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異世界での職業適性  作者: 子儀
1章 異世界への移住者募集中
18/34

16話 異文化交流

 あれから数日が経った。

 ビオテースに戻った俺は1人、メモ帳を片手に冒険者ギルドの隅っこに座り込んでいた。

 

 ――ふむ、<健脚>……は昨日覚えたな。

 ――<突撃(チャージ)>か。これは後で試してみよう。たいして難しいスキルでもなさそうだし。

 ――あとは……<呼吸法>? んー、分からん。使っている所が見られればいいんだけどなぁ

 ――<付与魔法>……魔法は後回しだな。

 ――あ、<地図作成(マッピング)>は便利そうだな。欲しいなー。

 

 そこそこ腕が立ちそうな人の所有スキルを覗き見ては、有用そうなものを探して記録する。

 以前までは<ステータス表示>の使い方を試す目的で人の能力をあれこれ覗き見していたが、今はさらに1歩踏み込んだ観点で使用している。つまりは世にどのようなスキルがあるのか、どのようなタイプの人が何のスキルを重点的に使用しているかという事についてだ。

 スキルは基本的に、名前で大体の効果が予想できる。効果が分かれば使い方、使い方が分かれば覚え方、といった具合に名前から結構予想できる点は多い。もちろんイマイチ使い方が分からないものや、どうやれば覚えれるのかまったく想像がつかないものもたくさんあるが。

 とりあえずは定番っぽいスキルだけでもひと通り覚えて、実力不足を補おうと思っている。ついでに言えば誰かが潜在的に未発見レアスキルを習得していやしないか、という点もチェック対象だ。先に言った理由からスキル名が分かるというだけでもだいぶ違うので。もっとも見るだけではどれがレアスキルかはわからないので、レベルの低いスキルもメモっておいて後で照合するという手間をかけなくてはならないのだが。

 本当は実際に使っている所が見られるのが一番確実なのだけど、さすがにギルド内でスキルを使っている人はそうそういない。それについては今後、誰かがスキルを使っている場面に遭遇したら忘れずチェックするつもりではある。

 ちなみにモミさんの使っていたスキルも覚えようかと思ったが、ほとんどは断念した。俺は盾持たないし、<格闘グラップル>は1人で試すわけにはいかないし、<咆哮(ハウリング)>は近所迷惑そうだし。<強打>くらいかな。

 ルシャが使っていたスキルもパス。<早口>くらいならともかく、どうやれば覚えられるのかイマイチ分からないものばかりだ。ただ<無視>はともかく<平常心>はちょっと欲しい。精神的な打たれ弱さには定評のある俺。動揺すること火の如しと言われたもんだ。

 ともかく魔法についてはちょっと気付いた事があるので、スキル集めが一段落したら、そちらに手を付けるつもりだ。

 

 何故俺がわざわざこんな事をしているのか。

 自分自身の強化のためというのが半分。

 そしてもう半分が、色々と不安が残るあの2人組のためという理由なのだ。

 

 ◇ ◇ ◇

 

「うん、まだまだだな!」

 俺はそう言って、無駄に爽やかな笑いを浮かべた。恐らくその瞬間、虫歯1つない健康な歯もキラリと輝いたはず。

 2人の基礎体力や知能、序盤の動きを見る限りでは草原狼相手に決して遅れを取るものではなかったはず。相手は群れているとは言っても最下級にカテゴライズされる程度の魔物で、2人は少々歪さが目立つがそれでも平均C+かB-くらいの腕はあるのだ。後衛のルシャはともかくモミさんはソロでも無傷で充分殲滅できておかしくなかった。そう確信できる程度には圧倒的な流れだった。

 だというのに、後半の流れがよく無かった。

 ルシャの詠唱が辛うじて間に合ったがその後昏倒。一方のモミさんは利き腕に裂傷を負って武器を持つのが困難な状態。結果として両者とも戦闘続行不可能になってしまった。

 この結果は、実力……というと語弊があるが、能力差によるものでは決してない。傍から見ていた立場から言わせてもらえば、戦闘の運び方が原因にあるのだと思う。

 魔法の事はさっぱり分からないが、それでも目の当たりにしたルシャの火弾は随分な威力であった。事実まともに食らった相手などは形も分からない消し炭となっていた。だが、そこまでの威力が必要なのか。もうちょっと低威力で手数の多い魔法はないのだろうか。むしろ最初から、2発目に使った<炎壁>で囲んでしまえばそれだけで終わったのではなかろうか。

 そしてモミさん。素早い動きが厄介な相手の出鼻をくじいて足止めをしたのは良いのだが、その後が続いてなかった。相手に狙いを変える余裕を与えてしまい、それにより手を出しづらい硬直状態を招いてしまった。

 いずれも俺が手を出せばフォローできることではあるが、この場合はそれに甘んじる訳にはいかないだろう。今後上を目指すのであれば、その場しのぎに慣れてしまう方が危険だ。

 さっきも言ったように、2人は実力自体は平均を上回っている。ちょっとやり方を工夫すれば草原狼程度は楽勝で倒せるはずなのだ。

 

 俺のサムズアップを見て、モミさんは黙り込んでしまった。見ればその腕の中にいるルシャもいつの間にか目をあけてこちらを見つめ、硬直している。

 まだまだ自分の性能を使いこなせていない。そういう意味のまだまだ(・・・・)だったのだが、能力にダメ出しをされたと思って落ち込んでしまったのだろうか。まぁ実際、わざと誤解されそうな言い回しをした所もあるわけだが。こういう時についつい驚かせようという悪戯心が顔を出してしまう癖はなかなか直らないな。

 そろそろフォローを入れたほうがいいか。そう思って口を開こうとしたとき。

 いきなりルシャがモミさんの腕の中でジタバタと暴れだし、たまらずモミさんは手を離す。体重が軽いせいか、ぽてっと冗談のように軽い音を立てて落ちる彼女に慌てて駆け寄ると、押し殺したような声で何やら呟いたのが聞こえた。

「…………もり」

「え?」

「いきなり何のつもり!?」

 ぱかーん!

「あ痛ぁーっ」

 脛は勘弁!

 痛みに思わずしゃがみこんだ俺は、顔を真っ赤にしてなおも杖を振り下ろすルシャの攻撃を必死で防御する。力が弱いんでダメージは小さいものの、それでも脛に当たればそれなりに痛いのだ。金属杖だし。

 最初に殴られたときに習得していた<打撃耐性>が地味に上昇している事に気がつく。このまま殴られてたらスキルレベル上がるだろうかという考えも少し浮かんだが、幼女に嬉々として殴られる絵面というのもあまり褒められたものじゃない。

 振り下ろされる動きにタイミングを合わせて杖を受け止めた。

 ――体技スキル<動体補足>習得

「ババババ、バカ! 掴まないで! 離して!」

「離したら殴るだろ!」

「当たり前じゃない!」

 なにこの理不尽な仕打ち!

 すっかりパニックな様子のルシャにどうした物かと内心頭を抱える。短い付き合いではあるが、このように取り乱すどころか大きな声を出す所でさえ初めて見た。これがギャップという名の……まさに萌え、という奴だろうか。

「んー! んー!」

 しまいにはしゃがみこんでいた俺の肩に片足をかけ、杖を引っこ抜くように両手で引っ張り始めた。顔を赤く染めた幼女が目の前で足を大きく広げ、踏みつけてくる図。なんだろうこの背徳感。いや小柄とは言ってもさすがに幼女と言うほど若くはないが。

 

 そのまま肩にかかるルシャの重みを堪能していると、ぽかーんとしていたモミさんがようやく我に返ったのか慌ててこちらに駆け寄ってきた。

 いや、違うんですこれは。

 都条例とか色々な事を思い出して反射的に弁解しようとするが、モミさんはそれには構わずついには蹴りを入れ始めたルシャの両脇を掴んで持ち上げた。

「ね、姉ちゃん落ち着いて!」

姉ちゃん(・・・・)?」

 今聞き捨てならないセリフが聞こえた。みるみるうちに「しまった」という表情になるモミさん。

 まったく、嘘の付けないやつだ。

 モミさんはしばし言葉を選ぶように目を泳がせていたが、諦めたように溜息をついた。

「いや隠していたわけじゃないんだが、外で姉ちゃんって呼ぶとみんな驚くからさ。姉ち……ルシャが嫌がって、名前で呼ぶようにって言われてるんだよ」

「なるほど、それで間違えて呼ぶと?」

「気分次第だけど基本的に殴られる」

「スパルタだな!」

 徹底的に力関係刷り込まれてるな! 薄々感じてたけど。

「とにかく、ルシャは下ネタとかすげー苦手なんだから勘弁してくれよ」

「……下ネタ?」

 少し考えたあと親指を立ててみると、モミさんは重々しく頷いた。

 このジェスチャーがここの世界でどういう意味なのか聞くのは怖いが……少なくともうっかり街中でやらなくて良かった。

 気をつけよう異文化交流。

 

 どうでもいいことで随分と回り道をした気はするが、その後ルシャが落ち着くのを待ってから何とか話を元に戻すことができた。

 俺は2人に、ちょっと思いついた事があるので組むのは1週間ほど待って欲しいと伝えた。それが上手くいったら仲間に入れて欲しい、と。いつの間にか頼む立場から頼まれる立場になって目を白黒させていたが、2人とも快く承諾した。とりあえずはもう少し2人で鍛えてみて、1週間後に合流することに決まった。

 俺が2人と組むことに決めたのは、何だかんだ言って2人ともそれなりに腕が立って伸びしろがまだありそうなこと、どちらかと言えば敏捷前衛の俺と相性が良さそうなスタイルだったこと、等々いくつかある。

 だが1番の理由は、「こんな面白そうな2人組とこのまま別れる手はないわな」というものだった。

 

 ◇ ◇ ◇

 

 そして今、俺はこうしてギルドの隅っこでスキルについて調べ上げている。

 しかしこうしてスキルを羅列してみると実に多種多様である。スキルという法則(システム)から何となくゲームっぽいという印象を持っていたのだが、当然ながらその数が桁違いだ。数百どころか数千、下手をしたら万にまで届くのだろうか。

 はたしてこの世界にはどれだけのスキルが眠っているのだろうかなどと考えると、柄にもなくワクワクしてくる。

 ウェイスト氏達が長い時間と労力をスキルのデータを集める事に費やしているのも、結局はコレクター魂の延長線なのかもしれない。趣味でやっている事が結果的に世の中に貢献することになるというのは、どこの世の学者も同じだな。

 そして役に立つものだけでなく害悪なものが生み出されるという点も同じだと、俺は目の前を歩く鼠に似た風貌の小男が持つ<掏摸(スリ)>をメモに残しながら柄にもなく溜息をついたのだった。

 

「あれ、シンタロー君じゃない。どうしたのそんな所で」

 見晴らしがいいということで2階のテラスからフロントを見下ろすようにしていると、いきなり声をかけられた。振り向けばそこにいたのは、例の受付お姉さん。

 名前を覚えられていたのか。

 両手に積み重なった書類やら何かの箱やらを重そうに抱えて少し辛そうな様子。さすがにスルーするのも気が引けるので少し手伝おうかと申し出ると、躊躇いもなしに丸ごと押し付けてきた。わざわざ話しかけてきたのはこれが狙いか。提案したのはこっちだけど、少しは遠慮してください。

 運び先は1階カウンターの奥の部屋ということで、入口までは手伝う事にした。並んで歩く受付お姉さんと世間話などをしていると、ふと思い出したように聞いてきた。

「そういえばシンタロー君ってこの前ルシャちゃんと一緒に依頼受けてなかったっけ?」

 まさか1人1人名前を覚えているのだろうか。さすが受付お姉さん。

 イベント司会をやっていた時のエキサイトぶりとは違う印象にちょっと尊敬の念を感じる。

「ルシャと2人きりというわけじゃないですけどね」

「あー、いたねー、あのおっきい子。何て言ったっけ」

 覚えていたのは偶々かよ!

「知りたいんですか」

「ないわねー」

 即答かよ! もうちょっと興味を持とうよ!

「そんな事はどうでもいいんだけど、その依頼終わったあと報告してないんじゃない? 全員やらないと報酬でないから気をつけてね」

 そういえば。

 ビオテースに戻ったのは日も暮れかけていた頃ということで、街に入ってすぐの所で2人と別れたのだった。

「別に俺はついていっただけで大して働いてないんですけどね」

「でも3人で受けたんでしょ。報酬の割り振りは3人で好きなようにすればいいけど、報告はちゃんとしないとだめよ。途中で1人減っちゃったなら、それはそれで報告してもらわないとちゃんと査定できないんだから」

 なるほど、ごもっともです。

 俺としては基本的に何もしていなかったので報酬をもらうのは気が引けるが、それであの2人に迷惑をかけてしまうのであれば注意しないといけない。一応パーティーとして依頼を受けたのだから。

 どうせカウンターまで行くのだし、その時に報告すると伝えると受付お姉さんは笑顔で頷いたのだった。

 

「それじゃー、ちゃっちゃと済ませちゃうんでカード出してね」

 カウンターの隅っこに荷物を下ろすと、手を差し出される。どこに仕舞ったのか思い出せずあちこちのポケットをひっくり返し、ようやく見つけ出したスキルカードを掌の上に載せた。

「どれどれ……と、あれ、称号変わってるじゃない」

 カードを確認し、驚いたような声をあげる受付お姉さん。

 そういえば前回来た時は路上生活者(ホームレス)だったか。

 ふっ、それが今では下宿人という驚異の2段階成長! 男子三日会わざれば刮目して見よとはこの事ですよ。

「そっちもだけど、前置詞の方」

 前置詞というと称号の前半部分のこと。最後に取ったのは確か“異性に踊らされた”だったが、さすがに人聞きが悪いので速攻その前の“1撃で倒された”に戻してあったはず。その辺は抜かりない。

 よくよく考えると殆どロクでもない称号ばかりだなぁ。

「いやー、恥ずかしながら以前エルクハウンドさんにやられてしまって」

「エルクハウンドって、あの巨人殺しの? へぇ、意外ね」

「あっという間に意識を失って、そのままあの人の宿屋に運ばれて寝てたんですよ。まったく太刀打ちできませんでした。さすがにSランクだけの事はありますなぁ」

「うーん、Sクラスってそういう人多いのかしらね……私はよく知らないけど。まぁいいわ、査定終わらせてくるからちょっと待っててねー」

 そう言ってスキルカードを片手にひらひらと手を振ると、そのまま奥の部屋へと消えていった。なんというか、軽いノリの人だなぁ。

 どのくらい時間がかかるのかは分からないが邪魔にならないようにフロントの隅っこへと移動しようと背を向けた時、奥の方から聞こえてくる「きゃーっ♪」という何人もの黄色い声。

 一瞬何事かと周りの人達の視線がそちらに向いたが、特に何もないという事がわかると各々の雑談へと戻っていった。

 いったい何だったんだろうな。

 多少気になるものの、女性の会話に首を突っ込むとロクな事にならないという経験則から、忘れることにした。

 

「お、ま、た、せー」

 やけに楽しそうな表情で受付お姉さんが戻ってきたのは、それから10分ほど過ぎた頃だったろうか。

 カウンターに向かうと、報酬である銀貨5枚とスキルカードを返された。

「それじゃ、頑張ってね」

 ニコニコ……いやむしろニヤニヤといったどこか既視感を覚える笑いに疑問を感じながら、カードを受け取って何気なく目を落としす。

 その次の瞬間、全身の毛穴が開いて冷たい汗が一気に吹き出してきたような気がした。

 また……このパターンかっ!

 

 ◆称号

 性的な意味で 下宿人

 

 どんな意味だよっ!!

 同時に受付お姉さんとの直前の会話が思い出される。

 ――エルクハウンドさんにヤられて。(性的な意味で)

 ――あっという間に意識を失って。(性的な意味で)

 ――宿屋に運ばれて寝てた。(性的な意味で)

 

 そして同時に受付お姉さんの笑顔に含まれた既視感の正体にも気がついた。そう、あれはかつて池袋東口に通い詰めるクラスメイトの女子達がよく浮かべていた、腐った笑い。どこの世の女子も同じだな……

 このような称号を取得するに至った心当たりは1つしかない。

 俺は結果的にルシャに向ける形となったあのジェスチャーを思い出した。

 性的な意味のジェスチャーを……

 

 ◇ ◇ ◇

 

 その後、しばらく経ってビオテースを訪れたエルクハウンドさんは、あちこちから向けられる女性達の意味ありげな視線と、一部男性陣の熱い眼差しに首をかしげながら過ごす事になったそうな。

 いやほんと、申し訳ない。

主人公弄りが止まらない……


当初はもっといい思いをさせてあげるはずだったのにおかしいなぁ

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