14話 勧誘
1話の前の辺りにに設定資料を作成しました。
読まなくても特に問題はないですが、興味がありましたら是非。
新品の装備に身を包み、俺はギルド通りに向かう道を歩いていた。
小剣を買った際には少々不本意な称号を手に入れたりもしたが、幸いその後は特にトラブルもないまま買い物を終えることができたのだった。
こちらに来てからずっと着っぱなしだった部屋着のような服装を改め、今ではこの世界産の荒い布で作られた上下に着替えている。
防具については同じ敏捷型であるセンテのスタイルを参考にした。上半身は要所々々を薄い金属板と鎖で補強した革製のジャケット、下半身は服の上から脚甲を付け、足元は頑丈なブーツで固める。1つ1つはそこまで高いものではないものの、さすがに安物で済ませるわけにもいかない。その上装備一式を揃えるとなると結構なお金もかかるものだ。
本日購入したのは武器防具だけではなく、背負ったリュックとそこに入れられた各種医薬品などの小物も含まれる。こちらについては店側も勝手知ったるもので、バラ売りだけでなく“近郊討伐セット”とか“長期探索セット”という風に目的に応じたセット販売をしていたおかげで、さほど悩む事なかった。
小剣を下げた腰に慣れない重みを感じ、無意識に柄に右手がいきそうになるのを抑える。世界が世界だけに、抜剣しようとしていると勘違いされると洒落にならない。
小剣は最初普通に左腰に下げてみたのだが、腰の一点だけで固定している為かどれだけ抑えても歩くたびに揺れてしまい、いまいち落ち着かない。色々と試行錯誤した結果、腰の後ろで水平に固定する形が一番安定するように感じたので、今はそのようにしている。これができるのは小剣ならではといったところだ。
さすが俺、無意識にこの可能性を予想していたのか。
冗談はさて置き、実際刀身が短いおかげで狭い空間を抜ける時に引っ掛けることも少ないし、抜剣にも支障がない事は確認している。さらにいえば左腰に下げた時と違い、こちらの方法であれば順手でも逆手でも抜けるのだ。だからなんだという話ではあるが。
難点は座るときに若干邪魔なのと、しっかり固定しているおかげで鞘を外しにくいことか。
俺がどんな格好をしているかは正直誰も興味ないだろうし、この辺にしておくとする。
そんな事より、先ほど称号を取得したときの事を歩きながら考えていた。
“異性に踊らされた”
色々と物申したい所はあるが、称号そのものについての文句はひとまず置いておく。
恐らくトリガーとなったのは、手にとった品を棚に戻そうとしてウェルシュの表情が変わったタイミングでそれを取り消し、購入したこと。
傍から見ればどう受け取られるかはともかく、実際の俺の心情としては最初に手に取った時点でこの剣を買うつもりでいたし、一旦棚に戻すフリをしたのはある種の悪ふざけのようなものだ。……まぁ、思い返してみれば初対面の相手にやるような事でも無いと反省したが。
称号は、俺の内心や本質とは無関係に行動さえ条件を満たせば取得できてしまうのだ。仮に嘘をつくことで取得できる称号があるとして――というか持っているのだが――取得する条件にその嘘の内容は関係ない。その大元にあるのが善意だろうと悪意だろうと嘘は嘘で、しかし嘘つきの称号を持っているという1点であまりいい目で見られることはないだろう。
逆に言うと、取得条件を正確に把握していれば、それを避けることで自分の人格や行動が称号に反映されることはないのだ。
短い滞在期間でさえ垣間見えた、この世界の人達が持つ称号への信頼度を思い出す。
人間どうしても第一印象に縛られるものだが、ここではそれが称号という形でさらに強調されたようなものだと言える。
大半の称号はそんな事を気にする必要はないだろうが、例えば“聖人”のようなことさら善性を強調したような称号を持つ人がいたとしたら、むしろその可能性に注意しなければならないと思うのは、捻くれた思考だろうか。
◇ ◇ ◇
ギルド通りに近づいた辺りから、急に周囲から視線を向けられるようになった気がする。
自意識過剰な20代後半成人男性なんて笑えないわーとスルーしていたが、冒険者ギルドの入口をくぐった辺りで「居候」という単語が耳に入るようになり、気のせいではなかったことが分かった。
買い物に多少の時間をかけた為か、地球の時刻に換算すると今はおよそ15時ごろ。そろそろ気の早い連中が一日の仕事を終えて報告に来ているのだろう。以前来たときほどではないにしろフロントにはそれなりの人数が屯しているが、あちこちからちらちらと横目で観察され、仲間同士でなにやら相談を交わす様子が見て取れる。
……わざとやってるのか、こいつら。
イメージとしては、学生時代の放課後に告白して見事玉砕、次の日登校してみればなぜかクラス中にそれが知れ渡っていたときというシチュエーションを想像して欲しい。
あぁ、可哀想な元クラスメート田中。昔を思い出してそっと涙を拭う真似をする。
だが自分に向けられた気配をこっそりと観察するうちに、連中の態度や視線に悪意のようなものがないように思えてきた。どちらかというと好奇心だろうか。
さすがに状況を確認したくなってくるものの、この世界の知り合いというと辛うじて片手の指で余る程度しかいない俺としては、事情を聞ける相手もおらずアウェー感たっぷり。こう注視されていると適当な相手に話しかけるのも躊躇われる。
元々今日は何か依頼を受けるつもりはなく、前回来た時はあまりじっくり見られなかった各種依頼を調べようと思って来ただけなのだ。いい加減居心地が悪くなってきてもう帰っちゃおうかなーと思い始めたタイミングだった。
「お、今日は何か騒がしいと思ったら居候じゃないか」
この声を俺は忘れない。
「いやぁ、凄かったなあのスキルは。人が壁を走るなんて初めて見わーーー!」
すっぱーーんと足払いが予想以上に綺麗に決まり、まるで漫画のように真横に倒れる姿を見て、周囲から思わず漏れた笑い声が聞こえる。それが切欠になったのか周囲の意識は俺から逸れ、ギルド内は元の雑多な喧騒の中に戻っていった。
居た堪れない空気が緩んだのを感じながら、俺は足元で横になっているそれに視線を落とした。
「一体なんのつもりだ、モミー」
「それはこっちのセリフだ!」
ガバっと起き上がり、まくし立てる諸悪の根源。
覚えているだろうか。こいつのせいで居候呼ばわりが広がった事を。
「まぁ気にしないでくれ。今の足払いは軽いスキンシップ風の腹いせだ」
「タチが悪いな!」
まぁまぁと手で制すと、モミアゲ男はすぐ大人しくなった。案外素直な性格をしているようだ。
「いきなり足を払った俺も悪いが、お前さんも無防備すぎたんじゃないか? この業界に生きる事を選んだのなら、わずかな油断で大怪我をする人間を何人も見てきただろうに」
「う、それは確かに……」
俺の指摘に痛いところを突かれたのか、黙りこむモミアゲ男。論点をずらされたことに気がついた方がいいぞ。
見たところ20歳前後くらいの彼があまりに素直にこちらの言葉に踊る様子を見て、むしろ将来が心配になってきた。後々悪い人に騙されやしないだろうか。
「騙されてるわよ、モルドー」
はい、スミマセン。
反射的に心の中で謝罪しつつ、声の聞こえた方を振り向いた。
「……?」
誰もいない? 首を傾げた次の瞬間、脛に鋭い痛みが走る。
「わざとやってるの? 下よ下」
痛みにしゃがみこんだ事で目の高さが合い、その存在に気がついた。
小さい。第一印象はそれに尽きる。
センテも小柄なほうだったが、これはさらに1まわり……いや、2まわりは小さい少女。むしろ小女。身長は120cmくらいか。象牙色の外套のローブを深々と被り、先端に拳大の水晶が嵌った身長よりも長い金属製の杖を手に持っている姿はザ・魔法使い。
「……なるほど、ホビットか」
がつん!
――物耐スキル<打撃耐性>習得
「小さいって言った?」
「言ってません!」
いきなり杖で殴るか普通。しかもその杖、角張ってるからめちゃくちゃ痛い。涙目で二度目の激痛を堪える俺に、ニヤニヤしながら見ていたモミアゲ男が一言。
「わずかな油断が大怪我につながるんだってな」
うるさいな!
「で、何か用なのか?」
一頻り笑うモミアゲ男がホビットさんに「うるさいわ」と殴られるのを待って(ざまぁ)改めて尋ねると、モミーは「やだなぁ」と手を振った。
「ダチに出くわしたら用がなくても声をかけるだろ」
「ちょっと待て」
なんで知人を飛び越して友人になっている。
「ほら、一昨日熱い拳を交わしたじゃないか」
……あー、イベントの最中か。拳じゃない上に交わしてもいないぞ。一方的に薙ぎ倒しただけで。それで友達ってどれだけハードル低いんだこいつ。一度会ったら友達か? 毎日会ったら兄弟か?
そもそも名前も知らないだろうに、と指摘したら不思議そうな顔をされた。
「ダチっていうのは冗談だけど、別に知らない仲でもないだろう? 俺の渾名を知ってたじゃないか」
「え?」
お互いの間に浮かぶ幾つものはてなマークに焦れたのか、モミアゲ男の隣に立つホビットさんが口を挟んできた。
「いい加減話が進まないわ。自己紹介からしなさい」
「「はい」」
返事がハモる。ちっちゃいし丁寧なんだけど、オーラが怖いんだよこの人。
オホンと咳払いをし、最初に口を開いたのはモミアゲ男だ。
「俺はモルド・ミュート。クラスは戦士だ。だいたい略称でモミとかモミさんとか呼ばれるぞ」
手渡されたスキルカードに目を通しながら思う。
それ、多分略称ではない。
奴の両耳のあたりを覆う、茶褐色のモサモサに目を向ける。と、毛の塊がいきなりモフっと動いた。
何だ!? やつのモミアゲは生命体か!?
俺が凝視しているのに気がついたのか、奴はその部分を指でつまんで見せた。
「あぁ、これ? 熱こもって暑いんだよね。汗かくし」
……どうやらずっとモミアゲだと思っていたものは、垂れ耳タイプの犬耳? だったようだ。癖のある長毛のおかげで全然分からなかった。
しかしなぁ。男に犬耳ってどうよ? いや、自前のものだけあって付け耳のような不自然さはないんだけど。
やっぱケモ耳は女の子がつけててなんぼだよな。
スキルカードを返しながら、ちらりと隣のホビットさんを見た。
フードで隠れてて前髪くらいしか見えないが、フワフワの銀髪が実にケモ耳映えしそうだ。そう考えていると俺の視線に気がついたのか、彼女はこちらを上目遣いで見上げてきた。
「なに?」
「……いや、フードは脱がないのかなぁと」
「……なぜ?」
「いや、話そうにもこの角度だとフードで顔が隠れて話しづらいから」
「小さいって言いたいの?」
「言ってません!」
杖を持ち直したのを見て、慌てて否定する。やばい何か癖になりそうだ。
彼女は少しの間疑わしげな表情でジロジロと見ていたが、何か納得が行ったのか1つ頷いてブカブカのフードを脱いだ。
「……まぁいいわ。人と話すのにフードを被ったままというのも確かに失礼だったわね」
「エクセレント!」
それを目にした瞬間、思わず口に出した俺を誰が責められようか。
フードの下から現れたのは、髪と同じふわふわ白銀色の垂れ犬耳。まさかこんな間近で、天然の犬耳を目にする日が来ようとは……
え、モミさんも犬耳だったじゃないかって? 知らん。
ホビットさん改め銀髪犬耳無愛想幼女さんは、俺の視線が犬耳に集中しているのに気づいてぴくりと眉を上げたが、その事についてはそれ以上言わなかった。無表情のまま名前だけ告げる。
「ルシャ・ミュートよ」
モミさんと同じ苗字ということは親戚なのだろうか。陽気なモミさんと無愛想なルシャでは全然共通点がないように見える。見た目も、小柄に輪をかけたルシャに対してモミさんは180cmはありそうないいガタイをしているし。
唯一似ているのは、耳の形くらいか。
少し待ってみたが、ルシャはそれ以上続ける気がないようだ。その無愛想な態度には慣れているのか、モミさんが後を引き継いだ。
「こっちは魔術師だ。2人ともまだまだ駆け出しだけどな」
前衛のはずの彼からして先ほどのような見事なすっ転び方をするところから見ると、あまり経験を積んでいないというのは本当だろう。その割にはそこそこ良さそうな装備をしているように思うが……
そもそもなぜ急に話しかけてきたのか。その回答は実に率直なものだった。
「……急で何だが、良かったら俺たちと組まないか?」
目の前の2人と組む。
この世界に未だ慣れてない身としては少々ソロプレイに不安を感じるのも確か。そういう意味では誰かとパーティーを組むというのは1つの手ではある。センテと組めれば話は早いんだが……実力に開きがありすぎてさすがに足を引っ張るだけだ。
だが、ほぼ初対面の相手からいきなり勧誘されるというのも少々解せない所ではある。まぁここの人達からしてみれば当たり前なのかもしれないので、俺の感覚で判断は出来ないかもしれないが。
考えても仕方ないし、理由については手っ取り早く聞いてしまうのがいいだろう。
なぜ俺に声をかけたのか。
その問いに、にんまりと笑うモミさん。喋りたがりかこいつは。
「それがさー、聞いてくれよ。俺たち2人だけで組んでてそれなりに戦ってきたんだけど、最近なかなか上手くいかなくてさ」
いや上手く行かないって軽く言うけど、よく今まで無事だったな。
俺の経験は牙猪1回だけだが、あの突進を思い出すと上手く行かなかった時の事を考えるに恐ろしい。
「その辺はさすがに無理しないって。格下か危険度の低いやつなら2人でも何とかなるし。問題はその先なんだよな」
2人では限界だから人数を増やす。分かりやすいがそれだったら逆にどこかのパーティーに入れてもらったほうがいいのではないだろうか。そう思ったが即否定された。
「そう思って他所に入れてもらった事もあったんだけど、ルシャがこういう奴だからな。ちょっと揉めちまって」
「私は何もしていないわ」
「確かに何かしようとしてきたのは向こうだけどな」
こちらから組ませて貰ったのにボコるのは心苦しかったぜ、と溜息をついた。ルシャに手を出そうとしたそのリーダーさんはその後仲間にもフルボッコだったそうだが。
この歳で魔性の女か……ルシャ、恐ろしい子!
「ま、俺自身ちょっと大勢でつるむのは性に合わなくてな。そんなわけで今度はこっちが1人2人適当な相手を勧誘しようと思って何日かふらふらしてたんだが、どうもパッとしないの何の。1人でいる奴なんて完全な素人かそうじゃなければソロ余裕な格上ばかりだ。そこで、だ」
人を指差すな。
「あんた……シンタロウだっけか。荒事の経験ほとんどないだろ」
「……何故そう思う?」
「何故も何も、そんな丸ごと新品な装備見ればあまり経験がない事くらいはわかるって」
ふむ、どこか抜けている印象が強かったが案外見る目があるのかもしれないな。しかし。
「素人は嫌じゃなかったのか」
「面倒を見る余裕はないって事だって。あんたは何だかんだ言って1人でもそれなりにやれる程度の腕くらいあるだろ」
「さあ、どうかね」
俺が今までまともに見たのなんて、センテかエルクハウンドさんくらいだからなー。先日の鬼ごっこ中は逃げるのに必死だったし。あの2人と比べるとそれなりと言うのも躊躇われる。
それに能力自体は恩恵補正がかかったとして……生き物を殺れるかどうか、ってのは別の問題だろうしな。
「ちなみに普段はどれくらいの強さの奴を相手にしてるんだ?」
「シンタロウが狩った事がある中で一番強いのは?」
「牙猪が同時2頭だったな」
結果としては自滅だったが、あれくらいなら戦うにしても逃げるにしても何とかなるかな。
「なんだ、結構ヤれるじゃねーか。それなら余裕だって」
「ふーむ」
今後実際に戦えるに越したことはないので余裕のあるうちに慣れておきたい所だが、弱めの魔獣狩りでも1人は避けたいな。信用できないヤツと組むくらいなら1人の方がいいだろうけど、ちょっと話した感じではこの2人ならその点は問題なさそうだが……
「即答はできないな。1度、2人の腕を見せて貰ってから答えを出すというのは?」
「了解。それじゃあ今から……ってのは遅いし、明日適当な討伐依頼でも行ってみるか」
銀髪犬耳無愛想幼女さんは属性のかたまりみたいなキャラですね