13話 はじめてのおかいもの
すみません、ちょっと間空きました。
仕事が少し忙しくなったので、ゆったり更新になるかもしれません。
下宿人の朝は早い。
だがそれ以上に早いものも当然いる。
職人、老人、そして休日の子供だ。休日かどうかは知らないが。
「シンー! 朝だぞー!!」
ずどむっ!
「ぎゃあああああああ!!」
弛緩した身体への重量攻撃は<衝撃耐性>によって多少軽減されたものの内臓まで響き、安物のベッドの上で寝ていた俺は悶絶する。
口からはみ出しかけた何かを必死で押さえつけ、腹の上にまたがってニヤニヤしているダールを睨みつけた。
「ぐっ……いきなり何をしやがる!」
「え? だって朝起こすときはこうしろって言ったじゃないか」
「女の子限定つっただろうが!」
さらに言えば俺は優しく揺り起こして欲しい派なので、過激なスキンシップはご遠慮願いたい。
「まぁいいや。そろそろ朝飯だから早く起きろってさー」
「はいよ。すぐ行くって言っておいてくれ」
「りょうかいー」
開け放たれたドアから飛び出すダールを見送りつつ、大あくび。
身を起こそうとしたところで、視界の隅で何かが動いた気がして目線を向けると、そこにはタンスの上から此方に向かって華麗に飛翔するセンテの姿が!
「期待に答えて今度は女の子の出番だー!!」
「ぎゃあああああああ!!」
◇ ◇ ◇
昨日のウェイスト氏は、設備を自由につかっていいと言った。
彼からしてみれば何かスキルを見つけてくれれば御の字。見つけられなくても、遊ばせている設備を使わせるだけなので特に損になることはない。誰彼構わず使わせるのならともかく、俺1人なら維持にもたいして影響はしないだろう。
普通はほぼ初対面の相手に対する待遇ではない。だがそれはウェイスト氏からしてみればある種の投資なのではないかと思う。それは彼の知り合いであるところの“先輩方”の影響も多分にあるのかもしれない。
元の世界に戻りたいという未練はないが、先輩方はこの世界でどのような生き方をしているのかは気になるところだ。もう少しいろいろ話を聞いてみたかったが、残念ながら氏は多忙な身。その話はまた後日という事になった。
ただ、少なくとも異世界出身の経歴は継続して伏せておいた方がいいようだ。先輩方の存在についてもこの世界では特に周知されているわけでなく、一部の親しい人間が直接聞いたりしている程度のようだし。ウェイスト氏もその口だ。
でもセンテは薄々勘づいているような気はするなぁ。
装備を整える予算は受け取った登録費で余るくらいだと聞いていたので、金貨1枚を当面の家賃代わりとしてタリアさんに渡した。彼女は最初遠慮したものの、「受け取らなかったら食事のときに見せびらかせながら1人で肉を食う」と宣言したら、快く受け取ってくれた。ちなみに後で確認したところ、並の宿屋に食事付きで1ヶ月ちょっと泊まるとだいたい同じくらいの値段になるらしいので、宿代わりということを考えるとそんなに的外れな代金でもないはずだ。
ついでに後々貰えるだろう<立体軌道>の配当金の受け取り先にも指定させてもらった。いや、そんなにしょっちゅう受け取りにいけないだろうし、それでギルドの金庫で遊ばせておくのも無駄じゃないかと思って。こちらは預けておくだけなので、日々の家賃や食事などの消耗品の購入に使って貰うことにしてある。
色々とお金の話をしたあとでこっそりとスキルカードを確認してみた。
◆称号
一撃で倒された 下宿人
――よし、狙い通り!
“居候”の名を返上し、密かにガッツポーズをした姿は誰にも見せられない。
◇ ◇ ◇
正午前、俺は商店通りと呼ばれる区間に向かっていた。
主な目的は武器防具の購入と観光。
センテは朝から早々に依頼を探しに行ったため、今日も俺1人。
一応新人向けでお勧めの店を教えてもらったので、初めての買い物でも失敗することはないだろう。いやぁ、武器屋に行くなんて生まれて初めてなので緊張する。
ついでにこの世界の食生活に慣れるべく、食べ歩きの真っ最中。外国に馴染めるかどうかの決め手になるのはそこの食生活を受け入れられるかどうかだと思う。個人的に。
今食べているのは、さっき屋台で買った焼きモロコシみたいなもの。
――というか焼きモロコシだ。味も見た目も。
懐かしい、と一瞬感じたがよくよく思い返してみれば、日本にいた頃はあまり頻繁に食べるものでも無かった気がする。その割には馴染みの味って感じなんだよな。
うわ、焼きそばが売ってる。味は……ちょっと違うが誤差の範囲。
ふむ、餃子っぽいな。……甘っ!? これは……いや、案外いけるか?
んー、この謎の木ノ実に挑戦してみるか。硬っ。え、なに割って中身食べるの? お、水飴っぽい樹液が溜まってて飴っぽい。
日本……というか地球のものと比べて見た目そのまんまで味もそのまんま。見た目は同じだけど味は全然違うもの。その逆。
意外に癖がないもの……というか、日本風の味付けの料理とかが結構あって驚いた。異世界生活といえば、基本的に食事はいまいちという偏見があった。いや、この世界を見くびっていた。
そういえば大勢……かどうかは分からないが、少なくとも何名かは同郷の人がいるんだ。もしかしたらその中には農業改革をしたり、料理を教えたりした人もいるのかもしれない。
その積み重ねが、この焼きそばか……としみじみ思いながら、麺をすする。
さすがにちょっと長居しすぎたかと思ったのは、何件目の屋台を覗いた頃だっただろうか。
この世界の標準なのかは分からないが、食べ物が比較的旨いというのは有難い情報だ。それだけでも日々を生きる気力が湧いてくる。
まだまだ気になる食べ物もいろいろあるが、さすがに腹も膨れてきたので勘弁してやろう。
帰りにお土産を買いに来よう。そう誓い、その場を後にした。
◇ ◇ ◇
屋台村と密かに呼ぶことにした軽食屋台や露店が並んだ区画を通り抜けた先、商店街とかアーケードという言葉が相応しい様々な店舗が並ぶ区画に、俺の目的の店はあった。
ベルローク武具店。入口の上に、無愛想に書き殴られた看板が鎮座している。
古き良き駄菓子屋を彷彿とさせる住居と店舗が一体化したデザインの店先には、客寄せの目的もあってか様々な種類の武具が並べられている。無造作に放り出されているように見えて案外手入れが行き届いているらしく、それらには曇りひとつなく陽光を鈍く反射している。その中の1つを手にとってみると、恐ろしく装飾が少ないことが分かる。ひたすらに実用品として必要な要素のみを残したその造形が、作り手の人となりを思わせた。
「たのもー」
中に入ってみると、所狭しと並べられた武具の山に圧巻される。さすがに鍛冶ギルドの倉庫には物量ではるかに及ばないが、密度としては似たようなものだ。ずらりと並んだ数々の武具を目の前に、気分としてはホームセンターの工具コーナー。ここだったら何時間でも居られるわ。
そういえば道具に対して<ステータス表示>で鑑定できないかと思って試してみたが、無理だということが分かった。
掘り出し物を探すのに使えるかと一瞬期待したのだが。
ふらりふらりと徘徊してると、棚の影になって気がつかなかったが店の奥にあるカウンターの人影に気がついた。
向こうも同時にこちらに気がついたようで、目があってしまった。
「あ、お客さん? ごめんね気がつかなくて」
そう言って軽く頭を下げてみせたのは、明るい褐色の髪をポニーテールに纏めた10代後半くらいに見える女性だ。街で見かけた冒険者のような動きやすそうな服の上から、厚手のエプロンをつけている。
彼女はこちらの顔をみて何やら少し考え込んだあと、何かを思い出したようにぽんと手を打った。
「あぁ、有名人の居候」
「違います」
今は下宿人です。いや違う、それも胸を張って言うことじゃない。
「名前は境慎太郎。この街に来たばかりで職がないだけだ」
「職がない……?」
少し首をかしげて考え込んだようだったが、まぁいいやとこちらに向き直った。
「私はウェルシュ・ベルローク。ここが実家だから、たまに店番やってるよ。よろしく」
こちらこそと握手を交わすと、その手の皮が随分と固くなっていることに気付く。
「あぁ、ここの武器の殆どは父さんが作ってるんだけど、私の作品もいくつか置かせてもらってるんだ。といっても、まだまだ小物ばかりだけどね」
称号とスキルをこっそり確認してみる。
◆称号
勤勉な 見習い鍛冶師
◆所有スキルレベル
・
・
・
○加工スキル
<鍛冶> C
女性の鍛冶師というのは普通にいるものなのか。称号からすると腕はまだまだ今後に期待という所かな。
スキルレベルは相変わらず値だけ見てもどの程度の腕前なのかさっぱり分からない。自分の所有スキルの体感からすると、基本的にBとCの境界あたりが平均っぽいので、称号と合わせてみると中の下あたりといった所だろうか。
「それで、今日は買い物かな? 何か欲しいのはあるかい、お客さん?」
そうだった。なんと答えようか少し悩んで、餅は餅屋ということで素直に聞くことにした。
「実はどういう武器を選んだらいいのか迷っていて。ここは新人にお勧めと聞いてきたんだけど」
「へぇ。今まで使っていたのは?」
武器自体ほとんど手にしたことがないと答えると、随分と驚かれた。
「剣も、弓もまったく? はぁ、今までよく無事でいられたね。……あ、もしかして魔法専門だった?」
いや、と首を振るとさらに驚かれた。
「……まぁいいや。それじゃあどういうのがいいか希望はある?」
それも否定すると、今度は呆れたように溜息をつかれた。慌てて手を振る。
「折角だから先入観とか無しに、自分に一番向いてそうなのを選びたいと思って。適当に決めて後々失敗したら嫌じゃないか」
「そういうこと。私はてっきり、1から10まで全部用意してあげないといけないのかと思ったよ」
私はお母さんか! と言ってウェルシュは笑った。
「とは言っても、まったく0から選ぶというのもね。好みはある? 好きな武器とか嫌いな武器とか」
「好き嫌いと言ってもな。斧はパワフルでかっこいいし、剣はスタイリッシュでかっこいいし、槍はスマートでかっこいいし」
武器が嫌いな男子はいません!
「ふーん。となると打撃より斬撃、遠隔より近接って所か」
俺が無意識に並べた武器の傾向から、選択肢をざっくりと絞ってきた。あー、確かに弓はちょっとな。メイスはメイスで悪くはないんだけど、どちらかというと刃物系の方がいいや。
「と言っても、そのジャンルは一番種類が多いからね。これだけじゃまだまだ絞れないけど、あとはちょっと触って見たほうがいいかな」
そう言って、カウンターを回り込んでこちらに歩いてくる。
こちらから頼みかけておいてなんだが随分と親切だなと思ったが、店内に他の客がいない事に気がついた。案外ヒマだったんだろうか。聞いてみると、客はだいたい午前中か夕方のどちらかに集中するのだという。
大多数の人は日中お仕事中だよな、常識的に考えて。
「うちは種類は豊富だからね。確かに新人には向いているのかも。普通はある程度腕が上がれば専門店のほうに行くから」
この場合の専門店とは、剣専門とか槍専門という分類を指す。剣についてはさらに片手剣専門とか両手剣専門になる店もあるらしい。
だからこの辺には他に武器屋がいくつかあっても競合にならないのか。
「それだと逆にここは客取られたりしないか」
「うちは種類が多いし品自体もそこそこの品質だからね。パーティーで揃って買い物する人が多いな。剣とか槍とか、それぞれの種類自体は専門店には劣るけど、オーソドックスな辺りは普通に揃ってるし」
こちらは初級~中級くらいの相手が主な客層で、それより上の実力者が専門店に行く。そんな風にして住み分け出来ているようだ。
「それじゃ、試しにいくつか持ってみるといい」
促されて、傍らの棚にあった身長よりも長い槍に手を伸ばす。肩に担いでみるとその重量がずっしりと食い込んで、うめき声が漏れた。
「いや、無理っす。持ち上げるのが精一杯」
「こっちのショートスピアは?」
地面から肩くらいの長さの槍を渡される。今度は重さで潰れそうになることもなかったので、店内の少し開けたスペースで軽く振ってみると、振り下ろす勢いを抑えられずに身体が泳ぐ。
――近接武器スキル<槍>習得
「これぐらいだったら少し練習すれば一応は形にはなるかな」
品物にぶつけないように気をつけながら、1振りするごとに馴染んでいく感覚を実感しながらコメントする。
「そうなると、もうちょっと軽いほうがいいかな?」
「そうだなぁ。持ち歩く事を考えると、余裕のない重さはちょっときつい」
基礎体力スキルというカテゴリがあったことを思い出してその内訳を確認してみると、予想通りのものがあった。
○基礎体力スキル
<装備重量>
この場合の装備とは武器防具だけでなく、道具や荷物を合わせた重量のことだろう。
基礎体力スキルのカテゴリはは技能スキルと違い、特定条件を満たさなくても最初から一通り取得している。<腕力><敏捷><体力>……といった内容からするに、RPGでいうSTRとかDEXに相当するものだと思われる。
鈍った現代人らしく全体的に軒並み低めだが――といっても、この数日走り回ってたおかげで<敏捷>や<体力>についてはそこそこ成長している――ずっと軽装でいたせいか、ほぼ最低値を示しているのが、<装備重量>だ。<腕力>とかとごっちゃになりそうだが、持ち上げられることと持ち歩けることは別、という事だろうか。
今までの経験からすると、最初は多少負担になっても補正効果のおかげですぐに平気になりそうだとは思うが……
「よく考えてたらそんなにごっついの持ってても使わないか」
武器自体は欲しいけど、飾るわけじゃなく使う事を考えなくてはならない。そもそもあまり物騒なことまではしたくないので、攻撃力過剰にしてもな。
将来的にはともかく、現状の俺のスタイルを考えると敏捷特化の方がいいか。重さにすぐ慣れるかもしれないと言っても、慣れるまでろくに身動きできなくても困るし。
「というわけで小剣を1振りください」
「最初悩んでたわりにはあっさり決めたね」
「将来的に何が使えるようになるかはともかく、現状で使えるものが1つもないのは困るかと。自分に何が向いているかは、その後ゆっくり模索するよ。メインを替えるにしても、小剣なら予備武器として持ち歩けるしね」
軽目の長剣にしようかとも思ったけど予備で持ち歩くにはちょっと重いだろうし、将来ではなく今の自分に合わせるのだったら小剣の方が適切だろう。メインにするには短剣はさすがに心もとないし。
「あ、そうだ、あとそこにある投擲短剣も1セット」
<投擲>が結構上がっていることだし、むしろこっちの方がメインに為りうるかもしれない。
こちらは在庫数こそ多いものの種類自体はほとんど無いので特に悩む事はない。1セット10本を専用のホルダーと一緒に確保。ホルダーのタイプは少し悩んだが、太腿と腰用のものにする。
「あとは小剣か」
こちらは長剣に比べれば劣るものの、投擲短剣に比べればずっと種類が多い。
あれでもないこれでもないと手に持って片っ端から試してみるが、これぞという決め手に欠ける。全体的に使いやすいんだけど、だからこそ選びにくいというか。
「うーむ」
悩みながらウロウロとしていると、目立たない位置に置かれたその小剣に気がついた。俺は目利きができないので逆説的にそれが決して特別優れたものではないという事は分かっていたのだが、それには他の小剣にはない1つの特徴があった。
簡素な飾り彫のされた護拳。
決して派手なものではないが、実用一辺倒の他の剣に比べると少しだけ雰囲気が違う。
それを手に取ったのを見て、ウェルシュが小さく声を漏らした。
「その小剣、私が作ったんだ」
と言っても丸ごと1本を打ったのではなく、刀身は父親が、残りの柄や鞘、護拳といった箇所をウェルシュが作ったのだという。
「投擲短剣みたいな消耗品とか小物はいろいろと作ってるんだけど」
そう言って、俺が抱えた投擲短剣を見る。これも彼女の作品か。
「まだ小剣は売り物になるレベルのものは作れなくて。それでも最近は少しだけ仕上げをやらせてもらえるようになって」
その1本がこれ、か。
「丸ごと自分で作れるようになりたいんだけどね」
「そうか……」
俺は頷き、その小剣をそっと棚に戻す……ほど非道にはなれず、そのままカウンターに持っていって会計をお願いした。
護拳のデザインが気に入ったのは確かなので、決してウェルシュの嬉しそうな顔に釣られたわけじゃない。
本当だ。
◆称号
異性に踊らされた 下宿人
「…………」
下心はないのに。
今更ですが1話あたりの分量はちょうどいいでしょうか。
一応5000文字オーバーくらいを基準にしているのですが。