12話 登録の報酬
「さて、早速だがこれがスキル登録の報酬だ」
統括ギルドを訪れた俺は、先日とは違う応接室に通されていた。センテはこちらには用がなかったので適当な依頼を受けに行ったため、この部屋にいるのは俺とウェイスト氏の2名だけである。
机を挟んで向かいのソファーに座っているウェイスト氏から、片手に乗るくらいの小さな袋を渡された。
「確認しても?」
「ああ」
開けてみると、中には金貨4枚と銀貨20枚。銀貨20枚が金貨1枚なので、枚数的にはちょうど金貨5枚分だ。
「手持ちが少ないと聞いていたので、金貨1枚は両替しておいた」
「ありがとうございます」
通貨のレートにまだ慣れていない身としては金貨5枚がどれくらいの価値なのか咄嗟に計算できないが、少なくとも日常生活では普通使用しないだろう事くらいは予想がつく。日常生活では銅貨、高額の買い物で銀貨、商取引などの大規模な金銭のやり取りで初めて金貨が使用されるイメージでまぁ間違いないだろう。
ただ、スキル登録で金貨5枚っていうのは相場としてどうなのだろうか。これは元の世界の価値観では判断できないな。
中身を確認し終えた俺がそれを鞄に仕舞い終えたのを見計らい、ウェイスト氏は口を開く。
「ここからは昨日の話の続きをさせて貰おうか」
俺の恩恵の話か。その前に1つ確認したいことがある。
「先日まで人の少ない田舎で暮らしていたもので恩恵について一般的な知識をあまり知らないのですが、普通はどうやって恩恵を持っているか調べられるんですか」
「確か人の出入りの無い集落の出身だったと言ったかね」
「えぇ」
センテにもそういう設定で話していたはず。
「周りに他の恩恵持ちは?」
「俺が知っている限りはいません。あまり人も多く無かったもので」
ふむ、とウェイスト氏は頷く。
「地方になると確かにそういう所も珍しくはないな。……だが、得てしてそういう所ほど恩恵持ちは重宝されるはずだが」
「うちは排他的な所だったので。あまり大っぴらにできるような土地柄でもなかったんですよ」
確かに俺の出身地でこんな超能力じみた能力をひけらかしていたら大変な騒ぎになっていただろうね。もちろんその時はこんな能力は持ってなかったけど。
「あぁ、すまない。詮索するつもりは無いのだよ。……それで、恩恵を確認する方法だったかね」
「ええ。どちらかというと恩恵の隠し方ですね。これを持っていること自体は有難い事だと思っていますが、それはあまり知られたくないもので」
「理由を聞いても?」
「……恩恵を知られた事が、故郷を離れることになった原因ですから」
お、行き当たりばったりで設定並べたわりには案外いい具合に脈絡が繋がったんじゃない?
自画自賛しながらも顔には出さず、殊勝な表情で俯いてみたり。いやぁ騙しているようで心苦しい。まぁ騙しているんだが。
「それはすまないことを聞いたね」
「……いえ、とんでもない」
それはもう、本当に。
余談だが、後で<ステータス表示>を使ったときにこんな称号を取得していた事に気がついた。
◆称号
嘘八百を並べた 居候
即座に【称号再設定】で変更し、見なかったことにした。
特に今のクラスと並べると、ダメな響きが倍増だから。
◇ ◇ ◇
ここ2,3日この世界に触れてきて何となく分かってきたことがある。
この世界では、身体的な能力や習得した技能はほぼ全てがスキルという形で数値化され、経歴や性格は称号という形で冠せられる。
当の本人たちのほとんどは大雑把というか表面的な情報しか触れることができないため、便利なものとして扱っている。しかし【ステータス完全閲覧】はどの程度までかは確かめてはいないものの、その片鱗だけでもこの世界の水準を超えた精度でその情報を見ることができるのだ。
想像して欲しい。自分に何が出来るのか、出来ないのか。何が得意なのか、苦手なのか。どんな性格か。どんな経歴か。趣味嗜好は? 誰にも言っていない――それどころか自分でもしらない情報を、見ず知らずの他人が思うままに調べることができるということを。
今のところは、スキルカードに表示される情報プラスアルファ程度の精度で見ることしかしていない。
ちょいちょい通りすがりの人に軽く試していたら、広場のカフェの看板娘さんに<性技能>なんて技能スキルを見つけたときは、いろいろと申し訳ない気持ちになったのだ。……レベルがどうだったかは俺の胸に秘めておこう。
この恩恵の対象が俺自身だけというのであれば周囲の印象も便利なもので済むだろう。だが、他人に対しても使うことができると知った時の周囲の反応は想像に難くない。
俺が異世界から来た云々を隠すのは、ぶっちゃけてしまえばセオリーだからだ。大っぴらに言い回るものではないが、相手や状況によっては明かしても大した問題にならない可能性だってあるだろう。だがこの恩恵はあまり宜しくない。スキルカードの存在からすると劣化版程度であれば極端に珍しいというわけでもなさそうなので、対外的には精々その程度の能力という事にしておこうと思う。
そんな経緯から、俺の目下の心配事は如何に【ステータス完全閲覧】について伏せておくかなのだ。スキルチェックという魔法があるという以上は、ギフトチェックなるものがある事は予想がつくのだが。
「うむ、あるな」
ですよねー。
「だがあれは、本人の同意の意思がない限りはそうそう成功しない上に、対象に気づかれずに使用することはほぼ不可能なので然程心配する必要はない。問題は閲覧系の恩恵だが、他者を無差別に対象に出来るほど高位のものであれば基本的に管理されている。そういう意味ではこちらも気にする必要はないだろう」
やはり監視というか管理対象なのだな。使い方によっては非常に便利な能力なのだし悪い扱いではないんだろうけどね。
ところで、とウェイスト氏は思わせぶりに咳払いをした。なんだろう。
「恩恵を明かしたくないというのであれば、君が言う“自分のスキルを確認することができる”という能力についても証明することが出来ないのではないかね」
「……あっ」
確かに言われてみれば。どうしようか。
他言無用で明かすか? いやいや、あれば便利程度のものにそこまでするのはリスクが高すぎるか。
俺が考え込んだのを見てウェイスト氏が言葉を続ける。
「まぁその話はゆっくり考えるといい。こちらとしても無理強いをする気はないからね」
そう言って立ち上がり、扉の前でこちらを促した。
「君を案内したい場所がある。着いてくるといい」
◇ ◇ ◇
俺を伴ったウェイスト氏が向かったのは、正面玄関とは反対側、奥まった所にある扉だった。裏手にあるわりには、その扉も玄関と変わらない程度には立派なものだ。
ウェイスト氏に促されて、その扉を押し開く。
「スキルの習得方法をどうやって教えているか、気になってはいなかったかな?」
そこには、ギルドの建物そのものよりも遥かに広い敷地を利用した、運動場? あるいは公園のような広場があった。広さ的には通っていた学校の校庭より若干広いくらいか。公園でいう遊具の代わりに、そこには多種多様なトレーニング機器やアスレチックのような設備が並んでいる。
格子状に走る大通りの間は、普通であれば小さな路地が無数に走り密に建物が並んでいる。だがここは通り沿いのみ各種ギルドの建物が並び、その中の空間を丸ごと利用しているようだ。
「ちょうどあそこでスキル習得を行なっている者がいるな」
ほう、どれどれ?
ウェイスト氏の指差す方向を見れば、足を肩幅に開いて「休め」の姿勢で立っている軽戦士風の青年が、ギルドの職員らしき女性に棒で小突き回されている。
「あれは<仁王立ち>か。両足を地面から離さないまま一定回数の攻撃に耐えると習得できる。効果は簡単に言えば転倒耐性といったところか。比較的人気があるスキルだな」
なるほどね。よく見れば棒の先端には怪我させないように布覆いみたいなのがされているな。条件は攻撃されることだから、攻撃の質じたいは問題じゃないわけだ。
だがあの軽戦士、顔がなんか恍惚としてないか? 人気があるのはスキル効果じゃなくて習得方法なんじゃないだろうか。
……我々の業界ではご褒美です。
「ちなみに女性職員にサポートを頼む場合は割増料金にしてある」
なるほど、分かっててやってるんですね。
「短時間で取得できるスキルだけではないからな。基本的にはああやって訓練士がプランを立てて、その通りの訓練を行うことで習得することが多い。それ以外にも伸び悩んでいるスキルを鍛えるのも受け付けている」
習得の過程を管理することで、習得条件のデータ集めも精度を上げるのにも役立っているというわけか。ゲームと違って影響する要因が無数にあるので、こういう所は大変なんだな。
「スキルの数は無数で1つ1つに対応する設備を作るわけにはいかないからな。なるべく既存の設備を流用するようにはしているが」
そう言ってウェイスト氏が指差した先では、何人もの作業員が地面に幾つかの支柱を立てる作業を行なっている。
「今回の<立体軌道>のように、新しい設備を作る場合もある。そろそろ手狭になってきたので1度整理はしないとならんとは思っているのだがね。――それはそれとして、だ」
ウェイスト氏はこちらに向き直り、肩越しに訓練場を示した。
「人を出すことは出来ない。通常の業務があるのでな。だが、空いている設備を自由に使う許可を出そう。好きなときに好きなだけ、ここを利用するといい。……あぁ、習得方法も教えんぞ。それは有料だ」
何が言いたいのかいまいち分からないな。俺の恩恵の話と関係あるのだろうか。
「どういう事ですか?」
「答えを求めようとするな。自力でそこに辿り着きたまえ……と言いたい所だが。君は疑問に思わなかったかな。<立体軌道>の発想自体は特別珍しいものではない。数は少ないものの、類似の挙動は取るものもいる」
「ああ、それは確かに」
センテも言っていた。あれがスキルだという事を除けば、特別驚くものではない。
「スキルとは便利なものだが弊害もあるのだよ。自分は何ができるか。どの程度鍛え上げているか。それを知る分にはいい。どんな事が出来るようになりたいか。どうすれば出来るようになるか。参考にする分にはいい。だが……」
言葉を切り、懊悩するように眉間に皺を寄せる。
「それだけでは駄目なのだよ。既存のスキルをなぞるだけでなく、思考し、試行しなければならない。
この世界の人々が強くなるには、技術を身につけるためにどうするか知っているかね? 使いたいスキルを調べて、それを教えてもらうのだよ。自分の手札で工夫しようとはしない。壁面を走り回る動きをするなら、それができるクラスを取得するしかない。それができるスキルを習得する以外に考えない。スキルが無かったら出来ないものだと考えているのだ。
――君はそれを考え、工夫することができる。恩恵などより、その能力を磨いて欲しいのだよ」
そう言って、力強く俺の肩を叩いた。
◇ ◇ ◇
「1つ分からない事があるんですが」
「なんだね?」
「どうしてここまでしてくれるんですか? 自分で言うのもなんですが、スキルを登録しただけで随分と目をかけてもらっているような……」
たまたま数日前に知り合っただけの若造に、過度な期待を持たれているような気がするんだが。
そう尋ねると、これまでの厳しい顔つきとは違う、悪戯が成功したときの子供のような顔でニヤリと笑った。
「君の先輩達もそうだったからな」
「はい?」
「その服、だ」
こっちに来たときから着たままのTシャツを――そこにプリントされた文字を指差した。
「アルファベット、と言ったかな? この大陸では使われていない文字だ。私はそこそこ長く生きているが、同じ文字が書かれた服を着た人間を3人ほど知っていたよ。誰も彼も随分と個性的な人間だった」
結局どこの言葉なのかは教えては貰えなかったが、と懐かしそうに笑った。
ゲームをするときに攻略サイトを見ながらプレイするような感覚です。
情報が少ない時代ならともかく、ある程度データが充実してしまうとそれ以外の行動を取る人は変人扱いされてしまうのですね。