に焦点が合わさり、それがモミさんである事を認識した瞬間俺は再び目を閉じた。

「チェンジ!」

「チェンジって、お前なぁ……」

 呆れた声が聞こえた後、閉じた瞼の向こうで気配が遠ざかりボソボソと何かを話す声がかすかに聞こえてくる。

 やがて何者かがゆっくりと近付いて来たかと思うと、身体を軽く揺さぶりながら恐る恐ると言った雰囲気のまま囁きかけてきた。

「はやく……起きて」

「おはようハニー!!」

「ひゃあああああ!!」

 ノーモーションで起き上がり、がばぁっと抱きしめる……のは自重して両脇の下に手を入れて高い高いなどをしてみた直後、全身に激痛が走り、ルシャを持ち上げた体勢のまま身動きが取れなくなる。

 背中の真ん中が痛いのは打撲として、あとは……筋肉痛!?

 急に高度2mまで持ち上げられた彼女は半ばパニック気味にジタバタと暴れ、その振動がさらなる痛みを引き起こす。

 いい加減下ろされない事に焦れたルシャは、丁度いい高さにあった俺の顔面目掛けて足の裏を繰り出した。

「ありがとうございますッ(悲鳴)!」

 できれば素足でお願いします!

 背筋と顔面の痛みに耐えながらルシャを下ろすと同時に鼻血が出た。

「何考えてるのよ!」

「すんませンっ!」

 鼻血=エロっていう方程式はこの世界でも有効なんだなーと思いつつ、荷物の救急キットから脱脂綿を取り出して鼻に詰めていると<応急手当>スキルを習得したと通知された。以前モミさんの手当したときには習得しなかったのになぁ。

「何やってんだよ……」

 少し離れた場所でモミさんが呆れたように溜息をついていた。

 

「で、俺が寝てる間にどうなったんだ? 今のところ安全っぽいけど」

 ちょうど朝食の準備をしていたらしいルシャからシチューを受け取り、傍に転がっていた適当な大きさの石を椅子替わりに腰掛けると、3人で食事を取りながら尋ねた。

 少し離れた所に例の大トカゲだったものが見えるところからすると、大暴れしていた場所から然程離れていないはず。2人が随分とのんびりしている所からすると、厄介事は終わったと思っていいのだろうけれど。

「というか、日付変わってる?」

 確か夕方に差し掛かっていた筈だったのが、空を見上げれば太陽の位置がいつの間にか記憶と反対側に。

「お前はあの時頭打ってたからな。一応治療はしたけど自然に起きるまで動かさない方がいいって姐さんが」

「姉さん?」

 ルシャを指差すと、否定するように顔の前でスプーンをパタパタと振った。

「んにゃ、センテの姐さん。何で別行動してるか知らねーけどシンタロウの連れだろ? スキルのお披露目で一緒にいたし」

 あー、倒れる直前にセンテの姿を見た気がしたのは記憶違いではなかったのか。最後に顔を合わせてから何日も経っていないのに、随分と会っていなかった気がする。具体的に言うと3ヶ月くらい。

 モミさんは不思議そうにしていたが、思い返してみれば意外と行動を共にした事は少なかったな。むしろ目の前の2人といた時間の方が長いようにも思う。センテと俺がどういう関係かと改めて聞かれると難しいものだけれど、

「連れっていうより後見人って感じかなぁ」

 もしくは大家と店子。

「だけど何で呼び方が姐さんなのさ」

「いや初対面の女の子を名前で呼ぶのはちょっと……な」

 それで姐さんなら有りだという、こいつの照れ基準がよく分からない。

 まぁ呼び方の話はどうでもいいか。人それぞれ呼びやすいようにすればいいと思う。

「で、センテがどうやってあの化物みたいな人を追っ払った……倒した? って事なのか?」

 いくらなんでも倒したってのは無いだろうと思うが、追っ払うのもさすがに無理があるような。センテも俺と同じ回避型だし、俺がやろうとしてたのと同じように引きつけたまま逃げるってのがギリギリ行けそうな路線だけど。でもその後普通に会話したような事をさっきモミさんも言ってたような。

「それが、なぁ」

 何故かモミさんが複雑そうな表情になる。腕組みをして言葉を探す彼の代わりに、黙ってシチューを口に運んでいたルシャが顔を上げる。

「……元々知り合いだったらしいわ、あの2人。森の中ではぐれたんですって」

「なにぃ!?」

 では何か。俺らはセンテの連れにフルボッコされた上で、センテに助けられたというわけか。

 さすがにわざとやったわけじゃないだろうしマッチポンプとまでは言わないけれど、それでも釈然としない。

「カイって人、激しい戦闘で昂ると恩恵(ギフト)の<狂化>アビリティが自動発動しちゃうそうよ。元々はそれを抑えるために鎮静効果のアビリティがある巫女のサポートが欲しかったんですって。巻き込んで悪かったって謝っていたわ」

 案外気さくな方だったし噂も当てにならないわねと呟いて食事に戻るルシャに、いや素がどんなにいい人でも一旦<狂化>発動したら問答無用って事は結構噂通りなんじゃなかろうか、と心中で突っ込む。

 

 結局の所、森の中でカイのおっさんが大トカゲ相手に立ち回ったおかげで、他の獣達がとばっちりを食らって平原まで逃げてきたって所か。最後には大トカゲも逃げ出した所を、ここまで追いかけてきた所でついに<狂化>発動してしまったという事なのだろう。

 何も無かったからよかったけど、下手したら死人が出てもおかしくなかったんじゃないだろうか。少なくともあのレベルの人に襲いかかられて無事やり過ごすことの出来る人間はどれだけいるのだろうか。

「そういえばモミさん怪我は大丈夫なのか?」

「んー? まだちょっと痛むけどな。俺、打ち身とか打撲は治りが早いのよ」

 マジか。

「全部躱した俺が筋肉痛でヤバイというのに、まともに食らったお前が元気いっぱいなのは納得いかない……」

「筋肉痛は運動不足が原因だろ。――俺は痛みが来る前に治るけどな」

「何それ羨ましい」

「私も筋肉痛になった事はないわ」

「ルシャはそこまで運動してないだろ」

 あー、でも<治癒>B+って事は筋肉痛くらいはすぐ治るのかな?

 消耗そばから超回復とか、成長速度が恐ろしい事になりそうなのだけれど。

 

 それにしても巫女のアビリティか。結構希少なクラスだと言っていたし、特殊なアビリティを使えててもおかしくはないか。

 そう思ったところで、今更ながら巫女というクラスについて全く聞いていなかったという事に気がついた。

 クラスの事だけじゃなく、彼女の事は全く何も知らないようなものだ。随分と親しみを感じるようになっていたが、よく考えてみれば出会ってまだ半月だものな。

 うん、センテの話はのんびり聞いていけばいいか。これから先、時間はたくさんあるのだから。

 

「で、その2人はどこに? 近くに見当たらないみたいだけど」

 そう、地平線が見えそうなくらいに広い視界の中で隠れる場所は森の中にしかないというのに見渡せど2人の姿はない。まぁ森の中ですって言われたらそれまでなんだが。

「2人とも昨日のうちに発ったぞ」

「早いな!」

 俺が倒れた時間帯から考えると出発したのは早くても夕方くらいだろうに、獣が出るような平原を夜間に移動ってどんだけ豪胆なんだよ。

「俺もそう思ったんだけどなぁ」

 頭を掻きながら言いづらそうにするモミさんに先を促す。

「シンタロウが起きたら絶対怒られるから先に帰るってさ」

「子供かよ! 逃げんな!」

「俺に言うなよ……」

 すまんすまんと謝る俺に、フォローするようにモミさんは続けた。

「ただまぁ、お前が倒れてる間に<治療>はしていったし、そんなに怒らなくてもいいんじゃないか? 別に悪気があったわけでもないし、結果論だが取り返しがつかない事になったわけでもないし」

「まぁそうなんだけどな……」

 向こうもわざとじゃなくトラブった末の事なわけだし、腹を立てるより全員無事でよかったという気持ちの方が強いわけだけれども。

「ま、こんな仕事してれば同業者とぶつかるのも珍しくない……ってほどじゃないけど、獲物の取り合いなんかでたまにはあるもんだ。後に遺恨残してもいいことはないぞ。特にこういう、行き違いとか誤解とかが原因だった場合なんかはな」

 うーん、そういうものなのだろうか。

「……あぁそうそう、その姐さんから伝言を頼まれたんだった」

 そこで何やら思い出したようにぽんと手を叩いた。

「野良ドラゴンに襲われたと思って諦めてくれってさ」

「死ぬわ!」

 スケールがデカすぎるわ。噛まれてって言わないだけマシかもしれないけど。

「でも、アレってドラゴンらしいぞ」

 指さされた先に転がっているのは、死してなお威容を誇る大トカゲ様。トカゲトカゲと呼んでたが実際は手足も胴体の側面ではなく腹側からまっすぐ伸びてるし、本のイラストにあるような恐竜の姿に近いものはあったのだが、

「……ちょっとイメージと違うんだけど」

「俺もそれは思った。正直竜種なんて初めて見るしな。ただ地竜(アースドラゴン)でも200歳くらいの若いヤツだから、大型竜種の中ではやりやすい方らしいぞ。能力値はAランク止まりでSには全然及ばないし、基本やたらデカくて頑丈で力強いだけだから、脅威度もDかおまけしてCランクだとさ」

「それで脅威度Cってどれだけハードル高いんだよ」

「同じくらいのランクの中ではって事だけどな。このサイズで飛ぶヤツなんかは最低でもBランクは行くらしいぞ」

「考えたくないなぁ……」

 能力値がどうのっていうより、飛ぶってだけですごく嫌なんだが。出来ればそういうのには今後も会わずにいたいものだ。

「それと『襲ったのが地竜じゃなくてよかったじゃない。轟火なら自分で対処できるけど竜だったらどうしようも無かったよ』って言ってたな」

「それは確かに……って、そもそも地竜がここまで逃げてきたこと自体、あのおっさんが原因じゃないかよ」

「おぉ」

 こいつ、まさか今の理屈で言いくるめられていたんじゃなかろうな。ルシャの方は『やっと気づいたの』みたいな顔をしているが、だったら指摘してあげて欲しかった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 食事を終えて後片付けが完了すると、改めてあの慌ただしい時間が終わったのだと実感して妙に気が抜けた気分になった。

「んじゃ、そろそろ帰るかー」

 立ち上がって身体を軽く動かしてみる。体中がびきびきと痛むが、まぁ歩いて帰る分には問題ないか。

 素材が詰め込まれてパンパンになった状態で放り出してあった自分の荷物へ近づくと、そこにメモが挟んである事に気がついた。

「んーと、『ドラゴンのお勧め素材一覧』……?」

 筆蹟に覚えがあるようなないような。内容からするとどうやらセンテが残したものらしい。

 そこには、地竜は討伐証明部位だけもらっていくので残りは好きに引っぺがして来るように、鞄に入らないようだったら適当な毛皮で入れ物を作るようにといった注意書きと、地竜から取れる爪や鱗などの素材で希少なものや高額で売れるものといったリストがずらずらと書き連ねてあった。

 最後の『これで壊れた装備を直してネ!』というメッセージと一緒に書かれた下手くそなイラストはセンテの似顔絵だろうか。

「案外気にしてたのかな」

 なんとなくセンテの事が少し分かってきた気がして、思わず口元に小さな笑いが浮かんだ。

 荷物を担ぎ上げていた他の2人に声をかけると、俺自身背負いかけていた荷物を下ろして地竜の亡骸へと歩き始めた。

 センテやタリアさん、孤児院の子ども達への土産は何にしようかと考えながら。

 

随分長々と引っ張ってた気がするこのエピソードもようやく一段落しました。

もう少しだけやって、この章を締めようと思います。

次章を始める前後に閑話などで2,3キャラくらいのエピソードを取り上げてみようかと思ってるのですが、希望などありましたらどうぞ。

それ以外にもご意見ご感想などお待ちしております。

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